偽典・女神転生 幻想郷黙示録 作:キャスディOTP
もう一人のナホビノ
古き言い伝えに曰く
かつて
地を這うものと翼持つ者の戦いあり
宇宙の支配権をめぐるその戦争で、彼ら蛇は敗れたり
彼ら栄光失い
美しき皮をはがれ
暗き地の底へと堕とされたり
今こそ、我ら昔日の栄光を取り戻さん
***
「…て」
身体が重い。まどろみの渦、眼下にたたずむ忘却の闇から逃れるようにして男はただ泳いでいた
「…きて」
二方向から声が聞こえる。一つは若い女の声、二つ目は彼自身の声
『..をしなければ』
(ここはどこなのだろう、俺はどうしてここにいるのだろう。)
声はどんどん強くなっていく、方や自分を呼ぶように、方や使命を思いだせるように
(…俺は)
『創世をしなければならない』
「起きて!」
「!!」
男が意識を覚ますとそこは薄明りのともった和室の中だった。枕元には道士服と西洋のドレスが合わさったような奇怪な格好をした少女が一人、彼女が声をかけてきていたのだろう
そしてその傍らにはこちらを胡乱な目つきで見つめる妖艶な美女。しかし9つの尻尾がついた、化け狐そのものといった様相だ
「ここは…」
「やはり殺しましょう。紫様」
質問する前に物騒な単語が飛んだことで半ば夢の中にいた男の意識は完全に覚醒した
「…おい」
「この男やはり破魔弱点のようです。私の妖力の込めた破魔の行符を使えば瞬殺できます」
すると男の四方に光を放つ札弾が展開された。生物的な直感からこの札に触れたら命はないことがわかる
「いいわ藍。その情報が分かっただけで十分よ、下がっていて」
「しかし…」
「下がってて」
すると狐尾の女はしぶしぶと言った様子で隣の部屋へ引き上げていった
「さて、何から話そうかしら」
道士服の女は紫と名乗った、八雲紫。目の前の彼女は金髪の可憐な少女のようにも見えるし、何千年も生きた老獪な魔物のような気配も持っている。幽玄な雰囲気を携えた紫水晶の瞳の彼女はいったい何者なのだろうか
「ここはどこだ」
「幻想郷」
「幻想郷とはなんだ」
「外の世界の人間にもわかりやすく言うなら、非常識が常識になり、幻想が現実になる場所ですわね。もちろん、貴方もその一人。だからこそ招き入れられた」
「…俺が幻想?」
なぜと疑問を浮かべる前に男はある重大な事実について気が付いた。自分の名前が思い出せないのである。記憶がないのだ
「記憶喪失ね…それも想定通りよ。それも加えてまず貴方の身に何が起こったかと説明してあげましょうか」
「端的に言えばあなた以外の人類は滅びたわ」
(滅びた?人間が?あの繁栄を誇っていた70臆の生命が?俺一人を残して)
まさに青天の霹靂だった。紫は続ける
「滅びたというより、消滅した。マガツヒに還元されたというのが正しいわね。畢竟、あなたを残して世界は死んだのよ」
「まてまて、一体絶対何の話だ。その話が本当ならなぜ俺だけ生き延びた」
「それは貴方が人間じゃないからでしょう?」
人間じゃない。その言葉に男の紛失していた記憶のピースが繋がった
そう、自分が人間ならなぜ漆黒の蛇が体から生えているのか
揺らぐ炎
鼻につく異臭
卵が腐ったような硫化水素の匂い
練り動く眼球は輝きと炎を放ち、偏在する蛇の頭といい地表に降り立った災いそのものだった
『見つけたぞ我が知恵よ』
しわがれた声で肉塊は言った。自分は神でお前は私の半身なのだと、我と合一を果たせば不老不死を超えた存在になれると
『これでようやく、奴へ復讐が果たせる。母上に報いることができる』
男は恐怖のあまりその甘言に乗り、得体のしれない怪物と融合した。それがこの結果だということだ
「ウワァァァァァァ!!!!!」
「思いだしたかしら。樹島 イホリ、お前は神と合一し、ナホビノとなったのよ」
遠くに姿見があった。そこに映っていたのは姉と同じ赤紫色の長髪をした少年と、その背中に見るも疎ましき黒黒と輝く冒涜の蛇たちが我がものがごとく張り付いている姿だった
「あれが、今の俺の姿か」
三文コズミックホラー小説でもこんなちゃちな姿はないだろう。さながら冬虫夏草のように人の身体から畸形の蛇頭が生えている、なんと醜いのだ。これでは神というより完全に悪魔ではないか。イホリは絶望に打ちひしがれた
「あら、私はその姿背徳的でステキだと思うわよ。端麗な美少年と毒蛇の触手、なかなかアンビバレントな感情を起こされるじゃない」
紫はストゥールに座るとそんな呑気な言葉を吐く
「…なぜ俺を助けた?人間が滅びたという話なら、お前は人じゃないのか?こんな姿になってまで生き永らえた自分を保護して何が目的だ」
「失礼な人ね。例え千年を生きた妖でも外界の生き残りを保護する情くらいあるわよ」
妖怪。この扇子を使いこなすシノワズリのフランス人のような少女が日本の妖だとでもいうのか、俄かには信じがたい話だったが、すでに常識から考えられない現象が自身に起こっている現状。イホリは真実と受け取るしかなかった
「それで世界はどんな風に滅びたんだ、隕石か?核ミサイルか?マガツヒ?とかいう単語は何なんだ」
「あら、そこは覚えてないのね。まぁ無理もないか、一瞬の出来事だったもの」
「紫色の光に包まれたことは覚えているが、何が起きたのか」
「かいつまんで言うと、アティルト界とアッシャー界が何者かによってぶつけられて変性したのよ」
「全然要約できてない。専門用語で説明するのは辞めてくれ」
「貴方たちが住む世界と悪魔が住む異界が無理やり繋げられた」
「待て、また新しい単語が出てきたぞ。悪魔とはなんだ」
魔界は存在した。ということはそこから悪魔は来ているのだろうが、具体的に何を悪魔と呼称するのか
「悪魔とは何か…うーん説明が難しいわね。雄一神に貶められた神々…だけでもないし何せいっぱいいるもの、私含めて妖怪もそうだし、藍もそう。人間だって魔人になりうるし強いて言うのであれば、ナホビノ以外はすべて悪魔ね」
こんな
「わかった。もう理解しようとするのはあきらめる。具体的に何が起こったのかを教えてくれ、本当に人類は突然滅びたのか?かの米国やヨーロッパ連合は事前にこの滅亡の危機を察知できなかったのか」
真に恐ろしいのは人類の滅亡に神、ナホビノ、妖怪、悪魔、マガツヒといった理外の事象がかかわっていることだろう。人間はこの世のほとんどを分かった気でいながら実際は幽世めいた存在がこんなにも身近にあったというのに、世界は何も知らなかったのか
「メシア教、ガイア教、一部の神霊は察知していたようだけど、対応は難しいわね。何せ滅亡まで一瞬だったもの」
「メシア教とガイア教だって!」
「何よ。そんな驚くことかしら」
かたや世界2大宗教の一つ、かたやカルトまがいのインチキ密教ではないか
「ガイア教がインチキ教団?とんでもない。むしろ今回の滅亡はガイア教の何者かが手引きしたまであるのよ」
「そこまでわかっているのならお前が今回の滅亡を止められなかったのか?」
「無茶言わないで。私だって神綺が産んだ魔界の悪魔がここ幻想郷に現れて時点で何らかの不吉な予感はしていたけど、何も急に外界と魔界が接続されて人類が滅ぶとは思わなかったもの」
幻想郷...それがこの世界の名前。人間界と魔界があったのだから、もはやここがどこだろうが驚きはしない
「なら、その神綺とかいう魔界の地母神はどうなんだ。察知できなかったのか?」
「魔界といえど広大だからね…法界まで含めるとどの地獄より広いと思うわ。接続されたのも一部だし」
「はぁもういい…なら俺は出る」
「出るってどこに行くのよ。外界は強力な悪魔が
「俺は神と合一?して不老不死になったらしいし何とかなるだろう、現に滅びからも復活してるしな」
「その神の名前もわからないのに?ずいぶんお粗末な知能してるのね」
「ならなぜ俺を助けた!完全な善意だけでお前のような性格の奴が助けるわけがない。何が目的があって俺に接触してきたんだろう。違うか?」
「世界にたった一人の生き残りがいたら匿うのは当然のことだと思うけど。まぁ信用を無くしたということで理解してあげるわ。やってほしいことがあるのは事実だし」
八雲紫、外界が滅びたというのにここまで余裕なのは、やはりそれだけ今いるこの幻想郷が強大だということか。しかし、本当にそうだろうか。外界という口ぶりから幻想郷は世界の内側無いし何かに隠されていたわけで、おおもとの世界が悪魔まみれになった現状。この世界にも何かの不備が、それも強大なものが生じるはずである。訝しみながらイホリがそれを聞くと紫は肩をすくめた
「全く持って大丈夫じゃないわね。外の世界の人間が滅びて、悪魔が世を支配するようになった今この世の常識と非常識が変わってしまう。非常識で造られた現実であるこの幻想郷の意味がなくなるわ。結界も維持できなくなるし、そうなると今幻想郷にいる神妖も、事態に気付いてたちまち魔界と化した外の世界に移動してしまうでしょう。そうなれば雄大な自然と美しき理で構成された楽園は終焉を迎え、たちまち妖魔が蔓延る弱肉強食の太古の時代に逆戻りよ」
「でもそんなことにはさせないわ、私含めた幻想郷の賢者たちが滅びた外の世界を調べているから、博麗大結界の禁は簡単に解けるものでもないし。すべての人間がマガツヒに還元されたおかげといってもなんだけど、冥界が70臆の亡霊で溢れかえっているわけでもないしまだ時間はあるわ」
「なら俺は何をすればいいんだ?外の世界に行けないのであれば俺にこの幻想郷で何をやってほしいんだ」
「…そんなの決まってるじゃない」
するとその言葉を皮切りに、隣で話を聞いていたのか先ほどの狐女、藍が襖をあけ部屋に入ってきた
一呼吸おいて笑みを浮かべながら紫は座っているイホリに手を伸ばした
「悪魔退治よ」
誤字脱字等報告あれば即修正します