偽典・女神転生 幻想郷黙示録 作:キャスディOTP
奈落へ…奈落へ---
地獄極楽はこの世にありとはいうが、まさか生きたまま地獄に落ちるとは思っていなかった
現在イホリの五体は重力に従いまっすぐと地獄の縦穴を降下していた。地獄の地まで何メートルかは知らないが、落下速度は緩やかなので相当な高度だろう。いや、そもそも高度なんて存在しないのかもしれない
(俺は無間地獄へ落ちたのか)
無間地獄は地獄の最下層ゆえに到達するのに2000年かかるとは言われているが、イホリは殺生はもちろん未成年飲酒や窃盗といった軽犯罪、邪淫や犯持戒人などは童貞のためしたことはなかった。邪見や妄語は現代人なら避けることはできないはず、判定厳しすぎではなかろうか
い
(そういえば)
仲魔たちはどうなったのだろうか、イホリは思い周囲を見渡してみると、イホリの前方に同じ速度で落下しているラークシャサの姿はあるが、ピクシーの姿がない
(翅があるから、龍穴の入り口近くで浮いたままになってるのか?)
だとしたら喜ばしいことだった。神霊廟の龍穴で誤って鬼門の方角を向いてしまい。仲魔と共に地獄へと堕とされたイホリ達だったが、ひ弱なピクシーであればこの環境に耐えらないことは火を見るよりも明らかだった
(かといってこの高度からの追突に、俺やラークシャサが耐えられるかというと…)
いくらナホビノ、悪魔とはいえ、1回死ぬことはまず免れないであろう。保険の蛇頭があるイホリと違って仲魔はその場で死ぬ、青娥に頼るのは気が進まないがなんとしてでも蘇生させなくては
***
(寒い)
一時間ほど落ちただろうか、温度が急激に下がったことで、イホリは周囲の景色が変わり始めたことを察した。先ほどまで炎揺らめく縦穴の中を落下していたと持ったらいつの間にか鈍色の空間に覆われており、視界は闇に染まっている
(これは…雲か?ウワァ!)
瞬時イホリを激しい気流が襲った!
暗澹たる雲はその気流に触発されたように雷光を迸り、雲放電を発生させる。イホリはその渦中に放り出されたのだ
電撃も、冷気も、弱点というほどではないがある蛇であるイホリの半身にとってあまり得意なものでなかった。ナホビノとはいえこれは耐えきれずたちまち気絶してしまう
再び意識を取り戻した時には、
視界を占領する赤、赤、赤。それは大気によるものか迸る血漿のものなのかはわからないが空も、地もすべて赤く染まっている
各地で戦乱と闘争が起きており、死の都市と化した戦場を舞台に獣性剥き出しの人型の怪物たちが殺し合っている。つい先ほど仲魔にしたラークシャサ達が群れで巨人を攻撃している姿もあった
(ここは…
六道の一つ、修羅道。阿修羅界ともよばれるその世界は妄執によって苦しむ争いの世界。果報が優れていながら悪業も負うものが死後に阿修羅に生きることにされているがそんな人物は日本であるなら第六天の魔王織田信長、マムシ斎藤道三くらいだろう
そんな仏法を妨げる天魔、阿修羅達が住むこの世界でイホリが生き伸びる術はない。現にイホリは身動きできない状態にいた
何者かによって体ごと掴まれているのである、それも小指で
その人物は巨大すぎて天を覆い隠しておりその姿は見えなかったが、阿修羅であることは明確だった
天界に住まうデーヴァ神族や冥府の閻魔大王に敵対する彼らは、ソーマやアムリタの類を摂取しておらず不死、不滅の存在ではないが、自らに想像を絶する苦行を課すことによってそんな神々に届きうる強大な力を持ち何度も天部の神々から世界の主権を奪ってきた
そんな悪神たちの中で空を摩するほど巨大な姿といえば酩酊必至の情熱、マダ。雷神インドラと永遠に戦い続ける巨大龍ヴリトラくらいだろうか
「私を捕えているそこの巨大な御仁、貴方は龍神ヴリトラなのか」
そう問いかけてみても返事はない、巨大すぎて声が届いていないのか。しかし同じ蛇だからなのか、イホリは巨人の正体がヴリトラであることと、自分はその阿修羅の知恵であるということを理解できた
ヴリトラは、イホリを自身の半身にしようと企てているのか。しかし同じ躰に二つの神を宿すことは不可能である、ヴリトラはそれをわかっていないのか、イホリを自身の住まう山脈に連れ帰ろうとしていた
(このままじゃ殺される…)
しかし、かといってこの高さから落ちて一度死に、残機を減らした状態で襲ってくる阿修羅達を迎え撃てる力は、今のイホリにはなかった
眼下の地を見下ろしてみても、阿修羅だけでなく悪鬼羅刹の類でごった返しており、そんな惨憺たる破綻した世界に降り立つ気もない。仲魔のラークシャサの姿も見失ってしまった
(これからどうすれば…)
と思った時である。何者かの大声が聞こえたのは
「インドラが来たぞ!!!」
その阿修羅界全土に届く声を張り上げたのはラークシャサの王子、インドラジットである。緑色の肌に端整な顔だちの彼だが阿修羅の中では雄一の不死性と力を持ちかつては雷神インドラをもとらえた彼が帝釈天ことインドラが来たというのだから間違いはなかった
「修羅共よ!我は強大な仲間と共に、あの日の雪辱を我は果たしに来たぞ!」
バラモン教の中心である神は茶褐色の鎧に黄金の怒髪衝天に逆立て、
究極不滅の怒髪天であるかの神は釈迦、観音、弥勒を掛け合わせた存在であり役小角が顕現させた日本最強の仏神である。手には天魔粉砕の
【マハザンバリオン!】
その姿を見て、たちまちヴリトラは殺し損ねた宿敵と謎の神仏混淆の神を討つべく、イホリを放り出して雄たけびを上げながら突撃する。その龍神から放たれた魔法はまさに狂乱の嵐で、周囲を乾燥させながら轟音の波動を放つ
その音でチヤヴァナが創造したもう一体の巨大阿修羅、マダも起きあがり、衝撃で天地が揺れる、そんな巨体を誇る龍神と邪神を二人の仏は迎え撃ち、阿修羅界は今名実ともに阿鼻叫喚の地獄と化したのである
【トリスアギオン!】
【天魔撃砕!】
【メギドラオン!】
【メギドラオン!】
激甚な破壊力を誇る極大魔法による衝撃の余波で、阿修羅界は一瞬で壊滅状態になった。廃都はインドラの雷とマダの放った炎で焦土と化し、阿修羅以外の種族である他の邪鬼や鬼女の類はヴリトラの嵐で吹き飛ばされた
そんな酸鼻を極める騒乱の現場で、イホリはどさくさに紛れてその場から逃げようとしていた。落下死から復活した彼は戦乱の中ようやく仲魔であるラークシャサを見つけ出すと何度も阿修羅達に踏みつけられそうになりながらも終末の世界を抜けていた
イホリが逃走の際目印としたのは阿修羅界の都に住んでいた百足やネズミたちで彼らが向かう先にこの修羅道の出口がある、そんな予感のまま彼は走っていた
そして彼らを追った先にたどり着いた先が廃寺であった。阿修羅界にも禅師はいたのかと驚くイホリだが、ネズミや百足たちがその廃寺に続々と侵入していく様を見ると本尊に誰を迎えているのか察せるものがある。確かに常在戦場であるこの阿修羅界において信仰できる仏様と言ったら戦神、軍神としての側面が強いかのお方しかいない
上杉謙信や、あの幻想郷にもいる聖徳太子が戦勝祈願したというあの、四天王最強の一者であり、八部衆を同族に持ち、左手に宝棒、右手に宝塔を携える…
「毘沙門天様!!!!え」
そういってイホリが廃寺の門を開けるとそこにいたのは赤ら顔の武神ではなく、黒が混じった金髪の美しい少女だった
「如何にも、我が毘沙門天だが」
「えーっと…」
「誰だ貴様は、ナホビノか?ナホビノがなぜ阿修羅界にいる」
言葉が出てこない。まさか毘沙門天様が女性だったとは思わなかったからである。一瞬偽物かと疑うも、しかし右手の宝塔といい放つ神力といい間違いなく毘沙門天様である
「失礼を承知でお聞きします。貴方様は本当にかの四天王の一者たる毘沙門天様なのですか。私には頭に蓮を乗せたただの見目麗しい少女にしかみえないのですが」
「ほう、貴様には我の姿がそのように映っているか」
殺させることを覚悟して質問したが、毘沙門天は気にしないどころかむしろ薄ら笑いすら浮かべていた。何か思い至るところがあるらしい
「ナズーリンの言う通り、あの虎も我の化身として十分仕事をしているようだな」
「???あのー」
「こっちの話だ。それで、我に何のようだ」
彼女に問われただけでイホリの背中に凍土のような悪寒が走り、額に脂汗が浮かぶ。虎柄の腰巻きをつけた、ただの少女のように見えても威厳は本物だ
「この世界からの脱出方法を教えていただけますでしょうか」
「阿修羅界にどうやって入ったかは知らんが、ここは帝釈天様の力によっていずれ滅ぶ。待っていれば円環の一部が破壊され下の畜生界へと道が開けよう」
「今すぐ人間界に出たいんです」
「何、貴様人間界から来たのか!?そんな強力な邪神を半身としてよく欲界に留まれたものだ」
毘沙門天は美麗な顔だちに愉悦の笑みを浮かべたままネズミを撫でている。イホリの存在がどうにも面白いらしい
「ふむ、確かに今すぐ人間界への道を造る方法ならある。しかし、過酷な道のりだぞ」
「覚悟の上です」
「そうか、なら送ってやろう。六道の最下層たる、地獄に!」
毘沙門天は宝棒を両手に持ち、即座に経を唱えると、廃寺の境内は極光に包まれ、地獄への扉が開き、イホリ達はそれにたちまち引きずり込まれた
「達者でな。ナホビノ、お前とはいずれまた相まみえる日が来るかもしれん」
今度は真の姿でな。そうつぶやくと毘沙門天は廃寺に迫りくる火の手、マダの放った炎を消し去り、雷神インドラに加勢するため阿修羅界の戦争に参加した