【完結】ごきげんよう、オレは海軍〝大佐〟のフルボディだ。 作:SUN'S
ぎゃあ、ぎゃあ、と癇癪を起こして泣き叫ぶビッグ・マムに向かって試験管に込められた怪しげな薬品を投げ付けるシーザー・クラウンの目の前に、純白の汚れを纏わぬ壁が突如として立ち塞がる。
「チッ。やっぱりテメーは気絶しねえか」
そう忌々しげに吐き捨てたシーザー・クラウンはビッグ・マムに傷付けられて尚も大切な家族のために、絶対的な強さを宿す〝王〟の覇気を纏って愛する家族を庇い、守り、助けるために立ち上がった〝不敗の男〟シャーロット・カタクリに嫌悪の視線を向けた。
「カタクリ、カタクリいぃ…!オレは、お前達を殴って、もしかしたら踏み潰しかけたかもしれねえ、あんな虫ケラに踊らされて……!!」
「……大丈夫だ。落ち着いてくれ、ママ。オレ達は死んでいない。少し転んだだけで、ママに殴られたり、蹴り飛ばされたりした訳じゃない。全てはオレ達に歯向かった……あのクズの作戦だ」
さめざめと泣き崩れる母親を庇って怒りを露にするカタクリにシーザーは退屈そうに片耳をほじり、フーッと手袋に付着した汚れを吹き飛ばす。
「ブリュレ、コイツを鏡の世界に連れて行く。お前達はママを守ってやれ」
「ま、任せて、お兄ちゃん…!」
「ああ、任せる。……そして、貴様は殺すッ!」
「ぐふおぉっ!!?」
静かに用件を伝えたカタクリは一瞬にしてシーザーに接近し、〝武装硬化〟した拳をアクビを噛み締めていた彼の顔面に殴り飛ばして、力任せにひび割れた窓枠に叩き付けて、シャーロット・ブリュレの作り出す『ミラミラの実』の異空間に無理やり送り込んだ。
無数に鏡の額縁の生えたチェック柄の世界、コンクリートや岩石に似た地面に全身を打ち付け、血反吐を吐き出すシーザーに向かって近付くカタクリだったが、彼はあと二歩、三歩半ほど進めば攻撃の当たる位置で止まった。
「起きろ。オレに毒は無意味だ」
「……シュロロロロロ。やっぱり未来予知に近しい〝見聞色の覇気〟を使えるみてえなだなァ…もっともゾナハ病を患っている事実を他のバカには隠し通せてもオレ様には隠すことは出来ないが」
ムクリと身体を起こしたシーザーはガスローブに仕込んでいた毒薬の入った試験管や注射器、峰の部分に毛皮を付けた不格好なメスやハサミを投げ捨て、緩やかに身体を気体に変えて浮上する。
「ゴチャゴチャと喚くな。オレに揺さぶりや挑発は通じん。貴様はただオレの家族を傷付け、ママを泣かせた事を懺悔して死ねば良いんだ」
「チッ、だから武闘派は嫌いなんだ」
「そうか。オレもお前みたいなクズは嫌いだ」
その言葉を皮切りにカタクリの身体はモチに変わり、一本、二本、三本、四本、と、ゴツゴツとした角張った黒色の腕を空中に作り出してパンチを繰り出す。
ルフィの〝銃乱打〟を彷彿とさせるラッシュにシーザーは焦るどころか余裕の表情を浮かべて、無防備な大の字に身体を晒した次の瞬間、カタクリの振るう〝武装硬化〟のパンチはシーザーではなく虚空を掠める。
「ムッ。すり抜けたのか」
「おいおい、オレ様は〝気体〟だぜェ?テメーらみたいに筋肉でどうこうしようとするバカには分からねえだろうが、ガスっていうのは空気より重いが空気に近い性質だ」
ニタリと笑みを深めて高らかに話すシーザーの言葉を静かに聴くカタクリに気分を良くしたのか。シーザーは少しカタクリに近付いて、ゆっくりと片手のひらを差し出して構える。
「ほら、触ってみな」
「……武装色で掴めない?」
「いいや、掴んではいるさ。お前の手のひらを握るときにごく少量だが、確かに空気を掴んで握り締める。如何に未来予知に近しい〝見聞色の覇気〟も埃より小さな空気の集合体を掴むなんて芸当は難しい」
「不可能とは言わないのか?」
「不可能だァ~~ッ!?そんな言葉を使うヤツはまともに物事を考えていねえバカだけだ。ったく、良いか?空気には〝層〟が存在する、例えばお前が全力で走るとき、僅かに風の抵抗を受けるだろ。その壁を突き破れば音速に到達し、さらに壁を越えれば亜音速に達する」
ふわりとガスローブを変形させて、ソファを作り出したシーザーは横たわって身体の変化を戦いの最中だというのに授業を行うようにカタクリに説明し始める。
カタクリも静かに聴くことに徹してしまっており、シーザーは満足げに笑みを浮かべて、肉体を構築する粒子サイズの解説を行い、自分は〝気体〟という原子レベルまで意識を統一して身体を作り替えることを告げる。
「……つまり。ぜひお前を捕まえぜひるには見ることぜひも難しい粒ぜひを捕まぜひえる必要があるとぜひいぜひうことか?」
「シュロロロロロ。お前は頭の回転も中々に良いみてえだ、及第点をやろう。オレ様にもお前ぐらい優秀な部下がいれば退屈しねえが。どうやら、そろそろお前とはお別れの時間だなァ~~ッ♪︎」
「がっ、ぐっ、なんだッ!? ぜひ ぜひ いきがっ ぜひ ぜひ 息が出来ッ、ないッ ごほっ、がっ、ぜひ、ハァーッ、ハァーッ! ぜひ ぐうぅッ!? ぜひ ぜひ」
「麦わらと戦わせるのも良かったが。お前みたいにタフネスに秀でたヤツは速効性より遅効性のゾナハ病をたっぷりと食らわせるのが一番手っ取り早い」
ケタケタと地面に片膝を落とすカタクリを見下ろしながらシーザー・クラウンは鏡越しに涙を浮かべるシャーロット・ブリュレを始めとしたシャーロット一家に向かって、満面の笑みを向けた。
「さァ、君の大切なお兄ちゃんを助けにおいで♪︎」
「うあぁぁぁああぁあぁっ!!!?」
そうシーザー・クラウンは嘲笑うように呟き、ビッグ・マムを現実にたった一人だけ残して、シャーロット一家の息子45人が、娘39人が、シャーロット・カタクリを慕う仲間や部下が、一斉に彼を助けるためにゾナハ病で満ち溢れた『鏡の世界』に飛び込んだ。
この日を境にビッグ・マム海賊団は東西南北の海、偉大なる航路、新世界、ありとあらゆる組織が捜索を続けても見つからなくなる。
そう、全員が忽然と姿を消したのだ。
たった一人の大きな母親を遺して────。
「嗚呼、可哀想になァ~~ッ♪︎オレ様の作ったクローンの口車に乗せられた挙げ句、みィ~~んな大事なお兄ちゃんを助けるために、ゾナハ病を悪化する『鏡の世界』に流れ込んで行っちまったぜ♪︎」
その様子を愉快そうに結婚式場の来賓席に腰掛けたまま見守っていたシーザー・クラウンは手持ちの手鏡越しに眺めるを止めて、未だ誰かを求めるように泣き叫ぶビッグ・マムに向けて、お別れを告げるように優雅に一礼し、まるで最初から存在していなかったかのように霧のごとく消えてしまった。