昼の生き物たちが夢を見はじめる真夜中。
ここにも夢をみるものが一人。
しかしそれは真に夢か
それとも――――
「庭の枝垂桜……。もう、とっくに春はすぎてるのに……」
あぁ、そうか。
これは夢なんだ。
だとしたら、すごくリアルな夢だな。
だって、裸足で踏みしめる土の感触も、風が靡いてこすれる枝の音も、かすかに香る桜の匂いも、すべて本物のように感じるんだ。
目の前にいる、どこか懐かしい妖怪のことも。
「うかねぇ顔だな」
「……ぼく、何もできなかった」
どうしてぼくは、自分の弱みをこの妖怪に話しているんだろう。
だけど、言っても言わなくても、この妖怪にはすべてお見通しな気がしたんだ。
旧校舎で妖怪に襲われたとき、ぼくは守られていただけだった。
桔梗もカナちゃんもぼくが守らなきゃと思ったのに、桔梗に守られた。
桔梗が懐中電灯を投げて妖怪の注意が桔梗にいったとき、心臓が止まるかと思った。
このままじゃ桔梗が死んじゃう。
そう思った。
けど桔梗は死ななかった。
伝風や雪女たちが助けに入ってくれたけど、今思えば桔梗はわかっていたんだと思う。
旧校舎が他のシマの奴らの根城になっていることも、ぼくたちが襲われそうになることも。
全部承知の上で、みんなに危険が及ばないよう準備していたんだ。
ぼくは……。
ぼくは何かしただろうか。……いや、何もしなかった。何もできなかった。
「強くなりたいってわけか」
強くなりたい。
そう。ぼくは強くなりたい。
どんなに鍛えたって、人間のぼくでは妖怪のみんなにかなわない。
どうすれば強くなれるんだろう。
どうすれば、いつも無茶する桔梗を助けてあげられる?
「……強ぇって意味、少しはわかるみてぇだな。だが、まだ足りねぇよ」
「え?」
俯いていた顔をあげたら、そこに妖怪はいなかった。
足りない……。
ぼくに足りないものは、なんだろう――――。
※※※※※※※※※※
おはようございます。
先日は旧校舎で大変な騒ぎがありましたね。
正直今でも、あんな子供が面白半分に入ってしまいそうな危険な場所があることに疑問を感じます。
大人たちは何をやっているのか――――といいたいところですが、周囲を木々で囲まれ、狭い道を歩いてしか行き来できないことが、建物を放置している原因かもしれませんね。
それに妖怪が住み着いておかしな現象なども目撃されていることも、原因の一つかもしれません。
あと、ぶっちゃけ学校の予算ですね。
「桔梗、そろそろ学校に行くよ?」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
「……あれ、手紙書いてたの?」
私の部屋を訪れたリクオが目ざとく手紙を見つけます。
「いつも書いてるよね。誰にだしてるの?」
「それは……秘密です」
「えー……」
「それより、リクオも誰かに手紙を書いてみたらどうですか?そうですねぇ……カナちゃんとか?」
「なっ!どうしてカナちゃんなんだよ!」
真っ赤になって。かわいいですね。
「さぁ、とっさに頭に浮かんでしまって。どうしてですかね」
「そんなのぼくに聞かれても困るよ。それにメールが主流の現代に、近場で手紙を出す人はいないよ」
悲しきかな。
昔ながらの屋敷に生まれながら、リクオはすっかり現代人ですね。
かという私もこの屋敷に生まれなかったら、古き良き日本の雰囲気を味わうなどそうそうなかったはずですから、人のことは言えませんね。
「メールは速くていいですが、手紙は長い時間残るものですからね。その分、人の心にも残るものですよ」
「……つまり桔梗は、誰かの心に残るための手紙を書いているってこと?」
「……」
無言でいると、リクオの目が吊り上がりました。
「もしかして、おと――――」
「伝風」
「くるぽー!」
「どわぁっ!!」
伝風はリクオの頭に体当たりし、衝撃で倒れたリクオの背中にとまりました。
「よしよし。この手紙をいつものように届けてくださいね」
伝風の足に手紙を括り付けそういうと、伝風は了解というように鳴き、リクオを蹴って飛び立ちました。
「さ、いつまで寝てるんですかリクオ。さきにいってますよ」
鞄をもって先にいくと、リクオが慌てて追いかけてくる音が聞こえました。
今日もまだ、奴良家は平和です。
※※※※※※※※※※
「くるっぽー」
「ん?あいつの手紙か?いつもいつも律儀な奴だぜ」
伝風は早く受け取れというように足を差し出す。
「はいはい、わかってらぁ。ったく、おめぇもまじめな奴だな。たまには寄り道しねぇのか?」
「ぼっ!ぼっ!」
「いてててっ!つつくなバカ!悪かったって」
自分の仕事をバカにされた伝風は怒ったが、納得してもらって満足そうに鳴いた。
「――――ん?これは……」
手紙を読むと、いつもとは違う文面。
最後まで読むと、手紙を丁寧に畳んで懐にしまい、立ち上がる。
「おい、誰かいるか!」
「はい。何か御用で」
「出かけるぞ。支度をしろ」
「は、はぁ。いったいどこへ出かけるので?」
戸惑う手下に、にやりと笑う。
「んなもん、奴良組の屋敷に決まってんだろうが」
黒い羽根がふわりと、儚く舞った。
※※※※※※※※※※
真昼の奴良組は、たいてい前日に騒いで汚した分の掃除が日課である。
首無は今日もまた、まじめに掃除しない小妖怪たちにお仕置きしたあと、門前の掃き掃除をしていた。
人に見られるかもしれない門前の掃除は、人型の役目である。
「ん?」
カラカラと車輪の音が聞こえたかと思うと、隠形していたおぼろ車が姿を現した。
そのおぼろ車を見て、首無は笑みを浮かべて屋敷へと駆けた。
「鴆様がいらっしゃいましたーっ!」
リクオたちが小さいころ、よくリクオと一緒に遊んでいた鴆を、皆は好いていた。
「はぁ、はぁ、……いらっしゃいませ、鴆様!」
「おう、雪女」
「お久しぶりでございます。今日はいかがなさったのですか?」
今日は幹部の総会はない。
幹部として鴆一派の頭領も出席しなければならないのだが、体調不良を理由になかなか出席できずにいた。
「今日は体調がよくてな。普段来られない分、総大将とリクオたちに会いに来たのよ」
「それはきっとリクオ様たち、喜ばれると思います」
「まずは総大将のもとへご案内します。さ、こちらです」
「あぁ。頼む」
首無は一礼し、ぬらりひょんのもとへ案内した。
「よく来たな」
「ご無沙汰しておりました。総大将」
「うむ。もうすぐリクオたちも帰ってくるじゃろう」
「はい。三代目にも、姫様にもぜひお会いしたいと思っております」
「まだ三代目を襲名したわけではない。その呼び方は相応しくないが?」
ぬらりひょんの傍に控えた牛鬼が、鴆を窘めると、鴆はむっとしたように牛鬼をにらんだ。
「いずれこの奴良組の大所帯をしょって立つ方。三代目と御呼びしてもなんの問題もないと思われますが」
二人のピリピリした空気に、ぬらりひょんは溜息をついた。
「まったくリクオにも困ったもんじゃ。早くあとをついでいっぱしの悪の限りを尽くす妖怪になれと、口をスッパクしてゆうとるんじゃが」
「……二代目様は、お元気ですか?ご挨拶をしておきたいのですが」
鯉伴にも会えると思っていたのだが、今この場に二代目の姿はなかった。
「鯉伴なら元気に昼寝しておるよ。たたき起こして挨拶するといい」
「いえいえ。お休みでしたら、またの機会に。客間でリクオたちを待とうと思います」
そういうと鴆はぬらりひょんに一礼し、席をたった。
※※※※※※※※※※
「ただいまー」
「ただいま帰りました」
今日も何事もなく終わりました。
しいてあげるならば、清継くんと島くんがそろって体調不良でお休みだったことでしょうか。
そのおかげといっては何ですが、とても静かで穏やかな一日だったといえるでしょう。
「ん?なに、その高級そうなお菓子……」
廊下で小妖怪たちが、おいしそうなお菓子を食べています。
横浜の『○明堂』のお饅頭みたいですね。
「おう、リクオ。また学校なんぞ――――」
「じいちゃん!」
「ん?」
「あ」
リクオは止める間もなくおじい様に詰め寄りました。
「まさか、またどっかから盗んだの!?悪行は程々にって言ってるじゃないか!いくら無銭飲食がぬらりひょんの得意技だからって!」
あぁ、おじい様の背の方が小さいので足が浮いてしまっています。
リクオは興奮しておじい様の襟首を思いっきり締めていることに気が付いていません。
「この高級菓子は、いったいどこから?」
「あ、はい。これは鴆様からのお土産でして」
「鴆さん?鴆さんが来てるの?」
「う゛ん」
あ、リクオがおじい様を投げ出して行ってしまいました。
「大丈夫ですか?」
「あっ!お前らわしの分の菓子まで食べおったな!」
「「「ギクリ」」」
本気で落ち込むおじい様はさておき、私も久しぶりに鴆さんに会いたいです。
誰かがお茶を出しているかもしれませんが、私がリクオの分までとっておきのお茶を出してあげましょう。
ふふふっ。
※桜の木の下で
リクオ、最初から守るべきものがあるので強くなりたいとずっとおもっています。
※『○明堂』のお菓子
鴆一派のところって地図みるとそのあたりだった気がします。
※ふふふっ
逃げて!