私のどうしようもない体力を思えば、元気いっぱいのリクオを追うのは無謀すぎる行為ですが、今はそんなことを考えている暇はありません。
とにかく、あの背に追いつかなければ………。
兄であろうとするリクオには申し訳ないと思いますが、やはり精神年齢が十六歳の私から見れば、リクオは弟のようなものです。
そしてそう思えば思うほど、前世の弟のことが頭をよぎります。
明るかった弟。
しかし、地獄の門とともにやってきた安倍晴明に向かって父と母を甦らせてほしいと願った心。
そして、苦しんでいた弟の心に気付けなかった私――――。
私が弟を苦しめていた。
私が弟を追い詰めていた。
私が弟を危険に晒してしまった。
いつの間にか、森の中を走っていました。草むらのせいでリクオの姿がときどき見えなくなります。
「はぁ、はぁ」
こんなに走ったのは生まれて初めてです。
本当ならもう限界で倒れている頃でしょうが、おそらく私は今気持ちでもっているのでしょう。
リクオの背中が見えてきました。
どうやら立ち止まっているようです。
「リクオ!!」
私は思わず叫んでしまいました。
リクオは私が追ってくるとは思わなかったのか、もしくは叫ぶと思わなかったのか、どちらかはわかりませんが、何かに驚いたように振り向き、目を丸くして私を見ます。
「あっ」
「!?」
振り向いたリクオの体がぐらりと傾きます。
どうやらこの先は道がないらしく、そのためにリクオは立ち止まっていたようですが、振り向いたせいで足を滑らせてしまったようです。
私のせいでリクオが――――。
「っ、リクオ!!」
私は手を伸ばしてリクオの手をつかみます。
そして、遠心力を使って私とリクオの体の位置を入れ替えます。
あの一瞬でここまでできるとは、私のどこにそんな力が眠っていたのでしょうかね。
まぁ、恐らく火事場の馬鹿力だと思いますが。
だんだんと遠くなっていくリクオの姿が驚愕に見開かれます。
ふふっ。先ほどから驚いてばかりですね。
リクオが楽しそうに笑っている顔や、驚いて目を真ん丸にした表情は、結構お気に入りだったりします。
そんなのんきなことを考えている間にも、リクオは遠くなっていきます。
あぁ、私はここで死ぬのでしょうか。
一度死んでいるので、あまり死を怖いと思いませんが……。
「……痛いのは、いやですね」
そっと目を閉じたとき、何か温かいものが体を包んだ。
※※※※※※※※※※
ききょうが――――とおくなっていく。
ききょうはぼくのいもうとなのに、みんな、ききょうのほうがおねえさんだっていう。
それをきくと、むねのあたりがもやもやした。
ききょうは、びょうじゃくで、ずっとおへやのおふとんにいるけど、ぼくよりいろんなことをしってる。
ぼくがおしえてあげられるのは、ともだちのようかいとか、おそとのことだけ。
だから、おそとにいくときはぼくがききょうをひっぱって、まもってあげるんだ!って……。
なのに、おそとでも、ききょうのほうがおねえさんだって……。
ぼく、もやもやがいっぱいで……。
みんなからはなれれば、もやもやなおるかなっておもって、いっぱいはしったら、もりのなかで……。
そしたら、みちがなくなってて……。
どうしようかなっておもってたら、ききょうがおいかけてきてて……。
びっくりした。
ききょうはびょうじゃくだから。
おおきなこえもはじめてきいた。
いっつもやさしいこえしかきかないから。
とおもったらあしがすべっておちそうになった。
びっくりしたけど、てがあったかくなったとおもったら、ききょうがおちてた。
なんでききょうがおちてるんだろう。
なんでぼくはおちてないんだろう。
おちたらきっといたいよ。
ききょうはよわいから、ちょっとけがすると、ねつをだしちゃうんだ。
だから、ぼくがまもってあげないと。
ぼくが――――――――俺が。
「……痛いのは、いやですね」
ぼくはめのまえがまっしろになった。
※※※※※※※※※※
えー、結果的には、私、助かりました。
それも傷一つ作らず。
後から聞いた話によれば、私はリクオに抱きしめられる形でちょっとした崖の下に倒れているとことを見つけたそうです。
大人なら軽い怪我ですむくらいの段差ですが、子どもにとっては一大事で、ずいぶんと雪女たちを慌てさせたようです。
しかし、実際は無傷。
まぁ、私はリクオを追いかけて全力疾走したせいで三日間熱にうなされて目を覚ましませんでしたので、完全に無事とは言い切れませんが。
目覚めたとき、リクオや雪女たちの泣きそうな顔が一番に視界に入ってきて驚きました。
それにしても……。
私はどうして助かったのでしょうか。
私が助けたと思ったリクオまで一緒に落ちていますし……。
「よう、桔梗。元気か?」
襖をあけて、父鯉伴が懐に手を入れながら入ってきます。
私はその姿に見入りました。
「ん?どうした?」
いえ、別に見惚れているわけではありません。
見ているのは父鯉伴というより、その重力に逆らったへ……不思議な髪形です。
その髪形を見ていたら、ふと落ちているときのことを思い出しました。
そういえば意識を失う直前、その髪形を見たような……。
「……気のせいですね」
「ん?何が?」
妖怪の血が目覚めるのは確か小学校か中学校だったはず。
もうあまりうまく思い出せませんが。
「ありえないです」
「き、桔梗?お父さんの何があり得ないんだ?おーい」
こんなことを考えても仕方ありません。
今は、体調を万全にすることに努めましょう。
私が寝てしまった後、娘に嫌われたと、落ち込む父親の姿があったとかなかったとか――――。