魔女を匿う代わりに、ヤらせてもらう事にした。   作:ふるゆらゆら

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約束

 

より凶暴さが増し、目を赤く光らせる黒狼が二匹、襲い掛かってくる。

「はッ……はっ……ッるあ"ッッ!!」

俺は走りながら、今までにない剣速を繰り出して二匹同時に切り捨てる。

だが、同時にどっと倦怠感が出てきて、身体が重くなる。

勝った達成感に浸っている暇はない。肺が呼吸を欲してるからといって足を緩めてはいけない。

すぐそこには死があるのだから、終わりが、まるで地面が崩れ落ち、落ちたら詰む闇の底を覗いているような感覚があるのだから。

減速した分を取り戻す様に足に力を入れてまた走る速度を上げる。

 

「はぁ……ッ…はぁッ……!」

 

全速力で走る、走る、走る、みっともなくても走る。

なんとかこの霧を切り抜けられる場所まで行きたい。

難しくても抜け出したい。

だがいくら走っても走ってもこの霧がどこまでもついてくる。出口が見えない、そもそも方角はあってるのか?町に遠ざかってないか?ああくそッ!思考が乱される。考えがまとまらない、なのに気分が高揚してるのが分かる気持ち悪いッ!

 

何度目かの落ち着くために深く息を吸う。落ち着け、ここで冷静さを失ったらそれこそ詰む。

無理でも冷静さを持たないと。

 

………わかってる、この霧の正体がなんなのか。

いや、この霧を発生させてる奴が誰なのか。何故直前まで気付けなかったのか。

全部もう分かってる。有名だ。数年前、大勢の人間の命を散らし、絶望に陥れた存在。

いくつもの村を滅ぼし、二つの都市を数年前に壊滅させた、魔王に使える七人の大魔女の一人。

静謐の魔女、シリエルだ。

霧の中に取り込んだ人間の声、気配、その他の一切を外に感知させず、その生命が息絶えるまで決して外に逃すことはしない。

霧が消える時には、そこには何も残らない。

 

ほんとに、なんでこんな所に、

近くには勇者がいるかもしれないのに。

 

正面から霧がこちらに襲いかかってくる。

 

「………くッ!」

 

ギリギリで横に跳んで避ける。

いつの間にか地面が濡れており、そのまま地面に倒れたと同時に泥が思い切り服につく。

気にせずにすぐ立ち上がると、余計に 身体が重くなる。

服に泥が付いたからだ。

 

そんな無駄な思考を挟んだ瞬間、休む暇もなくまた正面から霧が襲い掛かる。

今度こそ避けられそうにない。

愛剣の感触を確かめ、握り直し、

数年生死を共にしてきた愛剣に望みを託し、渾身の一撃をもって、霧を迎え撃つ。

今までにないほどの好感触。

一刀両断し綺麗に縦に霧が割れた。

「はは、意外とやれるじゃん………」

自分で自分の事に感心するなどして一瞬の感動を覚えた刹那。

 

「………ちょろちょろ動き回って……うっとおしいですね、貴方、不快ですね、貴方、調子に乗らないほうがいいですよ貴方」

ふいに、横から声がした。酷く気だるい様子が浮かぶような声だった。

悪寒が全身を包む。正真正銘の恐怖を象徴させる魔女の瘴気。

さっきまで分からなかったのに、すぐそこまで来てる。

声がする方を反射的に振り向いてみればそこには……

「だれがこちらを見ていいと言いましたか?汚らわしい」

「ぶッ…………」

思いっきり身体吹き飛んで、視界がブレて、ゴロゴロと地面を転がる。

鈍い痛みが全身を駆け巡り、声を出す余力すらない。

そうだ、剣……は…

あ、遠くにあった。

俺の腕と一緒に

……

「……がッ!あ、……あ“あ“あ”…ッ」

「ああ、今のはいいですよ、素敵です、いい断末魔です。人の苦しんだ声ほど素敵なものはやはりありませんね。辛そうなのに、私あなたに酷いこと言ったのに、そんな私をそれでも愉快な気分にさせようとしてくれるなんて、とっても優しいお方……」

 

肩が燃えるように熱い、激痛が走り声にならない声がでる。聞きたくもない方から血が噴き出す音が聞こえてくる。

切断された箇所からの出血が止まらない。徐々に体が冷えて行っているのがわかり、ますますそのことでも恐怖が増してくる。

 

そんな俺を気にするそぶりも見せず、魔女は腕を拾い上げる。

そしてそのまま腕に齧りついて肉片を口に含んで咀嚼する。

 

「……うーん…まぁまぁですね、至って平凡な味です。特に面白みもないですね、見た目通りの普通の味。優しいけどつまらない方ですね貴方」

 

ペッと口に含んだ腕の肉を吐き出して、そのまま俺の腕をポイと後ろに放り投げた。

投げ出された腕はそのまま魔女の霧の中に取り込まれ消えていく。

剣は粉々になって、もはや使えない状態になっている。

もはやいつ死んでもおかしくない状態。

今こいつに殺されていないのがすでに奇跡的な状況。

ほかの連中はどうなった?

 

「もうここらへんに貴方しか生きていませんし、簡単には殺さないでいてあげますから安心して下さいな」

 

全滅を意味する旨を冷酷に宣告する霧の魔女。

言いながら魔女は霧の塊で俺をつるし上げる。

両足と片方の腕を拘束されて、もう身動きも取れない

俺を生かすという意味に、回らない頭で立てたくもない予想が勝手に立つ。

そうではないかもしれない、そうではあって欲しくないという気持ちを含めて、俺は魔女に問う。

 

「ど…うし、て」

「あら、私に聞き返すんですか?なんて贅沢な方んでしょう、とっても欲深くて醜い。とても人間らしさが出てて醜いです。でも私はとても寛大な心を持ってるので特別に応えてあげます」

 

可愛らしい仕草になるように頭を軽く斜めに傾け、上目遣いで魔女は俺を見上げる。

 

「私と同じ魔女を探してるんです。知りませんか?憎たらしいほどの美しい銀の髪と思わずえぐりたくなるほど綺麗な赤い瞳をもつ子なのですが…」

「…………………ッ」

 

予想外の問いかけに思わず体が反応した。

直後に、自分のそんな反応を示してしまったことを呪う。

問いかけの答えには十分すぎるほどの材料を、迂闊にも俺は目の前の魔女に与えてしまった。

 

「あら?あらあらあらあら?もしや心当たりがお有りで?それはとても嬉しいです。探す手間が省けます。あなたを生かしておいて良かったです。あ、傷の手当てを先にしなくてはいけませんね。ごめんなさい私鈍くて、出血多量で意識がなくなるといけませんものね」

「あ……はぁ…はぁ…」

 

魔女による回復、人間の使う回復魔法よりも高度で、すぐさま痛みと引き、出血が止まる。

 

「はい、手当てしましたよ。魔女にここまでしてもらえるなんて貴方、とても幸せ者ですよ?さぁ、それでは彼女の居場所を教えて下さいな」

 

「……か、仮に俺が知ってるとしてお前に………お、教えると思うか……?」

 

取り戻した気力で、なけなしの強がりを、俺は目の前の化け物に見せる。

 

「………ふむ、それは何故ですか?私は人間ではなく魔女の居場所を訪ねているだけなのですが。人間ではない魔女ですよ?貴方たちからしてみれば鬱陶しいくらい憎い感情を向ける相手ではなくて?別に居場所を教えるぐらいわけないでしょう」

「………約束したんでな……あいつと……見返りを貰う代わりに、守るってな……約束は、大事だろ……?」

 

「貴方程度がどうして彼女を護れると思っているのかは甚だ疑問ですが……なるほど、それは確かに……なかなか強情な面もお有りなようで…………いいですよ、そういう一面があるのも素敵だと思いますから。……ですので…ですから、もう少しお楽しみを続けましょうか」

 

ふいに、霧がしなる鞭のような形に変わり、ゆらゆらと空中で揺れる。

今度はなんだ……と目に力が無くなりぼんやりと視界の中でそれを見上げていると、それは一瞬で姿を消した。

背中に、鋭い痛みが走った。

 

「………がッ…ああああああああああああ!!!!!」

「ふふふ、やはりいい声を出しますよねこれ、人間でも鞭打ちは好んで使うらしいのは感性が似てるようで少し癪ですが……拷問の類ではこれが一番気に入ってるんです、私」

「ふっ……ふっ」

 

それからどれくらいの時間が経っただろう、

一瞬か、それとも永遠か

分かるのは、この苦しみがまだまだ続きそうだということぐらい。

 

「不思議ですね、そうして涙目で鼻水ダラダラ垂れ流すあなたを見てるととても愛らしく思えてきます。こんな事初めてです…………でも、我慢するのも素敵ですけど、早く話したほうが楽になれますよ色々と。長引いて気を失ってもらうのも困りものですし…………はぁ、そうこう話してるうちになんだか喉が渇いてきました」

魔女が近づき、そっと俺の胸をさする。

それから距離を離して、手刀のような構えをとって、下から上へ腕を振り上げた。

俺の体から、血飛沫が鳴り、舞う。

 

「ぅ……あ……」

「ふふっ、もう声を張り上げる元気もありませんか。そうですよね、もうしばらく私に痛めつけられてますもんね、可愛そう、ごめんなさいね。でもそんな貴方の姿は私とても素敵だと思うわよ。ほら、魔女にこんなこと言ってもらえるなんてやっぱり貴方は幸せ者ね」

 

言いながら、俺の傷が開いた胸にちゅっと口付けをし、血を啜る。

 

「………ん…なるほど、さっきはつまらないと言いましたが、訂正しますね。いいですね貴方、とっても素敵。魔力を上手く出力できないのね、だからさっきは………なるほど、とっても素敵な血だわ、貴方。彼女の居場所を教えてもら会った後は貴方を肉団子にして携帯食にでもしようかしら」

 

ここまでか。

 

…………

祭り……結局行けなかったな…

申し訳ねぇな…約束したのに。

………あいつ、引き出し入ってる宝石に気づくかな。

未来なんて捨ててる、なんて言いながら俺、やっぱりビビリだからさ。

将来をちょっぴり考えたりして、実は少しだけ集めてたんだ。

中にはお前の瞳みたいに綺麗な赤い宝石とかあったりするんだけどさ。

せっかくだから、気づいてくれたら、あいつが持っていって欲しいな。

それで……そしたら、売るなりなんなり、好きにしていいから

そうすれば、しばらくは過ごせるぐらいの金は手に入るから。

 

剣、やっぱり忘れて出掛けて来てよかった。

もう一度だけ、会えたから。 

まだ関係持って浅いけど、でも確かに俺はお前の存在で救われた気がしたよ。

………。

もしかしたら、なんて。明日の話を話せる気がして、なんて。

…………ごめん。

ありがとう。

俺を優しく、受け入れてくれて。

こんな、もう子供でもなんでもないみっともない大人になった俺を、抱きしめてくれて。嬉しかったんだ。ほんとは凄く嬉しかったんだ。

ありがとう。

もっと一緒に、誰かと一緒に過ごしてみたいなんて、俺、初めて思えて。幸せがどういうものなのか、掴めそうな気がして。

ありがとう。ありがとうな……。

ほんと、ろくでもない人生だったんだよ、今まで。

ずっと何かに文句ばっかりで、ほんとは羨ましいくせに捻くれた見方で言い訳並べてみたりして、過ごしててさ。やり直すチャンスなんて、ほんとは何回もあったんだ。その度に俺、本当に大馬鹿だから全部不意にして、全部自業自得の癖に何もかもに見放された気になって。

世界のどこにも居場所がない様な気がして。

本当は………本当は、ずっと寂しかったんだ。

八つ当たりして、ごめんな。

 

………………はは。まだ、本当に、たった一晩、一緒に過ごしただけなのにな。

俺、お前にこんなに。

 

………なんで俺にそんな優しくしてくれるのか、なんて理由も聞けないまま、俺……もう、お前に………もう………まだ…………やっと…………

 

「あら、貴方泣いてるの?とっても愛らしいわ…大丈夫よ、ちゃんと大事に貴方は食べてあげるから、泣かなくてもいいのよ?」

「………ああ、恐怖で思わずな、悪いな」

「ふふっ素直な所も素敵ね」

 

なんでこの魔女がアリアを探しているのかは分からない。

だがそれで十分、それさえ分かっていれば俺のやるべきことはハッキリする。

 

もう猶予はない、だが覚悟は決めた。

意思を固めた目にはまた光が宿り、そして、

かつて天才だった凡人は、最後の悪あがきを決行する。

 

肌に直に触れている霧から感じる魔力の感触は十分。

これなら可能だ。いや、出来なければ俺には選べる選択肢すら無い。不可能ならば、選ぶことすら許されない。

出来ないからアリアの情報を吐く、なんてそんな事、あってはならない。

 

俺は俺の全てを懸けて、俺という人間の最期を、自分で選ばせてもらうぞ、大魔女。

思いつく方法は三つ。取りたい手段は一つ。

最後は、やっぱり、俺は剣に。

その一つを得るため、俺は全霊を尽くす。

 

「………………ん?貴方一体何を…」

 

辿る、魔力の流れを

触る、魔力の性質を

解析する、魔力の構成要素を

洞察する、魔力の本質を

掴む、魔力の本懐を。

 

そして、

 

全てを看破し、拘束せんとする片手にかかる霧を振り切る。

 

「ッ?!ありえません。私の魔法が解かれるなんて…ッ!」

これで、片手が自由。

大魔女の魔法の攻略という前人未到の偉業を成し遂げたことには目もくれず、自由になた手ですぐさま懐にしまっていたもう一つの短剣を抜き、その鈍い色を空気に晒す。

混乱したのだろう、冷静さを失い、おそらく普段ならしない防御の構えを大魔女はとった。

しかし

「残念だったな。お前に、あいつの情報は渡さない」

「……?…ッ!しまッ」

遅い。

狙いは大魔女ではない、そんなことしても大した攻撃にはならない。

そう、狙うは

 

「ッう''うえ"え"え"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ''!!」

 

決して止まることのないように、自らを鼓舞する雄叫びをあげ、自らの喉元に向かって思い切り短剣を突き刺そうと近づける。

 

その終りまでの刹那。

スローモーションのように、時間の流れがゆっくりと流れていく。

………走馬灯って、本当にあったんだな。

ああ、

結局、俺は()()にはなれなかった

でも、そうだな。

誰かの秘密を最後に守れて、剣で逝けるんなら。まぁ、悪くは無かったんじゃないか?

 

そんなことを思いながら脳裏には、笑いながら最後に別れたアリアの姿がぼんやりと浮かんでいて、

そしてついに、切先が喉元に触れようとした瞬間。

 

短剣が喉元を突き刺さんとするよりも先に、俺の片手が凍り、動きを止められた。

涼しい空気が辺り一帯を覆っている。

 

「…………よかった、間に合った」

声の主は、今目の前で驚愕し動きを固めている人物の者ではなかった。

 

その人物は

今、まさに俺が最後に思い浮かべていた。もう出会えることがない、そう思っていた者の…

声のする方に、顔をゆっくりと向ける。

そこには

今のこの場では不自然に感じるほど自然で、それでも悲しそうな笑みを俺に向けて、困り眉を作りながら、彼女は俺にこういった。

 

「時間になっても帰ってこないから、心配で……それで、迎えに来ちゃった」

 

 

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