魔女を匿う代わりに、ヤらせてもらう事にした。 作:焚火ゆらゆら
そこに居たのは、もう一人の魔女。
艷やかで美しい銀色の髪に、赤い瞳、落ち着いた可愛らしい顔立ち。
変身を解いた本来の姿。
だが、彼女の服装は世界を恐怖に陥れるようなものとは程遠く、どこにでもいる、ごく普通の、可愛らしい町娘のような格好で…
「あらあらあら、まさか貴方の方から来てくださるなん「エリクくんから離れて」」
最後まで言葉を待つことなく被せるように言い、氷の魔法を放つアリア。
静謐の魔女は難なく後ろに下がり、距離を取る。
同時に残りの俺を拘束していた霧が消え、俺は地面に落ちた。
膝がつきそのまま身体が前に倒れ地面に衝突するよりも先に、アリアは俺に近づいて、服が俺の涙と鼻水と血がないまぜになった液で汚れることも厭わず、当然のように胸の中に抱きとめる。落ち着く匂いと、柔らかな感触で気が緩まり一瞬だけ気を失いそうになる。
それからアリアは俺の手に自ら掛けた氷を溶かし、それと同時に、俺にひんやりとする回復魔法をかけた。
彼女に会えたことの安心感と、すぐさま先のことを考えて不安の感情がない混ぜになる。
「酷い怪我だね」
まるで自分が怪我したかのような沈痛な表情で、アリアは言う。
薄く途切れかける意識を何とか保ちながら、俺は口を開く。
「……俺の事はいいから、さっさと逃げろ。目の前の敵だけじゃない、いつ他の人間に気付かれるかも、それこそ勇者が来るかもしれない。だから、逃げろ」
さっきまで内心でみっともなくアリアに対して語っていたのに、つい目の前にすると素直になれず、素っ気ない態度を思わずとってしまう。その自分の一貫性のなさにあきれながらも、俺はアリアに伝えるべきことを伝えた。するとアリアはすべてお見通しだと言わんばかりに、頭を撫でてくる。
「………私の胸の中でそんなこと言って強がっても、説得力ないよ、エリクくん」
その一言で、俺はもう彼女が来てくれたことの安堵と嬉しさを隠しきれなくなり、まだ戦況が変わっていないにも関わらず、表情を緩めて身体の力を抜いてしまう。
「はは……手厳しいな」
「こうみえてとっても心配してるんだよ?」
「分かってるよ………ちゃんと」
「ほんとに?」
「ああ」
「なら、良し」
「………悪い、服汚しちまったな」
「それも、今は気にしなくていいの。大丈夫、洗えばきっと落ちる」
そういう問題か?そんな場違いな事を思いながら、ふいに正面から魔法の攻撃が降りかかる。
アリアは目線もくれずに、治癒魔法は行使したまま、まるで体の一部を動かしているかのようにもう一つの魔法を並行して発動させて氷壁を作り、難なくその攻撃を受けて相殺する。
というか魔法って並行して発動できるんだな、とぼんやりと思った。
「もう少しだけまってよ」
「あらごめんなさい、私の目の前でそんな風に睦合われるのは実に不愉快なのでつい我慢できずに邪魔しちゃいました。でも、あなたそんな顔が出来たんですね、私いつも貴方のこと無口無表情でつまらない方だと思っていました」
「それで間違ってないよ。私は見せたい相手に見せてるだけだから」
防戦一方になることも許さず、アリアは俺を抱いたまま魔法を行使し、それから相手の四方八方に生成した氷の槍を、矢継ぎ早に相手に注いだ。だが、相手もそれを難なく防いだ。
「まぁ、なんて殺意のこもった攻撃。貴方がこんなに分かりやすく敵意を向けるなんてとても珍しい……そこまで大切な方なんですか?その方は」
「大切だよ。だから私、エリクくんをたくさん傷つけた貴方に今とても怒ってる」
「まぁなんと、貴方にそんや感情を向けて頂けるなんて、素敵……」
どちらも、まるでそれが当然かのように詠唱を唱えず魔法を使って戦いをしている。
死角からやってくる斬撃の様に飛んでくる霧もなんなくアリアは迎撃し、氷の魔法で叩き落す。どちらも魔女の格を示す攻防一体を繰り広げる。だが、
「お荷物を抱えながら何処まで戦えますか?」
俺を庇いながら戦っているせいで、アリアが不利になっている。それに、このまま拮抗して戦いが長引くのもまずい。
「アリア……もういい、俺の事は置いて」
「相手の言う事を真に受けないの。お願い、私を信じて?」
「……悪い」
「ううん、いいの」
言いながら俺の頭を抱えている腕に少しだけ力を入れて、より胸に深く沈めるアリア。
その言葉を聞いた静謐の魔女の様子が少しだけ変わる。
「流石、魔王様が作り上げた最高傑作。……ですが、いくら素質があろうとも、それにかまけて魔法の鍛錬を怠った貴方が、日々研鑽を積んできた私に勝てると本当にお思いで?」
「思うよ」
「あらあら……ですが、その自信は一体いつまで続くのでしょうね」
威力が下がるどころかさらに増していく攻撃、
だが、アリアはすかさずこれに対応し、全ての攻撃を凌いだ。
「うーーん、平行線ですか。悔しいですが認めざるをえませんね、はぁ……いい加減、大人しく私と一緒に付いてきてくださればもっと楽なのに……」
「ごめんね」
「ですが、倒せる有効打がないのはそちらも同じでは?このまま続けるもりなら、それは愚かと言わざるおえませんねぇ…。流石に私のほうが魔力量では上なので貴方の魔力切れが起きるほうが先ですから…」
「そうだね」
肯定するアリア。攻撃を受け流せると言っても、やはり決定打となる攻撃手段を持ち合わせていないのだろう。
それは事実上、先にある敗北の未来を確定させたことを意味する。
だが、アリアの表情は至って平静で、敗北を認めたような様子には見えない。
そしてアリアは次いで、静かに口を開く。
「あなたは、一つ勘違いしてる」
「……はて、何のことでしょう」
「私はそもそも最初から、一人で倒そうなんて思ってないってこと」
「………よく分かりませんが、どういう」
「答えるつもりはないよ。私はただ、時間稼ぎがしたかっただけだから」
すぐさまアリアは静謐の魔女の足下を凍らし、足止めをする。
アリアの左手に、青く光る魔力が宿る。
「ふーん。それで、何をするおつもりで?」
酷くつまらなそうなものを見るように、静謐の魔女は問いかける。
「これは待っててくれるんだ。やさしいね」
「いえ、ただの興味本位です」
「そ、じゃあ遠慮なく」
アリアは静謐の魔女に向けてその左手をかざし、こう唱えた。
「【閉じろ】」
相手を囲むように地面から現れたのは、教会を連想させる氷の建物。
人一人を閉じ込めるのにはやや過剰とも言える大きさ。
完全に顕現した後、まるでさっきまでの戦闘が嘘かの様に辺り一帯が静かになる。
結界術ってやつか。
俺はそのまま氷の教会からアリアの方へと目線を移す。
「これでしばらくは出てこられないから、ひと安心」
ふぅっと一息つき、額を拭う仕草をするアリア。
だがあまり時間は残されていないはずだ。
「…これからどうするんだ?」
名残惜しさを無視して、俺はアリアの胸元から離れて立ち上がる。
「もちろん、あの人に勝つの。その為にエリクくんにも協力してほしい。手伝って、くれる?」
勝利を見据えている彼女の声には、何処までも力があった。
「……俺に出来ることがあるなら」
「ありがとう」
俺がそう言うと、アリアは嬉しそうにはにかむ。
次第に恥ずかしそうにもじもじとして、様子が変わる。
「……ほんとはもっと時間かけて、こういうことはしたかったんだけど……でも、これはお互い様ってことで、我慢してね」
目線を下に向けて恥ずかしそうに独り言をブツブツと言ったかと思えば、アリアはそれから上目遣いでこちらを見上げる。
「……?」
「えと……エリクくん」
「ああ、何だ」
「今ここで、私と夫婦になって、くれる?」
唐突な提案に、少し戸惑う。
「いきなり……なにを」
アリアの目をみて、聞き返そうとするのを踏みとどまる。
「…………………」
アリアは至って真剣な目つきでそう言っている。華奢でひんやりとする両手で俺の残った方の腕の手を胸元に寄せてつつみ込んで、やたら火照ったような頬を晒し、潤んだ瞳でじっと俺を見つめている。
何でそれを……なんてのは、今言うべきことじゃないのだろう。
俺はアリアの問いに、ありのままの思いの丈を伝える。
「俺なんかで良ければ……てか、ほんとに俺でいいのか?」
「もちろん。君だから、いいんだよ。君だから、私はそう言うの」
「俺は弱みに付け込んで抱かせて貰うような最低男だぞ」
「私は沢山の人から恨まれて、憎まれて、嫌われている、わるい魔女だよ?」
そう答えるアリアの表情はひどく穏やかで、何処までも俺を信じてるといった様子だった。
出会い方も、順番も全部チグハグ。
多分俺はここでもアリアの思いの丈を正確には理解していない。
それでも、強欲だと自覚しながらも、目の前の女の子を誰にも渡したくないな、と思ったり。
「………俺、で……俺なんかで良ければ、アリア」
「はい」
「俺と、結婚してください」
「喜んで……じゃあ、誓いの儀式をするね」
握っている手はそのまま、アリアは誓いの宣言を立てる。
「私の旦那様になる方。貴方は病める時も、健やかなる時も魔女、アリアと共にある事を、誓いますか?」
「誓います」
「私の旦那様になる方。貴方は悲しい時も、喜びの時も、奥さんとして迎える魔女、アリアと、いついかなる時もこれを分かち合い、寄り添い合うことを、誓いますか?」
「誓います」
「私の旦那様になる方、貴方は生涯に渡って魔女、アリアに愛を注がれる事を受け入れることを……誓いますか?」
「誓います」
「私の旦那様になる方。……貴方は……エリクくんは、妻となるわたしの事をずっと愛し、愛し続けることを…………誓ってくれますか?」
「誓います」
「……では、その証しとしての誓いのキスを、わたしと」
下唇を噛んで口端から血が流れることも気にせず、そのまま上を向いて目を瞑り、こちらからの誓いの接吻を待つアリア。
俺は彼女の腰に手を添え身を寄せ、その柔らかな唇に自身の唇をそっと重ねた。
誓いのキスは、鉄の味がした。俺は喉を鳴らしてアリアの血を飲み込む。
途端に俺とアリアの間に、確かな繋がりが出来たのが感じられた。
こうして俺たちは互いに契約を結ぶ形で、夫婦になった。
「……これで、エリクくんはわたしのことを堂々と好き放題、出来るよ」
唇をそっと離して、からかうようにアリアは言う。
「……堂々とは無理だろ」
「ふふっ……そうだね………………それじゃあ、エリクくん」
不意にアリアは胸元のボタンを空けて、胸元を露出させた。
だが、それだけじゃなかった。胸元には光が宿る。
「わたしは、貴方があの人に勝つ所をみたい。その為に必要な武器を、貴方に与えるから。………だから勝ってね、私の旦那様。わたしの、私だけの
説明されるまでもなく、俺はそれが何を意味するのかを、何をすべきかを既に感覚的に理解していた。
「アリア」
俺は彼女の名前を呼ぶ。
「はい」
アリアはその呼びかけに答える。
そして俺は彼女の胸の中に手を入れ、中にあるそれをしっかりと掴み、引き抜いた。
横から氷の教会がひび割れる音がし、そして崩れる瞬間と同時だった。、
中から無慈悲な鋭い霧の刃が俺たちを襲う。
それを俺は剣で薙ぎ払う。
あらゆる魔法の効力を打ち消す性質を持ったこの剣は、静かに全てを無力化した。
姿を表した静謐の魔女は、不愉快そうに俺の手に持っている剣を見ていた。
「………何をしていたかと思えば……貴方が何故それを?それは魔王様だけが持つことを許された剣ですよ?貴方ごときが手に取っていい代物……いえ、そもそも扱えるようなものではありません。なのに何故……」
「これは元々エリクくんのだよ、あの人のものじゃない」
「……………不愉快です」
そう吐き捨てるように言い、今までには無かった濃密な殺気が込められた魔法の攻撃が、俺たちを襲いかかった。
横に一線、剣を振りすべての攻撃を無力化し、同時に周囲の霧を晴らす。
戦闘を長引かせるつもりはない。一瞬で片をつける。
握っている剣からは、アリアが長年に渡って注いでいたであろう魔力が感じられた。多分、俺と出会うその瞬間まで、アリアはこの剣に自らの魔力を限界まで注ぎ続けていたのだろう。だからあんな暗い路地裏で一人で無防備でうずくまって……。
この剣を扱うのに必要になる緻密な魔力操作は、俺と誓いを立てたことによって接がったアリアが肩代わりしてくれている。
その副産物で、俺自身が行使する魔法に対しての魔力操作も容易になっていた。
「エリクくん、腕。繋げられる?無理だったら私の血を使うから……」
いつの間にか、アリアは両の手で俺の吹き飛ばされた腕を抱えて持っていた。
「大丈夫だ、今なら出来る」
「ん。じゃあ、合わせるね」
右腕を切断された箇所に合わせてもらいながら、俺は腕をくっつける。回復魔法の影響で蒸発したような音が鳴り、湯気が立つ。
切られた腕は元に戻り、完治。
「……色々と、ありがとうな」
「私は夫に尽くすタイプ、だからね」
ふんすと鼻を鳴らし、両手を腰に当てて胸を張るアリア。
俺はそれを見て少しだけ笑ったあと、すぐに引き締め直した。
「……これを使うのも久々だな」
チリリっと体の周囲が電気で覆われる。昔の才能があった自分を再演できた喜びに浸る事もなく、俺は目の前の敵を見据えた。
「最後に何か言い残すことはあるか?」
「さっきまで息も絶え絶えだったクセに、随分と威勢が良くなったのですね。やはり人間は醜いですね……凄いのはその剣であって貴方ではないのに、自分の力だと勘違いして………早くその方と手に持っている剣を渡しなさい」
「…………お前の言うとおりだと俺も思うよ。これは、本当の意味では俺の力じゃない……それでも、倒させてもらうぞ」
「やって御覧なさい」
相手は、手をこちらに翳すモーションを取る。
だが、その動作が完了するまでの時間で全てが事足りた。
俺は、自分の足に力を込め、雷速を持って相手を切り捨てた。
追い風が後から吹き、魔女が倒れ、そのまま身体が塵となっていき崩れていく。最後に何かを呟いていたようだったが、俺はうまく聞き取れなかった。
決着は、あっけなく幕を閉じた。
「エリクく………」
「悪いアリア、運ぶぞ」
余韻に浸るまもなく、魔法を解かずにそのまますぐにアリアを抱え上げて、致命的な痕跡がないかだけを確認してからその場を後にし、森の中へと入る。
数キロ先で、異変に気が付いた団体がこちらに向かっているのを感知出来た。
勇者がこの街に滞在してなくて良かったな、と俺は心から思った。
いたら勇者はきっと駆けつけてくる。
「……お姫様抱っこ」
「…ご不満ですか?お嬢様」
「ううん、とっても嬉しいよ。でもちょっとピリッとするね」
「それはごめん」
「いいよ。それに、慣れたら痛気持ちいいかも」
言いながらアリアは頭を俺の胸に預けて、力を抜いた。
街の近くまで近づいてから、ようやく魔法を解いた。剣を手放すと、ふっと姿形が消えた。同時に全能感がなくなり、疲れがどっと押し寄せてきた。
名残り惜しさを無視して、俺はアリアを地面にそっと下ろす。
「変身魔法は使えるか?今から身を隠しておいたほうがいいだろ、多分」
「……もう魔力、殆ど残ってないや」
「……まじですか」
「うん、まじです」
てか結構ギリギリだったんだなさっきの戦闘。
どうするかと考えて一つ、俺は思いつく。
「俺の血を吸えば魔力回復の効率はいいよな」
「それは……うん。でもエリクくん、いいの?」
「……少しぐらいなら。それに、アリアの身を隠ずほうが優先だ。だから遠慮せずに吸ってくれ」
吸いやすいように衣服を緩めて、うなじを晒す。
そうして吸われ待ちしていると、なんだかアリアの様子が変になり始めて。
「エリクくん、実をいうとね。私いま、とってものどが渇いてて」
「あ、ああ」
「ちょっと我慢が出来ない、かも……」
「あの……アリアさん?ちょっとですからね?俺倒れるからあんまり吸い」
「はむっ」
両肩をがっしりと抑えられ、そのまま首元にかぶりつくアリア。
俺は全てを諦めて、事が終えるまで座った状態で近くの木に寄りかかり、そのまま目を瞑った。
再び目を開ける頃。後頭部には柔らかな感触があり、そして目線の先には二つの大きな山が視界いっぱいに広がっていた。
「…どれぐらい寝てたか?」
「あ、起きた……まだ数分くらいだよ。…ごめんね、我慢できなくて」
「気にしなくていい。それより、魔力は回復出来たみたいだな」
「うん……お陰様でね。……ほんとにごめんね」
「ほんとに、大丈夫だぞ。気にしてない」
「代わりに家に帰ったらね、私に好き放題、してもいいよ?」
「……それ、アリアがされたいだけなんじゃないのか?」
「ありゃ、ばれちゃった」
可愛く舌を出して悪戯がバレた子供のようにアリアはケタケタと笑う。
遠くでドンっという音がなり、同時に地響きのような音が振動として地面越しに身体に伝わってきた。祭りもそろそろフィナーレに近づいているらしい。
「……祭り、今から行っても殆ど売り切れだろうな」
「わたしはそれでもエリクくん行ってみたいけど……もうそんな元気ない、よね?」
「いや、まだ動けるし俺も行きたいと思ってたから……アリアがいいなら、今から一緒に行かないか?」
本当は、今すぐにでもベットに直行したいほど眠りを身体は欲していたが、それよりもアリアと少しでも祭りに参加してみたい気持ちのほうが強かった。そして、それは向こうも同じのようで……
「ありがとう。エリクくん。じゃあ、あと少ししたら一緒に行こうね」
「ああ」
再びドンっと遠くから爆発音が鳴り、一瞬だけ辺りが明るくなる。
その瞬間に照らされたアリアの顔が、とても美しくて。
このくらい森の中だからこそハッキリと見える夜空に輝く星々と共に、俺はそれを決して忘れないように脳裏に焼き付けた。
二人のイチャイチャが見たいのでそっち方面にしばらく話を振ると思います……