魔女を匿う代わりに、ヤらせてもらう事にした。 作:焚火ゆらゆら
「朝からなにイチャついてるんだよエリク」
食後のデザートを食べていた時に、横から声が掛かった。
みれば、見知った顔の青年がいた。
ソロで活動し、他者交流を積極的にしない俺にもすれ違う度に声を掛けて来てくれるような好青年だ。
最近、第三等級冒険者になって新しいと聞いた。
「ロイド」
「よっ」
ロイドは片手を上げて答える。
相変わらず気さくな性格だ。
「いちゃついてるって……別にそんな事ないだろ」
「いやいや、そんな事あるから。隣に座ってる子、お前の彼女だろ?」
ロイドは確認を取ろうと隣のアリアに目を向けて俺に聞いてくる。
相変わらず人にさりげなく聞くのが上手い。
ちょっとしたことでも、何気ないことでもこうして人から情報を集める習性が、この男にはあった。
どう答えるか少しだけ考えていると、ふいに横にいるアリアが繋いでいた手を離してちょいちょいと腕をつついてくる。
そしてじーっと俺の顔をそのまま見る。
それは、何かを期待しているような表情にも見えて、アリアが俺にどういって欲しいのかが分かってしまった。
少しだけ気恥ずかしさも覚えながら、俺はアリアの期待通りの言葉を選ぶことにする。
「あー、隣にいるのは彼女っていうか、俺の…嫁だ。最近結婚したんだよ、俺たち」
「ふふん。夫がいつもお世話になってます」
満足げにロイドに挨拶をして軽く頭を下げるアリア。ずいぶん楽しそうだ。
「………まじかよ。いやマジか、予想以上の返答に一瞬固まっちまったわ、そうか…お前が結婚か……いやびっくりだわ」
「なんだよ、そんなに変か?」
「いや変っていうか、お前いつも人に話しかけてほしくなさそうだったし、交流も積極的にとらなかっただろ。だから当然恋人なんていないだろうと思ってたからな」
「予想が外れて残念だったな。俺にだって一人や二人くらいいるよ」
「いやいや、悪かったって。だからそんな拗ねるなよ」
「へっ」
憎まれ口を叩きながら、俺は一口コップに入った水を飲む。口ではこう言っているが、内心のところ俺もロイドの立場だったら同じような感想を抱くだろう。いつも一人で陰気臭く誰と積極的に交流もせずに黙々と冒険者をしていた奴がいきなり結婚するなんて、驚き以外の何もんでもない。
最も、そもそも積極的に接する人が少ないのだから驚いてくれる人も少なく。ぶっちゃけ目の前のロイドぐらいだろう。
「……そうか」
今度はロイドが俺たち二人を見ながら穏やかな口調でそう独り言を言う。
「?なんだよ、まだなんかあんのか?」
さっきまでの態度とは変わっていきなり和やかな雰囲気を醸し出すもんでついそんなことを言ってしまう。
気にしたそぶりもない様子で、ロイドは被りを振った。
「いや、何にも。取り敢えずおめでとさんってだけは言っとくわ。よかったじゃん。大事な人ができて、守りたいもんが出来て」
「………そりゃどうも」
「ただまぁ?奥さんの前で元カノの存在をチラつかせるような発言は今後は控えるんだな」
笑いながらそう言うロイド。なんのことだ?
そう思いアリアの方を見ると、むくれた表情で俺を見ている。ついでに二の腕をつままれた。
引き攣った顔でアリアを見る俺を見てロイドはさらに笑う。
「じゃあな。今後とも上手くやれよ」
「う、うるさい。さっさといけ」
ロイドはひとしきり笑った後、手を軽く振って別れを告げて、近くの仲間たちの元へと合流した。
若干の沈黙が続く。なんだか気まずい。
「私はエリクくんが初めてなのに、エリクくんはそうじゃないんだ。ちがうんだ」
「あ、アリア。あれは違うぞ」
「何が違うの?」
アリアはヒヤリとする、詰めるような口調で俺に問いかける。背中に少しだけ汗が流れてくる。ギルド内は比較的涼しいはずなのにさっきから汗流しっぱなしだ。多分もう服は汗臭いはず。いや、今はそんなことよりも。
「あれは売り言葉に買い言葉というか……恋人といえるような関係持ったことなんて、アリアと出会うまで人生で一度もなかったよ」
齢二十歳を過ぎ、恋人歴が実は白紙でさっきは見栄で嘘を張っていたことを正直に言う。
というか恋人どころか友人すら数えるほど。ろくに経験を積んできていないな、と我ながら思う。
どう反応返してくるのか待っているが、アリアはさっきからずっと黙ったまま、何も言わないで顔を下に向けている。
どんな表情をしているのか見えず不安になってくる。もしかして信じられてない?
「ほ、ほんとだからな?アリア、俺ほんとに今まで恋人とか出来たこともないし、なんなら人生で一度も恋人とか関係なく肉体関係すらも」
焦り気味でなんとか言葉を放り出す俺の口を人差し指で静止させる。そこで、わずかに肩を震わせているのに気がついた。
「もう、エリクくん?ここはお家の中じゃないんだから、そういうこと言わないの」
言いながら顔を上げたアリアは笑っていた。
「どの口が言う……て言うかもしかしてこれ、俺ただ揶揄われただけか…」
「うん、ごめんね。ちょっと面白くなっちゃって」
「はぁ……」
指をずらして、そのまま俺の口端に移動させて何かを掬い取った。
アリアの細くて綺麗な指の先をみれば、粒状のものが乗っかっている。
「口元についてたよ」
「あ、あぁ…ありがと」
「いいよ」
いつもと変わらない、涼しさを感じさせる落ち着いた佇まいのアリアがそこにはいた。本当に揶揄っているだけで、気にしているとかではなさそうだった。
そのまま掬い取った粒をアリアは当然の様にぺろっと舌の上に乗せて自分の口に含む。
その一連の所作に一瞬だけ見惚れてしまうが、ふと我に返って俺は自分の耳が赤くなっているのを感じながら視線をテーブルに移す。
「……あなたも大概人の事を言えないでしょ」
「ふふっ。そう、かも?」
突然顔を俺の方に近づけてくる。端正な顔と大きい目が近くに迫ってきて、俺はキスされるのだと思った。
だけどそんなことはなく、アリアは顔を俺の耳元に寄せてこう囁く。
「私の中にある剣ってね、相手が過去に一人でも別の人と恋仲になってたり、体だけでも関係を持ってたりすると取り出せないの。だから、最初からわかってたよ。エリクくんの初めてが全部私のもの、だってことは」
生暖かい吐息と、アリアの溶けるような囁く声でぞくりとする。
さっきのイタズラがバレた子供の様子とは打って変わって、魔女相応の妖艶さ纏った雰囲気で俺にネタバラシ。
手のひらの上でコロコロ転がされているのは、今に始まったことではない。でも、アリアが本当は魔女にふさわしい悪女だとしても、俺はもう虜にされているから為されるままなんだろうな、と他人事のように思った。
気にせずのまま残りのデザートを食べ始めて、周りの視線をまるで気にする様子がないアリア。俺はもうすでに辺りを見るのが怖いから無理やり机に視線を固定している。
ずっとそうしている訳にもいかないので、さっさと食べてしまおうとアリアに習って残りのデザートに手をつける。
見なくても遠くからロイドが呆れた様子でこっちを見ているのがわかった。
「ん、美味しい」
ご満悦な様子。
アリアは甘いものが好きらしかった。
俺もどちらかと言えば甘党だが、アリアほど表情に出すくらい好きなわけでもない。
ほどほどに好きだ。
……さっきから周囲の視線が痛い。めちゃくちゃ目立ってるなこれ。
さっさと出ようと、食べ終わってから俺はすぐに席をたちながらアリアの腕を掴んでギルドを出た。