僕はアイズ・ヴァレンシュタインさんに憧れていた。
『………大丈夫ですか?』
『あの……大丈夫、ですか?』
あの時助けられて、その輝きに、美しさにどうしようもなく魅せられてしまった。憧憬を抱いてしまった。
いつか隣に並び立ちたい。僕を見て欲しい、一緒にいたい、彼女の事を知りたいし知って欲しい。
そんな漠然とした願いや憧れがどれほど分不相応なものなのか、僕はちゃんと分かってなかった。……彼女がどれほど高みにいるのか、理解していたつもりで理解していなかった。
馬鹿みたいに浮かれて、いつか隣に立てたらいいだなんて都合の良い事を考えながら、その為に具体的に何かをしようとは考えもしなかった。
その結果を今、見せられている気がする。
都市最強派閥、ロキ・ファミリア。多分、アイズさんに最も近いところにいる強い冒険者たち。彼女と共に戦える強さを持った人達。僕が今、一番欲しいものを持っている人たち。
「『スリープ』」
「!?な、なんっ…………っ…………………………」
その中でも一際強そうな男をあっさりと倒したカズマ。
「ミ、ミツルギキョウヤ!い、今のはなんだ!?魔法か!?魔法だよな!?魔法なんだろ!?く、詳しく!詳しく聞かせてくれると嬉しいのだが!!」
「ちょ、まっ、誰だ!?て、てか顔ちかっ……!」
都市最強の彼等と混ざっても何ら違和感のないカズマ。
…アイズさんの隣に立って今すぐにでも戦えそうなカズマ。
……強くて頼りになって、一人で何でもできそうなカズマ。
きっと僕に会うまで色々な事を乗り越えて、何か大きな事を成し遂げてきたであろうカズマ。
それに対して、僕はどうだ?憧れに焦がれて浮かれるだけで、何もしなくてももしかしたら何時か──なんて甘い考えを抱いて、挙げ句の果てにはカズマに、仲間に……羨ましいだなんて嫉妬に近い感情まで覚えてしまって……。
「……………っ」
…恥ずかしい、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしいっ!!!!
自身の弱さに、脆弱さに叫び出したくなるくらいの羞恥を感じて、血が滲む程に強く手を握り締める。
何だ!?何なんだ僕はっ!?何でこんなに情けなくて、格好悪いんだ!?
この様で、アイズ・ヴァレンシュタインさんの隣に立ちたいだなんて思い上がりにも程があるっ……!!
「…‥………………っ」
情けなくて悔しくて恥ずかしくて、僕は今すぐこの場から逃げ出したい衝動に駆られてしまう。だけどそれじゃ駄目なんだ、逃げ出したって弱い自分は変えられない。そのままずっと弱い自分が続くだけだ。
……本当にそれでいいのか?
僕はもう一度、アイズ・ヴァレンシュタインさんに視線を向ける。
彼女は、僕を見ていない。当然だ、今この酒場にいる人たちは全員偉業を成したカズマの方に注目している。それはアイズさんも例外じゃない。
アイズさんも、カズマのことを見ている。
「……………………………っ」
……強く、なりたい。彼女の視界に入れるように、彼女の隣に並び立てるように、彼女と共に戦えるように……強くなりたい。
誰よりも、カズマよりも、アイズさんより強くなって……憧れに手を伸ばしたい。相応しくなりたい。
アイズ・ヴァレンシュタインさんに釣り合える男になりたい……!
強くならなきゃ、そもそもアイズさんの視界に入る事すら不可能なんだ。
だったら…だったら僕は……!
「……シルさん、このお金カズマに渡しといて貰えませんか?足りなかったらいけないので」
やる事は決まった。弱くて情けなくて格好悪い自分を変える為には……強くなるしかない。
そう決意して、シルさんに僕の分のヴァリスが入った袋を預ける。
「え?ベルさん、これは……」
「僕、今からダンジョンに行ってきます。カズマには、先に帰ったって伝えておいてください」
「ダンジョン!?今からですか!?き、危険ですよ!せめてカズマさんと……!」
「……お願いします、僕強くなりたいんです。カズマに頼ってばかりじゃ駄目なんです。……お願いします」
そうだ、カズマに頼ってばかりじゃ駄目なんだ。昨日だって、ミノタウロスと相対して生き残れたのはカズマのお陰だった。
『……!!ベル!あっちだ!!隠れるぞ!!』
『!!……わ、分かった!!』
『『クリエイト・アース』!からの『ウィンド・ブレス』!!』』
『ブモッ!?モォォォォォォォォォォォォォォ!?!?!?』
『行くぞ、ベル!!』
窮地に至っても、カズマは冷静に正しい判断をしていた。
『『狙撃』』
『もういっちょ『狙撃』!』
『っ……よしっ!『クリエイト・ウォーター』!『フリーズ』!!!!』
『はぁ…はぁ……逃げるぞ!ベル!!もうあいつは両目が見えちゃいない!!他の冒険者だって逃げられる!!今のうちにギルドに行って強い冒険者様に倒してもらおうぜ!!』
カッコいいと思った。英雄みたいで、僕もそうなりたいって。
でも……ただ憧れるだけじゃ駄目なんだ。
ただ憧れてるだけじゃ彼女にも、彼にも追いつけない。
憧憬に焦がれるだけの、何者にもなれずに終わってしまう。
そんなの…そんなの僕は嫌だ……!
「……はぁ、そんな顔されたら止めようにも止められませんよ。……一つだけ約束してください。…絶対また、ここにご飯を食べに来てくれるって」
「!……はいっ!行ってきます!!」
「ふふっ、いってらっしゃい。ベルさん」
そう困った様に微笑むシルさんに少しだけ勇気付けられた気がした僕は、その勢いのまま店を飛び出して、ダンジョンに向かって走り出した。
「(強く……なりたいっ…………!!)」
目から溢れる涙は、今はまだ僕が弱い証。そしてこれから目指す頂へのスタートライン。
今日の事を忘れない、この痛みと決意を忘れない。
絶対に。
「(ベル・クラネルが弱者であると言う事実を改めて心に刻み込め!そして進め!!走り続けろ!!)」
情けなくてもいい、格好悪くてもいい。泥だらけになったって構わない。
だけど止まるな!憧れに手が届くその日まで!!
「強くなるんだ…!"証明"するんだ!!僕もあの人達と一緒に戦える……!そんな……!!」
──英雄になれるって。