望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第九十七話 6層の洗礼

 

 基本的に、迷宮は下層に降りれば降りるほど、難易度もとい、生息する魔物の脅威度や環境の劣悪さが増していくという。

 

 これは、迷宮というものがダンジョンコアの齎す魔力汚染と現実の修正作用が相互作用して生み出されるという経緯が理由だ。

 

 つまり、浅い階層ほどダンジョンコアから遠く、現実の修正力が強いため、魔物は弱く環境も現実のそれに準じる。そして深くなればなるほどその逆だ。

 

 ヌルスの見込みではそれに加え、下層ほど階層全体のトータルの魔力が増しているのではないか、という疑惑があるが、これもこの原理を考えれば有り得る話だ。

 

 そして5層は不快指数の高い環境に加え、人食い瘴気が立ち込めているという、階層全体の構造そのものが冒険者を苦しめに来ていた。

 

 では6層はいかなる環境か。

 

 転移陣を潜った一行を待ち受けていたのは、一歩先をも見通せないほどの漆黒の闇だった。

 

「うわ、真っ暗」

 

「エルリック、迂闊に前に出ないで」

 

 松明を黒髪の少年が翳してみるが、周囲の視界はかなり悪い。気のせいか、5層に比べると炎の照らし出す範囲が狭い。まるで光を闇に吸われているかのようだ。

 

 一方、ヌルスの方はというと、殆ど影響はないようだ。5層もそうだったが、魔物であるヌルスは暗闇を苦としない。視覚でも聴覚でも嗅覚でもないとすると、一体どういう理屈で外界を認識しているのか相変わらず自分でも疑問に思うが、まあ便利なのでこれはこれでいいだろう。

 

 問題は、人間のアルテイシア達と一緒に行動する際は気を遣う必要があるという事である。彼女らがどれぐらい見えているかもわからない以上、迂闊な事をすると特異性が露になってしまう恐れがある。地図さえ埋まっていればそれなりに誤魔化せるのだが。

 

『6層についてはどのぐらい聞いている?』

 

「いえ、あまり。現段階での最前線という話ではあります。一つや二つ、ギルドに報告せずに7層に潜っているパーティーがあるかもしれないですが、逆にいうとそのぐらい、という事ですね。あとは……そうですね。ここは、純粋な実力が問われる場所、とも聞いています」

 

《実力、ねえ……》

 

 入口から見通せる範囲で見渡してみる。見た所、ゴツゴツとした岩肌剥き出しの洞窟が奥へと続いているようだ。5層と違って不快指数が極端に高いという事もなく、むしろ人間からすれば見通しが悪い以外はかなり快適な環境なのではないだろうか。まあそう思わせておいて、瘴気のような初見殺しのトラップがある可能性もあるが、アルテイシアがそういった事に触れないとなると本当にないのだろう。

 

 となると、実力が問われる、というのはつまり……。

 

「んー。噂の6層かぁ。どうする?」

 

「本格的に攻略する前に、一当てしていきましょう。ここの魔物の強さを把握しておきたいです。あ、頭上には注意してくださいね。デスマントとかいう、上から降ってくる魔物がいるそうです。捕まったらほぼ即死という話ですから」

 

「うげぇ」

 

 言われてヌルスは慌てて頭上を確認した。見た所そういった魔物らしき姿は見えないが、ここは闇に目を潰されないヌルスが注意しておくべき案件だろう。

 

『どんな魔物なんだ?』

 

「平べったい布みたいな姿らしいです。体の裏からとんでもない強酸を出して捕らえた冒険者を溶かしてしまうのだとか」

 

《強酸かぁ……》

 

 少し自分の体を見下ろしてヌルスは唸った。5層での体験からして、多分冒険者とヌルスの区別なく捕まったら終わりだろう。というか、そのデスマントがこの階層に棲む魔物というなら、同じ魔物でも溶かしてしまうほどの強酸なのだろうか?

 

 ヌルスに出しうる最高レベルの強酸でも5層の雑魚には通じなかった。一体どれほどの酸性なのか想像もつかない。

 

《……本当に気を付けよう》

 

「この空間は、光が遠くまで届かないようですね。地味ですが、物理法則が歪み始めているのかも。迷宮の深層ではよくある事らしいですが……」

 

「深層、ねえ。となるとやっぱり、この巣窟迷宮エトヴァゼルは10層構造とみるべきなのかな」

 

 おっかなびっくり、松明で周囲を照らしながら先に進む。アルテイシアのつぶやきを拾ったロションが、顎に手を当てて確信を突いたような意見を述べた。

 

《なるほど。確かにそうとも取れるな。そうか、すでに過半数は越えたか……》

 

「おかしくなっているのが、光の届く範囲だけならいいんですけどね。一応注意してください」

 

「あいよー」

 

 そんなやりとりをしながら進む事100歩ほど。

 

 不意に先頭を進むエルリックが足を止めた。同時に、ヌルスも魔力反応を感知する。

 

 ここまで近づかれるまで気が付かなかった。光だけではなく、魔力の波長のようなものも拡散しやすいのかも知れない。それを考えると、魔術の射程も変わっていそうだ。

 

 一行に緊張感が満ちる。ヌルスはとりあえず触媒を風属性のそれに切り替えつつ、一行の盾になるべく前に出た。

 

 半歩下がったエルリックが、闇の奥へと光が届くように松明を持ち上げる。その明かりに照らされるようにして、闇の中に浮かび上がる異形の姿。

 

「キキキ……」

 

「クヒヒヒ……」

 

 現れたのは、下卑た笑いを零す亜人タイプの魔物が二匹。子供より少し大きいくらいの背丈で、肌は濃緑色。鎧や服はまとっておらず、裸同然の素肌に腰蓑やアクセサリーを巻き付けている。耳や鼻は尖がっており、髪の毛はない。こちらを見つめる瞳は黄色く染まり、嘲笑に嫌らしく歪んでいる。手には、古びて多少朽ちているものの、明らかに業物とみられる刃物が握られている。

 

 ヌルスの知らない魔物だ。同じ亜人タイプでも、力押ししか能がなかった2層のそれに比べると悪知恵が働きそうなイメージを受ける。

 

 背後で魔物の姿を確認したロションが、拍子抜け、といった感じで呟いた。

 

「ゴブリン……? 6層くんだりまできて、こんな下等な……」

 

「油断しないで! 来る!」

 

 戦慄に満ちたアルテイシアの警告。それに合わせたように、魔物達は一斉にこちらに駆け寄ってきた。

 

 早い。

 

 ただでさえ小さな体躯をさらに屈ませ、地面を這うようにして走ってくる。一瞬で間合いを詰められ、先制攻撃の機会を失った魔術師パーティーに、ゴブリンと呼ばれた魔物達はニタニタ笑いながら襲い掛かった。

 

「ケケェッ!」

 

《なんの!》

 

 だが、それに対抗できる者がいた。

 

 人間からすれば突然背を低くしたゴブリンは闇の中に溶けてしまったように見えたのかもしれないが、ヌルスからすれば何の問題も無い。金属製の杖の石突を蹴り上げるようにして打ち出し、迫ってきたゴブリンのアゴを打ち上げるようにして捕らえた。

 

「ギギィ!?」

 

『α γ β』

 

 一匹に苦悶の声を上げさせながら吹き飛ばしつつ、意識はすでにもう一匹へ。刃を振りぬいてくるその腕を鷲掴みにして攻撃を押し留めつつ、至近距離からウィンドボルトを叩き込む。雷や炎と違い、この至近距離でも自爆の可能性が低い圧縮された風弾が、ゴブリンの顔を激しく打ちのめし、闇の中へと吹き飛ばした。

 

「ヌ、ヌルスさん、ありが……」

 

 礼には答えず、立て続けに魔弾を放つヌルス。その挙動で、戦いが終わってないとアルテイシア達も即座に理解する。

 

 追撃で放たれた魔弾を、ゴブリン達は吹き飛ばされた先で素早く立ち上がって回避した。血は多少流しているものの戦意が衰えた様子はなく、目を興奮に爛々と見開いて再び突撃してくる。

 

「アレで仕留めてないのかよ!?」

 

「エルリック、お前は松明を掲げていろ! 奴らの姿を見落とすな!」

 

 ロションとエミーリアが杖を手に攻撃に参加する。炎と氷の魔弾が放たれて、接近するゴブリンを狙い撃つ。が、魔物達はそれを紙一重で回避するとなおもこちらに迫りくる。その様を見て、ロションが焦ったように声を上げた。

 

「あの挙動……こいつらも魔力が見えてる!」

 

「嘘でしょ!?」

 

 再び間合いを詰められる一行。先を行く一匹が、勢いのままに跳躍した。小柄なアルテイシアの胸元ぐらいまでしかない体躯が、軽く数メートル、天井ぎりぎりまで跳躍する。松明の明かりに刃をギラギラと反射させながら、裂けるような笑みを浮かべたゴブリンがロションへと切りかかった。

 

 その、合間に。

 

 金の旋風が割り込んだ。

 

「アストラルセイバー!!」

 

 白光一閃。

 

 上から下へと魔力の刃が振りぬかれ、直後空中で血の華が咲いた。笑みを浮かべたまま頭から足先まで真っ二つに切り裂かれたゴブリンの残骸が左右に分かれて床に落ちて、たちまち燃え尽きて灰になる。

 

《うひぇー、おっかね》

 

 その様子を垣間見ながら、ヌルスはもう一匹へと対処していた。体格差に物を言わせてわしづかみにし、刃を立てられる前に床にたたきつける。起き上がってくる前に今度は靴で踏みつぶし、鉄の杖の石突を槍のように突き刺した。

 

「ギ、ギェエエ!?」

 

『α γ β』『α γ β』『α γ β』

 

 それでも死んでなかったので、駄目押しにウィンドボルトを三連打。風弾を立て続けに打ち込んで、三発目でようやく矮小な体躯が砕け散った。手足が千切れて飛散し、地面に落ちる前に灰になる。あとには緑色の魔力結晶が残された。

 

 一息ついて、すぐさま周囲に意識を向ける。どうやら、近くにいるのは今倒したゴブリン二匹だけのようだ。

 

《ふぅ。なんとかなったか……しかし》

 

「ロション! 見た目で油断しないで、ここは六層よ!」

 

「全く以て申し訳ない……」

 

 振り返ると、早速反省会が行われていた。見た目で油断して対応が遅れたロションが、アルテイシアに怒られている。

 

 その隣では、転がる魔力結晶を拾い上げたエルリックが、松明の明かりでそれを透かして見ながらしぶい顔をしていた。

 

「うーん、マジかぁ……。6層は変なトラップがない代わりに魔物が強い、とは聞いてたけど、あのレベルかぁ……」

 

「そういや、フロアガーディアンは次の層の魔物の予行演習みたいな強さ、って話だったね……。あの大蝙蝠が魔力に反応して回避行動をとってきたなら、次の層の連中がそれが出来ると予想してしかるべきだったわね……」

 

 エミーリアの方も、あまり顔色が良くない。ここまで快進撃を続けてきた魔術師パーティーには、だいぶ頭の痛い問題だ。

 

 これまでは接近戦の弱さを、圧倒的な火力で誤魔化してきた。が、今後は魔物も魔術を回避してくるとなると、嫌が応でも接近戦を熟さなければいけなくなってくる。アルテイシアのアストラルセイバーは強力だが、それだけでどうにかなる問題ではない。

 

 アルテイシアは一人しかいない。数で押されれば、対処できない事もあるだろう。

 

「魔術の攻撃力にものを言わせて最短距離と時間で突き進んできたのがここに来て仇になった……とは考えたくありませんね。いずれ直面する問題という認識でしたが、6層でやってきましたか」

 

 アルテイシアも頭が痛い、といった感じに眉をひそめている。

 

「早まりましたかね。知恵と工夫も実力のうち、とはいうものの、あの5層のフロアガーディアンを正面から正攻法で倒せるぐらいの実力がないと、この階層はきついという事ですか」

 

『そうか? 我々は正々堂々と奴を倒したと思うが』

 

「歪みの魔術はちょっとズルの領域だと思うんですよねぇ……」

 

 そう言われてしまうとヌルスも正直、同意見なので黙るしかない。でもそれを言っちゃうと、ヌルスはこれまで苦境は大体歪みの魔術で突破してきたのだが。

 

《まあその事は深く考えない事にしよう、うん》

 

「まあ何にせよヌルスさんが居て助かったぜ。全身鎧なんて重たい装備してるのずっと不思議だったけど、こういう戦いが来るのを分かってて鍛えてたんだな!」

 

《え?》

 

 全く意識の外にあった事を言われてきょとんとするヌルス。そんな彼の胸元を肘で親し気に小突きながら、エルリックはニコニコと笑う。

 

「そーんな、「そんな事はないよ」みたいな澄まし顔しなくたっていいさ! こうしておかげで皆助かったんだから胸を張りなって」

 

「そうそう。凄かったわー。元々結構鍛えてるなー、と思ってたけど、白兵戦も強いのね! 異郷の魔術師って、体も鍛えないといけない感じなの?」

 

 仲間達にやんややんやと称賛されてヌルスは困惑した。ましてや、自分ではコンプレックスだった身体能力を褒めたたえられて困惑の限りだ。確かに、人間よりは強い力を持っているが、同格の魔物と比較したらヘボもよい所である。さっきのゴブリン戦だって、力比べになったら不利だと判断してそうならないように立ち回った訳であるし。

 

 だけども。

 

 彼らに褒められて、悪い気分はしない。

 

《そ、そうか……。……そうかぁ》

 

 照れ照れと杖を両手で握りしめて、もじもじと腰をゆするヌルス。なお、ヌルスは意識してないがその仕草はアルテイシアが恥じ入る時にとるソレであり、エルリック達はそれを見て朗らかに笑い、アルテイシアは「ぶふぅ!?」と噴き出した。

 

「あっははは、それ、アルテイシアが照れてる時の奴? 似てるー、あはははは」

 

「ちょ、ちょっと、ヌルスさん!?」

 

「ははは、よく観察されてるじゃないですか、ははは」

 

 死闘の余韻もどこへやら。朗らかな笑いがその場に響き……。

 

 カツン、と鳴り響いた足音に、一斉に静まり返った。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

《…………》

 

 黙ってエルリックが松明を闇の中に向ける。

 

 忽ち浮かび上がる、毛むくじゃらのシルエット。犬と熊を足して2で割ったような、やたらと筋骨隆々とした狼のような姿。その足にはナイフのような鋭い爪が生え、口元には杭のような牙が並んでいる。その血走った瞳は、明らかにアルテイシア達へと向けられていた。

 

「……ガルルルルゥア!!」

 

「撤退ーーー!!!」

 

 一斉に転移陣目掛けて全力疾走。追いかけてくる魔物に、このままでは追いつかれると殿を務めるヌルスは鎧に仕舞っていた分離触手をその場にばらまいた。

 

 魔物は「!?」と明らかに動揺した素振りをみせて、転がる触手に目を向けた。一つを咥え上げて、ゴクリと丸呑みにする。

 

「……ガウガゥガウ!!」

 

《ひいい、お気に召さなかったかぁ!?》

 

 足止めできたのはほんの一瞬。残念ながら口に合わなかったようで、それどころかさっきまでより勢いを増して魔物が追いかけてくる。

 

「ヌルスさん何やったの!? なんか怒ってるよアイツゥ!?」

 

《そんなに不味かったのかなぁ!? 泣けるぅ!!》

 

「いいから走って! 走れー!!」

 

 そのまま生死をかけた鬼ごっこは、転移陣に近づき魔物が足を緩めるまで続いたのだった。

 

 

 

 

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