望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第九十八話 一人きりの戦い

 

 

 真っ暗な闇に包まれた6層。人間達が“暗黒の回廊”と呼ぶその只中を、ぽてぽてと歩くヌルスの姿があった。傍らに、アルテイシア達の姿はない。

 

《うーん。また一人に戻ってしまった……》

 

 結局、あの後アルテイシア達は地上へと引き返してしまった。現状では魔物達との遭遇戦に耐えられないとの判断だ。上で、剣なり槍なり、最低限一方的にやられないだけの近接戦闘の訓練をやり直して再挑戦する、という事になったらしい。

 

 なんだったら、アルテイシアだけでも残ってヌルスと探索を……という意見も出たのだが、それはヌルスの側から丁重に辞退した。

 

 アルテイシアの仲間はあくまでエルリック達だ。ヌルスではない。

 

 まあお断りの文面が悪かったのか、一瞬アルテイシアに「は?」という感じで凄い顔をさせてしまったが。

 

《『アルテイシアとはここまでだ』……事実を直結に書いたつもりだったが、なんか不味かったか……》

 

 一応即座に取り繕って誤解(?)は解けたが、一瞬彼女が見せた視線はちょっとしばらく悪夢にみそうだ。チョッパーの面々にも劣らない、ハイライトオフの瞳は底なしの深淵を垣間見たようであり、ヌルスは思い返して身震いした。

 

《人間の言葉って難しいなあ……》

 

 改めて奇々怪々な人間社会に思いを馳せつつ、ヌルスは闇の中を探索する。

 

 パーティーでも探索に難儀する6層を一人で出歩くのは一見無謀な事をしているようだが、実際の所、ヌルスからするとこの階層は一人の方が気楽だった。

 

 まず、ヌルスからするとこの暗闇は苦にならない。冒険者からすれば見通しが利かず、逆に魔物からは冒険者が丸見えという一方的に不利な環境であるはずだが、同じく魔物であるヌルスからすると条件はイーブン。この闇の中であれば、意図的に冒険者を避けて歩く事も可能なので擬装用に松明を手にする必要もない。

 

 さらに言えば、戦闘面でも一人の方が気楽である。人間の目(アルテイシアを除く)がなければ、触手魔物としての本性を剥き出しにした戦いが行えるし、何より歪みの魔術であるD・レイを使い放題だ。完全に反動を無効化するのに緩衝材や特殊な杖がいるだけで、多少のダメージを覚悟ならそんなものを用意しなくてもいいのは既に実証済みである。現状運用できる歪みの魔術では最弱の威力とはいえ、通常属性のボルト系よりは威力が遥かに高いし、使わないという選択はない。

 

 迷宮という環境では、全力を惜しまず出さねば生き残れない。ヌルスからすると、独りでいる今こそがその全力を発揮できる環境なのだ。

 

《アルテイシア達はちょっと鍛えなおしてくる、という話だったし、しばらくは一人かな? まあ、アトラスあたりなら合流してもいいが……彼らは私の正体の事知らないしなあ》

 

 人の好い金髪の青年の事を思い出す。案外彼なら、ヌルスの正体が魔物でも何も変わらずに接してくれるかもしれないが、その仲間まで同じ反応を返してくれるかは分からない。そもそも、アトラスは以前に出会った小さな魔物の事を覚えているのだろうか? ヌルスからすれば、あの湖の畔での出会いは運命のようなものだったが、アトラスにとってはちょっと変わった日常の一コマで、記憶にとどめるようなものではなかったかもしれない。

 

《まあ、考えても仕方がない。これまでと一緒で、なるようにしかなるまい。……ん?》

 

 前方に魔物の気配を感じて、ヌルスは脚を止めた。

 

 この暗黒の回廊では、光や魔力といったものが減衰するらしく、これだけを頼りにしていると索敵範囲が著しく狭まる。大事なのは総合的な情報だ。

 

 暗闇の中でも見通す感覚、魔力の流れ、空気の振動、魔物の体臭。そういった総合的な情報を、違和感として感じ取れるかどうかが、この迷宮で生き残るコツだと、ヌルスはそろそろ理解し始めていた。

 

《数は……3か》

 

 闇の中に浮かび上がる小柄なシルエット、爛々と光る瞳。先ほど遭遇したのと同じゴブリン種の魔物が三匹。いずれも、歪んだ刃物を手にしている。

 

 パーティーであってもたった2匹相手に苦戦を強いられた。一人で3匹を相手にするのは、聊か骨が折れるかもしれないが……自由にやれる事を考えると差し引きイーブンだとヌルスは判断した。

 

《ここでやっていけるかの試金石といこうか》

 

 ヌルスが杖を槍のように突き出して構える。それが、戦いの始まりとなった。

 

「ケケケケ!」

 

「キィィ!」

 

 奇声を上げてゴブリン達が走り寄ってくる。その動きは速いが、一度見た以上見落とす事はない。

 

 D・レイの閃光が即座に放たれる。

 

 歪みの魔術といえど、魔術である事には変わりない。魔力の反応を見てか、狙われた素早くゴブリンが回避行動をとる。嘲笑うように、紙一重で紫の閃光を回避する。

 

「……ギィ!?」

 

 そして、敢え無く空間の歪みに半身を引き裂かれた。

 

《間抜けめ》

 

 走る勢いのまま倒れ込み灰になる魔物を見やり、今度はヌルスが嘲笑を返す。使ってる本人でもよくわからない魔術なのだ、初見でギリギリ回避なんてできる訳が無い。空間を歪ませている以上、見た目以上に殺傷範囲は広いはずだ。

 

 残るゴブリンは二体。すでにそちらは魔術で迎撃する距離にない。飛び掛かってくる一体の刃を、杖で受け止める。虹色の火花が暗闇に弾けた。

 

 その隙をついたつもりか、横から最後の一体が襲い掛かってくる。

 

 恐らくは正面の相手で手一杯なヌルスの隙をついたつもりなのだろう。笑いながらナイフを振り上げたゴブリンはしかし、外套の中から伸びてきた触手に打ちのめされた。

 

「ギキィ!?」

 

《素早いが体格が小さい分、力では私に分があるようだな》

 

 鞭のように振るった触手で撃たれて吹き飛ぶゴブリンには目も向けず、ヌルスは正面のゴブリンに全力で杖を叩きつけた。体格と得物の差で打ち負けたゴブリンが吹き飛ぶのにあわせ、素早く呪文を詠唱する。

 

 歪みの光がゴブリンの腹を撃ちぬき、ぐしゃりとその痩せ細った体が崩れ落ちた。

 

 あとは一匹。壁際からよろよろと身を起こすゴブリンに向かい合う。

 

 明らかに不利な状況だが、ゴブリンは逃げ出すつもりはないようだった。目を血走らせて、こちらに徹底抗戦するつもりのようだ。

 

 さて、どうするか。ヌルスは自分自身のコンディションを確認する。D・レイを二発使った事で、鎧の中はなかなかスプラッタな事になっている。傷ついた触手やその流血はすぐに灰になるし、失われた触手は生やせばいいだけだが、それは相応に魔力を消費する。6層の魔物から入手できる魔力結晶の質は未知数だが、あまり最初から魔力を消費したくはない。

 

 ここはこのまま近接戦で撲殺するべきか。幸いにして、金属製の杖は強度的にゴブリンの汚らしい刃物相手に削れもしない。武器の性能ではこちらが有利だ。

 

 そこまで考えて、しかしふとヌルスは違和感を覚えて周囲に意識を向けた。

 

 気配はない。だが、何かに見られているような気がする。

 

 これに近いものを、4層でヌルスは感じた覚えがある。隠れ潜む何かが、こちらに伏せた殺意を差し向けている気配。

 

《……上か!》

 

 飛び掛かってくるゴブリンには目もくれず、ヌルスは背後に触手を伸ばすとそれを引き寄せて一気にバックステップした。瞬時に距離を空けたヌルスにゴブリンの刺突が空を切り、ヌルスと入れ替わるように何かがばさり、とゴブリンへと覆いかぶさる。

 

 それは、一枚の布のような魔物だった。天井からヌルス目掛けて覆いかぶさるように降下してきたそれが標的を見失い、飛び込んできたゴブリンへと代わりに襲い掛かったのだ。

 

 標的が入れ替わった事に気が付いているのかいないのか、その薄い布のような魔物はくるんとゴブリンの全身をすっぽりと包み込む。まるで袋詰めにされたような状態で、薄い躰の向こうにゴブリンがもがくシルエットが浮かび上がっていた。

 

「ギギギイィイイ!?」

 

 そのシルエットが、断末魔のような悲鳴とともに崩れていく。ジュウジュウと音と煙を隙間から吐き出しながら、盛り上がっていた輪郭が見る間にぐずぐずと崩れていく。やがて布はすっかりしぼみ、ついには床にぺちゃり、と潰れてしまった。

 

 いくらゴブリンが小柄といっても、ここまで潰れるはずはない。恐らく、中身はもう残っていない。10秒もしないうちに、骨まで溶かされてしまったのだろう。

 

《…………うげえ》

 

 ショッキングな光景にヌルスは震え上がった。あと少しでも離脱が遅れていれば、ああなっていたのは自分だった。

 

 恐らく、これがアルテイシア直々に警告があったデスマントとかいう魔物だろう。なるほど、こんなのに襲われたら助からない。

 

 戦慄するヌルスの目の前で、もぞもぞとデスマントが動き出し、這うようにして移動を始めた。本体の移動力は無いに等しく、とにかく上から降ってくる事に特化しているようだ。恐らくこれから壁を昇り、再び天井に潜んで魔物か冒険者を狙うのだろう。

 

 もちろん見逃してやる理由はない。これ相手に消耗とかを考える気にはなれず、ヌルスは容赦なくD・レイをデスマントに撃ち込んだ。

 

 薄い布のような魔物が歪みに撃たれて壁にたたきつけられる。ビリビリに引き裂かれても、なおまだ生きているようだ。少し考えてから、ヌルスは杖の石突でゲシゲシとデスマントを突いて追撃する。数度つつくと、そこでようやくデスマントは灰に還った。

 

《意外としぶといな……》

 

 見た所、防御力は無いに等しいし、体重も軽いし、力と呼べるものもない。剣などの近接武器でならズタズタに引き裂いて簡単に倒せるだろう。だが、一方で薄い布のような体は造りが単純で分かりやすい急所が無く、割と面積が広いのもあって魔術と相性が悪いようだ。一部を撃ちぬいてもそれでは死なない。最も、ちょっと仕留めるのに手間がかかるという程度の話であって、奇襲を回避さえできれば何の障害にもならないだろう。

 

 逆に言うと奇襲への対応が遅れたら詰みだ。とっさに反撃してもそれで殺しきれなければ包み込まれて溶かされてしまう。

 

《話を聞いて想像はしてたが、想像の十倍ぐらいヤバイ酸だったな。おーこわ》

 

 灰に還るデスマントから魔力結晶を拾い上げつつ身震いする。見間違えでなければ、捕まったゴブリンは活動が停止して灰になるよりもはやく溶かされてデスマントに吸収されていたように見える。

 

 魔物の間の食物連鎖は、あくまで魔力の吸収が目的。そのため、相手が小さければ丸呑みするが、それが不可能なら仕留めて残る魔力結晶や灰を吸収する。

 

 デスマントのこれは、相手が大きくても丸ごと吸収するための能力なのだろうか。胃袋だけが動き回っているようなものかもしれない、とヌルスは解釈した。

 

《だったら大人しく魔物だけ襲っておけよ、冒険者襲ってもしょうがないだろうが。いや私は冒険者かつ魔物だけどさ……》

 

 戦利品を回収し、迷宮の奥へと意識を向ける。

 

 とりあえず、徘徊する魔物はなんとかなりそうだ。デスマントの奇襲さえなければ、手持ちの札でどうにかなるぐらいの強さである。もっと奥に行くと、より強い魔物がいるかもしれないが。

 

 それと、今の戦いで少し気になった点がある。

 

《そういえば、今のゴブリンとかいう魔物、私が触手魔物であるのは分かっていたはずなのにやたらと不用心だったな。触手相手に横も前もないだろうに……》

 

 ヌルスからはよくわからないが、迷宮の魔物からはヌルスはどれだけ偽装していてもちゃんと魔物と認識されているらしい事はこれまでで確信を得ている。にも関わらず、ゴブリンの対応は実にお粗末なものだった。

 

 もしかすると、6層くんだりまでくれば触手魔物というものがそもそも発生しないのかもしれない。本来触手魔物は最下級、最弱の魔物だ。スカベンジャーという役割を与えられてはいるが、必ず迷宮に必要な存在ではない。

 

《6層は多くの冒険者が訪れる訳ではないから、スカベンジャーそのものがいないのか。あるいは……》

 

 別の何かがその役割を果たしているのか。

 

 ヌルスは周囲への警戒を厳にしながら、探索を開始した。

 

 

 

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