望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第九十九話 人と魔物

 

 闇の中に光が煌めく。

 

 それは鋼の散らす火花であったり、魔力の生み出す怪しい光であったり。

 

 それはすなわち、命の散る輝きであった。もっとも、その場に居るのはあくまで命を真似て生み出された、紛い物の見せかけだけではあったけど。

 

《ぬぅ!》

 

「ガルルルゥ!」

 

 闇の中、ヌルスは襲い掛かってくる魔狼の牙を、口の中に杖を押し当てて受け止める。押し倒すように体重を乗せてくるそれを、体を捻って背後に受け流す。魔物を地面に叩き落した直後、今度は背後から飛び掛かってくる相手に杖の石突を突き出す。

 

「ギャン!?」

 

《隙あり、もらった!》

 

 互いの間に距離が空いたタイミングを逃さず魔術を詠唱。歪みの閃光が、魔狼の胴体をねじ切り灰と還る。

 

 それに魅入っている暇はない。飛びつきをいなされた魔狼がすでに体勢を整えてヌルスの足に食らいついてくる。

 

 それを敢えてヌルスは受ける。魔狼の牙が脚甲を突き破り、その内部へと差し込まれる。

 

「?!」

 

 だがその中に詰まっているのは触手の塊だ。牙は肉にささる事もなく滑った粘液の中に沈み、それどころか逆にあふれ出した触手が魔狼の頭に巻き付けて縛り付けた。

 

 力尽くで振りほどかれる前にヌルスは人の形を捨て、足に擬態していた触手を大きく振り回した。人間であれば側転するような動きで、魔狼の躰が大きく宙を舞い、地面へと叩きつけられる。

 

《もらった!》

 

 そこへヌルスは飛び掛かるように杖の石突を突き立てた。全体重と魔物のパワーをこめた一撃が、魔狼の胸を突き破る。

 

 ガフリ、と絶息し、魔狼はサラサラと灰に還った。

 

 その中に残される大きな赤い魔力結晶を確認し、ヌルスはふぅ、とその場に沈み込んだ。人間の形を擬態する余裕もなく、触手の塊のようにその場で休息する。

 

 もし他人がこの様を見たら、鎧具足を文字通り具にしたピンク色のスパゲティーに見えたかもしれない。

 

《うふぅ……強敵な上に連戦は堪える……つらひ……》

 

 6層のソロ探索を開始してから今ので4度目の戦闘。いずれも、今のヌルスが全霊を尽くさねば勝ち目のない戦いであった。いずれも決め手が似通っているのはご愛敬といった所か。

 

 それでいて、まだ半日も経っていない。

 

 敵が強い上にエンカウント率が高すぎる。

 

《これまではどっちかというと環境が冒険者を仕留めにきてたけど、ここ6層は単純に魔物がクソ強くて数が多いのか……》

 

 これまでの経験からヌルスは魔物の強さと環境の劣悪さには何かしらの相関関係があると考えてきたが、その理屈でいうとここは環境にはほとんど魔力を割かず、徘徊する魔物に全振りしている階層とみる事ができるだろう。

 

 これまでの階層の魔物が弱かった訳では決してないとはいえ、落差が極端すぎる。

 

 逆に言うと、底なし湖とか対策必須の瘴気といった初見殺しはなさそうなのだが……デスマントの存在一つで帳消しにされてるのが、いかんともしがたい。

 

《基本的に戦いに集中できるけど、その間もデスマントは一応警戒しないといけないからなあ。私はソロの方が戦いやすいけど、周囲への警戒を考えたらやっぱりパーティーの方が楽かあ》

 

 つまり、6層は総合的な戦闘力が求められる、ズルの利かない正攻法の階層という事だろう。アルテイシア達魔術パーティーがその火力で快進撃を見せておきながら、この階層で撤退する事になったのも道理である。

 

 まあ、その事はヌルス自身にも言えるのだが。

 

《魔術師、不利って訳じゃないんだけど有利でもないよな、ここ》

 

 これまでの戦いは全て同じ展開で推移している。

 

 複数匹で現れる魔物に対し、まず歪みの魔術で先制。それで一匹は倒すものの、他の個体に接近を許し、白兵戦に持ち込まれる。それをなんとかワチャワチャしながら倒す……その繰り返しだ。

 

 歪みの魔術はその不明瞭さで相手に満足な回避や対応を許さないのでなんとかなっているが、これがもし通常の魔術であれば命中率が途端に落ちるので、その場合はもっと苦戦を強いられていただろう。

 

 だが、魔術が弱いという訳でもない。

 

 当たりさえすれば一撃必殺級の威力なのに変わりはないのだ。命中させるにはパーティー全体の連携が必要になる、というだけである。

 

 アルテイシア達も、初遭遇で散々だったが、前衛がちゃんとおり魔物の安易な接近を止める事が可能ならば、そのまま中距離を維持して魔術による牽制が可能だったはずだ。魔物が自由に動ける状態だから当たらないのであって、きちんと戦術的に戦えばちゃんと通用するはずである、とヌルスは戦いの中から学習していた。

 

《逆に言うと、独りでやってる限り有用に扱うのは難しいんだけどな》

 

 正直、いくら負担が少ないと言っても毎度毎度D・レイを撃ってから戦闘に入るのはつらくなってきた。通じるなら通常魔術を使いたい所である。が、一人では一発しか撃てないので意味が無い。

 

《はぁあ。同時に何発も発射できないかな……》

 

 少し休息を取った事で回復したヌルスは、人の形を取り戻しながらうんうん体を捻った。

 

《3発……いやせめて2発、同時詠唱出来ればもうちょっとやりようもあるんだけど……。原理的に無理だよな、流石に》

 

 魔術の原理。

 

 それは触媒から魔力を引き出し、それを魔術師が制御しつつ魔術回路へ流して魔術を起動させるというものである。魔術回路は複数同時に運用する事は可能だが、その起動コードは口述が必要である以上、一度に起動できる回路は常に一つ。

 

 あのアルテイシアでさえ多重詠唱はできないのだから、技術的にも原理的にも多重詠唱はできないのだろう。出来たら彼女は間違いなくやっている。

 

《……?》

 

 そこまで考えて、はたとヌルスは違和感に動きを止めた。

 

 何か。

 

 何か大事な事を見落としている気がする。

 

《なんだろうな。経験的にこういうのを見落としているとロクな事にならないんだが……》

 

 ヌルスは杖をがちゃり、と構えなおして周囲を警戒した。

 

《……大体、答えに行き当たる前に時間切れになるんだよな》

 

 カツン、カツン。

 

 甲高く乾いた音が規則正しいリズムで聞こえてくる。岩を、鉄が叩く音。

 

 ゴブリン達は金属の武器をもっていたが、それはこれとは違う。この、一定の間隔で繰り返されるリズムに、ヌルスは覚えがあった。

 

 冒険者の足音。鉄製の具足を身に着け洞窟を歩くと、こんな感じの音がする。

 

 が、ヌルスには近づいてくるのが冒険者だとは思えなかった。

 

《この魔力。熱源もおかしい。……人間じゃないな》

 

 警戒しつつ相手の出方を伺う。

 

 しかして、ついにヌルスは相手を認識範囲に捉えた。

 

 一見すると、全身鎧の冒険者に見える。だが、ふらふらと歩くその歩みに生命感はなく、兜を傾けてヨタヨタと歩く様は、人間の真似がさほど上手くなかったときのヌルスの仕草にも似ていた。

 

 兜の奥に見える相貌は陰になって見えない。だが、怪しげな赤い光が、眼球の位置で輝いていた。

 

 ぞわり、とヌルスの触手を悪寒が走り抜ける。

 

 人間によくにた、しかし人間ではない存在に対する違和感。不気味の谷、と呼ばれる現象に近いかもしれない。

 

《こいつは……》

 

 間違いなく人間ではない。だが魔物とも言い難い。

 

 対応に迷い、出方に悩むヌルスに対し、不気味な存在はある程度の距離を取った所で動きを止めた。

 

 しばしの沈黙がその場に流れる。

 

 一瞬、敵ではないのか、という考えがヌルスの考えに過る。わずかに、杖の切っ先が下がった。

 

 その瞬間。

 

 気が付けば、ヌルスのすぐ目の前に怪しい鎧姿が迫っていた。

 

《?!》

 

 とっさに杖を振り上げ、振り下ろされる剣の一撃を受け止める。鎧の奥まで響く衝撃と共に、剣の刃が僅かに杖に食い込んだ。

 

 たちまち両断されるほどではないようだが、頑丈さに定評のある杖に傷を与えるだけでも緊急事態だ。相手の得物はそれなりの業物のようだ。

 

《お、お前……!》

 

 力負けしないように踏みとどまるヌルス。至近距離で、相手の顔をのぞき込む。

 

 兜の下にあったもの。

 

 それは、干からびた人間の顔だった。男女が分からないほどに干からび、眼窩と口腔は虚ろな洞のように闇を湛えている。左右に並んだ空虚の奥で、ゆらゆらと得体のしれない灯が燃えていた。

 

 肉体構成要素は人間に違いない。だが、同時に魔物でもある。

 

《話に聞いた……人間型の魔物か?! いや、違う、これは……死体か! 迷宮で斃れた冒険者の死体が、魔物に……?!》

 

 一瞬全身全霊で力をこめて突き放す。それによって生まれた隙をついて、背後へと離脱する。追撃はない。冒険者の成れの果ては、ゆらゆらと剣を肩に担ぐように構えてこちらを見ている。大分劣化しているが、それが恐らく生前得意とした構えなのだろうとヌルスは看破した。

 

《そうか……この階層にスカベンジャーがいないのはこういう事か。この階層に満ちる高濃度の魔素と魔力のせいで、ただの死体が魔物と化したのか……!》

 

 そしてもし生前の技能を今も保有しているとしたら、油断できる相手ではない。事実、今一瞬で間合いを詰められた絡繰りがヌルスには理解できない。

 

《恐らくは、上級の冒険者の成れの果て。私にやれるか……?!》

 

 想定するのは、アトラスやその相棒の赤髪の冒険者。白兵戦に長けた元冒険者相手に、自分がどこまで戦えるか。

 

 必勝を期する事は、ヌルスには出来そうにない。

 

 

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