望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百一話 新たな鎧

 

 

 がんらがらがら、鎧が床に落ちて音を立てる。

 

 カラカラと転がる兜を見つめながら、ヌルスはもはや一歩も動けずにその場にへたり込んだ。

 

 魔力をあまりに消費しすぎた。鎧の中にため込んでいる魔力結晶をかたっぱしから取り込んで補給をはかる。触手が何本か生やせるようになって、ようやくヌルスは相手の様子を確認する事ができた。

 

 よじよじと這いながら近づくと、亡霊騎士は完全に消滅したようだった。転がった鎧の中に、僅かな量の灰が残るばかり。人間は死体を燃やして灰にするのが何かの儀式的意味合いがあるとヌルスは認識していたが、この灰は果たしてそういった弔いに入るのだろうか、そんな考えがふとよぎった。

 

《それにしても強敵だった。多重詠唱を閃かなければ敗北していた》

 

 かつては6層を攻略したであろう冒険者だ、明らかにそこらの魔物より遥かに強かった。そんな戦士でも、命を落とす……ヌルスは戦いというものがいかに無慈悲かをあらためて思い知った。

 

 勝てたのは奇跡の類だ。多重詠唱は確かに強力だが、消耗も普通の魔術と比較にならない。一歩間違えれば自滅していただろう。

 

 恐らく想定した使い方ではないのだろう。魔術式にかかる負担が尋常ではない。

 

《まあ、魔術は人間の考案、研鑽してきたものをそのまま使ってる訳だからな。合わないのは当然か》

 

 とはいえ、貴重な切り札がまた一つ増えた。使い方を間違えなければ、大きな助けになるだろう。

 

 それはそれとして。

 

 ヌルスは己の姿を見下ろした。

 

 ヌルスが正体を隠す為に纏っている鎧はボロボロだった。特に、腹部にくっきりと足裏が刻み込まれているキックの後が著しい。それが原因で全体的にひび割れも発生していて、中身が丸見えだ。いかな暗い回廊の中であっても、松明で照らされたら正体がモロばれだ。

 

《うーん。新しい鎧を確保しないといけないな、これは。むぅ……》

 

 ちらり、と目の前に転がる鎧に目を向ける。亡霊騎士の纏っていた鎧は、それなりに保存状態がいいように見える。ちょっと取り繕えば、まだ全然使えるだろう。

 

 6層は出入りする冒険者が少ないせいか、3層のようにちょっと探せばお古の防具が見つかるような環境ではない。防具がフルセットで残されているのは貴重である。

 

《戦利品という事で、その、失礼します……》

 

 恐る恐る転がる鎧を拾い上げる。

 

 見たところ、よくできてはいるが量産品の鎧のようだ。戦闘中、ヌルスの火の矢をはじいていたように見えたが、あれはどちらかというと受け身か何か、技術によるものだったのだろう。力をちょっとこめるとベコベコ音を立てる板金からは、それほどの強度は見て取れない。

 

 6層を探検する冒険者の装備としては、貧相な部類に入るかもしれない。代わりに、武器に予算を割いていたのだろうか。

 

 中に残っている灰を散らさないようにそっと掻きだして一か所にまとめる。中身を軽く綺麗にしたヌルスは、ぬるり、とその中に入り込んで掌握した。

 

《お、見た目よりしっかりした作りな気がするぞ。いいなこれ》

 

 すぐに四肢に触手をいきわたらせ、動きを確認する。

 

 それなりに古びてはいるが、関節の動きなどに違和感はない。破損個所も少なく、これまで着ていた鎧よりは格段に上質だ。

 

 まあ、ヌルスがこれまで使っていたのは、3層の湖の底に沈んでいたような代物なので保存状態は劣悪、部品もそろってない、ととにかく状態が酷かったので比較する事が間違いなのだろうが。

 

 兜をガチャガチャいじっていると、シャコン、と面頬が降りた。どうやらずっと上がったままだったらしい。これで、中身が人どころか触手であるのも隠せる。

 

 他に何かないか、と鎧の中身を探るヌルス。もしかすると持ち主の名前とか分かるかもしれない、と期待を込めて探してみるが。

 

《名前の刻印とか……無いな。制作した工房の刻印か、このマークは。故人の身元は分からないか……》

 

 わさわさと隅々まで確認しても、それらしきものはない。一通り鎧になじんだヌルスは、襤褸の外套を纏うと、亡霊騎士の使っていた剣を探した。

 

 剣は、戦闘中に弾かれてそのまま壁に突き刺さっていた。半ばまで食い込んでるそれを、折らないように慎重に引き抜く。

 

 まじまじと剣を観察する。鎧に対し、剣は一目で業物と見て取れるほどのものだった。飾り気は無く、一見すると量産品のような柄だが、ほかならぬ刀身はぬるりとした虹色の光を宿し、闇の中でもキラリと輝いた。これを見てただの鉄だと考える馬鹿はいないだろう。

 

 どことなく、魔力結晶のそれに近い輝きに見える。魔法金属とかいう奴なのだろうか、とヌルスは思った。

 

《……どうしよっかな、これ》

 

 戦利品ではある。これを持ち帰ってもいいのだが……ヌルスに剣は使えない。

 

 魔物であるヌルスだってしっている。剣は棍棒ではない、ただ振り回せばいいものではないのだ。扱うには鍛錬が必要だが……芯の無いふにゃふにゃの触手が、剣を上手く扱えるとはとても思えない。適当に振り回してへし折ってしまうのが関の山だろう。というか、実際に古びた鈍らと言えど、何本も折った。

 

 それに明らかな業物、もしかすると見る者が見れば由来がわかる代物かもしれない。そんな物を持ち歩いていれば、要らぬ疑いをかけられる恐れもある。なにせ数少ない6層を出入りする冒険者、数が少ない分顔見知りであればよく覚えているだろう。

 

 もし迷宮に出入りする冒険者に知己がいれば仇と勘違いされるやもしれぬ。大して役に立たない代わりに、考えられるデメリットが大きすぎる。

 

 ここに置いていくのが吉だろう。

 

《……それに。人には墓が必要だろう》

 

 剣を脇に抱え、床に積もった灰を籠手で掬い上げる。手のひらに水をためるように灰を抱えたヌルスは、首を巡らせて行き止まりを探した。

 

 あった。戦っていた脇に、小さな横穴がある。

 

 ヌルスは灰をこぼさぬようにそちらへ向かうと、足の裏で地面をまさぐった。すこし大き目な石をどかし、地面に出来た凹みへ灰を流し込む。そしてせっせと周囲の砂を集め、穴を埋め立てた。

 

 そして最後に、地面に剣を突き立てる。

 

 ぱんぱん、と籠手を払い、ヌルスは仕上がりを観察した。

 

《ま、こんなもんだろう。墓とかなんとか、聞きかじりの知識だが、人間はこうして死者を弔うものだろう? 悪いが私は今は地上に出られないので、これで我慢してくれ》

 

 人間の作法についてはよく知らないが、まあ野ざらしよりはマシだろう。

 

 しかし、魔物が人間を弔うというのは正直どうなのだろう。だいたい、魔物化していたとはいえトドメを刺したのはヌルスである。

 

 どうにも、アルテイシアと関わるようになってから人間に寄りすぎている気がする。

 

《ま、それで何か悪いわけではないのだが。……ん?》

 

 不意に、一筋の灰が宙を舞っているのに気が付いてヌルスはその行方を追った。闇の中、白い灰がふわりと漂い、どこかへと消えていく。

 

《……風?》

 

 まさか、とヌルスはピンときて、灰の消えたあたりをがさごそと探してみる。

 

 壁には、大きな岩が張り出している。人ほどの大きさがあるその岩の裏に、灰が吸い込まれるように消えていった気がする。

 

《よっこいせ……と》

 

 怪力にものをいわせ、岩をどかしてみる。思ったよりも簡単に岩は動き、横にどけるとかすかな風が兜の覗き窓をくぐり、ヌルスの触手をくすぐった。

 

《こいつは……なるほど。そろそろこのあたりにあると思っていたが》

 

 岩の裏には、小さな横穴。人がギリギリ通れないぐらいの穴の奥で、静かに風が吹いている。

 

 通風孔。

 

 6層直結の出入口を、ヌルスは見つけた。

 

 

 

 途中で通風孔が繋がっていないとかそういう事はなく、ヌルスは無事に隠れ家まで戻ってくる事ができた。

 

 よっこいせ、と鎧を外し、改めて状態を確認する。

 

《状態が良いとはいえ、直すべきところはけっこうあるな。まあそもそも、中に暴走状態の魔力結晶放り込んだんだから当たり前なんだが……》

 

 完全に励起しなかったので空間歪曲こそ発生しなかったものの、過剰な魔力が流れた事でやはり傷ついている部分がある。

 

 6層では激闘の連続だったし、休憩もかねて時間をかけて手入れをしよう、とヌルスは炉に火を入れる。

 

《さて。炉が温まるまでに、多重詠唱についてちょっとまとめておこうかな。ふふふ、アルテイシア、ビックリするかな?》

 

 青い瞳の少女の驚く顔を思い浮かべながら、ヌルスはペンを触手にとった。

 

 

 

 

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