望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
《ふんふん、ふふふーん》
迷宮の中に、魔物にも人にも聞こえない鼻歌が響く。
カツカツと足裏でリズムを刻みながら、世界で最も孤独な即興曲を歌うヌルスは、とても楽しそうだった。
《たたーん、たたん、たたたたん》
ばっ、と腕を振ってポーズを決める。ノリノリである。
それも仕方ない。今日の彼は、いつになくお洒落な恰好であった。
新しく手に入れた鎧は、名うての冒険者が使っていただけあってデザインも性能も申し分なく、そんな装備が大きな欠落なく入手できたのは僥倖といってもいい。これまでのように、恐らく違うバラバラの装備を無理やりつなぎ合わせ着ているのとはフィット感がまるで違う。
それに加えて、鎧を包む外套は、これまでの雑巾なのかマントなのか区別がつかないような襤褸ではなく、多少古びているもののそれなりに生地がしっかりしたローブのようなものだ。サーコートとまではいかないものの、それなりに分厚い布地は鎧を暖かく包み、冷たく冷えるのを防いでくれている。おかげで内部のヌルスもとても過ごしやすい。
これは隠れ家にあった、何かの魔術的素材の一部だ。存在は前から知っていたが、どうにも使ってしまうのが勿体ないのでずっととっておいた。が、質の良い鎧が手に入った事で、使うなら今だ、とひっぱりだしてきたのだ。
それに加え、ドロップ品の魔法金属の杖。鎧を装備する魔術師なんかいない、という事に目をつむれば、それなりにいっぱしの冒険者に見えなくもない出で立ちだ。
これまでずっとゴミから拾い集めた装備で固めていた姿からは様変わりである。
その事が、ヌルスを酷く上機嫌にさせているのだった。
《ふんふん、ふーん?》
カツン、と機嫌よく歩みを進めていた動きが止まる。
前方の蟠る闇の中に潜む気配。待ち伏せか、とヌルスは足をとめて杖を振りかざした。杖の先端には、緑色の触媒がはめ込まれている。
《これ以上待っても無駄だぞ。大人しく出てこい》
ぴくりとも動かず、臨戦態勢で待機するヌルス。やがて自分達の存在が看破されている事を理解したのだろう、物陰から魔物が姿を現した。
出てきたのは、ゴブリンが二匹に、魔狼が一匹の混合編成。珍しい組み合わせだ、案外狼がゴブリンを仕留めようとしていた所にタイミング悪くヌルスが差し掛かってしまったのかもしれない。普段、食物連鎖の関係にある魔物でも、冒険者の存在を認知すれば普段の関係を棚上げにして共同戦線を張るのは知っての通りだ。
《ふふん? こないだは遭遇しなかった組み合わせだな》
高速で接近してくる魔狼に、器用なゴブリンの組み合わせ。互いの欠点を補いあっている嫌な組み合わせだが、ヌルスに恐れはなかった。
多少の損害を加味すれば、ヌルスにとって6層の雑魚魔物はもはや攻略したも同然という認識に過ぎない。
《まあいい。向かってくるなら倒すまでだ》
「ガウゥ!」
狼が低く唸り、一直線に駆け寄ってくる。その後にゴブリンが続く。
それを迎え撃つヌルス。その背後から、しゅるり、と触手が伸びて紋様の形を成した。それが二つ。
《二連詠唱!》
ウィンドボルトの風弾が狼に向かって放たれる。魔物たる狼はその一撃を、素早く空中に跳躍して回避した。対象を見失った風弾は虚しく空を切り、背後に続くゴブリン達の間を通り抜けていった。
が。その末路を見送る頃には、間髪入れず放たれた二発目の風弾が狼の腹へと撃ち込まれ、空中でその肉体を二つに裂いていた。
雨のように降る血と肉。それは瞬く間に灰に帰り、カランと水色の魔力結晶が地に落ちた。
「ギッ!?」
「ゲッ?」
想定外の展開に、ゴブリン達が足を止める。まだ十分距離がある彼らに向けて、ヌルスは杖を突きつけた。
《まあいつも言っているが、ここで逃げるなら殺しはしない。……って、やっぱり聞こえてないか》
「ゲゲゲゲェッ!」
「キキィッ!」
躊躇ったのはわずかな間。二匹がかりでかかれば何とかなるさ、とでもいうようにゴブリン達が並んでこちらに襲い掛かってくる。果たして聞こえているのかもわからないヌルスの警告は、またしても不通に終わった。
杖が輝き、ウィンドボルトが放たれる。それを左右に分かれて回避するゴブリン。そのうち、ヌルスから見て右のゴブリンは、間髪入れずに放った二発目に頭を吹き飛ばされてその場にゴロン、と転がった。
だが、狙われなかったもう一匹は勢いのまま壁を駆けあがり、そのまま横合いからヌルスへと襲い掛かった。ギラリと歪んだ刃が闇に煌めく。
「ギィッ!」
殺った! そういわんばかりに繰り出された一撃は、しかし虚しく宙を切った。残像を残すほどの速度で消えたヌルスの姿を前に、ゴブリンが目を見開いてキョロキョロとその姿を探す。
「ギギギ……ギッ!?」
《残念だな。上だ》
そのゴブリンに、ヌルスは上から杖の石突きを落下しながら突き立てた。尖った先端が胸を突き破り、ゴブリンを床に串刺しにする。
あの瞬間、ヌルスは伸ばした触手を天井にひっかけて自分を釣り上げたのだ。これまで何度かやってきた、触手を用いた高速移動の応用だ。人目を気にする必要がないなら、触手の能力をフルに生かしていった方がいいという割り切りだ。これまでは人間に頼らず、しかし人間の目がある場所で戦う為にそういった手段は増やさなかったが、アルテイシア達という明確な仲間が生まれた事で、ヌルスの心理にも変化が生まれた。
彼女らと共にあるときは頼り、そうでない時は持てる全ての手段を使う。それは一人で戦う為に磨いた技が仲間とある時には無駄になるという事でもあったが、今のヌルスはそれを徒労だとは思わない。
むしろ、この成果をアルテイシアと二人だけで共有するのが楽しみでしょうがなかった。
「ギィ……」
仰向けに地面に串刺しにされたゴブリン、その手が最後に宙を掴むように伸ばされ、しかし力尽きる。パチパチと音を立てて、僅かな量の灰の山だけが後に残される。
《ふふん。まあざっとこんなものである》
苦戦していた魔物を手早く仕留めた事に、ヌルスはご機嫌である。
あれだけ苦戦していたのがウソのようだ。二の矢がある、というそれだけで、あまりにも戦略性の広がりが違う。それに、人に擬態したまま触手を使う戦い方にも慣れてきた。
要は環境も捉えようだ。この暗黒の回廊では、少し距離があればそれだけで人の目は届かない。ある程度は人から外れた戦い方をしても悪影響はない。
《とはいえ、探索もあまり進んではいないんだよな。意外と広いというか……》
地図を確認しつつ、状況を確認する。
6層はそこまで広くはないのだが、強力な魔物との戦闘が頻発するため、あまり遠くまで探索する事が困難だ。これまでのようにコツを掴めば一気に進めるという事もなく、とにかく地道な探索を要求される。
ただ、その点において、ヌルスは冒険者よりも遥かに有利な点がいくつも存在する。その最大の利点が、隠し部屋に直行できる通風孔を確保している点だ。普通の冒険者は地上から6層まで降りてくる過程でそれなりの時間をかけるため、どうしても消耗はさけられない。だがヌルスは休憩から直行できるため、ベストコンディションで探索に臨む事が出来る。
問題だった物資の消耗についても、触手で魔術回路を構成するという小技が使えるようになった事で自給自足が可能になった。隠し部屋に残された資源管理に頭を悩ませる必要も無くなったため、これまで以上に大胆に戦う事も出来る。
《これもあれも全てアルテイシアのおかげだな。しかし、彼女達の姿をなかなか見ないな。まあ、6層で通じる近接戦闘スキルを今から身に着けるのはそれなりに大変だろうな……》
流石に近接戦闘で魔物を倒せるようになる、というのは高望みだとしても、あのゴブリンの攻撃を凌げるだけの戦闘スキルを身に着けるのは一朝一夕ではいかないだろう。あるいは新しく前衛を雇うとしても、連携の調整など色々な問題があるだろう。
なかなか難しい話だ。
《まあ、アルテイシアは今更近接戦闘の訓練とかは要らなさそうだったが》
白刃を振りかざす彼女の動きは、純粋な前衛職と比較してもそう劣るものではなかった。彼女一人の方が、かえってこの階層では戦いやすいかもしれない。その場合、ヌルスも正体を隠す事無く全力を出せるのでもっと有利だ。
まあ、それはあくまでヌルスの意見だ。アルテイシアは仲間達の事をとても大事にしているし、だからこそ彼らを仲間外れにする事はないだろう。何よりそれはあくまで6層での話であって、続く7層が大人数の方が有利な環境という可能性だってないわけではない。実際、5層は人間の場合それなりに人数がいないと瘴気対策が大変だろう。松明を持ち歩くのが結構荷物になる。
《あーあ。早く来ないと探索終わっちゃうぞ……っと》
ぴくん、とヌルスの体が跳ねる。
遠くで何か、金属音のようなものが聞こえた気がしたのだ。
《……やっぱり。金属同士がぶつかり合う音がする》
金属と金属がぶつかり合う、独特の音。それに、はっきりとはしないが、魔力の発露のような力の波を感じる。
冒険者が、ゴブリン相手に近接戦をしつつ、魔術で支援攻撃をしているといった所だろうか。
《アルテイシアかな? 噂をすればなんとやら、という奴かな》
ヌルスは数歩駆け出し、そこで足を止めて身だしなみを整えた。ローブや鎧がきちっとしているのを確認して、再び意気揚々と音の元へと向かう。
《ふんふん、ふふふーーん》
行く先に遭いたい人がいると信じて疑わず、ヌルスは上機嫌だった。