望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百三話 人助けの魔術騎士

 

 

 戦いの音を頼りにヌルスが向かった先では、一組の冒険者パーティーがしのぎを削っていた。

 

 茶髪の剣士がゴブリン相手に剣を振るい、その背後からローブに身を包む小柄な人影は杖を手に魔術で支援している。その二人の背後には、ぐったりと壁に身を預ける重戦士と弓使いの姿があった。負傷しているようだ。

 

《なんだ、アルテイシアじゃなかったか。残念》

 

 ちょっとがっかりするヌルス。それはそれとして、どうにも手助けが必要なようだ。

 

 幸い、魔物たちは冒険者相手に夢中になっていて、背後に佇むヌルスには気が付いていない。

 

《ま、何か情報を持っているかもしれないな》

 

 タイミングを見計らいつつ、ヌルスは魔力を解き放った。不意打ちで放たれた風の魔弾が、ゴブリンを打ちのめす。

 

 ぐしゃりと崩れて灰になる魔物を前に、剣士が呆然と動きを止めた。が、すでに限界だったのかその場で膝をつく。控えていた魔術師が慌てて彼に駆け寄った。

 

「大丈夫?!」

 

「あ、ああ……」

 

 仲間に肩を支えられながら、剣士が床に落ちた松明を拾い上げる。その明かりの中に、ヌルスはゆっくりと進み出て姿を見せた。

 

 冒険者達が目を丸くする。

 

「魔術師……?」

 

「人型の魔物……でねえ、よね……」

 

『筆談で失礼する。私はヌルス。そちらは大丈夫か?』

 

 さっそく文字を綴って書き示すと、剣士と魔術師は驚いたように顔を見合わせた。

 

「え、これって……」

 

「噂の魔術師!? 6層まで来てだんだ……」

 

 どうやら、最前線にもヌルスの噂は伝わっていたらしい。ぎこちなく身を起こすと、二人は揃って頭を下げた。

 

「すいません、助かりました」

 

『構わない。仲間が負傷したのか?』

 

 ぐったりと壁に身を預け、今のやり取りも目に入っていない様子の彼らの仲間に目を向ける。それなりに血の匂いがした。

 

「ええ、はい。……その、6層ボスに挑んで返り討ちにあいまして……」

 

《ほう》

 

 6層ボスと来た。どうやら、この冒険者達はヌルスやアルテイシア達に一歩先んじていたらしい。フロントライナーの最精鋭という事か。

 

 だが、どうやらボスには敵わなかったという事か。その引き返す最中に、魔物に絡まれ立往生していた、と。

 

 てっきり6層を徘徊する魔物に苦戦していたのかと思ったヌルスは評価を改めた。なかなかやる連中のようである。

 

『わかった。地上まで送るとはいかないが、5層の出入口までは護衛しよう』

 

「え……? そだ、わりい」

 

『ここで助けた事を無駄にされる方が私は困る』

 

 6層は一般の魔物が強い。先ほどのように、ゴブリン一匹でも今の彼らには脅威だ。放っておいて、あとで見覚えのある恰好の魔物化した死体を見る方が精神衛生上よくない。

 

 それに、6層まで潜ってきたパーティーならそれなりに凄腕のはずだ。負傷しているとはいえ、見るべきものはある。

 

 ヌルスの言葉にも一理あると思ったのか、あるいは意地を張っている場合ではないと考え直したのか。

 

 しばらく考え込んでから、剣士は素直に頭を下げた。

 

「……わかりました。ご厚意に甘えさせていただきます。僕たちはチーム“チャレンジ&スラッシュ”。僕はチームリーダーのストライフ・アーデン。こっちは魔術師の、ニコリ・ミニシアといいます」

 

「よ、よろしくお願いしますべ!」

 

 剣士に紹介されて、ぺこりと魔術師が頭を下げた。フードを深くかぶっていて顔は見えないが、子供と言ってもいい年少者のようだ。性別はよく分からない。

 

 逆に言えばこの年で6層に潜っている事を考えると相当な天才かもしれない。アルテイシアと話が合うかもしれないな、と思ったが、多分ヌルスが会話に入れなくて仲間外れになりそうだ。

 

 兜を巡らせて壁際の二人を見る。気絶しているわけではないようだが、意識が曖昧のようだ。

 

「重剣士はガルド、弓使いはアーロラといいます。二人ともボスの攻撃を受けて深手を負っています。僕が二人を運びますので、ヌルスさんはニコリと一緒に安全を確保していただけないでしょうか?」

 

『了解した』

 

 ガチャリ、と鎧を鳴らして、ヌルスは先導する位置に立った。地図を確認し、出口までの最短ルートを確認する。

 

『ついてこい。私が露払いをする』

 

 

 

 負傷者をつれての帰路は、それなりに苦戦を強いられた。

 

 まず、二連詠唱とか触手フットワークが使えないのが痛い。さらにいえば、救助メンバーに魔術師がいる以上、余計なトラブルを避けるために歪みの魔術も使えない。そうなると通常の魔術で6層の魔物に対抗しないといけないのだが、これがなかなか辛い。

 

 単発の魔術では回避されてしまい、結局接近戦に持ち込まれる。そして接近戦で触手を使った戦い方を封じれば、おのずと苦戦する。

 

 結局、パーティーの魔術師の助けを借りる事になってしまった。

 

《む、また来たぞ》

 

「あ、敵だね! じゃあ、おらが動ぎ止めます。“青い大気 精霊の火打ち石 カチンと弾けて 炎は木々を焼く”」

 

 魔物の気配を感じ、ヌルスが足を止める。

 

 すると、もう何度も連携してきて呼吸を掴んできた魔術師が前にでて、範囲魔法を放った。アルテイシアが使っていたのと同じ広範囲を巻き込む炎の魔術。だが、エジニアス式でもニコライ式でもない。彼女が手にする杖はヌルスと同じような長くて重たいものなので、恐らく細分化されていない地方の魔術式という奴なのだろう。

 

 炎が暗闇を照らしながら空間を埋めていく。その中に、ゴブリン達の姿が浮かび上がった。さしもの彼らも炎の中では足を止めて、吸わないように口元を抑えている。

 

 見た目は派手だが、アルテイシアのそれと違って範囲を重視したせいか威力はなく、魔物を焼き尽くすほどの威力はないようだ。やはり彼女、術式を魔改造していないか、という疑問を改めつつ、ヌルスは重ねて魔術を放った。

 

 もともと炎の渦で足を取られ、さらに空間が炎の魔力で満たされているようでは、例え魔力が見える素養があってもどうしようもない。人間でいえば目隠しをされた状態で魔術を受けて、ゴブリン達は成すすべなく散っていった。

 

「やったっ! 魔術師が二人いればやっぱしひとづも違いますね」

 

《うむ。しかしやつらにこういう攻略法があったとはなあ》

 

 杖を振り上げて快哉を叫ぶ魔術師に、ヌルスも後方から兜を上下に振る。範囲攻撃を目くらましに使うという発想はヌルスにはなかった。まあ、トルネードというかこの手の高出力広範囲魔術はまだ修練中なのだが……。

 

 アルテイシア達ならもしかするとすでにこの対策に気がついているかもしれない。今度合流したら提案してみるべきである、とヌルスは考えつつ、同時に即座にこの戦術を提案してきたニコリの評価を内心で上方修正した。やはり6層にまで来るだけあって、凄腕であるのは間違いない。

 

「ストライフ、さすけねえ?」

 

「ああ、心配しなくていいよ」

 

 そんな二人が安全を確保した後に続くのが、仲間二人を抱えたストライフだ。意識が朦朧としている重傷者に声をかけて励ましながら、両肩に大人を担いで迷宮を進む。そこそこ歩いたのにも関わらず苦しそうな様子が無い当たり、普段から相当に鍛えているのだろう。

 

『この近くに魔物の気配はない。デスマントに警戒しつつ、先を急ごう』

 

「だって、ストライフ。索敵はヌルスさんにまがせで、おらも手伝うね。ほら、アーロラ、肩貸して」

 

「うう……」

 

 呻くように答える弓使いの肩を持つニコリ。

 

「すいません、ヌルスさん」

 

『気にするな。急ぐぞ』

 

 実際、二人をかかえるストライフに合わせていたら時間がかかりすぎる。すでに魔物は10体近く倒したし、しばらくは打ち止めのはずだ。

 

 足早に道を急ぐ。地図もあるので、迷う事は無い。曲がり角に差し掛かるたびにヌルスが先に出て警戒し、一気に出入口へと向かう。

 

「そろそろがな」

 

「ああ。あ、見えてきた」

 

 闇の向こうに、青白く明滅する転移陣の輝きが見えた。周辺を確認しても、魔物の姿は無い。

 

 どうやら、なんとかたどり着けたらしい。ヌルスもほっとして張りつめていた気を解す。怪我人の護衛というのは、どうにも気を遣う。ただ敵を倒せばいいのとはわけが違う。

 

「ありがとうございました、ヌルスさん」

 

『本当に大丈夫か? 5層とて簡単ではないだろう』

 

「ただ抜けるだけなら大丈夫です。ニコリは炎魔術が得意なので」

 

「えへへへ」

 

 恥ずかしそうに笑う魔術師。まあ、炎に限ればアルテイシアといい勝負ができるのは疑いない。それに5層は環境が厄介なだけで、魔物はそう大したことは無い。

 

 ちょっと心配だが、それは過保護というものだろう。彼らとて、最前線に挑む冒険者なのだ。あまり心配するのは彼らの名誉を損なうだろう。

 

『分かった。無事に地上に戻れる事と、仲間の手当が間に合うのを祈ろう』

 

「ありがとうございます、ヌルスさん。では、せめてものお礼を。地図を貸していただけますか?」

 

 ヌルスがいわれた通りに差し出すと、ストライフは炭のかけらで地図に何やら道を書き足し、ヌルスに返した。

 

「僕らの見つけたフロアガーディアンまでの道のりです」

 

『いいのか?』

 

「ヌルスさんに助けられなければ、あのまま迷宮の塵になっていた情報です、ここで貴方に公開すべきでしょう。あと、フロアガーディアンは骸骨の剣士でした。ただの骸骨じゃなくて、前後に顔と腕がある異形。包囲しても関係なく攻撃されます。うちのメンバーはそれでやられました」

 

 貴重な情報だ。6層ともなれば、フロアガーディアンに挑んだ人間はまだほとんどいないだろう。

 

 骸骨剣士、と言われてヌルスは遭遇した亡霊騎士の事を思い出す。フロアガーディアンは由来が違うから冒険者の影響を受けて誕生した訳ではないだろうが、技も理もなく得物を振り回すだけとは思わない方がよいだろう。それに前後が意味をなさないというのも重要な情報だ。

 

 6層の魔物は比較的強力だが、前後の間隔にとらわれがちなところがあった。それを踏まえてボスに挑むとひっかかるという訳だ、嫌らしい相手である。

 

「あと、ボスにはまだ比較的余裕がありました。追い詰めたら、何か未知の行動をしてくる可能性もあります。挑むならお気をつけて」

 

『貴重な情報感謝する。そちらも気を付けてな』

 

「はい。ありがとうございました」

 

 ストライフはぺこり、と頭を下げると、転移陣に触れ、仲間達と共に姿を消した。

 

 一人になったヌルスは、シンと静まり返った迷宮へと視線を戻した。地図に書き込まれた道を確認し、自分自身のコンディションを確認する。

 

 問題は無い。体調は良好だ。

 

《……そうだな。出口を塞がれるタイプでもないようだし、挑んでみるか》

 

 アルテイシア達がいつ戻ってくるかもわからない。

 

 余裕があるうちに、進めるだけ進んでおくというのも一つの手だろう。

 

 ヌルスは来た道を引き返し、迷宮の奥深くへと潜っていった。

 

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