望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百四話 両面の骸骨鬼

 

 これまで、ヌルスは何体もの巣窟迷宮エトヴァゼルのフロアガーディアンと戦ってきた。

 

 1層の亜人型のボス、2層の爬虫類型のボス、3層の触手軟体生物、4層の巨大無脊椎動物、5層の瘴気蝙蝠。

 

 6層のボスは、巨大な両面骸骨なのだという。ある意味では人型なので、1層が近いのかもしれないがさすがに比較対象として適切ではないだろう。

 

 つまり、大分未知の相手という事になる。

 

 一番近いのは、6層で戦った亡霊騎士かもしれない。だがあれは、凄腕冒険者の遺体が直接魔物化したものなので、事実上のユニークモンスターだった。恐らく、この世界であれと戦ったのは、ヌルスが最後だ。きっともう出てくる事はないだろう。

 

 魔物の誕生プロセスを考えると、そのうちあの亡霊騎士をモチーフにした新たな魔物が出てくるかもしれないが、それはもう別の何かだ。恐らく、あの亡霊騎士のように魔術を剣で切り裂くような真似はできないだろう。

 

《それを考えると、貴重な経験を出来たという事かな》

 

 地図を確認し、ヌルスは足を止めた。

 

 目の前には、暗黒の空間においてなお昏く口を開く洞がある。フロアガーディアンの小部屋だ。

 

 ヌルスは杖の触媒を水色のそれに交換し、ため込んだ魔力結晶を纏めて取り込んだ。体に大量の魔力がみなぎるのを感じ、よし、と頷く。

 

 精神的なコンディションは好調。肉体的にも不安はなし。

 

《様子見とは言わない。倒せるならここで倒す。出し惜しみはなしだ》

 

 これまでの戦いは大体様子見かねてつっこんだら酷いトラブルに見舞われてきた。最初からもうそのつもりで挑んだ方がいいだろう。

 

 数秒、精神を集中させてヌルスは小部屋へと踏み込んだ。

 

 部屋の中身は他の階層と変わらない。4層が特殊だっただけで、やはりフロアガーディアンの部屋は戦闘するに狭くもなく広くもないちょうどいい広間が広がっている。障害物なども特になく、互いに全力を発揮するのに適した環境だ。

 

《さて、どんな奴が出てくるかな》

 

 杖を構えて待ち構えるヌルスの目の前で、見慣れた青い光が柱のように部屋へと立ち上った。

 

 光が炎のように散る中から、巨大な質量がのっそりと姿を現す。

 

 話に聞いていた通り、ここのフロアガーディアンは巨大な骸骨騎士だった。人間サイズではなく巨人といってもいい大きさで、金属製の胸当てや肩当をつけている。一見すると四本腕だが、よくみると聞いた通り二人分の上半身が背中合わせにくっついているようだ。こちらからは見えないが、骸骨も二つあるようである。その巨大な骸骨はあきらかに人のそれではなく、鋭い牙をむきだし額からは2本の角のようなものが生えている。

 

 四本の腕には、それぞれ違った武器。剣、斧、棍棒、槍。リーチも攻撃方法もバラバラで、これを自在に使いこなすなら厄介な相手だ。

 

 巨大な多腕の骸骨の化け物。スケルトンオーガーとでも呼ぶべきか、とヌルスは内心定義した。

 

《さて、最初から全力でいくぞ》

 

「グォオオオオ……!」

 

 骨だけなのに一体どこから声を出しているのか、魔物の雄たけびが響き渡る。それには応じず、ヌルスは魔術を詠唱する。

 

《ウォーターミサイル!》

 

 水の中級魔術を放つ。狙いは目の前の大ボスではなく、フロアそのものだ。ボスを取り囲むように6つの水弾が撃ち込まれ、命中地点に吹き上がる噴水が出来上がる。水が噴き出しているのは僅かな時間しかない、その前にヌルスは素早く触媒を氷へと取り換えて次を唱えた。

 

《アイスボルト!》

 

 氷の弾丸が撃ち込まれ、吹き出す水柱が凍り付く。たちまちフロアに、六つの氷柱が出来上がった。

 

 これでバトルフィールドは整った。

 

《いくぞ!》

 

「グオオオオ!」

 

 スケルトンオーガーが棍棒をヌルスめがけて振り下ろす。ヌルス本来の機動力では回避は困難、さらに避けたところで他の腕の追撃がある。受けるのはもっと不味い、連続攻撃で死ぬまでボコられるだけだ。

 

 だからこそ、事前に攻撃より準備に手数を割いたのだ。

 

《ふん!》

 

 一番近い氷柱に触手を伸ばし、体を引き寄せるようにして高速移動する。遥か後方で地面を砕く棍棒を見送りながら、ヌルスは素早くスケルトンオーガーの背後へと回り込んだ。高速移動にオーガーはヌルスを完全に見失っているが……それとは別にもう一対の視線がヌルスを見ている事には気が付いている。

 

《ほいっと!》

 

 地面に触手をひっかけて急停止し、フェイントをかける。直後、ヌルスの未来位置を予想して繰り出された槍の一撃が空を切った。

 

「グゴゴォオ……」

 

《悪いな、知ってるんだ、それ》

 

 オーガーの後頭部にくっついている、もう一つの顔。それが口惜し気に唸りを上げるのを見ながら、ヌルスは触媒をさらに切り替えた。

 

 戦闘に必要な足場は作った。あとは攻撃するだけだ。

 

 キラリ、と紫色の触媒が怪しげな光を放つ。それを振りかざし、ヌルスは魔力を解き放った。

 

《D・レイ!》

 

 空間を歪ませて歪みの魔術が撃ちだされる。それをオーガーは手にした剣で受け止めるが、その代償として分厚く巨大な刃はただの一撃で捻じれ砕けた。ぱらぱらと飛び散る破片が、地面に落ちる前に灰となって消える。ああみえて、体の一部らしい。

 

「グォオ!?」

 

《さすがに反応が早い! だがどんどんいくぞ!》

 

 もともと一撃で倒すつもりはない。今度はオーガーの槍に触手をからませて一気に駆け上がる。驚いたオーガーが槍を振り回してヌルスを振り払おうとするのに逆らわず、そのまま勢いを利用して跳躍。オーガーの上を取り、空中から歪みの魔術を放つ。

 

 さきの一撃で威力を把握したのか、オーガーは素早く飛び退って射線上から飛び退って退避する。回避された紫の魔弾が、地面に命中するとバチィ! と弾けて捻じれたクレーターを生み出した。

 

 ヌルスは慌てず安全に着地すると、再びオーガー目掛けて魔術を放った。急な回避の硬直でオーガーの反応が遅れ、その一撃は棍棒を持った腕を捉えた。ベキベキベキ、と音を立てて太く分厚い骨がへし折られ、握られていた棍棒がドズン、と地面に落ちる。

 

「グガアアア!」

 

 雄叫びを上げるオーガー。骨でも痛いのか、と思ったヌルスだったが、オーガーは折られた腕を別の腕で無造作に引っこ抜くと、そのままヌルスめがけて投げつけてきた。驚いて触手回避するヌルス。

 

 その隙に、オーガーは次の行動に出た。ベキベキベキ、と音を立てて体の骨が変形し、引きちぎった腕を補うように新しい腕が生成される。さらには失った武器が青い光と共に生えてきて、ヌルスは思わず文句を叫んだ。

 

《ずっるう! 武器、いくらでも出せるのかよ!?》

 

「グアア!」

 

 ヌルスの言葉に答えた訳ではないだろうが、それに応えるように四本の腕が一斉に武器を投擲してくる。慌てて回避するヌルスだが、どうしても一発かわせないのがある。しょうがない、とそれにD・レイを撃ち込んで相殺する。

 

 距離を置いて向かい合う両者。オーガーはすでに手の中に武器を再生成している。どうやら、ヌルス相手には弾幕で勝負するべきだと判断したようだ。

 

《チッ。思ったよりも慎重だな》

 

「ガア!」

 

 再びの武器の投擲。投擲は正確で、やはり魔術を使わなければ回避できそうにない。どうやら魔術師は魔術を連射できない、という事を把握したうえで、こちらの手を確実に潰しに来ているようだ。そのうち回避しきれなくなって一撃貰うまで粘るつもりか。

 

《魔術師相手は長期戦に持ち込めばよい。それは確かに鉄則だが……》

 

 D・レイを放ち、直撃コースの剣を迎撃する。グシャア、と砕ける剣。

 

 その裏から、二発目のD・レイがフロアガーディアン目掛けて放たれる。

 

「ガッ!?」

 

 武器生成に気を取られていたのだろう、オーガーは完全に反応が遅れた。その右わき腹に魔術が直撃し、胸当てもろとも肋骨を捻じ曲げて砕く。苦痛の声を上げて、その半身が傾いた。

 

《さすがに一撃では無理か》

 

 冷静に攻撃の戦果を確認するヌルス。その右の籠手からはダバダバと血が滴り、背後に広げられた触手の魔術式はサラサラと灰へと還っていく。

 

 二連詠唱。

 

 通常魔術でもそれなりに負担が大きかったから、いくら最小限の出力に抑えたとはいえ歪みの魔術、反動はそれなりに大きい。だが、ベストコンディションで放ったワープボルトのそれほどではない。4層のイレギュラー魔物相手に使った時は、ほんのわずかに手違いがあれば不発のままヌルスが消し飛んでいたほどの反動だった。今の魔法金属性の杖を使ったところで、自殺行為と同等なのは変わらないだろう。

 

《2発当ててなお健在か。雑魚といっしょで、これまでとは比較にならないほどのタフさだな》

 

「グルルルル……!」

 

 オーガーが砕かれた肋骨を押さえるようにしてヌルスを睨む。その光を宿さない虚ろな眼窩に、確かに敵意があふれているのをヌルスは感じた。

 

 ドズンドズン、とオーガーが部屋の中央に出てくる。遠距離戦は終わりらしい。

 

 今の内に攻撃したいが、ヌルスも損傷した触手の再生で手一杯だ。こちらも手傷を負っているのを隠すように、その場で余裕しゃくしゃくを装ってオーガーを迎え撃つ。

 

「グラアア!」

 

《さて、そこそこ追い詰めると奥の手を出してくるという話だが……》

 

 助けた冒険者、ストライフの言葉を思い返し、ヌルスは攻撃の手を緩めて様子をうかがう。目の前で雄叫びを上げているオーガーは隙だらけに見えるが、ストライフの話を思い返すとまるで攻撃を誘っているかのようにも見える。

 

 様子を伺い続けていると、まるでしびれを切らしたかのようにオーガーが動いた。

 

 その姿が、一瞬ブレる。ん? と警戒を強めたヌルスの目の前で、パキパキと音を立ててオーガーの上半身が変形を始めた。

 

《んな……》

 

 ヌルスの見ている前で、オーガーの上半身が二つに分かれる。背中合わせになっていたその体が、互いを引きはがすように分離していく。やがて完全に分離すると、そこには二体に増えたスケルトンオーガーの姿があった。

 

《二体に分離するのなんてありなのか!?》

 

 基本的にフロアガーディアンは一体のルールであるはずなのに。いや、これは二体に見えて一体なのか。混乱するヌルスに、スケルトンオーガーの一体が手にした剣と槍で襲い掛かってきた。それを氷を使った触手アクションで回避するヌルスだが、その回避先にもう一体が回り込んでいる。斧と槍を振りかぶる相手に、ヌルスは慌てて軌道変更。別の氷に触手を伸ばして、迎撃を回避する。

 

《手数は変わらないのに、ポジション変えられるってだけでこうも厄介さが違うのか!?》

 

「グゴゴゴ!」

 

「グガアッ!」

 

 ヌルスを取り囲むように、二体のスケルトンオーガーが雄叫びを上げる。

 

《どうする、一度撤退するか? いや……》

 

 ぎゅ、とヌルスは杖を強く握りしめた。

 

《やれるだけ、やってみるさ》

 

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