望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百五話 限界を超えて

 

 

《はてさて、どうしたものか……》

 

 二体に増えたフロアガーディアンを前に、ヌルスは思考を回転させる。

 

 理不尽極まりない状況だが、現実としてそうあるのなら、仕方ないと割り切るしかない。

 

 考えるべきは、この場をどう乗り切るかだ。

 

《単純な増殖という訳ではないのが、救いと言えば救いか》

 

 見た所、目の前のスケルトンオーガーは、分裂とか増殖よりも、分離・再構成に近い。

 

 肉体が無数の骨で構成されている事を生かして、それを組み替えて二体に増えたというだけで、骨の数そのものは変わっていない。それはすなわち、保有魔力も二分されているという事だ。

 

 見れば、分裂したそれぞれは腕の数は一対ずつだし、身に着けていた防具も分割した事で貧弱になっている。またそれまでの交戦で歪みの魔術によって破壊された骨は修復できていないらしく、見た目は取り繕ってはいるものの、片方を構成する骨の数がちょっと少ないようにも見える。

 

 つまり、魔力のぶつけ合い、という観念でいえば、そう状況は変わっていない。

 

 違うといえば、ポジショニングの違いか。

 

 先ほどまではいくら手数が多いとは言ってもボスは一体、機動力でヌルスが優位に戦いを進める事が出来た。これが二体になった事で、どのぐらい状況が変わるのか……。

 

「ガァオオオオ!」

 

「ゴガアアア!」

 

《まあ、やってみるしか、ないよなあ!》

 

 時は待ってくれない。

 

 戦闘再開を告げる雄叫びを前に、ヌルスは杖を振りかざした。

 

 狙いは先手必勝。

 

 D・レイならば十分な威力が見込めるのは確認済み。多少の損害は気にせず、とにかく火力を集中させて片方を倒す。そうすれば、あとは事実上弱体化した一体が残るだけだ。

 

 しかし、まるでそんな事はお見通しと言わんばかりにスケルトンオーガーはヌルスの選択肢の一歩先を取った。

 

 片方のオーガー……便宜上、前鬼と呼称する……が大きく息を吸い込むような挙動の後に、その口からブレスを放った。スカスカの骨だけの体のどこから吐き出しているのか、大量の灰色の靄が噴出し、オーガー達の姿を覆い隠した。

 

《ちぃ!》

 

 ただ視界を防がれただけではヌルスにとって妨害足りえない。だがこのブレスは、ただ灰色の煙という訳ではないらしい。高濃度の魔力に阻害されて、その向こう側が見通せない。

 

 それでもあの巨体、すぐさま回避行動はとれまいと前鬼のいた場所目掛けてD・レイを放つヌルス。紫色の魔弾が多少の傷を代償に放たれ、灰色の煙幕に撃ち込まれる。

 

 が、それはブレスを突き破る事なく、その場で灰色の霞と反応して空間を歪め消失した。

 

《なぬ?!》

 

 それを見て慌ててヌルスは後退し、ブレスから距離を取った。

 

 ただの靄相手ならD・レイが反応する事はない。歪みの魔術を防ぐ一番簡単な事は質量を壁にする事だが、それと同じ反応をブレスに対し示したという事はこの灰色の靄、見た目通りのものではない。迂闊に触れるのは危険だ。

 

 その予想の正しさを示すように、ブレスが忽ち変化を始める。漂っていた塵が急速に動きを鈍らせ、バキバキと固まっていく。

 

 数秒後には、煙はそのまま固まって壁となり、物理的な障害としてヌルスを取り囲んでいた。もし迂闊にこれに包まれていたら、固化に巻き込まれて固められていたかもしれない。

 

 と同時に、ヌルスは危機感に触手を震わせた。

 

《このままでは不味い!》

 

 慌てて触手を伸ばして塊になったブレスの上に昇る。その直後、部屋を揺るがす叫びが響いた。

 

「グォオオオ!!」

 

《ぬわあー!?》

 

 凄まじい衝撃と共に、ブレスが木っ端みじんに粉砕される。それに乗っかっていたヌルスも、勢いのままに吹き飛ばされて宙を舞う。

 

 空中で逆さになったヌルスは、粉砕されたブレスの只中、得物を振りぬいた前鬼の姿を見た。ブレスで固めて、渾身の一撃を見舞う……目くらましによる防御も兼ねた、初見殺しの即死攻撃。

 

 幸いにそれを凌ぐ事が出来たヌルスだが、忘れてはいけない。

 

 オーガーは二匹いる。

 

 その姿を探すヌルスの背後に、もう一体のオーガー……こちらは後鬼とする……が素早く回り込んで棍棒を振り上げた。

 

《早い!?》

 

 咄嗟に体を180度捩じり、杖でその一撃を受け止める。火花が散り、ヌルスは地面に向けて打ち出されるように叩き落された。

 

 さらに触手を放出してクッションにし、地面にたたきつけられるのを防ぐ。触手の弾力でバインバインと跳ねて転がりながら距離を取るヌルスを、前鬼後鬼が並走しながら追いかける。

 

《むぎぎぎ!》

 

 触手を床にくっつけて急停止、迫りくる前鬼に魔術を放つ。D・レイの光を前に足を止めて武器で防御する前鬼を置いて、後鬼がヌルスを叩き潰そうと斧を振り上げる。それを後方に触手を伸ばして回避するも、今度はそこに武器を犠牲に一撃を凌いだ前鬼が追いついてきて拳を振り上げる。

 

《なんの!》

 

 転がるようにして振り下ろされる拳を回避。だがそこへさらに、後鬼が再び棍棒を繰り出してきた。これは回避できない。ヌルスは再び杖で攻撃を防ぎつつ、その力を受け流すようにしてその場でぐるりと回った。

 

 見事に受け身が決まったが、今度はそこに前鬼が再生成した剣を振り下ろしてくる。これは本当にどうしようもなく、ヌルスはやむを得ず魔術を詠唱して迎撃した。

 

 D・レイと振り下ろされた武器が激突し、歪みの力によって武器が再び砕かれる。

 

 ボスもヌルスもそこで手札を使い切り、動きが一端止まる。

 

 その隙を逃さず、ヌルスは触手を展開して全身を包み込み触手塊のような形態をとると、後鬼の股を潜るようにゴロゴロ転がって離脱した。

 

 ある程度の距離を取って停止し、ふぅ、と触手を仕舞いこむ。

 

 追撃はない。前鬼後鬼はあくまで自分達のペースを崩すつもりはないようで、武器を再生成しながらゆっくりと間合いを測るように動きだしていた。

 

《ふぅ。なんとか凌いだが……まずいぞ、これは》

 

 思ったよりも厄介な展開である。

 

 魔力的には半減したので弱くなったかと思いきや、身軽になってスピードが上がり、むしろ対処しづらくなっている。

 

 攻撃回数も四本の腕、という意味では変わらないのだが、それぞれが別個体になった事で片方を足止めしても片方が攻撃してくるので止められなくなっている。それに、前後左右を挟むように立ち回ってくるのも実に厄介だ。ヌルスには前後左右の区別はないので挟撃によるアドバンテージは半減しているはずなのだが、それでも手数が間に合わない。

 

 杖は一本しかないのだ。背後からの攻撃をそれで防御したら正面からの攻撃に対応できない、その逆もまた然り。

 

《ぬぅううん。やはり数というのは戦いにおいて絶対正義、という事か……》

 

 先のパーティーが返り討ちにあったのもあくまで初見殺しの一つに引っかかったからであったようだし、やはり本来なら四人以上のメンバーで挑むべき相手なのだろう。

 

 ソロだと相手が二匹ではひたすら囲まれてボコられるだけだ。

 

《一度離脱するか? いやいや、まだやれる事はある》

 

 手はある。ちょっと覚悟が必要だが……そこまで考えてヌルスは思わず苦笑した。

 

 ここに来て、まだ出し惜しみをする必要はあるまい。覚悟はとっくに済ませたつもりだったのにこの体たらく。やはり、まだまだ自分は未熟者だと再確認する。

 

《……そうと決まれば、やるか! 全身全霊!》

 

 ガサゴソと鎧の中から荷物を取り出す。

 

 複数に分けて袋詰めされている魔力結晶。それを一袋残して、全て中身を鎧の中にぶちまける。大量の魔力を吸収し、ヌルスの中に活力が満ちる。

 

 衰えつつあった触手の再生速度が大幅に強化されたのを確認し、ヌルスは最後に残った袋からいくつか緑色の魔力結晶を掴みだした。

 

「ゴァアア!」

 

「グォォオ!」

 

《いくぞぉ!》

 

 雄たけびを上げて再び距離を詰めてくるオーガー。それに対し、ヌルスも声なき声で快哉を上げて、緑色の魔力結晶を握りしめて呪文を唱えた。

 

 展開した触手で即席簡易魔力回路を構築して放つのは、ウィンドミストの魔術。

 

 風属性はもともと殺傷力全般に乏しいが、ミスト系となると特にそれが顕著だ。ミスト系はあくまで広範囲攻撃魔術の基礎になるものなので、属性を帯びた魔力を拡散放射するというもの。それ自体に攻撃性の無い風属性では、精々強風を生み出す程度で、ミスト、という名前に反した効果である。

 

 それを、ヌルスは敢えて自分に吹き付けた。同時に、触手をローブに這わせて芯とし、即席の凧にする。生み出された強風を受けたローブが、バタバタとはためき、そして。

 

「グァ!?」

 

《ウヒィイイッ!?》

 

 鎧姿が、宙を舞う。嵐なみの風を受け止めた体は吹き飛ばされるように飛翔し、一瞬で並走するオーガー二体の間を通り抜けて背後を取った。

 

《ヌォオォウ!? 意識が回るぅっ》

 

 悲鳴を上げるヌルス。

 

 ように、ではなく、実質本当に吹き飛ばされただけのようである。到底制御しているとは思えないそのあり様からだと、背後を取れたのは本当にたまたまのようであるが、結果よければそれでよし。

 

 杖無しで魔術を使った反動で触手が引き裂かれるが、その痛みがヌルスの意識を繋いでくれる。ぐるぐると回転する意識の中で、ヌルスは何とか杖の、魔術の制御に意識を割く事が出来た。

 

《食らえ!》

 

 D・レイの紫色の閃光が輝く。それは背後を取られた事に咄嗟に反応できなかった前鬼の後頭部へと直撃し、それを千々に引き千切った。首から上を失い、白骨の巨体がズシンと膝をつき崩れ落ちる。

 

 一方、ヌルスはD・レイ発動のノックバックが加わった事で完全に空中での体の制御を失い、そのまま直滑降で地面にたたきつけられた。声にならない苦悶と共に、杖がその手を離れてカラカラと転がる。

 

「ゴガアア!」

 

 相方を倒されて怒りの声を上げて突進する後鬼。ヌルスが杖を拾う前に間合いを詰めようというつもりらしい。それに対し逆さまに倒れたままのヌルスはぐるん、と背骨を逆折するような非人間的な仕草で身を起こした。腰の部分で鎧が外れ、そこから無数の触手がにゅるり、と顔を出す。

 

 その触手には四つ、緑色の魔力結晶が握られている。籠手から引き抜かれた触手が、床を這うようにして無数の魔術回路を描いた。

 

《反動でどうなっちゃうかちょっと不安要素だけど……食らえ! 一斉掃射!!》

 

 4つの魔力結晶を媒体とし、それぞれに魔術回路と詠唱担当の触手をセットで展開。それによって繰り出されるのは、ウィンドボルトの二連詠唱を4セット、計8発の魔術の弾幕。

 

 後鬼はとっさに魔力の流れを読んでその射線上から離脱するが、跳躍したその足が地面につくよりも早く補正した二発目の速射が空中で炸裂する。それによってバランスを崩して地面に倒れ込んだ所に、さらに二連掃射が放たれる。武器を盾にして防御するが、8発もの魔弾を受けては防ぎきれない。ボロボロとひび割れて朽ちる武器、その向こうに後鬼が見たのは、全身から出血し触手の大半が千切れ飛びながらも、まだ2つの魔術回路が健在なヌルスの姿だった。

 

 その直後、放たれた四発の魔弾が後鬼の頭部を粉砕し、第六層のフロアガーディアンはここに撃破されたのだった。

 

 

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