望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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運命のカウントダウン開始。


第百九話 Drei

 

 

 当初、パーティー一行は闇の中からかけよってくる得体のしれない鎧姿に警戒を見せていた。

 

 が、松明の明かりが届く範囲まで近づくと、先頭に立っていたリーダーの茶髪の剣士が明るい声を上げた。

 

「ヌルスさん!」

 

 喜色を浮かべ、手を振り返してくるストライフ。彼は振り返って仲間達に危険が無い事を示し、ヌルスを快く歓迎した。

 

『先日ぶりだな。壮健そうで何より』

 

「ヌルスさんこそ。あの時はお世話になりました」

 

 笑顔で伸ばされる手。それを見て少しためらうが、ヌルスも握り返す。ランクアップした事で多少使い勝手が変わった触手も、慣れてくればより細かい動きができる。以前であったら、やんわりと遠慮していた事にも思い切って挑戦してみるべきだろう。

 

「おかげ様で、仲間二人も無事に手当が間に合って復帰する事ができました。ほら、二人とも挨拶をして」

 

「どうも。ガルド・ボーラ、重戦士をやっています」

 

「アーロラ・ウィスフよ。命の恩人に合えて光栄ね」

 

 以前出会った時は負傷で朦朧としていた二人がそれぞれ挨拶をしてくる。

 

 挨拶のために兜を外した重戦士の素顔は、素朴な顔つきの禿頭、といった風だった。魔物であるヌルスはあんまり人間の区別がつかないところがあるが、それを踏まえても地味な顔つきをしている。それはそれとして、その佇まいからは実直な雰囲気が醸し出されており、それを頼り甲斐がある、と取ることもできるだろう。

 

 一方、弓使いは長い黒髪を後頭部で結った、鋭い目つきの整った造形の顔の女性だ。これまで出会った女性の人間では1番背が高く、やたらと厳しい雰囲気がある。同じ女性でも柔らかでふわふわした雰囲気のアルテイシアとはだいぶん違う感じ、人間の個性というのは幅が広いなとヌルスは染み染みと感じいった。

 

 どちらも右手を守る防具を外し、手を差し出してくる。握り返すもののこちらが籠手を外さないのは失礼かも、という考えがちらりと脳裏をよぎるが、特に相手は気にしていないようだった。

 

「失礼ながら、以前助けていただいた時のことはよく覚えておらず。こうして再び巡り会えたことに感謝します」

 

「同じく。私たちだけでなく、ストライフ達も助けてくれた事、重ね重ね感謝したい」

 

《いやまあ、そこまで感謝されるような事でもないんだがなあ》

 

 知り合いじゃないし見捨てる事も考えなかった訳ではないヌルスからすると、ここまで良いように受け取られるといささか居心地が悪い。

 

 それはそれとして、やはり余裕があるなら人助けはするに越したことはない、という風に改めて思う。種族は違えど、感謝されるというのは悪くない。それにあの時助けたおかげでボス戦の重要な情報も手に入れられた訳であるし。

 

 ところで、フロアガーディアンの小部屋の前に集まっているということは、つまりそういうことなのだろうか。

 

『ところで、ここに集まっているということは、今からボスに挑戦するのか?』

 

「ええ。二人も戦線復帰しましたので、雪辱戦といこうかと」

 

 ストライフの答えに、ヌルスは少し疑問を覚えた。

 

 魔物は魔力さえあれば多少の負傷はどうとでもなるが、人間はそうではないはずだ。正確な経過日数についてヌルスは把握していないが、あれだけの傷が癒えるにはちょっと短いのではないか、と思わないでもない。

 

 もし、迷宮攻略を急いているなら掣肘しておかなければならないだろう、とヌルスはお節介心を出す事にした。

 

『いささか性急ではないか。二人の傷が癒えるにはまだ時間が足りない気がするが』

 

 そう筆談で伝えると、ストライフ一行は顔を見合わせ、ついで朗らかに笑った。

 

「はは。話に聞いてた通り、優しい人なんですね、ヌルスさん」

 

『笑い話はしていないが。それに何だ、話って。誰が話している』

 

「ええっと、ほら。金髪の魔術師の女の子。えーと……アルテイシアさん、だっけ? 彼女がギルド支部で暇さえあれば話をしてますよ。ご存知でなかった?」

 

 初耳である。というかアルテイシアは何をしているのか。いや、恐らくヌルスが冒険者との諍いに巻き込まれないように先手を打って情報工作してくれているのだ、というのはわかるが、いやそれにしても。

 

 いや、それは今重要な話ではない。

 

「お気になさらずとも、二人の傷は癒えていますよ。ちょうど、腕の良いクレリックが所属しているパーティーと知り合いになれたもので。彼のお陰ですっかり治療は終わっています。凄いですよね、祈祷」

 

『そうか。ならいい』

 

 祈祷って何!? というのが正直なところだが、ここであまり世間知らずを露呈させすぎても怪しまれる。今度アルテイシアにあったら根掘り葉掘り聞いておこう、と心のメモに記しておいて、とりあえずヌルスは頷いておく事にした。なあなあにしておくのも処世術である。

 

 とりあえず、メンバー的に問題がない、というならそれでよい。

 

 だがそれはそれで、フロアガーディアンに太刀打ちできるかというとまた別の話だ。あの初見殺し満載の殺意の権化に無策で挑んでも再び敗北を喫するだけだろう。ヌルスが勝てたのは、歪みの魔術や2連詠唱、掟破りの多重詠唱といった人間には不可能なインチキを山盛りだったからだ。

 

『それよりも、このフロアガーディアンに挑むなら話を少し聞いていけ。恐らく、今の状態で君達が挑んでも勝率は低い。下手をすれば今度は全滅するぞ』

 

「……! 詳しい話をお聞かせいただいても?」

 

 ストライフの顔色が変わる。ここで警告に素直に応じれるのは好印象、と思いながら、ヌルスは自分が体験した6層ボスの初見殺しの数々について語った。

 

 ある程度ダメージを与えると骨格を分割して、二体に増える事。

 

 石化ブレス、とでもいうべき攻撃からの事実上の即死攻撃コンボの事。

 

 その上で二体のオーガーが的確に連携してくる事。

 

 そういった一連の行動について説明すると、ストライフ一行は露骨に困惑していた。

 

「ええ……殺意高すぎねえ……?」

 

 フードの魔術師、ニコリが小さく漏らすが、それについては全くもってヌルスも同意見だ。ストライフも苦笑いを浮かべている。一方、弓使いと重戦士は露骨に頭を抱えていた。

 

「……掟破りもいい所だな。おっしゃる通り、それを知らずに挑んでいたら今度は大怪我ではすまなかった」

 

「そうだね。晴れの日が近いから、その前に撃破しておきたいと思ったんだけど……ちょっと急ぎ足だったかな」

 

《む、それはいい事を聞いた。そうか、晴れの日が近いのか……》

 

 聞き逃せない情報に、ヌルスが内心触手を捩じる。そうなると、7層にいけるようになったとはいえあまり深入りするのはよくなさそうだ。探索も結局無駄になる訳だし。

 

 一方、そんなヌルスの内心を知る由もないストライフは仲間内での結論がまとまったようだ。弓使いが見た目の印象通り、整った綺麗な会釈を見せて感謝の意を示した。

 

「情報提供、感謝する。我々は一度引き返して対策を練る事にします。……しかし、それを知っているという事は、まさか……」

 

 そろって、ヌルスに視線を向けてくる一行。それを受けて、ヌルスはふふん、と胸を張ってみせた。

 

『当然。ソロで撃破した』

 

「ええ……? どうやって……?」

 

『それは企業秘密だ。そんな訳で、私はこれから7層の様子見に向かう。嘘をついていない証拠として、これから転移する様子を見せよう』

 

 カツン、と杖を鳴らし、ヌルスは意気揚々と小部屋へと乗り込んだ。そぉっとストライフ一行が入り口からその様子を見守っている。

 

 カツカツと部屋の中央まで進むが、フロアガーディアンが出現する様子は一向に見られない。そしてついに最奥の転移陣に触れると、光がヌルスを包み込み、その姿を小部屋から消し去った。

 

 

 

「うへえ、本当だ。いや疑ってた訳じゃないけど」

 

「……同じ魔術師どして断言するよ。おら一人じゃ、前半戦も生ぎ残れねえ。どだ切り札持ってるが分がんねえげんとも、相当さ、出来る」

 

「だな。そのヌルスさんが今の俺たちじゃきつい、って言うんだ。本当に厳しいんだろうよ。流石に、一朝一夕じゃどうにもならないな」

 

 

 

「ついに7層か……」

 

 一人、次の階層に降り立ったヌルス。7層は5、6層がそうであったように薄暗く、周囲の見通しが利かない。転移陣の近くは比較的安全地帯とはいえ、早く灯りを確保しないとな、そう思いながらヌルスは一歩踏み出した。

 

 にちゅり。

 

 踏み出した脚甲の下で変な感触がした。

 

《ん?》

 

 松明に明かりをつけようとしていたヌルスが違和感に動きを止める。

 

 なんだか、周辺の様子が変だ。

 

 馴染み深い感じというか、決して迷宮にあってはいけない感触というか。

 

 疑問符を浮かべながら、ヌルスは闇の中に意識を差し向けた。

 

 そこにあったのは……。

 

《おぉう。そう来たか……》

 

 思わずヌルスは肩を落とす。

 

 明かりに照らされて浮かび上がったのは、どくん、どくん、と脈動する大きな肉の塊。その表面には青黒い血管のようなものが這いまわり、見れば幾重にも枝分かれした太い血管のようなものが肉の中を縦横無尽に広がっている。

 

 足元に目を向けても同じ。湿り気を帯びた肉の床が、どこまでも広がっている。

 

 どことなくイレギュラー魔物の体内を思い起させるが、あれはこれよりもずっとシンプルで簡素な造りだった。あまりマジマジと見た事はないが、魔物の体内というより、通常の生物……そう、人間か何かの腹の中に近いデザインに見える。

 

 中盤をこえて以降、迷宮は人間に対し居住性の悪さ、という形で負荷をかけてきたように見えたが、ここに来て精神攻撃も始めた、そういう印象だ。じめじめねとねとしてるし、居住性も間違いなく悪い。食べ物とかすぐに駄目になりそうだ。

 

《敢えて呼ぶなら、肉の回廊? それとも内臓回廊か。どっちにしろ人間には不快極まりないだろうな、これ》

 

 ヌルス的には親近感のあるデザインだが。まあそのヌルスこと触手生物も見た目の醜悪さで人間には毛嫌いされているし、まあそういう事である。

 

 魔物との戦いや、深層まで潜る事への肉体的・精神的負担に加えてこれである。よほど迷宮は、冒険者を最深部に近づけたくないらしい。

 

《とはいえ、ちょっと興味深いな。……私が迷宮の外に出る為の方法、ここならサンプルケースがあるかもしれない》

 

 何せ階層まるごと魔物のようなものだ。特殊な魔物の例としては申し分ない。

 

《どういう構造なんだろうな。まさか階層全部が巨大な魔物? それとも、洞窟の表面を肉塊状の魔物が覆っているのか? 前者ならあのイレギュラー魔物のように、どこかにコアがあったりするのか?》

 

 とりあえず松明に火をつけて、壁際に近づけてみる。チリチリと炎が肉を焼く感じがするが、松明を遠ざけてみると数秒で火傷した肉壁は修復されてしまった。

 

 物理的な破壊による突破は困難そうだ。

 

《ふむ》

 

 歪みの魔術を使えば壊せるかもしれないが、無茶な事をするのは最後にしよう。とりあえず現状は普通に探索するべきだな、と考えたヌルスは、続く道へと目を向けた。

 

 

 

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