望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百十話 Zwei

 

 

 

 

 当初はそのデザインに困惑した7層だが、考えてみると、わりかし分かりやすいのではないか、というのがヌルスの感想になる。

 

 なにせ、方向性があまりにもはっきりしている。

 

 特に暗い以外特徴がなかった6層の場合、そこに住む魔物も強い以外特に共通する要素はなかった。主に交戦した相手はゴブリン、狼、デスマント、あと冒険者の亡骸を元にしたもの。共通点が何もなく、そこには単純な実力勝負で冒険者を下す、それ以外のテーマが介在しなかった。

 

 だが一方で、5層のように方向性がはっきりとしていて、その事からある程度の対策を立てられる階層も存在した。5層は瘴気がテーマで、終始その対策に追われはしたが、逆に言えばしっかり対策を立てていればストレートに進む事が出来た。

 

 そういう意味では、7層はこれ以上ないほどテーマがはっきりしている。

 

 生物の内臓。

 

 逆に言うと、ある程度の知識があれば、どのような危険が潜んでいるか想像ができる。

 

 例えば消化液。天井から滴る滴や、床に不自然に溜まった液体には近づかない。壁に迂闊に触れるのも危険が予想できる。

 

 そして、そこに潜む魔物も、また。

 

《……む》

 

 きょろきょろしながら迷宮を探索していたヌルスは、前方に何やら蠢くモノを見つけて脚を止めた。

 

 迷宮の一部が脈動している、といった感じではない。あきらかに独立した何かがウゾウゾと動く気配。

 

 そこに居たのは、何やら白っぽいスライムのようなものだった。あきらかに見ただけでネバネバしていると分かる粘液の塊が、けっこうな質量でまとまって床に張り付いている。

 

 知性や思考のようなものがあるようには見えない。

 

《ふむ……》

 

 スライムといえば、低級のくせに対処しづらい魔物として書籍にもその名前があった。不定形の魔力の塊という事で多くの迷宮に発生しやすく、それでいて物理的に対処ができない。核とか心臓とか分かりやすい弱点がある場合はいいが、そうでない場合、単なる粘液の塊にすぎないそれを剣で切ったりしても意味が無い。それでいて一定以上の質量がある場合、ネバネバした体で絡みついてきて丸呑みしてきたり、場合によっては強酸性の体液で溶かしてきたりする。肉食スライム、と呼ばれるような個体は、迷宮上層において冒険者からは恐怖の対象だ。

 

 そんなスライムを殺すには物理的でない方法……たとえば松明で炙ったり火属性の魔術で肉体を消滅させたり、氷属性で凍らせるしかない。手段があれば簡単だが、なければどうしようもない類の魔物という訳である。

 

 それでいて、魔物としては下級なので普通に上層に出てくるし、倒しても旨味は少ない。嫌がらせで生み出されたとしか思えない害悪モンスター、それがスライムという魔物だ。

 

 だが、ここは7層だ。そんな深層に出現するからには、スライムによく似た別の魔物か、あるいはそれ相応に強力な魔物という事になる。

 

 油断は禁物だ。

 

《とりあえず、焼くか》

 

 相手の様子を伺って、それが初見殺しであったら笑えない。とりあえずヌルスは十分な距離を取って、炎属性で焼き殺す事にした。魔力結晶の在庫も少ないし、無茶はしたくない。

 

 かちゃりと触媒を入れ替えて杖を差し向ける。

 

 敵意に反応してか、白いスライムがぶるり、と震えた。そこに明確な害意を感じ取って、ヌルスは咄嗟に回避行動をとった。

 

《む……!》

 

 粘液の一部が、凄まじい勢いで伸びて、槍のように突き出されてくる。事前に回避行動に入っていたヌルスであってもよけきれない。

 

 見た目と違い、鉄のように硬化した粘液の一撃が、ガッ、とヌルスの纏う鎧、その脇腹を穿った。鉄の鎧に丸い穴が開き、内部に充満していた触手が数本、串刺しにされて引きちぎられた。

 

 さらに粘液の攻撃は終わらない。今度はシャキン、と鋭い刃のような突起物が生えて、それを射出してくる。

 

 ヌルスは鎧に刺さった刺突部を無理やり引きはがすと、鉄の杖を勢いよく回転させてその攻撃を凌ぐ。打ち出された刃と金属の杖がぶつかり合って火花を散らした。

 

《なんだコイツ!? この見た目で攻撃が硬質的すぎるぞ!?》

 

『α γ β』

 

 文句を言いつつも、攻撃の隙間を縫ってヌルスはファイアボルトを放った。炎の矢が粘液を撃ちぬくと、まるで着火したように燃え上がる。紅蓮の炎の中で、粘液が蒸発するように体積を減じながら、身悶えしている様子が見えた。

 

 そこへ容赦なく追撃。

 

 さらに数発の炎の矢を受けて、白いスライムは床の焦げ目と化した。コロン、と青い結晶がその場に転がる。

 

 敵の殲滅を確認して、ふう、とヌルスは鎧の損傷部に目を向けた。

 

《うげ》

 

 この鎧は、上級冒険者であっただろう亡霊騎士が使っていたものを譲り受けたものだ。それなり以上の防御性能をもっていたはずのそれに、まるで工具で開けたように綺麗な穴が開いている。鉄の鎧が紙のごとし、だ。

 

 流石に突き刺した後そこから浸食してくるような悪辣な真似はしてこなかったようだが、考えてみると普通の人間であれば鎧ごと串刺しにされた段階で死んでいる。ヌルスだって本体を射抜かれていたら危なかった。

 

 注意しておいてこれである。ここまで降りてくる冒険者が初見の魔物に油断するとは思わないが、それを踏まえても厄介である。

 

《くっそ、6層挟んでまた初見殺し階層かよ……いや、断言するのはまだ早いか。結果的に初見殺しなだけで、この階層ではあれぐらいが普通の攻撃って線もある》

 

 早合点は禁物だ。

 

 とはいえ、7層もまた危険な階層である事には変わらない事がよく分かった。

 

 物資の不足している今、無理に挑む事はないだろう。

 

《見た所、7層にたどり着いている人間の冒険者はいないようだしな》

 

 しばらく歩いてみたが人間の姿はなく、また入口に松明などの備品の用意が無かった。6層の段階で人の姿が数少なく、一部の先鋭パーティーがフロアガーディアンで足止めを食らっている所を見ると、仮にたどり着いている一団がいたとしてもごく少数だろう。

 

 ヌルスが迷宮攻略を急いでいたのは、あくまで他の冒険者に先に迷宮を攻略されるというタイムアウトを意識しての事だ。今現在自分が最前衛を走っており、10層がボス部屋だけしかないという話を踏まえても、まだ8層、9層があるという事を考えれば余裕は十分にあるといえる。

 

 それに、そろそろこのあたりからフロアガーディアン戦が撤退不可能になってくる頃合いのはずだ。やはり、時間をかけてでも十分な準備をした方がいい。

 

《一度引き返すか……》

 

 名残惜しさの欠片も見せず、ヌルスはローブを翻して方向転換すると転移陣へと向かった。

 

 

 

 

 

 6層に戻ってくると、再びの暗闇がヌルスを出迎える。

 

 亡霊騎士のような例外を除けば、消耗を抑えてこの階層を抜けるには歪みの魔術がかえって手っ取り早い。触媒を交換しつつ、ヌルスは周囲の気配に意識を向ける。幸い、今の所近くに魔物の存在はないようだ。

 

 やはり、この階層の闇は他に比べると深い気がする……そんな事を考えながらヌルスが通風孔への道を急いでいると、何やら戦いの騒ぎが伝わってきた。

 

 この階層では遠くまで音や気配が響かない。こうして感じ取れるという事は、すぐ近くで冒険者が戦っているという事だ。

 

《……ふむ》

 

 流石にストライフ達ではないだろうが、彼らのように負傷した冒険者が魔物に襲われているかもしれない、そう考えると少し気になる。それにもしかするとアルテイシア達かもしれないので、念のため様子を見にいく事にする。

 

 身だしなみをちょっとチェックし、破損した鎧が見えないような動きで音の出所に近づく。

 

 そこにいたのは……。

 

《おっ。彼らもここまで潜ってきたのか》

 

 戦っていたのは、スケルトン二体と、見覚えのある冒険者の一行。金色の髪が特徴的な一団のリーダーに、その仲間の赤髪の剣士にシーフの少女、最近加わったクレリックの男性だ。彼らは手慣れた連携で手早くスケルトン二体を仕留めてしまった。

 

 それなりに動きが良い魔物に見えたが、より優れた剣士を前にしては形無しだ。たちまち何も残さず灰になったあたり、亡霊騎士のような冒険者の遺骸が魔物化したものではなく、そうやって誕生した魔物を迷宮が複製した残響のようなもののようだ。知識としては知っていたが、初めて見た。

 

《ま、あの銀ピカ野郎とも戦闘が成立してたし、これぐらいはさもありなん、だな。……うん?》

 

 危なげないアトラス達の戦いぶりに感心しつつ、しかしヌルスは僅かな違和感を覚えて天井に目を向けた。

 

 そこには、天井を這う平べったい魔物の姿が。

 

 デスマント。

 

 アトラス達は周辺を警戒しているが、この階層の特殊環境に慣れていないのか気が付いた様子はない。

 

 見た所奴の狙いはアトラスでもクリーグでも、シオンでもない。恐らく、鋭い刃物といった抵抗手段を持ち合わせていないアトソンが標的だ。

 

《危ない!》

 

 ひらりと舞うデスマントの姿。

 

 ヌルスはとっさに杖を向けて呪文を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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