望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
第百十五話 人でも魔物でもなく
暗闇に閉ざされた洞窟の中を、一人の少女が彷徨っている。
根本が銀、先端につれて金色にグラデーションのかかった不思議な髪色。瞳は赤紫で、肌は病人のように白い。纏っている服は、どこかの学園の制服のようだが今はボロボロで、血に塗れている。しかし、その下に覗く体には傷一つ無い。
「う……ぐぅ……」
少女は、壁に寄りかかる様にしてなんとか立っているといった様子だった。歩く様もおぼつかなく、生まれたての小鹿のよう。まるでこれまで歩き方を知らなかったようにすら見える。
そんな彼女は、ずいぶんと時間をかけて、洞窟の奥へとたどり着いた。
最奥はドーム状の小部屋になっている。さらにその内部では、壁面に刻まれた魔法陣が、青く明滅しているのが見て取れた。そのおかげか、小部屋の中は少しだけ、他よりも明るい。
少女が、小部屋の中へと入る。
「…………」
濃い隈を刻んだ赤紫の瞳が、すがるように魔法陣を見つめる。
だが、何も起こらない。部屋の中央に突然青い光が出現する、という事もなく、ただ静寂だけが過ぎていく。
少女は瞠目し、眼を見開いたまま小さく呻いた。
彼女はそのまま、力尽きたようにその場に膝をつく。そのまま、世界の全てを拒絶するように背を丸めて、自らの体を抱きしめた。
「なんで……?」
呻くような、少女の問い。それは、誰に問いかけた物だったのか。
「どうして私なんだ……? どうして……っ」
「どうして、アルテイシアじゃない……っ!?」
かつてアルテイシアと呼ばれ、今はヌルスと呼ばれる魂を宿した少女は、血を吐くように闇へと叫んだ。
その叫びに、答える声はない。
◆◆
巣窟迷宮エトヴァゼル第6層。
暗黒の回廊、とも呼ばれる真っ暗な迷宮の一角に、今は多くの人間が集まっていた。
普段、この階層を出入りする冒険者は少ない。エトヴァゼルにおいて6層はかなりの深部であり、階層の性質上徘徊する魔物が非常に強力なため、冒険者はあまりこの階層に長居しないようにしているからだ。
つまり、今多数集まっている人間は冒険者ではない。
彼らの大半はギルドの派遣した武装調査員である。
武装調査員。高い戦闘力をもつも、冒険者ではなくギルドの命令によって動く、治安維持要員である。非常に高いコストを支払って十分な武装と訓練を施されている彼らは、損耗率の高い迷宮の探検には投入されない。あくまで期限と用途を絞り、最大効率でのみ運用される、ギルドの刃とも言える存在である。
その任務内容は多岐にわたるが、主に迷宮内部でのトラブル対処が主任務だ。
それは、犯罪者と化した冒険者の摘発であったり、迷宮内でのイレギュラー魔物への対処、そして……。
迷宮を利用した、犯罪行為の調査だ。
「……報告にあった冒険者メンバーの遺体を確保。収容する、記録を」
「はっ」
顔を仮面で隠した武装調査員が、懐中時計を片手に書類に記録を行う。その傍らでは、二つの棺桶が調査員によって運ばれているところだった。
そして棺桶の運び出しを見守る調査員の中に、何人かの冒険者の姿もある。その中に、パーティー“ハーベスト”の一行の姿もあった。
「っ、ぐすっ、う゛ぅ……なんで、どうして……」
「シオン……」
「どうじてな゛のよぉ……な゛んで、あの子達が……」
人目もはばからず泣きじゃくるシオン。その涙で胸元を濡らしながら、アトラスは彼女の肩を抱きしめていた。
1日程前の事だ。
探索を終え、道中で軽い稼ぎをしながら迷宮を引き返していたアトラス達は、血塗れで引き返してきたロションを発見、保護した。そして彼を地上に連れて行った後、異常事態が迷宮に起きている事、そしてそれに知己であるアルテイシア達やヌルスが巻き込まれているのを確信。急いで迷宮内に引き返した。
当初は独自行動だったが、ロションの証言を受けてギルド側がすぐに動いた。
ギルドは迷宮内に、外部からワンダリングモンスターが持ち込まれた可能性があり、それを用いた何らかの犯罪が行われていると判断したのだ。迅速に武装調査員が派遣され、アトラスと共に6層へと向かった。
そして、ロションの言葉を頼りにたどり着いた先で、血生臭い惨劇跡へとたどり着いたのだ。
「志半ばの死は、冒険者にとってありふれた話ではあるが……」
「やりきれねえよな。それがどこかの誰かの仕掛けた罠ってんじゃな……」
クリーグが、慰めるようにアトラスの肩を叩く。沈んだ顔で、アトラスは彼の言葉に頷いた。
……迷宮内での冒険者の死など、珍しいものではない。その為に、武装調査員が棺桶を出したりなどしない。
だがその死が、悪意ある陰謀によるものであるならば話は別だ。ギルドからすれば、迷宮を攻略したかもしれなかった優秀で未来ある若者が、理不尽な理由で命を落としたというのは看過できる話ではない。
「彼らは、最後まで絶望の中、抗いました。……その魂が、穏やかに天へと召される事を、今は祈りましょう……」
アトソンがV字を切る。職業柄、他人の死を見送る機会は多い彼だったが、しかし、何度見ても慣れるものではない。
エルリック・ドゴノフ。エミーリア・ストラチカ。
ここで遺骸が回収された二人は、どちらもただ殺されただけの死にざまではなかった。絶対に勝ち目のない戦いの中、それでも仲間を守ろうと最後まで立ちはだかり、あるいは友の仇を討とうと最後まで杖を手にした。その勇気に、覚悟に、アトラスは黙祷を捧げた。
そして、今ここに姿の無い者達を思う。
死体は、整えられた痕跡があった。二人が死んだ後、亡骸を慰めた何者かが居る。それが誰かは、言うまでもない。
「……ここにアルテイシアと、ヌルスさんの遺体はない。大丈夫だ、二人とも唯者じゃない。きっと無事だ……」
「ああ。特にヌルスの方は何隠してるか分からねえ奴だ。ワンダリングモンスター相手でもきっとなんとかするさ」
自分に言い聞かせるようなアトラスの言葉だったが、クリーグは敢えてそれを肯定する。こういう時には優しいんだな、とアトラスは場違いな感想を抱いた。
「ああ……」
と、そこに周辺の調査に出ていた武装調査員が戻ってきた。彼は急ぎ足でリーダーの所へと向かうと、身を寄せて耳打ちした。
「報告します。ここから少し離れた所で……」
「何だと?」
◆◆
武装調査員に案内されて向かう道中は、酷いものだった。
迷宮の通路に、これでもかと魔術による破壊跡が残されている。
話によれば、解き放たれたワンダリングモンスターはマンティコア。高度な知性と屈強な肉体、高い魔術防御力を持つのが特徴の魔物だ。恐らく、その魔術防御力を抜くために大技を連打したのだろうが、大型の魔物の追撃を凌ぎながらそれだけの大魔術を連発したとなると、アルテイシアが魔術師としてどれだけ卓越していたのかが伺える。
しかし、それも終点にたどり着くまでの印象。
未知の先にあった袋小路では、それまでを遥かに凌ぐ凄惨な破壊と戦いの跡が残されていた。
「なんだこりゃ……」
「一体何をすればこんな風に……」
武装調査員が注目したのは、一際大きく残されている魔術の跡。広範囲の壁や床、天井が、まるでガラスを砕いたように罅割れている。
言うまでもないが、この階層の材質はこんな風に崩れたりしない。鋭利な破片を拾い上げて、武装調査員が首を傾げた。
「岩が、ガラスみたいに砕けてる……? 何をどうやったんだ、これ?」
「行き止まりの壁も、なんか螺旋状に抉れてるぞ。何属性の魔術だ?」
困惑する調査員達。
一方、アトラス達は別のものに目を奪われていた。
行き止まりの壁の近く。床の一部が、赤茶色に変色している。
凝固した、血の跡。
「あ……あああ……ふぅ」
「シオンさん!」
それを目の当たりにしたシオンが、精神の限界を迎えて卒倒した。慌ててアトソンが彼女を抱きかかえ、控えの武装調査員と共に背後に下がる。
アトラスは顔を青くしながらも、クリーグと共に血痕に近づき、その様子を見聞した。
「……駄目だな。この量の出血じゃ、やっこさんは助からん」
「ああ……」
床を探り、アトラスはあるものを見つけて拾い上げた。
血に染まった、紺色の布。学院の制服であるローブの破片に間違いはない。
「……アルテイシア……」
「くそっ。……だが、何故死体がない? 誰かが運んだのか?」
「わからない」
周囲を見渡すが、遺体らしきものはどこにもない。ここで命を落としたのがアルテイシアなら、それを運んだのは消去法でただ一人。
ヌルス。
だが、それは少し妙な話だ。エミーリアと、エルリックの亡骸は整えられながらもその場に置いて行かれた。何故、アルテイシアの遺体だけ持ち去る必要があったのか。それに、それならば彼はどこへ?
「アトラスさん、シオンさんは調査員の方が地上まで連れて行ってくれるそうです」
「そうですか。助かります。アトソンさんからは、何かありませんか?」
「うーん、そうですねぇ……私としては……わわっ!?」
シオンを後方に送ったアトソンが戻ってくる。しきりに額をハンカチで拭いながら歩いてくる彼に、クレリックとしてアトラスが意見を求めるが、それにこたえるよりも先にアトソンが何かに躓いた。おっとっと、とたたらを踏む彼をアトラスが受け止める。
「す、すいません」
「気を付けてくださいね」
「はい。しかし、なんか変な感じでしたね。何か異様に重い石が落ちてたというか……」
何か引っかかるのか、アトソンは自分が足をひっかけた場所をしゃがんで調べた。
「……あっ!」
「? 何か?」
「アトラスさん……これ……」
アトソンが、重たそうに手のひら大の破片を拾い上げている。白っぽく光る、金属の破片。何か棒状の部品、その一部だったように見えるが……。
「それが何か?」
「いえ、その……似てませんか? ヌルスさんが所有していた、魔術の杖に……」
「……!!!」
言われて、アトラスも思い当たった。
少し前から、彼は不思議な杖を手にしていた。総金属製の、余り見ない造りの杖。恐らく魔物からのレアドロップだったと思われるそれは、確かにこの破片のような、白く輝く金属で出来ていた。
「ちょっと失礼」
一言断って、アトソンから破片を受け取る。
重い。
尋常の金属ではない。鉛の数倍、あるいはもっとか。そして硬度も相当なものだ。すこし、床に押し当てて洞窟の岩盤を力強くひっかいてみると、鉄に近い強度を持っているはずの迷宮の内壁が、石膏のようにガリガリと削れた。
間違いない。
魔法金属の一種だ。
「……断言はできませんが、確かに。ヌルスさんの杖のように思えますね……」
「おい、待てよ。なんでアイツの杖が、こんな破片になって転がってるんだ。それじゃまるで……」
言いかけて、クリーグはとっさに口を塞いだ。それはあまりにも不吉な言葉だったからだ。
「周辺を探そう」
代わりに、アトラスは行動方針だけを口にした。憶測を挟まず、成すべき事だけを言葉にする。
「ここで何かあったのは間違いない。周辺を探索すれば、他に何か……」
「いえ、アトラスさん。これ以上の探索は許可できません。帰還してください」
しかし、そこに割って入ったのは武装調査員、そのリーダーだった。おもわず見返すアトラスに、リーダーは何やら液体に満たされたフラスコのような物体を彼に見せた。フラスコの中身の液体は、真っ白に白濁している。
「これは?」
「晴れの日までの刻限を示す、マジックグラスのようなものです。迷宮内の魔力濃度に反応して白く濁るのですが、ここまで濁ると晴れの日まであと一日、二日といった所でしょう。これ以上の滞在は危険です、一刻も早く地上に戻らなければ魔力中毒で命を落とす者が出ます」
「そんな……っ。…………、わかり、ました」
歯噛みしつつも、アトラスは最終的に指示に従った。
ミイラ取りが何とやら。行方不明者を探しに来て、死者を出しては元も子もない。リーダーの言う通り、引き上げる頃合いだ。
「……可能な限りこの場に残された遺品を集めて帰還する。いいな、クリーグ」
「ああ」
「おお、神よ。彼らの魂にどうか安らぎを……」
アトソンが心からの嘆きと共にVの字を切る。それを見て僅かに救われた気持ちになりつつも、アトラスは迷宮の奥、闇の向こうを睨みつけた。
何者が、何のために。
「……ふざけやがって」
彼らしくもない罵倒を零し、アトラスはギリギリと怒りを噛みしめた。
結局、迷宮内で起きた事件の調査は迷宮入りとなった。
直後に晴れの日が起きた為、残された証拠も何もかも無かった事になってしまったからだ。
犠牲者とされたのは、四人。
魔術学院の冒険者パーティー三名と、ヌルスなる偽名を名乗る人物。うち、遺体を回収できたのは二名。残り二人は遺体が見つからなかったものの、晴れの日の迷宮で生存しているはずもなく、事実上の死亡者として処理された。
関係者で一人生き残った冒険者も、事情聴取は重傷を理由に延期される。
こうして、一つの悲劇は解決しないままに終わり。
そして晴れの日が終われば、何事もなかったように、迷宮の探索は開始された。