望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百十七話 フロア・セブンス

 

 

 7層は、有機的な構造の階層だ。

 

 階層の全てが生物の内臓じみた魔力構造体で覆われており、どこもかしもこネトネトヌチョヌチョしている。その事自体にはヌルスは正直親近感を覚えるのだが、かつてならともかく今の体を粘液塗れにする訳にはいかないので、厄介な要素ではある。

 

 一方で、生息する魔物は少し変わり種だ。一見するとこの階層に相応しい有機的な見た目なのだが、その攻撃は無機質かつ鋭角的。スライムのように見える魔物が、硬質な刺突や斬撃で襲ってきた事は記憶に新しい。

 

 かつては金属の杖でそれらに対抗できていたが、あの杖はマンティコアとの戦いで砕け散ってしまった。アルテイシアも激闘の最中、手持ちの鞄を落としてしまったようなので、今のヌルスにあの魔物達と戦う能力はない。

 

「つまり、装備が整うまでは正面戦闘は避けるべきだな」

 

 ふんす、と腕を組んでヌルスは入口から階層を見回す。

 

 今、迷宮は晴れの日が明けたばかりで、冒険者達は皆一様に1層から降りてきているはずだ。仮に6,7層に到達している熟練冒険者であっても、4層の密林や5層の複雑な階層構造に足止めを受けるはず。まだしばらく、7層は無人だ。

 

 かといって、余裕がある訳でもない。猶予はそう長くはないと考えておいた方がいいだろう。

 

 いまのうちに、可能な限りのアドバンテージを得つつ、今後の活動の糧になるものを見つけなければならない。

 

「……アルテイシア、ごめん、ちょっと体を弄るけど……必要経費だから今は大目に見て欲しい。あとで折檻でもなんでも受けるから……」

 

 謝りつつ、ヌルスは右腕を真っすぐ前方に突き出すように構えた。瞳を閉じ、己の内面に意識を埋没させる。

 

 アルテイシアという器に満たされた、未だ指向性を得ていない魔力の塊。それに意識をもって指向性を与える。

 

 結果は直ぐに現れた。

 

 ぞわぞわ、とした感触と共に服の下で何かが蠢く。それは袖口からにゅるり、と伸びてその全容を露にした。

 

 ピンク色の触手。

 

 太さは腕の半分ほど。それが三本程、右腕に絡みつくようにしてウネウネと蠢いている。その動きが自分の制御下にある事を確認して、ヌルスは壁に向き直る。

 

 相変わらず脈動する肉の塊にしか見えない7層の壁面。それにむかって、ヌルスは勢いよく右腕を突き出した。

 

「てやっ!」

 

 腕の動きに連動して、触手が素早く伸びる。シュルルル、と2m程勢いよく伸びた触手は、その先端でガツッと壁を穿ち、ニュルン、と縮んで元に戻った。

 

 壁面の傷を観察するヌルス。見れば、見た目とは裏腹に頑強なはずの壁面に、小さな穴が穿たれている。先端を硬質化した触手の突きが、壁の強度を上回ったのだ。傷そのものは自己修復によって忽ち塞がれてしまうが、ヌルスはこの結果に満足そうにうんうん、と腕を組んで頷いた。

 

 にゅるりん、と触手が袖の下に消えていく。

 

「よし、攻撃力は及第点。不意打ちさえ成功すれば、弱った奴相手なら十分仕留められるな。魔力結晶はなんとか確保できそうだ」

 

 とにもかくにも、魔術師であるヌルスは触媒を入手しなければ話にならない。6層のフロアガーディアン戦でランクアップした影響か、肉体の変異が意識的に起こせるようになっていたのは幸いだった。

 

「それに……こちらも」

 

 ヌルスは右手で左目を隠すように顔を押さえ、右目に意識を集中させた。途端に、ぼんやりと視界が光を帯びる。世界の全ての輪郭が曖昧になり、代わりにキラキラと光る輝きが視界情報の多くを占める。

 

 アルテイシアの魔眼。かつてはヌルスの正体を見破ったというこれは、秘められた魔力を目視する事が出来る。本来の使い手ではないからか、相当に集中しないと使えないようだが、それでもこれが視えるのと視えないのでは話が大きく変わってくる。

 

 魔眼の視界では、壁内を流れる小川の流れのような魔力の煌めきの向こうに、もしょもしょと動き回る魔物の魔力が見て取れる。これがあれば、想定外の魔物との遭遇を可能な限り回避しつつ、弱った魔物へ不意打ちが出来るはずだ。

 

「ありがとうアルテイシア。こんな事になってしまっても、君は私を助けてくれるんだな」

 

 魔眼を解除し、視界を元に戻す。

 

 これからが本番だ。ヌルスは魔眼で見通した迷宮構造や魔物の配置をしっかり頭に叩き込んで、粘つく床面へ踏み出した。

 

 その途端、床に足を取られて転びそうになる。慌てて触手を伸ばして、転ぶ前にヌルスは体を支えた。

 

「危ない危ない……二足歩行は慣れないな……」

 

 

 

 言うまでもない事だが、魔物は本来、互いに敵対関係にある。正確にはそれぞれの階層で食物連鎖じみた喰う喰われるの関係が存在するのだが、しかし7層という深層にもなると、どうやら一方的に食われるだけ、という立場の魔物はいないらしい。

 

 それは迷宮の壁に隠れながら、魔物同士の戦いを見たヌルスの感想だ。

 

 今も、曲がり角の向こうで魔物同士の熾烈な争いが繰り広げられている。

 

 争っているのは、ヌルスも見覚えのある白い粘液の塊のような魔物と、初めて見る新手の魔物だ。

 

 なんていうか表現しづらい見た目をしているのだが、白い節をピンクの繊維でつないだというか、生き物の神経節をそのまま取り出したというか、あるいは皮を剥いだムカデのようというか……とにかく、やたらと生々しくグロテスクな長蟲が、白い粘液と争っている。

 

 白いスライムはヌルスも体験した通り、鋭く針を突きだしたり、ナイフのように刃物状の肉体を飛ばして攻撃する。それを長蟲は素早い動きで回避し、すれ違い様に酸のようなものを吐きかけて攻撃している。それを浴びる度に、ジュワ、と音を立てて粘液の体積が減っていく。

 

 そうすると、肉体の一部を変化させて攻撃しているスライム側は、段々攻撃の手が衰えてくる。やがて十分に動けなくなったのを見計らって、長蟲が勝負に出た。素早く接近すると、その体でぐるぐるとスライムに巻き付いたのだ。

 

 その体節から酸が一斉に吹き出し、スライムを包み込む。途端にスライムの柔らかくねばねばしていた体が、凝固したように固まっていく。

 

 勝ち誇ったように長蟲が触手を震わせてさらにスライムを締め上げる。

 

 勝負が決した、と思われたその時。

 

 スライムの固まった表面を突き破って、無数の棘が生えてきた。それは巻き付いていた長蟲の全身を貫き絶命させる。たちまち、細長い体が灰へと還り、ころりと赤色の魔力結晶が転がりでた。

 

 肉を切らせて骨を断つ。恐らく酸に覆われた体表の大半を切り捨て、内部の無事な部分を全て使って攻撃に転じたのだろう。忍耐の勝利である。

 

 しかし、勝者であるはずのスライムも、息絶え絶えだ。凝固した肉体が罅割れ砕けた中から出てきたのは、一握りより少し多い程度の量でしかない。

 

 このままでは早晩、放っておいても消滅するだろう。その前に質量を回復しようというのか、スライムは這うような動きで長蟲の残した魔力結晶に近づいていく。

 

「いやほんとゴメン」

 

 そしてそこを、ヌルスの触手が追撃した。

 

 シュルリ、と伸びた触手の先端がドスリとスライムを貫きトドメをさす。たちまちパチパチと燃え上がり、あとには僅かな灰と青色の魔力結晶が残された。

 

 隠れていた壁から姿を表すヌルスの顔には、気まずい、とこれ以上ないぐらいに感情が現れている。

 

「いやほんっと申し訳ない……。同じことされたら私だって化けてでるよ……。ごめんな……でもアルテイシアのためなんだ。許さなくていいから成仏してくれ……」

 

 同じ魔物として慚愧の念に堪えない、とぺこぺこ頭を下げて、ヌルスは残された魔力結晶を拾い上げた。

 

 青と赤。とりあえず、これで炎属性の魔術が使えるようになった。やはり水・氷・風・雷・炎といった五大属性の中では、炎属性が一番戦闘向けだ。アルテイシア本人は、“光素”なる属性を得意としていたようだが、ヌルスにはそのあたりさっぱりである。

 

「とにかく、これで魔力結晶は確保した。あとは、杖に使えそうな何かがあればいいんだが……」

 

 肉っぽい迷宮の階層を見渡す。この感じなら、骨っぽい組織がどこかにあるはず。それを入手して、杖の代わりにできればとりあえずは装備が整う。

 

「贅沢言うと、身を隠す衣も欲しいけど、そっちは流石に望み薄だよなあ……」

 

 襤褸襤褸の服の前をきゅ、と合わせる。ヌルス自身には羞恥心の類はないが、流石に肉体を借り受けている身として最低限のマナーがある。

 

「とりあえず、周囲の確認、っと」

 

 少しあれから時間がたった。魔物の位置を再確認しなければならない。

 

 そう思って魔眼を開き、魔力の流れを観察していたヌルスだったが、しかしふと、ある事に気がついて眉をひそめた。

 

 生体壁の中を流れる魔力の流れ。それが、有る場所で不自然に分岐している。

 

「……ん? 魔力の流れがおかしい場所がある……」

 

 何かあるのかもしれない。ヌルスはとりあえず、その地点へと向かう事にした。

 

 

 

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