望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百二十一話 その名はヴィヴィアン

 

 

 結論から言うと、相手は知り合いだった。

 

「あいつらかあ……」

 

 壁からちょこんと顔を出した先。見覚えのある冒険者一行が魔物と戦っているのを見て、ヌルスは納得にふぅん、と声を漏らした。

 

 視線の先では、四人組の冒険者が陣形を組んで戦っている。重戦士が前に出て攻撃を引き受けつつ、リーダーの剣士が遊撃、後方からは魔術と弓矢が支援に飛ぶ。

 

 ストライフ率いる御一行である。どうやら、あのあと無事に6層のフロアガーディアンを撃退したようだ。

 

 一体どうやって突破したのかは気になるが、しかし、そんな彼らであっても7層の魔物には苦戦を強いられているようだ。

 

 大人数で活動した事が魔物を呼び寄せでもしたのか、相対する魔物も大所帯だ。白いスライムが二体に、長蟲が三体。鋭い突起物で攻めたててくるスライム相手に重戦士がかかりきりになり、その隙をついて迫ってくる長蟲をストライフが一人でなんとか迎撃しているようだ。が、かなり厳しそうである。既に陣形は崩壊しており、後衛が長蟲に食らいつかれるのも時間の問題のように見えた。

 

 というか、見ている前で今、一匹に突破された。迫ってくる長蟲相手に弓手のアーロラが短刀を抜き、牙と切り結んで火花を散らす。

 

 手ごわい敵だ、と判断したのか長蟲は一旦距離を取り、ぐるぐると周囲を回りながら強酸を吐きかける。その一部が魔術師のローブ、その裾に当たり、ジュワワ、と音を立てて溶かし始めた。

 

「ひえええ! おだずけぇっ!」

 

「動くな、ニコリ!」

 

 咄嗟に弓手が短刀でローブを切り裂き事なきを得る。が、これで後衛も前衛を支援する余裕がなくなってしまった。

 

 あまり状況はよろしくないようだ。6層のフロアガーディアンを突破した凄腕でも、数に勝られた状態での戦闘は分が悪い。やはり数は力だな、とヌルスは再確認しつつ、さてどうするか、と首をひねった。

 

「まあ、ここまで来て見捨てるのはちょっとな」

 

 ましてや今、ヌルスはアルテイシアと融合しているのだ。彼女の体に同胞を見殺しにさせるというのは、ちょっとない。

 

 問題は介入の仕方だ。知り合いであるからこそ、余り深く触れずに終わらせたい所だが……。残念ながら、相手は強力な魔物だ。そう思うようにはいかないだろう。

 

「まあ、なるようにしかならない、かな」

 

 結局、やれる事をやるしかない。ヌルスは背後に見えないように触手魔法陣を展開すると、杖を構えた。

 

 狙いは長蟲の一匹。その頭を狙って、炎の矢を放つ。

 

 と同時に、全速力で駆け出す。身を低くした前傾姿勢で、一気に対象との間合いを詰める。

 

 一方、標的の魔物の反応は迅速だった。それまで眼前の重戦士相手に牙で威嚇していたにも関わらず、横合いから飛来した魔力に反応、紙一重でファイアボルトの一撃を回避してみせた。が、頭を大きく持ち上げるような不安定な姿勢では、即座に次の行動に移れないはず。そこへ、疾風の如く駆け寄ったヌルスが飛び掛かった。

 

 空中で身を捻り、長蟲の頭に踵を落とす。一転して地面へと叩きつけられた頭蓋が、ビシリと砕ける手応え。トドメには遠いが、痛撃には違いない。くたり、と長蟲の体から力が抜ける。

 

 ヌルスは地面に伸びた長蟲の体を抱え上げると、大きく振り回してスライムへと叩きつけた。冒険者達への牽制で鋭い棘をはやしていたスライムに長蟲の体が突き刺さり、トドメをさすと同時に衝撃でスライムも吹っ飛ばされる。

 

 その進路上には、もう一体のスライムの姿。二体のスライムがぶつかり合ってもみ合いになって動けなくなったのを確認すると、ヌルスは呼吸を整えて冷静に魔術を唱えて追撃を行った。触手の魔術回路は外套で隠している、バレる心配はない。

 

「α γ β」

 

 ファイアボルトの魔術が突き刺さり、白い粘液を炎上させる。絶命を確認した彼女は、残された魔物へと目を向けるが、そちらは今まさに決着がつくところだった。

 

 闖入者に意識をそらした長蟲の頸を、ストライフの一閃が切り落とす。頭を落とされた長蟲は、それが地につくよりも早く灰となった。

 

 その後方では、尾端を短刀で床に縫い付けられた長蟲が、もう一刀でそこから頭まで綺麗に二枚卸にされている様子が見えた。その様を見たヌルスはちょっとひえっとなった。長いものが残虐に引き裂かれてるとどうしても自分に重ねてしまう。

 

 動揺を顔に出さないよう努めて冷静を装ったまま、彼女は仕留めた魔物が残した魔力結晶を拾い上げる。足元に転がる結晶は三つだが、ここは敢えて二つだけ貰っていく。このあとの対応を考えての事だ。

 

「あの」

 

 と、そこで当然ながら、ストライフが声をかけてきた。彼からすれば、助けてもらったのは有難いが謎の冒険者である。多少の警戒がそこには透けて見えた。

 

 ヌルスはそんな彼にあえて友好的に接せず、ぎろり、と細めた視線を突きつけた。びくっ、とストライフが足を止め、背後で控えていた仲間達にも警戒心が満ちる。

 

 これでいい。

 

 知っている顔に警戒を向けられるのは少し……否、大分哀しくてつらいが、ここで知り合いだとバレては今後に差し支える。不愛想な見知らぬ人……今のヌルスは彼らにそう認識されなければならない。

 

 格闘戦で乱れた前髪を払うように整えると、ヌルスは踵を返し、迷宮の奥へと引き返す。ここでの用事はもう終わった。これ以上気まずい空間に居たくない。

 

 しかし、思ったよりもストライフという青年は諦めが悪かったようだ。

 

「ありがとうございます、助かりました。お名前を伺ってもよいでしょうか?」

 

「……ちっ」

 

 呼び止める声。本心を押し隠して、これ見よがしに舌打ちをしてみせるが、どうやらストライフは引き下がるつもりはないようだ。

 

 寄ってきた仲間達が「やめなって」「なんか機嫌悪そうですし」と声をかけるが応じる様子はない。名前を聞くまで梃子でも引き下がらなさそうだ。

 

 ちょっと悩んで、ヌルスはしぶしぶ答える事にした。

 

 一応、仮の名前は考えてある。

 

「……ヴィヴィアン」

 

「え?」

 

「ヴィヴィアンとでも呼べ。それと、その程度の実力でこの階層をうろつくな。目障りだ」

 

 会話はこれで終わり、とそれきり立ち止まらず、背を向けてこの場を歩み去る。内心、ごめんねー感じ悪くてー、とキリキリと心が痛んだが、ヌルスは敢えて冷たく不愛想に振舞った。偽名も名乗ったし、これで鎧の冒険者ヌルスや、女魔術師アルテイシアとの繋がりについて疑問を抱かれる事はないはずだ。

 

 背を向けているとはいえ、口をへの字に引き結んだ、見ようによっては泣き出しそうな顔のまま、ヌルスは足早に一行の視界から離脱するのだった。

 

 

 

 

 

「ひゅぅ。クール……」

 

「……なんだったんだ、今の? 不愛想に見せかけていたが、要は我々の窮地を見ていられず助太刀したという事か?」

 

「普通に良い人ですね」

 

 一方。ヌルスの思惑とは裏腹に、ストライフ一行には割と良印象だったようだ。顔を見合わせ、困惑こそしてはいるが一向に“ヴィヴィアン”を悪く思う雰囲気は皆無であった。

 

 ヌルスは忘れている。

 

 タチの悪い冒険者がどういうものなのか。事実だけ述べれば、今のヌルスの行動は完全なるお助けキャラである。少なくとも、このままでは脱落者も出るかも……と覚悟していたストライフ達からすれば、何も言わず無償で助けてこの場を去った“ヴィヴィアン”とやらは救いの主に他ならない。

 

「しかし華麗な身のこなしだったな。しかもあのパワー……魔術師らしからぬ戦い方だった」

 

「ああ。ところで、そういう戦い方する人に一人心当たりがあるんだけど」

 

「……ストライフも? 奇遇だね、私も一人いる」

 

 そして残念ながら、早速正体がバレそうになっているのだが、この場を歩き去ったヌルスにそれは伺い知れない事なのであった。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 ストライフ達から十分に距離を取り、周辺に魔物も人もいない事を確認したヌルスは、そのまま壁際にずるずると座り込んだ。憂いを詰め込んだようなため息が漏れる。

 

「慣れない事はするもんじゃないなあ……人間同士だとこういうの当たり前なんだろ? 生きてて疲れないのかな」

 

 これまで基本的に思うがままに生きていたヌルスからすると、本心とは真逆の行動をとるのは精神的に辛いものがあったようだ。

 

 これまで冒険者に正体を隠してきたように、我慢はいくらでもできるのだが。

 

「……まあいいや、探索に戻ろう。魔眼チェックの時間だ」

 

 座り込んだまま、魔眼を発動させて周囲を確認する。

 

 壁越しに魔物の存在がチラチラ確認できるが、今みたいのはそれではない。

 

 肉壁を流れる、魔力の流れだ。

 

「やっぱり。何度も確認してて思ったけど、ただ出鱈目に流れてるようには見えない。何かしらの方向性を以て、魔力が流れている」

 

 探索中、何度も索敵の為に魔力の流れを確認していたヌルスは、途中でその事に気が付いた。この肉壁は、7層特有の構造物だ。それに一定の魔力の流れがあるとして、それに特に理由がないという事はないはず。

 

 4層がそうであったように、何かしら特殊な構造があれば、それが攻略への近道になるのではないか、と彼女は考えたのだ。

 

「道理で言えば、この流れに沿って行った先に、終点があるはず。迷宮でいえば、終点はフロアガーディアンだな。そんなに簡単に話が進むとは限らないけど」

 

 とはいえ、アルテイシアの魔眼が無ければ分からない事だ。迷宮がそういった攻略法を想定していないのは間違いなく、果たしてそれがどう転ぶか。

 

 どちらにしろ、魔力の流れの先には何かが在る筈。

 

 闇雲に探し回るより、一度その流れを最後まで追ってみよう、ヌルスはそう決めると再び歩き出した。

 

 

 

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