望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百二十五話 偉大なる者

 

 迷宮の魔物の強さは、階層に比例する。

 

 それは絶対的なルールといっていい。

 

 ヌルスの体感もそうだし、何より迷宮の成り立ちからして、深くなればなるほど魔物は強く迷宮は複雑になる。道理からして、その係数は一定の法則があるはずだ。

 

 だが、目の前にいるこれは一体何なのか。

 

 大広間ですら狭く感じるほどの圧倒的な巨躯。秘められた魔力量は馬鹿馬鹿しいまでに膨大で、見掛け倒しのハリボテではない事は残念ながら間違いない。

 

 確かに6層のフロアガーディアンは強く、7層の魔物達も強敵だった。だが、目の前にいるコイツは、それらと比較しても桁違いに強大だった。

 

 到底、階層と釣り合う強さだとは思えない。

 

 あれだけ脅威に思えた6層のスケルトンオーガが、この化け物と比較すれば赤子同然だ。

 

「あ……ああ……」

 

 その強大な怪物の視線を一身に受けて、ヌルスは凍り付いたまま動けない。

 

 小さな動物が強大な上位存在の足元で生きていけるのは、それらが注意を向けてこないからだ。路傍の石だと無視されるからこそ、圧倒的強者の近くで弱者は生きていける。

 

 だが、もし。もしその圧倒的な強者に、はっきりと認識され意識を向けられれば、弱者は到底生きてはいけない。

 

 今のヌルスが、まさにそうだった。

 

 地響きを鳴らして地竜が身じろぎする。それに合わせるようにして、ヌルスの足元が大きく揺れ、彼女は硬直から解放された。とても立っていられず、四つん這いになって地面にしがみつく。

 

 否。それは地面などではなく。

 

「まさか、これ……アイツの体の一部!?」

 

 驚愕するヌルス。それは相手の想像以上の巨体に驚いただけでなく、前提条件が明らかにおかしな事への驚愕でもあった。

 

 フロアガーディアンは普通、冒険者の侵入を感知して初めて出現する。彼らは魔物ではあるが、より迷宮の防衛機構そのものに近い存在だ。だが、この異常なまでに巨大な地竜は、ヌルスが部屋に侵入する以前よりもすでに姿を現していた事になる。

 

 まるで、ヌルスを待ち受けていたかのように。

 

 もしかしてこの怪物はフロアガーディアンではないのか? そんな疑問が頭に過ぎるが、しかし、それを精査している余裕はヌルスには無かった。

 

 不意に、彼の頭上に影が差す。見上げれば、地竜が持ち上げた鎌首を鉄槌のように振り下ろしてきているのが見えた。それが攻撃なのかどうなのかもわからないが、相手のサイズがサイズだ。巻き込まれれば挽肉以下のクズ肉になるのは請け合いである。

 

「く、そっ!」

 

 恐怖に手足は竦んでいるが、触手は思ったよりも素直に動いた。背中から触手翼を広げて、風の魔力で宙に飛ぶ。ヌルスが離脱した直後、降りてきた首が激突と同時に真っ白な衝撃波を放った。

 

 空中に離脱していたヌルスは、それを背後からまともに受けて吹き飛ばされる。

 

「きゃあ!?」

 

 文字通りのきりきり舞い。それでも、新たに二枚の翼を生成して空中で姿勢を制御。なんとか上下を取り戻したヌルスは、十分距離を取って地面に着地する事に成功した。一瞬、ここも奴の体の一部じゃないだろうな、という不安がよぎるが、足の裏に返ってきたのは硬い肉の手応え。7層を覆っていた生体肉壁と同じ感触に、安らぎさえ覚える。

 

「ふぅ……。で、あちらは……攻撃したつもりもなさそうだな」

 

 距離を置いた事で、ようやく相手の全容が把握できる。

 

 一言でいえば、異常なまでに巨大な蛇。とぐろを巻いた体の上に、大きな頸が乗っている。先ほどの動きはヌルスを叩き潰そうとしたより、持ち上げた首を体の上に置いただけらしい。そんな蛇らしい一連の動作が、その巨体のせいで驚異的な攻撃となった、ただそれだけなのだ。

 

 しかし、敵意が無い訳でもないようだ。変わらず頭部に並んだ複数の目は、ヌルスをじっと捉えたままだ。

 

「……。ふぅー……よし!」

 

 深呼吸をして、ヌルスは気持ちを入れ替えた。

 

 相手は強大だ。あまりにも大きすぎる怪物を前に、どこから攻めればいいのかなんて到底思いつかない。そして、逃げ場はなく、ヌルスには戦う以外の選択肢はない。

 

 では諦めるのか?

 

 アルテイシアを取り戻す事無く、迷宮の片隅でただの魔物として散る事を受け入れるのか?

 

 断じて、否。否である。

 

「貴様がどれだけ強大だろうと。それは私が諦める理由にはならない。私は、アルテイシアを必ず取り戻すと決めた。その為ならなんだってやる。ただそれだけだ」

 

 そうだ。

 

 アルテイシアを取り戻す。その為ならば、例えヌルス自身がどうなったって構わない。その決意に揺らぎはない。

 

 であるならば。

 

 身命を惜しむ必要はない。恐怖に必然性はない。

 

 どれだけ強大な敵であっても。

 

 立ちはだかるなら、倒すだけだ。

 

「まずは小手調べと行こう」

 

 敵は、どうやらヌルスを大きな脅威とはみなしていないようだ。先ほどの身動ぎ以降、積極的に行動を起こす気配はない。

 

 ならば、今のうちに彼我の戦力差を把握しておくべきだ。歪みの魔術ではなく、通常の火属性の魔術回路を二翼、展開する。

 

 放たれるのは炎の矢。中級以降の攻撃魔術が使えないヌルスにとっては、ライトニングボルトと並んで最大級の火力だ。触手翼の詠唱だと威力が多少落ちるが、それを二発同時発射で補う。

 

 地竜の喉元に、二発のファイアボルトが全く同時に同じ場所へと着弾する。閃光と共に爆発が起こり、黒い煙が立ち昇った。さらに2発、3発、と続けて撃ち込む。

 

 計6発のファイアボルトの集中砲火。いかに一発当たりの威力が低くとも、これだけ集中して撃ち込めば例えフロアガーディアン級でもただでは済まないはず。

 

 しかし、巨大な地竜は小動もしない。

 

 やがて爆発の煙が晴れた後には、傷一つない皮膚が露になった。

 

「……マジかあ」

 

 途方に暮れたようにヌルスはぼやく。

 

 これで倒せる、等とは思っても居なかったとはいえ、まるでダメージにもならないというのも想定外だった。

 

 それでも落ち込んでばかりもいられない。攻撃を受けて、地竜が動き出した。

 

 地響きを立てて、とぐろを巻いていた地竜がヌルスに向かってくる。相変わらず敵意や殺意のようなものは薄いが、いくらダメージが無かったとはいえ攻撃らしき事をされた、という認識はあるのだろう。殴られれば殴り返す、当然の摂理だ。

 

 ただの突進、いや、移動なのだろうが、その圧倒的な巨体だとまるで壁が迫ってくるようである。反射的に背後へと下がろうとしたヌルスだが、舌打ち一つしてその場にとどまる、否、前に出る。

 

 長い健脚を回して、地響きで揺れる地面を逆に地竜目掛けて駆け抜ける。ヤケになった訳ではない、ちゃんと考えての事だ。

 

 いくら広いといってもこの空間は限定された地下空間だ。あの巨体を前に後ろに逃げていては、すぐに追い詰められて押しつぶされる。

 

 退路はない。

 

 地竜のつぶらな瞳が、向かってくるヌルスの姿を捉えた。ぐわ、と大きなアゴが開かれ、巨大な顎が頭上を覆い、空が暗黒に塗りつぶされたかのよう。

 

 一見すると絶体絶命。しかしヌルスにはこれで二度目だ。

 

 規格外の巨体とは4層で戦った経験がある。一度目は取り乱すあまりに彼我の距離を見誤ったが、二度目ともあれば多少の余裕がある。本当にほんの僅かだが、意味不明な経験は確かにヌルスの糧になっていた。

 

 それが、血路だ。

 

「……っ!」

 

 ギリギリを見計らって、二枚の触手翼に推力を生み出させる。走る勢いのままぐ、と踏み込み、全力で跳躍。背後で風を切って、壁と見まがうような巨大な顎が閉じていく。直線的に並んだ無数の目が、すれ違うように駆け抜けるヌルスの姿を視線で追った。

 

 そのままヌルスは地竜の頭と入れ替わる様にその背後へ向かう。目の前にはのたうつ巨体が迷路のように立ちはだかっているが、鳴動するそれらに押しつぶされないよう飛び乗り、やっ、ほっ、と飛び石のように渡っていく。最後に尻尾らしき先端部を踏み台にして思い切り跳躍すると、ヌルスはそこでさらに推力を放って空中に離脱した。

 

「ふ、ふぅ! なんとかなった!」

 

 翼を広げて空中に対空しながら振り返ると、突進をいなされた地竜がゆっくりと振り返ってる様子が見えた。その動きは巨体である事を省みても緩慢で遅い。

 

 この部屋は地竜と戦うには聊か狭く感じる。そしてそれは、地竜から見ても同じことらしい。全力で駆け抜けるには狭く、自由に身動きが取れない。上手く背後に回り込んでしまえば、振り返るまでの間は殴り放題だ。

 

「さて、どうする? ファイアボルトでは明らかに威力不足。……じゃあ、これしかないよな」

 

 攻撃用の翼、その魔力結晶を交換。燃え盛る赤ではなく、昏く淀んだ紫に。ギラリと光る歪みの結晶を輝かせて、ヌルスは大きく翼を広げた。

 

「謳え! 我が分身よ!」

 

 さざめくような呪文の詠唱。現実を歪める紫の魔力の渦が、ヌルスの前方に二つ並んで同時に展開される。

 

 D・レイ。

 

 制御可能なレベルにまで縮小した歪みの魔弾が、二つ絡み合うような軌道を描いて地竜に飛ぶ。反動で翼が消し飛んで灰になり、魔力結晶がころりと地に向かって落下していく。

 

 妙な軌道を取るのは想定外だったが、しかし結果として問題ないなら構わない。むしろ、ただ直射した時よりもその軌道は安定しているようにも見えた。二つの力がまるで磁力のように引き合いつつも反発し、螺旋を描いて地竜の肉体に直撃する。

 

「どうだ……?!」

 

 これが通じなければ完全に詰みだ。祈るような気持ちでヌルスは攻撃の結果を見届けた。

 

 大木をも捩じ切る空間の歪みが、物理的強度を無視してぐわんと地竜の体の一部を歪曲させていく。一瞬だけ、まるで抵抗があったかのように空間の歪みが押し戻される気配があったものの、最終的には始原の魔力がその抵抗を上回った。

 

 地竜の肉が捩じ切られ、血が迸る。

 

 戦場を震わすほどの叫びが轟く。それは巨大な地竜の、間違いなく苦悶の悲鳴だった。

 

「通じる!!」

 

 手応えに快哉を上げるヌルス。

 

 垣間見えた光明。だが、しかし彼女はすぐに気づくだろう。確かにD・レイの一撃は地竜の守りを破り、その身を引き裂いた。だがあまりにも巨大な地竜にとってその損失は僅かではなく、せいぜいが地虫に噛まれ思ったよりも痛かった、という程度のものでしかなく、到底命には届かないと。

 

 そして、その半端さ故の代償を彼女は支払う事になる。

 

『G R R U U』

 

 低い唸りと共に、ギラリ、と地竜の瞳が怒りを湛えてヌルスを睨みつける。

 

 がぁ、と開かれる顎。彼我の距離は、地竜の巨体を以てしてもまだ遠く、いかに顎を開いたところでその牙は届かない。

 

 代わりに、その口蓋の内で、ギラリ、と輝くものがあった。

 

 鋭く黒い棘。先ほど、ヌルスが単に陰になっているだけだと思った巨大な顎の内側に、びっしりとそんなものが並んでいた。行儀よく並んでいたそれらが、一斉に毛が逆立つようにそそり立つ。

 

「嘘でしょ!?」

 

 その様子を目の当たりにしたヌルスは、即座にその狙いを看破した。攻撃なんかしている場合ではない。魔術の反動で灰になった翼は即座に切り捨て、身を縮めて急降下する。

 

 直後。

 

 地竜の顎から、数十数百という黒い牙槍が一斉に放たれた、

 

 宙を埋めるほどの圧倒的な量。だが、巨体である事が仇になったのか地表近くはさほどではない。それを咄嗟に見切ったヌルスは、地面スレスレまで落下して牙槍の嵐を凌ぎ、墜落寸前に風の魔術で急減速。たんっ、と軽い音を立てて地面におりるとそのまま走って間合いを詰める。

 

 あんな攻撃方法があるなら、距離を取るのは返って危険だ。懐に潜り込めば、巨体が祟って陰に隠れる。それはそれで圧殺の危険が伴うが、針千本よりはまだましだ。

 

 その様子を視線で追う地竜が、大きく鎌首をもたげながら再び牙をむく。ピンク色の地肌を露にした咥内では早送りのように急速に黒い棘が再生しつつあるのが見て取れる。高度が下がった今の状態で上を抑えるように放射されたら逃げ場がない。

 

「なんのぉ!」

 

 それに対し、ヌルスは回避ではなく反撃を選んだ。落下最中につかみ取った紫の魔力結晶を進む先に放り投げ、すれ違いざまに触手翼でキャッチする。再びD・レイを放つ姿勢になったヌルスを見て、地竜が思わず、といった風に一瞬だけ硬直した。

 

「食らえ!」

 

 再度放たれるD・レイ。狙いは、大きく開かれた地竜の咥内。しかしそれは、寸前で地竜に回避される。狙いを見失った歪みの魔弾が、虚しく天井へと衝突し螺旋状の傷跡を残した。

 

「……なるほどな」

 

 最初のD・レイは、痛みこそ与えたが命には到底届かなかった。しかし、今度は回避を選んだ。

 

 それはつまり、この攻撃を脅威と判断したという事だ。ただ痛いだけでなく、当たり所が悪ければ命に係わると、他ならぬ地竜がそう判断した。

 

 ならば、勝機はそこにある。

 

「急所は頭か!」

 

 方針は決まった。あとは、地竜の攻撃をいかにして凌ぎ、急所に必殺の一撃を叩き込むか、という話になってくる。

 

『G R R U!』

 

 雄たけびを上げて、地竜が尾で薙ぎ払ってくる。牙槍の投射にこだわらない所に、高い知性が存在しているのが垣間見える。それに、質量での圧殺は単純故に対抗策が無い。避けるしかないが、言うは易く行うは難し。尾とはいえ、あまりの巨体に壁が迫ってくるように錯覚するほどのサイズだ。

 

 一息で跳躍できるような高さではなく、また勢いがあるので踏み台にしようにも触れた瞬間こっちがバラバラになってしまうのは目に見えている。

 

 ではどうするか?

 

 風魔術の補助とアルテイシアの身体能力があっても、5m以上の高さを一息には飛び越えられない。もう一押し必要だ。

 

 跳躍しつつ、ヌルスは背中の触手翼を一つだけ残して解除。代わりに出せるだけの触手を鞭のように束ねて、せまりくる地竜の尾へと叩きつけた。

 

 ちっぽけな触手と、巨大な地竜の尾。形状はにていても、質量でも強度でもあまりにも違いすぎる。触れた瞬間、過剰な運動エネルギーの差に触手は風船のように膨れ上がって弾けて消し飛んだ。が、その犠牲を緩衝材にして、ヌルスは尾の上に飛び上がる事に成功した。勢いに風魔術を乗せて、鳥のように高度を上げたヌルスは、そのまま天井近くまで舞い上がった。反転して脚を天井につけ、蝙蝠のように逆さに“着地”する。

 

 触手で天井に張り付きつつ、銀髪を振り乱して赤紫の瞳で地竜を見下ろすヌルス。大して地竜は、不遜な小娘に怒りを露にするように大きく牙をむいた。

 

 開ききった顎の中で、急速に伸長する牙槍達。最初に放ったものの半分ぐらいの本数しかないが、面制圧には十分な数だ。

 

 その脅威に、しかしヌルスは逃げずに正面から向き合う。魔眼を赤く輝かせ、ぐ、と脚を縮めて跳躍の姿勢に入る。

 

 地竜が再び牙槍の掃射を放つのと同時に、ヌルスもまた天井を蹴って飛翔した。

 

 

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