望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

134 / 265
第百二十九話 アトラスの疑惑

 

 一方、その頃。

 

 ヌルスのいる8層から上層へ遡り、6層。

 

 フロアガーディアンの間。

 

 そこでは今まさに、“2組”のパーティーが、スケルトンオーガーとの決戦に挑んでいる所だった。

 

 既に戦いは佳境に入っている。二体に分裂した前鬼後鬼をそれぞれ1組ずつが対応する事でボスの連携を寸断し、各個撃破の構えだ。

 

 そして2組の冒険者パーティーのうち片方は、金髪の剣士アトラスが率いる、“ハーベスト”だった。

 

「クリーグ! 息を合わせろ!」

 

「言われなくとも!」

 

 両手に武器を持った巨大な鬼の一撃、まともに受ければ防御の上から叩き潰される。それを、アトラスとクリーグ、二人の剣士は完璧なタイミングで迎撃を合わせる事で相殺した。長い間、危険な迷宮を共に戦ってきた阿吽の呼吸の生み出す同時攻撃は、本来2倍以上の力の差があるはずのオーガの攻撃を跳ね返す。

 

 武器を弾かれた事に驚いたように怯むオーガー。両手に武器を持っていても、想定外の勢いで腕を跳ね返された事でその体は大きくバランスを崩しており、即座に追撃とはいかない。

 

 それはクリーグ、アトラスも同じこと。だが、彼らは今、二人だけで戦っている訳ではない。剣士の横を、疾風のようにシーフの少女が駆け抜けた。

 

「……!」

 

 刃渡りの短いハンターナイフを手に、スケルトンオーガーの足元に飛び込むシオン。そのまま、素早い連撃を右足の骨に叩き込む。

 

 本来ならば、シーフの、それも少女の軽い連撃など通る筈もない柱のような太い骨。だが、シオンの一撃は易々と硬い骨格を切り裂き、巨体を支える軸足にヒビを入れた。

 

「よし!」

 

 仕事は果たしたとして離脱するシオン。その手に握られたナイフは、キラキラと不可思議な輝きを帯びている。

 

 その輝きを、メンバー最後方、比較的安全な後方からアトソンが見守っている。彼は少女が任務を果たし下がってくるのを見て、安堵に額の汗を拭った。

 

「上手くいきましたか……!」

 

 不可思議な攻撃のカラクリは、アトソンの祈祷によるものだ。死者の安寧と成仏を願う、クレリックの浄化祈祷。本来は迷宮内で魔物化した冒険者や、悪霊化した墓地の死体などを無害化する祈祷である。フロアガーディアンはあくまで魔物、それも迷宮の防衛プログラムに近い存在で死者ではないが、アンデッド系という事でものは試し、とやってみたら効果てきめんだったという訳である。

 

「死者ではないものに浄化が通るのは不思議な気がするけどなあ。むしろ効いちゃ駄目なんじゃないか?」

 

「狂人の真似をすればすなわち狂人なり。死者の嘆きを真似るような冒涜者は、魔物であっても怨霊同然という事さ、クリーグ」

 

「在り方の問題、ってか? まあ、通じるならなんでもいいけどさ!」

 

 何でもいいという割に不愉快そうなクリーグに、アトラスは戦場にあって苦笑する。この男、ガサツなようでいて割とそういうのを気にするのである。

 

「それより、今がチャンスだ、畳みかける!」

 

 アトラスの言葉通り、スケルトンオーガーがその動きを大幅に鈍らせていた。巨体を支える土台の片方に、大きな亀裂が入ってはこれまでのように縦横無尽に走り回れない。巨大な体はそれが高速で動き回るから脅威なのであって、思うように動けないとあってはハンデにしかならない。

 

 二手に分かれ挟撃する剣士二人に、オーガーはそれでも果敢に反撃を続けるが、そちらに気を取られた隙にシオンのナイフが飛んだ。

 

 彼女の十八番となった投げナイフ。それが狙いたがわず、オーガーの罅が入った右足に突き刺さる。さらに、刺さったナイフを釘に見立てて、もう一発のナイフが柄を叩くように撃ち込まれた。

 

 ガァン、という快音。右足の亀裂が、さらに大きく広がり……崩壊。

 

 苦悶の声と共に前鬼が膝をつく。その軸足は完全に崩壊しており、もはや立つ事もままならない。ヤケクソのように両手を振り回して纏わりついてくるアトラス達を振り払おうとするが、彼らはその一撃を易々と掻い潜り、一撃をくわえていく。

 

 少しずつボロボロになっていく骸骨の巨体。だが、依然としてその巨体は頑強であり、剣では致命打とはいかない。アンデッド系といえば打たれ強いのが特徴だ、それもあってこれだけの巨体ともあれば一筋縄とはいかない。

 

 さらにいえば、時間をかければ崩壊した足も再生してしまうだろう。この優勢は一時的なものに過ぎない。

 

 勿論、アトラス達はそれも織り込み済みだ。

 

 効き目の薄い攻撃を繰り返しているのは、本命の下準備にすぎない。

 

「このぐらいでいいか……アトソン!」

 

「ええ、心得ております」

 

 十分にボスを削ったと見たアトラスとクリーグが一歩下がる。それと入れ替わるように出てくるのはアトソンだ。

 

 クレリックは大した攻撃力も防御力も持たない。だが、何事も適材適所だ。

 

「神の慈愛よ。この空虚たる骸に、安寧と静寂を齎したまえ……“光の中に消えよ”」

 

 アトソンがペンダントを手に目を閉じて祈る。ふわり、と周囲にホタルのような淡い輝きが生じ、それらはざあ、と動けない前鬼を包むように集っていく。

 

 その光の中で、巨大な骸骨の姿が末端から溶けるように消えていく。驚いたように自分の体を見下ろす前鬼の手から、保持する指を失った武器が転がり落ちた。他にも、アトラス達のつけた傷口からも、消滅が進行していく。

 

 困惑の声を上げるフロアガーディアン。

 

 自分自身が消え去ろうとしているのは分かる。だが、そこに怒りが無い。苦痛がない。恐怖がない。それが、フロアガーディアンという有り様であるが故に決して知る事の無い、安らかな“眠り”であるという事も理解できず、驚愕と混乱の中、両面骸骨の片割れの姿は光の中に消失した。

 

 あとには、一欠けらの魔力結晶だけを残して。

 

 怪物の消失を見届けて、アトラスがVの字を切り、祈りをささげた。

 

「どうか安らかに」

 

「……ああいうの見ると、ちょっと考えちまうな」

 

 前鬼の末路、消える直前の表情が無いはずの骸骨鬼が浮かべた惚けたような顔の事をさしているのだろう。神妙な顔でじっと消え去った魔物の姿を見つめるクリーグの肩を、アトラスは無言のままに軽く叩いた。

 

 魔物は生き物ではない。

 

 だが、やはり生きている。そこに人も魔物もそう大差はないのではないか。アトラスもそう思った。

 

「さて、こっちは片付いたが……」

 

 ボスの散華を確認し、アトラスはもう一組のパーティーに目を向ける。

 

 そちらも、今まさに決着がつこうとしている所であった。だが、その様相は、アトラス達の戦いとはまるで逆だ。

 

 荒れ狂う後鬼と、言葉もなく淡々とそれに対応する魔術師のチーム。個性豊かな見た目のハーベストに対し、こちらのチームは皆一様に没個性の黒いローブ姿であり、フードを被っているため素顔も見えない。およそ冒険者らしくない出で立ちであったが、立ち回りは確かだ。

 

 体のあちこちを砕かれ崩壊しながらも突進し、武器を振り上げる後鬼。だがその行く手を阻むように突然氷の柱が出現する。力任せにそれを砕こうと武器を振り下ろすも氷柱は砕けず、逆に武器ごと後鬼の腕まで凍らせて身動きを封じた。

 

「拘束した」

 

「了解」

 

 短い合図の後に、四方から魔術攻撃が叩き込まれる。炎魔術の熱で焼いた後に、超低温の氷弾を撃ち込み、急激な温度変化と質量で強固なボスの骨格を脆くして砕いていく。

 

 全身の骨に罅が入りながらも、しかし後鬼に臆する様子はない。虚ろな眼窩の奥に爛々と憤怒の炎を滾らせて、残った左腕を振り回して荒れ狂う。

 

 だが、すでに限界が近いのは一目瞭然だった。

 

「仕留める」

 

 魔術師達のリーダーが詠唱を開始する。

 

 生成されるのは、巨大な炎の球。小さな太陽のようなそれが、フロアガーディアンの広間を照らし出す。その余波で後鬼を拘束していた氷が解けて、自由を取り戻した後鬼が雄たけびとともに突撃した。

 

「グァオオオオオッ!!」

 

「消えろ」

 

 その突進を、正面から炎が呑み込んだ。

 

 巨大なボスの全身を包み込むほどの灼熱の塊。既に罅割れ崩壊しかけていた後鬼の躰は、その熱によって焼き尽くされ炭化していく。

 

 それでも最後まで牙をむいて憤怒を露にする頭骨だけは燃え残り、炎が消え去った後、がしゃんと床に落ちた。

 

 虚ろな眼窩に、光はない。ややあって、後鬼の首は崩壊し、灰となって消え去った。あとには魔力結晶が残される。

 

「排除完了」

 

 勝利への喜びもなく、淡々と状況終了を告げる魔術師リーダー。

 

 全てを見届けたアトラスは拍手しながら近づき、右手を差し出した。

 

「お見事。これで6層突破ですね、おめでとう」

 

「…………」

 

 友好的なアトラスの言葉に、しかしリーダーは視線すら返さない。無言のまま、すたすたと転移陣の方へ向かってしまう。

 

 代わりというように、ひとりの魔術師がアトラスに近づいてきて頭を下げた。姿勢を戻した彼は、フードを脱いで顔を露にする。

 

 緑色の髪の少年。ロションだ。

 

「お疲れ様でした、アトラスさん。この度は同盟の申し出を受けて頂き、ありがとうございます」

 

「ああ。お疲れ様、ロション。君こそ無理はしていないかい? 病み上がりだろう?」

 

「御蔭様で。御心配ありがとうございます」

 

 そういって控えめに笑う彼に、アトラスは心から案ずる視線を向ける。

 

 魔術学院チームの壊滅はまだ記憶に新しい。その唯一の生還者であったロションも、大きな怪我を負っていた。体の傷そのものは祈祷で治癒したが、しかし心のそれはそんな簡単に癒えるものではない。

 

 傍から見ても、彼ら彼女らは仲の良いパーティーだった。だが、その仲間を目の前で、無残に失った上一人は死体も回収できなかったとあれば、悔やんでも悔やみきれまい。

 

 にも関わらず、ロションはこうして迷宮に再び潜っている。「アルテイシア達の死を無駄にしない為にも、彼女達への鎮魂の為にも、迷宮を制覇する」それが彼の語った動機だった。

 

 それはいい。それはいいのだが……。

 

 眉を顰めるアトラスの意を組んだように、クリーグが腕組みしながらロションに愚痴った。

 

「にしたって不愛想にも程があるんじゃねえの、お前の仲間。魔術学院のOBだかなんだか知らないが、もうちょっと愛想よくしろっての。同盟相手だろうが」

 

「すいません。先輩たち、ちょっと気難しくて。ボスを倒すまでの同盟だから、倒した今現在は関係ない、みたいな感じなんだと思います。気を悪くしないで頂けると」

 

「いいよ、そう畏まらないで。世の中にはいろんな人がいるものだし、何より君の為にこうして戦ってくれてるんだ。多少愛想が悪いぐらい、気にしないよ」

 

 ぺこぺこ頭を下げるロション。アトラスは苦笑いを浮かべながらクリーグをとりなした。

 

「それでは、その。私はこれで……」

 

「ああ。こっちはもう少し休んでから先にいくよ。気を付けてね」

 

 最後にもう一度頭を下げ、ロションの姿も転移陣の輝きに消える。

 

 それを見送ると、アトラスは打って変わって、感情の消えた平淡な声で相棒に問いかけた。

 

「クリーグ」

 

「OBなんてのは嘘だな。仕草の一つ一つ見ても堅気じゃねえ。大方、委員会の私兵って所だろうよ」

 

 つまらなさそうに応えるクリーグ。その後ろでは、シオンとアトソンが「何の事?」「さあ?」と顔を見合わせている。世間知らずの小娘と実直なクレリック、こういう後ろ暗い話には縁がないのも仕方ない、とアトラスは内心それを羨ましく思った。

 

「……本当に彼らがアルテイシアの仇討のために派遣された、という可能性は?」

 

「じゃあ聞くがよ、おぼっちゃま。お前が仮にいっぱしの領主だとして、だ。家臣に採用予定だった才気溢れる、ただしまだ手をつけてない学生が野生の獣に殺されたとして。その仇討の為に、側近の最精鋭を繰り出して獣を狩りだしたりとか、するか?」

 

 問いの答えを、アトラスは沈黙でもって答えた。否である。

 

 この世界で、訓練された特殊部隊というのは金銀にも勝る価値がある。才能のある者を登用し、訓練を施し、相応しい装備を与える。当然、常識的に考えてそれ相応の給金も必要だろう。希少性、運用コスト共に、そう軽々と動かせるものではない。

 

 ましてや、迷宮最深部の攻略に送り込むような事は断じてあり得ない。ならば、その目的は迷宮ではなく別に存在しているはずだ。

 

「狙いはなんだと思う?」

 

「……暗殺、だろうな。何かしら、委員会に都合が悪い人間を迷宮という密室で確実に仕留める。人間相手なら過剰戦力、部隊の消耗も最低限に抑えられる。よくある手だ」

 

「まって、ロションが誰かを殺すっていうの?」

 

 会話にシオンが割って入ってくる。

 

 彼女は年が近い事もあって、魔術学院パーティーとは親しくしていた。ロションの事もよく知っている。シオンの知る限り、彼はそういう人間ではない。

 

 だがクリーグは違う意見のようだ。

 

「聞いた話じゃ、アイツは委員会に繋がりがある家の子供だって話だ。家族の事がかかってるなら、どれだけ不本意でも従うしかないだろうよ。お前さんが貶してた上流階級にだって、その中での序列があるんだぜ。上の奴らが下をどう扱うかなんて、お前さんが一番知ってるだろう?」

 

「それは、だって、でも」

 

 シオンとクリーグの言い争いを聞き流しながら、アトラスは一人思索にふけっていた。

 

 残念ながら、ロションを引き連れた一派の目的が後ろ暗い事にあるのは疑いようがない。しかし、物証がない以上、ギルドは動けない。

 

 アトラスとしてはまだ年若い少年が、そんな後ろ暗い行為に手を染めるのを見過ごす事はできない。だが、狙いが分からなければ阻止のしようもない。

 

 ある程度、憶測を立てる事はできるが……その想像の不愉快さには、考えただけで虫唾が過ぎる。

 

「クリーグ。確か、お前があの噂を聞きつけた日の事だったな、ロションが俺達に協力を求めてきたのは」

 

「……ああ。俺もそう思うぜ」

 

 噂好きのクリーグが聞きつけてきた、迷宮の攻略情報。今だ詳細が不明な7層の情報を持ち帰ったパーティーの一党が、それとは別に酒場で語った奇妙な女冒険者の話。

 

 赤紫の瞳で銀髪の、やたらスタイルのよい変な格好の女。それだけ強烈なスタイルなら、一度見れば忘れない。にも関わらず、シオンの訓練も兼ねて1層からやり直したアトラス達に、全く見覚えが無いのはおかしな話だ。

 

 それだけではない。

 

「彼らの描いた人相書き。ありゃあ間違いないぜ、アルテイシアだ」

 

 たまたま、メンバーの一人、小柄な魔術師に絵心があった事で描いてくれた彼女の顔。それに、アトラス達は覚えがあった。

 

 彼女は、迷宮の中で生きていたのだ。

 

「話に聞いただけだと気が付かなかっただろうね。銀髪と赤紫の瞳、という特徴の印象が強すぎる」

 

「どうだろう。確かにそっくりだったけど……勘違い、かなって。いや、アルテイシアが生きていてくれたなら嬉しいけど、話に聞く限り別人にしか思えない」

 

「そうですねえ。魔術師であるのは変わらないようですが、戦い方も違いすぎます。魔術と体術、それも規格外の怪力を絡めて戦うのはどっちかというと……ヌルスさんに似てますね」

 

 シオンとアトソンはまた違った意見のようだ。

 

 だが、アトラスはそこに何がしらの重要な意味があるような気がしてならない。

 

 見た目はアルテイシア、言動はヌルス。髪色や目の変化も気になる。

 

 しかしながら、今重要なのは真実ではない。

 

 死んだはずのアルテイシアに酷似した人物が7層で目撃された。そして、その情報が齎された直後に、ロションが怪しげな一団と共に活動を開始したという事実だ。

 

 だが、ロションはアルテイシアの仲間でもあった。例の事件の時、一人だけ生き残ってはいたが、命に係わるような大怪我を追っていたのも確か。だから、アトラスも彼が原因に関わっているとは思っていなかったのだが……。

 

「とにかく、彼らの動きには注意しよう。知り合いがこんな事に巻き込まれているのは見過ごせない」

 

「やれやれ。ほんとお人よしなこって。自分の事は二の次かよ? まあ、いいけどさ」

 

 決意を新たにしたアトラスに、クリーグは茶化すように悪態をついた。そんな事をいいつつ、なんだかんだ、手を引くつもりが微塵もないのは明らかである。

 

 素直じゃないなあ、とアトラスは口元に苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。