望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

135 / 265
第百三十話 歪みの刃

 

 

 暗闇に浮かぶ水晶の回廊。

 

 魔物は住まう環境と強い繋がりがある。であれば、そのような不自然な地形には、これまた不可解な魔物が住むものである。

 

 宙に浮く水晶の坂に身を低くしたヌルスは、こっそりとその縁から下を覗き込んだ。眼窩には一際大きく広がる広場のような平たい地形が広がっており、そこに無数の魔物が蠢いているのが視えた。

 

 一言でいうと、水晶の塊、だろうか。大きな魔力結晶の塊に、小さな結晶がいくつかついて、それが手足のように機能しているようだ。もぞもぞがさがさと、数体の魔物が動き回り、何やら広場を均している。平たい地形は、彼らの活動で出来たもののようである。

 

 一体何をしているのか。見た目が明らかに生き物ではないのも相まって、ヌルスにはとんと想像がつかない。

 

「ん……」

 

 と。

 

 その広場にこっそりと近づく影に気が付き、ヌルスはより一層身を潜めた。

 

 広場に複数いる魔物と違い、こちらは有機物だ。青い肌と鱗をもった、でっぷりと太った、太りすぎた蜥蜴のような見た目の魔物。顎が異様に発達しており、口の中には削岩機のように無数の牙が口の外まで迫り出すようにびっしりと並んでいる。もし噛みつかれたら鎧を着ていてもひとたまりも無いだろうな、とヌルスはぶるり、と震えた。

 

 幸い魔物はヌルスに気が付いた様子もなく、目の前の獲物に夢中のようだ。ある程度近づくまでは身を潜めていたが、十分に近づいたと見るや否や、地響きを立てて突進していった。

 

 振動と足音に広場の魔物達が襲撃者に気が付く。だが時すでに遅く、一匹の魔物が逃げ出す暇もなく巨大な顎に咥えこまれた。

 

 蜥蜴魔物は頭を上に向けるように振り上げる。すると、無数の牙が歯車のように回転をはじめ、捕らえた獲物を砕きながら口の奥へと引き込み始めた。

 

 きぃぃいー、とガラスをひっかくような悲鳴を上げて、結晶の魔物が細かく砕かれながら蜥蜴魔物の胃の淵へと落ちていく。瞬く間に獲物を粉砕して食らい終えた蜥蜴魔物は、次なる標的へと視線を向けた。

 

 捕食者の登場に、結晶魔物達は泡を食ったように逃げまどっている。だが、蜥蜴魔物の巨体が逃走経路を塞いでいるせいで、慌てふためいて右往左往するばかりだ。

 

 さらに一匹が噛み砕かれる。それを見て、腹をくくったように水晶魔物達も逃亡を諦めて反撃を開始した。

 

 自分自身を構成する小さな結晶の一部をぽいぽいと蜥蜴魔物に投げつける。それは投擲後、ある程度の間を空けて白く輝くと、一斉に爆発した。

 

 魔術ではない。結晶を構成する圧縮した魔力を開放しているのだ。恐ろしく贅沢で、恐ろしく効率が悪いが、この魔力結晶が無尽蔵に存在する環境ではらしいといえばらしい。

 

 しかしながら、効率が悪いだけで下手な中級魔術にも匹敵するその爆発は、蜥蜴魔物にはなんら痛痒を与えていないようだった。でっぷりとした体を揺らして水晶魔物にかぶりつくその体は、何の手傷も負っていない。

 

 よく見るとその体を覆う鱗が、うっすらと青みがかった輝きを帯びている。高純度の魔力結晶だ。恐らく摂取した水晶魔物から得た大量の魔力を体内で圧縮し、超高密度の魔力結晶として体外に排出、鱗として纏っているのだ。その魔力結晶が放つ魔力の防壁が、雑な魔力解放の爆発から身を守っているのだろう。

 

 恐らく並大抵の魔術も物理攻撃も効かないはずだ。ちらり、とヌルスは自分の手元にある槍に目を向けた。その先端に備わった、結晶の穂先。

 

 これとあれ、どちらが上か確かめてみるのも一興だ。

 

 眼下では、さらに水晶魔物が噛み砕かれ、残る数は二体。

 

 蜥蜴魔物も食事に夢中になって頭上に潜むヌルスには気が付いていないようだ。彼女はゆらり、と坂の上に身を起こすとちゃきりと槍を下に向けて構えた。

 

 狙いは、蜥蜴魔物の後頭部。魔力結晶の鱗に覆われているが、この高さから落下の勢いを乗せれば貫けるはず。

 

 一つ深呼吸して、ヌルスは崖下へと飛び降りた。

 

 落下に伴う突風に髪とドレスを靡かせながら、黒い槍でまっすぐに蜥蜴魔物の頭上に舞い降りる。水晶魔物がヌルスの存在に気が付いたような挙動を見せるが、その時には彼女は今まさに蜥蜴魔物に槍を突き刺す瞬間だった。

 

「やぁ!」

 

 掛け声一つ、落下の勢いと全体重を乗せて槍を繰り出す。

 

 青い結晶の鱗と、紫色の穂先が衝突する。硬い手応え……は一切なく、まるで布地を突き通すように、槍の穂先は容易く蜥蜴の頭を貫いた。

 

 想定外の結果にヌルスが目を丸くする。

 

「あるぇ!?」

 

 その出自の不可解さもあって、蜥蜴魔物の鱗に打ち負けるような事はないと思っていたものの、ほとんど意に介さず貫けるとは思っていなかった。力を入れすぎ、踏み込みすぎで、槍は頭部を貫いて床へと突き刺さる。そのまま勢いで体を蜥蜴の後頭部に強打しそうになって、ヌルスは慌てて身を捩って回避した。

 

 空中でくるりと身を捻って勢いを殺し、床に着地する。その背後で、頭部を串刺しにされた蜥蜴魔物が、ズズン、と地響きを立てて地に伏した。たちまちその体が灰となり、じゃららら、と大量の鱗がその場に転がる。ほぼ即死である。

 

「おっとっと、危なかった」

 

 床に突き刺さったままの槍を引っこ抜く。ピックや戦斧が少しひっかかったが、力を籠めれば抜けない程ではない。

 

 直後、彼女は投擲された水晶片を回避し、水晶魔物達に踏み込んでいた。

 

 普通の獣であれば、自分を捕食する者を倒した彼女の存在に驚き逃げるか、様子見をするだろう。だが、魔物はそうではない。普段食物連鎖の関係にあっても、冒険者相手ではそれを棚上げにして共同戦線を張る。今この瞬間、ヌルスは彼らにとっては天敵を倒した第三者ではなく、強力な同胞を倒した恐るべき敵に他ならない。

 

 そんな事は、ほかならぬヌルスが一番よく知っている。だから彼女は蜥蜴魔物を倒しても油断でせず、素早く水晶魔物との距離を詰めた。あの爆発の効果範囲は大体把握している、これだけ踏み込んでしまえば今投げられた爆発には当たらない。

 

 とはいえ、相手は魔物。普通の生き物であれば自爆などしないが、こいつらに限ってはそうとも言えない。なので次に何かの行動を許す前に、槍を思い切り振りぬいた。

 

「てややっ!」

 

 穂先ではなく、黒い戦斧を水晶魔物へ叩きつける。

 

 返ってきたのは、まるで迷宮の壁を思い切り殴りぬいたかのような、体の芯に響く反動。一方で、戦斧の刃は確かに水晶魔物へと食い込み、その体を二つに割り砕いていた。

 

 若干の痺れが手に残ったまま、今度は穂先でもう一体へ突きを見舞う。こちらはやはり何の手応えも感じさせないまま、水晶魔物を団子のように串刺しにした。ピックのところで引っかかったので、そのまま上に振り上げるようにしてトドメを刺す。

 

 パリンパリン、と水晶魔物が砕け散る。そもそも魔力結晶で体が出来ているせいか、灰になったりはしない。死体がそのまま転がるだけだ。

 

 その場にいる敵の掃討を完了し、ヌルスは槍を肩に担ぐようにしてリラックスした。腕にはまだ軽い痺れが残っている。

 

 戦斧の刃に欠けはない。単純に、相手があまりにも硬かったので刃が通り辛かっただけのようだ。

 

「ふむぅん」

 

 足元に転がる水晶魔物の残骸を拾い上げて、力を入れて割ろうとする。が、びくともしない。見た目は水晶回廊を構成しているのと同じだが、強度もそれに匹敵する様だ。迷宮の地形がどういったものかというのを考えると、これを物理攻撃で破壊できた槍の強度を褒めるべきか。

 

 そうなると、それを殆ど抵抗すら感じさせずに貫いた穂先の結晶体が気になる所だが……。

 

「あんむ。……口に入らないと無理か」

 

 つい釣られて結晶体に齧りつくが、硬すぎて歯が立たない。ぺろぺろ嘗めていたらそのうち溶けるかもしれないが、ちょっと非効率だ。

 

 ヌルスは手にした水晶魔物の残骸を投げ捨てて、蜥蜴魔物の残した魔力結晶を拾い上げた。こちらは鱗になっていたのがそのままそっくり残されている。サイズも手ごろで、ぽい、と口に放り込んでみると豊潤な魔力の濃厚な味わいが口腔を満たした。

 

「うみゃ、うみゃ。うまうま」

 

 つい夢中になって口に放り込む。10個ほど貪った所で正気に返るが、足元にはまだその倍以上の魔力結晶がある。とりあえずドレスの懐に入るだけ収めて、ヌルスは周囲に目を向けた。

 

 とりあえず、敵影はない。

 

 とはいえいつまでもこの広場にいてもいけない。見た所、こういった平たい場所は水晶魔物の住処で、それを狙って蜥蜴魔物が集まる、といったもののようだ。

 

 先ほど様子見していた坂まで昇って戻ろうと歩きながら、ヌルスは脳裏をよぎった考えに眉をひそめた。

 

 当初はこの階層の道理に反する異常さばかりに気を取られていたが、果たして人間の冒険者にここはどのように見えるだろうか。

 

 8層まで降りてくるなら、腕に覚えがあり、志の高い冒険者だろう。だがそんな彼らといえど、この階層を目の当たりにして足を止めずにいられるだろうか。

 

 冒険者は迷宮攻略の為に降りてくるが、同時に魔力結晶を手にして金を得るのも理由の一つだ。そして8層には非常識な量の魔力結晶がゴロゴロしている。どれだけ高い志があっても、これを前にしては金に目がくらみ攻略が止まってしまうのではないか。

 

 それは、下手な即死トラップよりも、強く冒険者達の足を止める恐るべき障害ではないだろうか。

 

 まあ、冒険者の足が止まるのはヌルスの利にはなるし、そもそも迷宮の外に出れないヌルスにはご飯に困らない以上の意味はないが……。

 

「ううむ……」

 

 やはりこの階層はおかしい、という疑問を新たにして、ヌルスは頭上を見上げた。

 

 そういえば、チャレンジ&スラッシュだったか、6層を突破した冒険者達は大丈夫だろうか。彼らは決して弱くはないが、あの7層の理不尽フロアガーディアン相手に戦いが成立するとは思えない。

 

 8層の下見は出来たし、一度7層に戻って彼らに警告を伝えるべきではなかろうか。一見信じがたい話でも、この意味不明な切れ味を誇る槍を見せればある程度の説得力はあるだろう。

 

「そうだな。一旦戻るか」

 

 そうと決まれば善は急げだ。細い水晶の橋を落ちないように早歩きで駆け抜けて、一路ヌルスは転移陣へと向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。