望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百三十一話 報復者

 

 魔力結晶に覆われた8層から、肉に覆われた7層に戻ってきたヌルス。

 

 彼女はさっそくボス部屋の前で魔眼を輝かせ、周囲を見渡した。

 

「んー……。誰か冒険者はいるかなー……」

 

 魔力の流れを探りながら、きょろきょろと周囲を見渡す。

 

 だが、少なくとも近くにはいないようだ。もっと離れた場所にはいるのかもしれないが、あまり離れると迷宮を構成する肉壁の魔力の流れに遮られて、冒険者達の魔力反応が確認できない。正確には、彼らがまとまって持っているであろう魔力結晶の反応で識別しているのだが。

 

「むぅ。どうするべきかな。流石に7層を探して回るのはお節介が過ぎるか? 最優先するべきはアルテイシアだ。とはいえ、友人知人を見捨てるのもな。とりあえず誰でもいい、一人でも捕まえて情報を伝えれば勝手に広げてくれるだろう。やるならそこまでだな」

 

 本当は一刻も早く下層まで潜り可能性を探し求めたい気持ちと、アルテイシアの他にも知り合った顔に不幸になって欲しくない、という気持ちの鬩ぎ合いを感じながら、ヌルスは7層を散策して回る。

 

 途中で当然、階層の魔物たちにも襲われるが、今のヌルスの敵ではない。

 

「ぬんっ!」

 

 迫りくる長蟲の突撃を、カウンターの槍で貫く。頭部を射抜かれた魔物は、たちまちのうちに灰になって崩れていくが、その後方には刃の射出準備を整えたスライムの姿。一斉に射出される刃の嵐に、ヌルスは黒槍を高速で回転させて身を守った。

 

 勿論適当に回転させている訳ではない。魔眼で正確に刃の軌道を把握したうえで、槍の柄を叩きつけて弾き飛ばす。ボスだった超巨大地竜の黒槍掃射に比べればこんなもの、霧雨と夕立ほどの差があるというものだ。とんでもない蛮用ではあるが、羽のように軽い黒槍はその一方で信じられぬほど頑丈で、ほとんど反動を感じさせずに刃の嵐を逆に砕き散らした。

 

 一通りの掃射が終われば、勢い余って余分に一回転させて槍を脇に構える。そのまま一気に駆け寄り、黒刃でスライムを一閃する。刃の投射で質量が大幅に減衰していたスライムは、その一撃で肉体を四散させて死滅した。魔術で肉体を焼き尽くさなくとも、一定以下まで肉体が分割されると生命維持ができない。

 

 襲い掛かってきた魔物の群れを手早くかたづけ、ヌルスはとん、と槍の石突で床を打った。

 

「ふぅ。まあ、ちょうどよい運動にはなったか」

 

 呟いて、槍の穂先を見つめる。

 

 先端の穂先は魔力結晶なので多分、この槍は正確には槍ではなく杖なのだろう。どこかで歪みの魔術に使えるか試したいとは思うのだが、現状、魔術に頼る事なく敵を一蹴できてしまっている。そもそも魔術が必要なら触手翼で対応できるし、無理にこの槍を使う必要はない。

 

「しかし、武器としてこの槍がすぐれているというのは勿論あるが……むぅ」

 

 正直言うと、近接武器を甘く見ていた。

 

 ヌルスがこの迷宮で生き延び大成出来たのは、魔術を使えたから、というのは間違いない。

 

 人間より強い肉体を持っていたとしても、所詮は最弱の魔物。自分より強い魔物と組みあえば傷を避けられず、二度、三度と戦いを繰り返すうちに必ずどこかで致命傷を負っていた。だが魔術を使う事で、距離を保ったまま安全に敵を倒す事が可能となり、ヌルスは本来の出自よりも遥かに上位も魔物へと成長した。

 

 だから、心のどこかで魔術以外の戦い方を侮っていた、というのは確かにある。

 

 魔術を使用するには適正がいる。それに、魔術師は基本的に接近戦が苦手だ。だから、どうしても前衛を担当する剣士が必要。

 

 そのように考えていた。

 

 だが、実際に自分で槍を手に魔物と渡り合うと、それは事実の一側面にすぎない事がわかる。

 

 武器は、強いのだ。

 

 魔物が爪と牙で武装する代わりに、人間は剣で武装する。だが、鉄の剣は魔物の爪や牙より鋭く硬い訳でもなく、あくまでも差を埋めるだけ……それは数値的な話だ。

 

 人間には知恵がある。戦術がある。

 

 肉体の脆弱さ故に、人は確かに生身では魔物には適わないが、武器はその差を埋めてくれる。

 

 勿論、この黒槍が常軌を逸した強度をもった武器であるというのも前提としてあるが……。

 

「弓矢と魔術を同じ土俵で考えて失敗したのを思い出すな。仮に互換性があるとしても、そのものではないという事か」

 

 また一つ人間達について理解を深めた。

 

 ヌルスは微かに笑みを浮かべながら、生々しい7層を歩いた。

 

 それにしても……。

 

「魔物の数が少ない気がするな。冒険者達が奮闘しているのか?」

 

 7層はいわゆるバランス型の階層で、魔物はそれなりに強く数も多い。だが、先ほどから歩いて回っても、戦闘は数度しか発生していない。

 

 いわゆる食料の問題は8層への到達で解決しているので魔物と不必要に戦う必要はないので有難いと言えば有難いのだが、こういう違和感を見逃しているとロクな事にならないというのはこれまでの経験で学んだとおりだ。

 

 ヌルスは足を止めて魔眼で周囲を確認してみるが、見た所変わったところはない。だが少し離れた位置に冒険者らしき反応を見つけた。

 

 要件は、彼らに接触すれば済むだろう。

 

 ヌルスはうむ、と頷き、軽く自分の身だしなみをチェックした。

 

 人間の着こなしとかセンスとかはさっぱり分からないが、一式をきちんと着こなしていれば問題がないはずだ。ドレスにほつれ等がない事を確認し、ヌルスは反応のあった場所へ赴くべく先へ進んだ。

 

「……ん?」

 

 と、そこで向かう先の部屋の中央に、いくつかの魔力結晶が落ちているのに気が付いた。

 

 周囲を見回すが、冒険者の姿はない。落とし物だろうか。あるいは、魔物を倒したものの手傷を負ってやむを得ず撤退を重視したか。

 

「ふむ」

 

 以前であれば臨時収入だひゃっほいと飛びついていたが、今は特に必要ではない。とはいえ、魔力結晶を放置しておくのも厄介だ。

 

 この階層の魔物が多量の魔力を得た事で変異を起こす可能性がある。

 

 そうなると7層のバランスが大きく変化する恐れがある。何せ、ヌルス自身そうして変異を繰り返した果てに8層まで到達できるほどの魔物に成長したのだから。

 

「念のため、回収しておくか」

 

 少し考えて寄り道をする。周囲を警戒しながら、魔物の姿がない事を確認してしゃがみ込んで魔力結晶を回収する。

 

「ん?」

 

 そこで違和感に気が付く。

 

 よく見ると、それは魔力結晶ではない。何かの魔法金属の欠片。珍しく貴重なものではあるが……。

 

 こんなものがなんでここに、と疑問に思うよりも早く、獣としての本能が警告を飛ばした。

 

 目を細め、槍を手に身を起こす。

 

 不可思議な事には理由がある。そして、その理由とは多くの場合、害意によるものだ。

 

 その確信を肯定するように、いつの間にか四人のローブ姿の人間がヌルスを取り囲むように佇んでいた。フードを深くかぶっているため、顔は愚か男か女かもわからない。

 

 ……事前に魔眼による索敵は行った。人間の機動力で近づける距離に、人間の存在はなかった。おそらくは、魔力視が可能な魔眼に対しての欺瞞……魔力反応を消す効果のあるローブか何かだろう。

 

 それはつまり、相手はヌルスの肉体が何で、どんな能力かを分かっているという事だ。

 

 つまり、最初からヌルス……正しくは、アルテイシアを狙った、という事でもある。

 

 ぞわ、とヌルスの体にオーラが満ちた。

 

 殺意。

 

「何かな。私は少し、忙しいのだが」

 

「……やはり。生きていたんですね」

 

 フードの一人が小さくつぶやく。その声には、覚えがあった。

 

 ヌルスの殺意が霧散する。意表をつかれ、きょとんと無防備な顔をするヌルスの前で、彼はそっとフードを脱ぎ去った。

 

 濃緑色の髪をした男の子。

 

 ロションの姿が、そこにあった。

 

 彼は、感情を押し殺したような無表情でヌルスを見ている。その視線を浴びて、ようやくヌルスは自分のキャラの設定を思い出した。

 

 お前なぞ知らんぞ、と顔を逸らして、わざとらしくそっけない態度で腕を組む。

 

「誰だ貴様。私は知らんぞ」

 

「? ……演技にしては下手すぎますよ、アルテイシア。何のつもりですか。というか、なんですかその恰好。どこで手に入れたんですか、そんな下品なセンスのドレス」

 

「だから違うと言っているだろう。私はアル……なんとかではなく、ヴィヴィアンというものだ。貴様とも初対面だ」

 

 本人的にはきりっとした顔でいけしゃあしゃあと宣うヌルスに、ロションが本気で困惑したように眉を顰めた。他の三人に動きはない。

 

「いや……その? いや、それはどうでもいい。一体、何を考えているんですか。生き延びたならそのまま大人しくしておけばよかったものを、姿を現してうろつきまわるなんて。私達に対する挑発のつもりですか」

 

「??」

 

 何かおかしいぞ、とここに来てヌルスも疑惑を覚えた。

 

 何故、アルテイシアを糾弾するような事をロションが言っている? そもそも、他の三人は誰だ? 彼らに、死んだエルリックとエミーリア以外の仲間がいたとは聞いていない。それに考えてみれば、この状況はロション達が作ったことになる。

 

 そう、レアアイテムを囮に、魔力視を回避する装備で待ち伏せて、まるで逃がさないとでもいうように四方を取り囲んで……。

 

「いや、待て。何だ……私に何の用なんだ?」

 

「えっと。……どういう事です? 本当に、アルテイシアじゃないのですか?」

 

「だから違うといっているだろうが」

 

 それだけは本気でヌルスが告げた。ロションも、あまりの話の噛み合いなさに困惑が勝るようだ。

 

 だが、奇妙な時間は長続きしなかった。

 

「もういいだろう、ロション」

 

 ざ、とローブ姿の一人が前にでた。スラリ、と袖から剣が覗く。

 

「顔の確認はとれた。こいつはアルテイシアだ、間違いない。多少髪と目の色を変えているようだが、お粗末な偽装だ」

 

「待ってください、それにしては変です。本当に別人かも……!」

 

「その可能性はあるが、関係ない。関係あるもの全てを殺せばそれで済む話だ。あのガキどものようにな」

 

 何やら、ロションと言い争うローブの男。

 

 だが。

 

 その、口上に上った言の葉を聞き逃す事は、ヌルスには出来なかった。

 

「……今、何て、言った?」

 

 ぞわり、とヌルス……ヴィヴィアンの体から黒いオーラが立ち上る。

 

 勿論、物理的には何の現象も起きていない。光学的、事象的には黒いドレスの少女は、先と変わらず槍を手に佇んでいるだけだ。

 

 ただ、殺意があまりに濃密だったが故に、相対する者にはそう見えただけの話。

 

 それでも正面から殺意の風を浴びたロションは息を飲んで一歩さがり、ローブの男は平然とそれに正面から向き合った。

 

「今更説明がいるのか」

 

「答 え ろ」

 

「貴様がアルテイシアであるなら必要はあるまい? それにしても、貴様のような小娘一人始末できないとは、特別調整のワンダリングモンスターといってもそこが知れるな」

 

 答えつつ、ローブの男がす、と腕を振った。

 

 合図だ。

 

 同時に、左右を挟み込むように回り込んでいたローブの男二人が動いた。彼らが袖からのぞかせるのは、異様に短い奇妙な杖。恐らく、暗器型のそれを用いて、ヌルスを挟撃せんとする。

 

 だが、その詠唱が一言目を紡ぐよりも早く、伸びた触手がその手をからめとった。

 

「?!」

 

「?!?」

 

 目を剝く二人が状況を理解するよりも、屈強な触手はその手をねじり上げて、その勢いのままにへし折った。骨の折れる音と苦悶の悲鳴が上がる。

 

 しかし、それに全く頓着する様子も見せず、少女が槍を手にリーダーらしきローブの男へとにじり寄る。その背に、伸びていた触手がしゅるりと仕舞われた。

 

 それを前に、ローブの男も僅かにたじろいで一歩下がる。その隣で、ロションは腰を抜かしてへたり込んだ。

 

 歩み寄るヌルスは、二人の目には少女の皮を被った怪物に見えた事だろう。

 

「そうか。そういう事だったのか……」

 

 目を閉じ、納得したようにうなずくヌルス。奇妙なまでに落ち着き払っていた態度が、次の瞬間一転する。

 

 怒気と共に見開かれた瞳は、黄金に輝いていた。

 

「貴様らが! 彼女達を殺したのか!!」

 

 

 

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