望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百三十四話 ヌルスは進む

 

 探索を再開したヌルス。

 

 彼女は物陰に隠れながら、魔力結晶の回廊を慎重に進む。

 

 今も、身を隠す大きな結晶の向こう側を、のっそのっそと巨大な魔物が腹ばいになって動き回っている。全身に結晶の鱗を持ち、削岩機のような顎をもった魔物は、以前にも見た種族だ。

 

「……ふむ」

 

 人間であれば、この階層は資金稼ぎにはもってこいの場所だ。魔物も強いが、それ以上にリターンが大きい。たいていの場合、稼ぎに夢中になって先に進むのは疎かになってしまうだろう。あるいは、魔物の強さも相まって、装備強化に専念する事になるか。

 

 しかしそのどちらも、ヌルスには縁の遠い話だ。本来魔物にとっても魔力結晶は有意義なものだが、それは生きていくために必要、という話である。だがこの階層は空気中にも尋常ではない量の魔力が満ちているし、なんならその辺の足場をちょっと削って失敬すればそれで活動エネルギーは満たせる。であるならば、積極的に魔物と戦う必要はない。むしろ、戦闘を避けて進むべきだ。

 

 とはいえ、完全に戦闘を避けられるわけでもない。それは勿論、魔物に見つかり戦闘になるという事もあるからなのだが、別の理由もある。

 

「こいつも違うか」

 

 這いずっていく魔物の体を覆う鱗の色合いを見て、ヌルスはちょっとがっかりした。

 

 階層を構築する魔力結晶は、七色の光を帯びたものだ。どうやら複数の属性が混ざってしまったもののようで、魔力資源としては一級品だが魔術の触媒には不適切である。となると、触媒確保のためにはある程度魔物を仕留める必要があるのだが、ここの階層の魔物は他の魔物といくつか大きく違う点がある。

 

 普通、魔力結晶は魔物が亡びた時に、残留魔力が結晶化して生まれる物だ。だがこの階層はあまりにも魔力に満ちているせいか、そのままずばり魔力結晶がそのまま魔物化したり、あるいは魔物の体表に結晶化した魔力が鱗のように纏われている。そのため、どの魔物がどんな魔力結晶を落とすのか外観で判別できるのだが、それはつまり、手あたり次第に魔物を倒したところで欲しい魔力結晶は得られない、という事だ。

 

 ヌルスが欲しいのは紫の魔力結晶。

 

 もしここのボスが7層のボスのように通常の魔術では歯が立たないような怪物であった場合、頼れるのは歪みの魔術だけだ。基本的に触手翼ごと使い捨てのような形になるので、数は多ければ多いほどいい。

 

 だが、先ほどから紫の魔力結晶を纏った個体が一向に見つからない。他の色……赤、青、水、緑、黄、といった基本的な属性は目に付くのだが、紫だけが見当たらないのだ。

 

「まいったな……」

 

 歩き去る魔物の後ろ姿を見送って、ヌルスはちらり、と黒槍へ目を向けた。

 

 この槍、構造的には杖そのものなので、恐らく魔術に使用できるのは間違いない。どうしても魔力結晶が確保できなければ、最悪この槍を使って魔術を唱える他はない。だが、先端の魔力結晶そのもので出来た穂先は、取り外しができない構造だ。魔術に使って劣化してしまうと、武器としても使えなくなる恐れがある。

 

 どういう原理か今の所判然としないが、この槍は非常に攻撃力が高い、現時点でのメインウェポンだ。これを失えば、今度こそヌルスに打つ手はない。それを考えると、ものはためしで実験する、という気にもなれなかった。

 

 そもそも、この槍が杖として使った場合、どのぐらいの性能になるのか分からない。触手で保持して魔術を使えばアルテイシアの肉体そのものへのフィードバックは避けられるだろうが、そもそも出自が不明の謎の杖だ。万が一、という事を考えるとやはり、その方向は使わずに終わった方がいいだろう。

 

「……まあ、逆に考えるのも手、ではある」

 

 紫の魔力結晶は手に入らない。が、それはつまり、他の魔力結晶ならいくらでも手に入るという事だ。歪みの魔術は確かに強力だが、こと威力だけの話なら通常魔術を連打する事である程度補えなくもない。

 

 本当に万全を期するのなら、7層に戻って魔力結晶を稼ぐのもありなのだが……それは、避けたい。

 

「…………」

 

 そういえば、7層に戻ったのは知り合いに危険を伝えるつもりだった。結果的に話さずに戻ってきてしまった訳で、アトラス達は恐らく、ヌルスを追って7層のボスに挑んだことだろう。

 

 いくらアトラス達が強くても、あの巨大地竜を倒せるとは思えない。

 

 ほぼ確実に、皆、命を落としただろう。

 

「……いや。今はその事を考えるな」

 

 首を振って、考えを切り替える。そもそも、ボスに挑んだのは彼らの選択だ。他人の決意と覚悟にまで、首をつっこんでいいと思えるほど、ヌルスは己惚れてはいない。

 

 これもまた逆に考えるべきだ。7層をあの恐るべき魔物が塞いでいる限り、そうそう冒険者が8層に辿り着く事はない。時間的猶予はまだ少しある。

 

 とはいえ、のんびりも出来ない。人間の力というのを、ヌルスは甘く見るつもりは毛頭なかった。

 

「先を急ごう」

 

 魔物が完全に歩き去ったのを見て、ヌルスは身を低くして道の先を急いだ。

 

 

 

 

 結晶回廊を時折休憩をはさみながら進むヌルス。

 

 道中で目にする魔物も様々だ。

 

 最初にみた魔力結晶そのものが動き回っているもの、それを砕いて食べる蜥蜴型魔物の他にも、結晶を削り出した彫刻のような山羊の魔物、複数の結晶が連なって蚯蚓のように這いまわっているもの、姿かたちは様々だ。

 

 それらを避けつつ回廊を進むと、やがて回廊は螺旋階段のように、地下へと向かって下り始めた。真っ暗な闇の中、渦を巻くようにして長い長い回廊が続いている。よくみると渦の中心といえる空間を、大量の魔力が下へ向かって収束している。その様は、さながら光の柱のようだった。

 

「いや、違うな。この魔力の流れに沿うようにして、この回廊が形成されたのか……? となると、この階層の意味は……」

 

 幻想的な光景を前に考察を深めるヌルスだが、その視線が前を向く。

 

 少し先、回廊の真ん中を魔物が道を塞ぐように占有している。周囲に隠れる所はなく、魔物はじっとしていて動く様子はない。

 

 どうやら、考え事をしていられるのもここまでのようだ。

 

「まあ、そう上手くはいかないか」

 

 黒槍を構え、ヌルスは魔物へと歩み寄る。ヌルスの接近を感知してか、のっそりと魔物が動き始めた。

 

 一見すると、巨大な結晶の岩塊といった姿。だが戦闘態勢に入ると同時に、岩塊の下部からぬるりと複数の触手が生えて蠢いた。見た目は無機物だが、それはあくまで殻であるらしく、どうやら軟体系の魔物が本性のようだ。

 

 その艶めかしく蠢く、粘液に覆われた触手に思わず目を奪われるヌルス。彼女の目には、そのぬめっとした触手が何やらキラキラと光り輝いて見えた。

 

 艶よし、太さよし、長さ……よし。同じ触手型魔物として嫉妬しかねない高品質の触手に、む、と不愉快そうに顔がしかめられる。

 

「……いやいやいや。何を考えているんだ私」

 

 本能的に自分と比較して対抗心を抱いたところで、首を振って意識を切り替える。

 

 一方、魔物の方は完全にヌルスを敵と見定めたようだ。触手をワキワキさせながら、少しずつじりじりと動いて間合いを測っているような動き。

 

 一瞬の間を置いて、しゅるん、と触手がヌルス目掛けて伸ばされた。あの太さ、絡めとられたらアルテイシアの華奢な体をへし折るのに1秒と要らない。

 

「ふんっ!」

 

 その触手を、黒槍の一撃が切り払う。一閃した黒の斬撃が、数本纏めて触手を切り飛ばした。

 

「この体は借り物なのでな、お前になんぞ触れさせはしない」

 

『ギシュシュ』

 

 ヌルスの挑発に応えた訳ではないだろうが、魔物が触手を再生しながら奇声を上げる。魔物は触手で地面にしっかりしがみつくと、そのままよっこらせ、と魔力結晶の殻を持ち上げた。そしてそのまま、鉄球のようにそれを叩きつけてくる。

 

「むっ!」

 

 咄嗟に横に回避するヌルスだが、相手は素早く体を持ち上げて再度叩きつけてくる。見た所、体を支えている触手さえ切ってしまえば無効化できそうだが、ヌルスが回り込むより相手が本体を振り回すほうが早い。何度かチャレンジしてみて、厳しそうだと思ったヌルスはバックステップで大きく背後へと下がった。

 

 射程範囲に相手が逃げたとみて、魔物が身を元に戻す。そして、触手を蠢かせながらヌルスとの距離を詰めようとする。

 

 移動速度自体は遅い。このまま下がっていれば安全距離は維持できるが、それでは埒が明かない。

 

「思ったよりめんどくさい相手だな。強行突破するか?」

 

 ちらり、と槍の穂先に目を向ける。それならば、あの硬い魔力結晶の殻も容易く貫くだろうが……万が一、それで仕留めきれなかったら唯一の武器を失う恐れがある。

 

 何かあの硬い殻を砕く良い方法はないだろうか。

 

 思い返されるのは、上の方にいた蜥蜴型魔物だ。結晶の小型魔物を容易く噛み砕くあの牙なら、目の前の殻付き触手も簡単に粉砕するだろうが、前提として魔物は同士討ちをしない。連れてきても敵が増えるだけだろう。

 

「……いや、待てよ。いい事を思いついた」

 

 ヌルスは踵を返して、その場を後にした。どんどん魔物から距離を取り、螺旋回廊を昇っていく。やがて、十分な距離が開くと、魔物は戦闘態勢を解除した。

 

 

 

 ソレは、遠ざかっていく敵性反応が自分の活動範囲外に出たのを確認すると、触手をひっこめて再び休眠状態に入った。

 

 この階層では、呼吸をするだけでもただ生きていける。他の魔物は互いに食ったり喰われたりしているようだが、少なくともソレはその場に潜み、時折近づいてくる他の魔物を捕食するだけで事足りていた。

 

 早い話が、この魔物は知性が低かった。故に、欲求に従った自律的な活動に乏しい。故に、今しがた接触した不可解な、魔物でも冒険者でもない相手への疑問を抱く事はなく、またその存在が活動範囲外に出た時点で、記憶からも半ば忘却していた。

 

 と。そこで、床を伝わってくる騒々しい振動と主に、先ほど逃げた反応が再び接近してくるのをソレは認識した。目が無い故に超感覚で外界を認識しているソレは、相手を早々見間違える事はない。

 

 だが。

 

「はははははは!」

 

 何故。何故あの敵性反応は、背後に魔物を引き連れているのだ? ソレは困惑した。

 

 

 

 

 

「はははははは!」

 

 笑いながら走るヌルス。勿論本当に楽しい訳ではない、背後に迫る存在の危機に生存本能が刺激されすぎてテンションがおかしくなっているだけである。

 

 そんな彼を追い回すのは蜥蜴型魔物。それは硬い魔力結晶も簡単に噛み砕く回転式の牙を唸らせながら、ヌルスの後ろをひたすら追いかけている。まだヌルスが齧られてないのは、彼女の背中から伸びた触手が蜥蜴魔物の目に張り付いて視界を塞いでいるからだ。

 

 下り坂を全力で爆走するヌルスは、再び見えてきた殻付き触手を目にすると、さらに加速した。それを追って、蜥蜴型魔物も速度を上げる。

 

 そのまま、激突せんばかりに距離を縮める。

 

 冒険者を前にする限り、魔物は同士討ちしない。それはヌルスもよく知っている事だ。が、それはすなわち、互いに攻撃しない、という意味ではないのだ。特に、目の前が視えていない場合とか。

 

 元々目を持たない魔物であり、そしてランクアップによって視界を後天的に得たヌルスは、目を持たない魔物、もともと持っている魔物、その感覚の違いをよく把握していた。

 

 殻付き触手は現状を理解しているが、背後の目を塞がれた蜥蜴魔物は果たしてどうか。

 

 触手をワキワキさせる殻付き触手まであと10mほど、という所まで迫った所で、ヌルスはひょい、とバク中して背後の蜥蜴魔物の頭へと飛び乗った。目は勿論塞いだままだ。

 

「フシュルルル!?」

 

「ガゴアアアア!!」

 

 え、ちょっと待って、という風に触手が広げられるが、蜥蜴魔物は止まらない。

 

 そのまま、回転する牙が殻付き触手と正面衝突する。

 

 視界を塞がれていても、何かが自分の口に入ってきたのは分かったのだろう。本能的に蜥蜴魔物はそれを粉砕し始め、殻付き触手が悲鳴を上げる。

 

 それを聞いて、はっとしたように蜥蜴魔物が牙を止めるが、もう遅い。その強靭な牙によって、殻付き触手の頑丈な殻の大半は、すっかり砕かれてしまっていた。その内部に、青白い血を流す内臓が垣間見える。

 

「はい、お疲れ様」

 

 それを確認して、ヌルスはさっくりと蜥蜴魔物の頭を槍で串刺しにした。頭部を損壊して絶命した蜥蜴型魔物が灰に還る。続けて、何かする前に触手の中身を炎の矢で焼き尽くした。普段頑丈な殻に覆われている分中身は脆いようで、ほんの一撃でそちらも灰へと還った。

 

 じゃららら、と蜥蜴魔物の魔力結晶の鱗が転がる横で、ヌルスはフンス、と満足そうに鼻を鳴らした。

 

「ふっ、頭脳プレイの勝利という奴だな」

 

 歪みの魔術によりごり押しが嫌いな訳ではないが、こう、環境とかをうまく利用して勝てるととても賢くなった気分になる。

 

 一しきり満足感を味わってから、ヌルスは回廊の端により、下を覗き込んだ。

 

 ここから二回転ほどした先で、回廊は終わりを迎えている。その先には、これ見よがしに用意された広い足場と、その中央に巨大な魔力結晶の塊がある。さらに言えば、螺旋回廊の中央を貫く魔力の柱も、その横で何やら魔法陣のようなものへ吸い込まれて消えていた。

 

 どうやら、それが終点らしい。

 

 道の道中にもう魔物らしき存在がいない事をよく確認してから、ヌルスは手持ちの魔力結晶の確認を行う。

 

 十分ではないが、不足している訳ではない。通常魔術を中心に立ち回れば、なんとか。

 

「……8階層の終わりか」

 

 7層で戦った地竜を思い出し、ごくりと息を飲むヌルス。

 

 果たして、どんなフロアガーディアンが、待ち受けているのだろうか。

 

「相手が何でも関係ない。……戦って、勝つだけだ」

 

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