望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
主人公:ヌルス
詳細:巣窟迷宮エトヴァゼル2層で誕生した、触手型魔物の知性獲得型。
魔物としての本能が薄かったため、本能的に冒険者を排除するよりも自分自身の存在意義を手に入れるため、冒険者をうまく利用して生き延び、迷宮の外へ脱出する事を画策する。
その為の手段として魔術を収め、魔術師のアルテイシアと仲良くなるが、気が付けば彼女の事はヌルスの中でとても大きな存在になっていた。
マンティコアの襲撃によって致命傷を負ったアルテイシアの命を救うべく、ヌルスは自らの存在と引き換えに彼女と融合した、はずだった……。
〇チーム:ハーベストの面々
騎士:アトラス・D・ヴァーシス
詳細:金髪碧眼の青年。穏やかで可能な限り理想を貫くが、シビアな現実的視点も併せ持つ。手にする剣は実家の宝剣だが、普段は果物を潰してしまうぐらいの微妙な切れ味。
好きな物はドライフルーツ。
剣士:クリーグ・ベイン
詳細:赤髪青目のソードマン。蛮刀や両手剣といった荒っぽい武器を好む。ニヒルで荒くれだが、実際はあえてそうふるまっているだけであり、本質は冷静。
好きな物は酒と見せかけて甘味。
盗賊:シオン・ベトナイン
詳細:緑色のショートヘア、紫の瞳のシーフの少女。口数が少なく端的で、クーデレっぽく見えるが、実際はアトラスの手前、照れているだけである。
好きなものはドライフルーツ。
僧侶:アトソン・ハンキンス
詳細:灰色の髪、灰色の目。おだやかな性格の壮年のクレリック。シオンの育った孤児院の後見人でもある。
〇チーム:魔術学院の面々
リーダー:アルテイシア・ストラ・ヴェーゼ
詳細:金色の長い三つ編みの青い目の少女。普段はメガネをかけている。自称かつ他称、学院始まって以来の天才。
ヌルスと心を通わせるが、マンティコアの襲撃で致命傷を負う。
得意魔術は光素系。ただし切り札として金属魔術を隠し持つ。
メンバー:エルリック・ゴドノフ
詳細:黒髪赤目の少年。熱血に見えて一行の中ではストッパー役。
得意魔術は炎系。
マンティコアの襲撃で死亡。
メンバー:エミーリア・ストラチカ
詳細:茶色のウェーブヘア、青い目の少女。まとめ役にみえて暴走特急。
得意魔術は風系。
マンティコアの襲撃で死亡。
メンバー:ロション・ベヴトニカ
詳細:濃緑の髪、黄色の瞳。クールに見えて無関心なだけ。ただアルテイシア達と交流をもってから大分変わったらしい。
得意魔術は水系。
マンティコアの襲撃で重傷を負う。
間に合った。
アトラスは手の痺れを覚えながらも、銀色の魔女が無事であった事に安堵した。
焦りの余り飛び降りて切りつけるなどという無謀をした甲斐があるというものだ。
血は流しているし、酷く傷ついているが、まだ命に別状はないらしい。怖気が走るほど整った顔をきょとんと惚けさせて、こちらを見つめてくる彼女に思わず笑みがこぼれる。
全く、自分は本当にどうかしていたらしい。こんな彼女を、一時とはいえ敵と誤認するなど。
「……あとらす?」
「ああ、よかった。私の事は分かるみたいだね。体は大丈夫?」
「あ、うん……だいじょぶ」
幼い口調でこくこくと頷く魔女。
「って! そうじゃない、何で、何でここに……!?」
「君を助けに来たからだ」
一瞬の迷いも挟まず、アトラスは言い切った。強い口調で断言されて、戸惑うように銀の魔女の目が揺れる。
その反応を見て、アトラスは痛ましささえ覚えた。
なんて純粋さ。なんて無垢。
彼女は、あれだけ人を助けてきておきながら、自分が助けられるなど、想像もした事がないらしい。
「なんで……」
「さっきは済まなかった」
魔女に言葉を挟む暇をあたえず、アトラスは頭を提げた。深く深く頭を提げて、無防備に首筋を晒す。見えなくても、魔女がおろおろと動揺しているのが感じ取れる。
「え? え??」
「ロション君に話を聞いた」
「……そう」
ガリ、と硬い何かが結晶の床をひっかく音がした。顔を上げると、彼女は冷たい表情で、槍を棒にして立ち上がろうとしている所だった。その足は生まれたてのカモシカのように震えていて、全く本調子ではない事が窺われる。
「ならば、わかっているはず。私は化け物、アルテイシアの体を乗っ取った魔物に過ぎない。なんて愚かな事を。この戦場は、生きて帰れぬ不退転の魔の牢獄。どうやってここまでたどり着いたかは計り知れないが、命を無駄にしたな」
厳めしく告げる彼女に、思わずアトラスは噴出した。
似合わない、似合わなさすぎる。
本人は精いっぱい威厳を込めているつもりなのだろうが、中身を知っていると無理しているようにしか見えない。いや、中身は見た事ないのだが、人格という意味でだ。
魔女が眦を釣り上げた。
「なんで噴き出す。というか、私の正体を知っているならなんでここに……」
「だって君、ヌルスさんなんだろ? だったら理由はそれで十分だ。借りの一つや二つ、いい加減返させてくれよ」
「えっ」
そう。確かに、アトラスはロションに話を聞いた。そして、だいたいの事は理解したつもりだ。
迷宮を徘徊する人助けの怪人物、ヌルスの正体が触手型魔物であった事。おそらくは知性獲得型。
それがアルテイシアと仲良くしてて、魔術学院の陰謀で死にかけたアルテイシアを助けようとした結果、何故か融合した。
そして彼女は、アルテイシアの意識を取り戻すために尽力し、その方法を求めて迷宮の奥深くに潜っている事。
全部全部、アトラスは把握している。若干、彼の予想も混じってはいるが、概ね間違いは無いはずだ。
だって。
ヌルスは、“人助けの魔術師”なのだから。
「それより、そろそろ敵も復活してくる。覚悟はいいか?」
「い、いや、覚悟と言われても……いやまってくれ、理解しているのか!? ここからは戻れないし、相手は異常な化け物だぞ!? 勝ち目なんか薄いのに、なんで……! 他の連中はどうした?!」
あまり語らっている時間は無い。翼を切り落とされて墜落した合成獣が、衝撃からようやく立ち直るのが見えた。唸り声を上げて身を起こすその瞳には寒気がするほどの怒気が込められている。
恐れはない。飛び込むときに、その覚悟はすでに済ませた。
「大丈夫、皆も来てる」
「は?」
惚けたようなヌルスの返事に重ねるように、合成獣が雄叫びを上げた。
獣は残された翼を邪魔だと言わんばかりに引き千切って投げ捨てると、四肢をメリメリと肥大化させた。そして、結晶の床を蹴り、猛然とこちらにむけて突進してくる……その瞬間、その背中に向けて落下する人影があった。
「上が! お留守だぜ!!」
「グガァッ!?」
アトラスと同じように飛び降りてきた剣士が、蛮刀による一撃を合成獣の背中に叩きこんだ。結晶が血のように飛び散り、今まさに駆けだそうとしていた合成獣が前へつんのめるように倒れる。
「やっべ、腕いった! よくこんなのやって平然としてんな、アトラスの奴! いててててて」
「クリーグ!?」
赤い髪の剣士を見て、ヌルスが困惑した声を上げる。
さらに背後で、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら降りてくる声。見上げると、少女を肩車する壮年の男が、ぼんやりとした光に包まれて降りてきているのが見えた。
「ぎゃー、高い! 高いぃぃ!!」
「ちょ、シオンさん、暴れないでください、大丈夫ですから……っ」
「シオン!? アトソン!? お前達まで!?」
ヌルスが声を上げる一方で、アトラスはよし、と頷く。これで全員が揃った。ここからが本番だ。
「な、なんでだっ、どうしてお前たちが……っ」
「ヌルスさんっ!」
困惑に声を上げるヌルスに、地に降り立ったシオンが飛びつくように駆け寄る。彼女は膝をつくヌルスの様子を見て、痛ましげに眉をしかめた。
「ひっどい怪我、顔なんて血塗れじゃないっ。ほら、これで血を拭いて……」
「あ、いや。え? あ、ありがとう……?」
ヌルスの顔を覆う流血を、布で拭ってやるシオン。為されるがままにされていたヌルスは、しかし「そうじゃない」とすぐに我に返った。
「シオンまで、なんで!? どうして、こんな無茶を!?」
「無茶してるのはヌルスさんでしょっ!?」
「え、いや……その?」
糾弾に返ってきたのは逆切れだった。相手が怪我人でなかったら掴みかかってきそうな剣幕のシオンに、ヌルスが言葉を失って身を引いた。
その様子を微笑ましく見守りつつも、アトラスは気持ちを切り替えて合成獣へと向き直った。
「ヌルスさん、言いたい事も分かるが今はあのボスの相手が先決だ。細かい事情はまた後で」
「そーだぜーっていうか、いつまで俺一人にコイツの相手させてんだよ、やべっ」
クリーグがふざけているようで真実切羽詰まった様子で合成獣の振り下ろした爪を避ける。歴戦の冒険者である彼でも、この合成獣相手には回避に徹して時間を稼ぐのが精いっぱいのようだ。だが、おかげで貴重な時間が稼げた。
わめきつつも休息はとれたようで、少しふらつきながらもヌルスが立ち上がってくる。その、思っていたよりもはるかに煽情的な衣装に、アトラスはちら、と視線を向けた後慌てて逸らした。その視線の動きを見て取ったシオンが半目になりながらも、自分が羽織っていたケープをヌルスに被せて、その艶めかしい剥きだしの肩を隠した。
「はい、ヌルスさん。ちょっとはそれで防御力上がるでしょ、いろんな意味で」
「あ、ああ……」
「をほん。ヌルスさん、それで何か切り札はあるか? こっちの切り札は切ったが、威力不足だ。一人で挑むぐらいだ、何か勝算はあっての事だろう?」
ちゃき、と手にする剣……宝剣サダラーンに目を向けるアトラス。白銀の刀身は、今はうっすらと黄金を帯びて輝いている。
サダラーンは、ヴァーシス辺境伯に代々伝わる宝剣である。運命の時に光り輝くという伝説を持つが、父も祖父も曾祖父も、一度としてそのような姿を見た事が無かったという。切れ味はそこそこ、何よりもひたすら頑丈なのが特徴で、故にアトラスも冒険者として旅立つ際に持ち出しても誰も咎めなかった。
それが今は、煌々と金色に輝き、超常的な力を発揮している。その意味は気になるが、問題はその力をもってしても、合成獣の翼を切り落とすのが精いっぱいだったという事である。恐らく、翼より分厚く太い四肢や胴体には、刃が通らないだろう。
問われたヌルスはしばし考えるように沈黙し、端的に答えた。
「……ある。方法はいくつか。だけど、一つを残して他は危険すぎて使えない」
「その方法は?」
「この槍なら。こいつなら、アイツがどれだけ硬くても貫ける。事実、奴もそれを理解して私に正面から突っ込んでくるのだけは避けている」
ちゃき、とヌルスが黒槍を振りかざす。その槍身に目を向けたアトラスは、先端の紫の刃を目の当たりにした途端、畏怖に冷や汗がつたうのを感じた。
一目でわかる。尋常なものではない。一体どこでこんなものを手に入れたのか。
興味はあるが、それは後だ。
「わかった、こちらは全力で君の一撃をサポートする。ヌルスさんも、逆にこちらを布石として使ってくれ。緻密な連携は、逆に足を引っ張るだろう。……できるかい?」
「言われずとも」
頷き返すヌルスの眼光に力強さを感じて、アトラスは意識をボスへと戻した。
そろそろ、クリーグが限界だ。
「クリーグ、時間稼ぎはもういい!」
「やっとかよ!! 人使い荒すぎんぞお前!! うわっ」
ガキィンッ、と音を立ててクリーグが吹き飛ばされる。合成獣は突き飛ばした彼に鋭い目を向けるも、一瞥するのみで意識をアトラスとヌルスへと向けた。三対六つの目が、光り輝く黄金の剣、そして深淵の紫を宿す槍に向けられる。
クリーグの相手をしていたのは、彼もまた自分に通じうる武器をもっているかもしれないと恐れたからだろう。だが、彼にその力が無いと看破し、その意識は自分を打倒しうる武器を持つ二人だけに向けられている。
それでよい、とアトラスは笑う。
過剰評価は喜ばしい事だ。これで、ヌルス一人に集中されたら手がつけられないところだった。これならやりようはある。
「……いくぞ! 皆、力を振り絞れ!!」
「ああ……っ! アルテイシアの為にも、ここで負けられない!」
呼吸を合わせて飛び出す二人。対して迎え撃つ合成獣が、甲高い雄叫びを上げた。それぞれの口が、一斉に魔力ブレスを吐きだす。
「私は右に!」
「こちらは左だ!!」
交差するように、左右へと二手に分かれる。合成獣の頭が一瞬、どちらを追うか迷ったのが感じられた。ブレス放射が中断され、合成獣が身を起こす。
それぞれ、一番近い顔がブレスを吐きかける。結晶の爆発を伴う攻撃範囲の広いブレスだが、単体でなら避けるのは難しい話ではない。アトラスはスライディングでブレスを掻い潜り、ヌルスは触手で地面を叩いてジャンプして飛び越えた。
一人ならば、ブレスの集中砲火で成すすべもなかっただろう。だが標的が分散した事で、回避する間隙が出来た。
「ヌルスさん! 奴を少し削る! 本命がばれるなよ?!」
「心得ている!」
そして左右から二人同時に切りかかる。黄金の剣と黒い槍が、それぞれ合成獣の結晶の体を傷つける。右肩、左腕にそれぞれ傷を負い、合成獣がいら立ったような声を上げた。
手足をばたつかせ、複数の首で噛みついてくるがその動きに統制が取れていない。
船頭多くして船山に上る。複数の首を一つの意識で統一しているのは大したものだが、そのせいで危険度評価が全く同じ対象が同時に存在するときの、優先度順位選択ができていない。
所詮獣だ、トリアージという考えもないのだろう、とアトラスは看破した。普通に考えれば、黒い槍に加え魔術を使うヌルスが最も脅威度が高く、それを真っ先に集中して潰すべきなのに、「自らを害する可能性のある敵」という自己保存のみを考慮した条件選択のせいで、状況に対応できていない。
そして、戦っているのはアトラスとヌルスだけではない。
確かに合成獣の命には届かないだろうが、他の三人が無力かと言われるとそんな事はない。
「おらっ、こっち見やがれっ!」
「アトラスは、いつも無茶する……っ」
「老体にはこたえますねえっ」
クリーグが蛮刀でガンガンと合成獣の太ももを叩き、シオンが機動力を生かして飛び上がりながらナイフを振るう。アトソンは、後方から祈祷による光の球を放って遠距離攻撃だ。それらは一つ一つは頑強な合成獣の体に大したダメージを与えられてはいないが、同時に複数から攻撃を受けてうっとうしそうに合成獣が尾の蛇を振るって威嚇する。が、ここまで来た冒険者はその程度ではおじけづかない。
迎撃を掻い潜って攻撃してくる冒険者一行に、明らかに合成獣が気を散らし始める。
がぁ、と竜の頭が統制を外れ、間近のクリーグに向かって牙を剝いた。結晶の牙と蛮刀がぶつかり合って火花を散らす。
ヌルスとアトラスを近づけないように連携していた頭部の監視が緩んだ。
「いまだ!」
「あぁ!」
その隙を逃さず、一気に接近する。
獅子の頭と山羊の頭がブレスで二人を迎撃しようとするが、その顔面にヌルスの放った炎の魔術が直撃した。爆発が起き、ダメージにはならないとしても出鼻をくじく。慌てて尾の蛇が迎撃に参加しようと蠢くが、その上に飛び乗ったシオンが両目に向けてナイフを突き刺した。宝玉のような眼球がひび割れ、蛇は苦悶にのたうった。振り落とされながらもシオンが叫ぶ。
「今よ!!」
「宝剣サダラーンよ! もう一度、力を……っ!」
祈りながらアトラスが剣を振り上げると、その願いに呼応したように刀身が黄金に輝く。通常よりも何倍にも伸びたように見える刀身を、アトラスは渾身の力を込めて振り下ろした。
「切り裂けぇっ!!」
まっすぐ振り下ろされた刃が、合成獣の首のうち、山羊と獅子を切り落とす。
だが、合成獣は止まらない。それどころか、切り落とされた瞬間から、メキメキと音を立てて新しい首が生えてくる。やはり見た目通りではない。
それは百も承知。あくまでこれは、本命の一撃を叩きこむ隙を作るための一撃だ。
「ヌルスさん!!」
「うわぁあああ!!」
合図に答え、ヌルスが飛び込む。
一度手の中で回転させて構えなおした槍を、飛び込む勢いのままに突き出す。紫の槍が、首から再生しようとしていた獅子の首、その口腔へと深くつきささる。混沌の力を宿した切っ先が、強固な魔力結晶で構成されているはずの肉体を、容易く奥深くへと貫く。
その奥、合成獣の体内奥深くで、切っ先が確かに何かを打ち抜いた。
ぴたり、と合成獣の動きが止まる。
突然、彫刻に戻ってしまったかのように硬直した合成獣の体が、一瞬置いて全身にひびが入り、がらがらと崩れていく。
虹色の土煙が立ち上る中、素早く離脱した一行が、慎重に合成獣の末路を見守る。
崩れ落ちた一塊の魔力結晶。それは見ている前で見る見る間に白く濁り、急速に風化して一筋の灰となって飛んで行った。
あとには、大きな一塊の魔力結晶が残されている。
数秒ほどの沈黙の後、一行が快哉を上げた。