望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
ヌルスの問いかけに、黄金の剣士は少し考えるように口を紡いだ。
しばしの沈黙がその場に訪れるが、それはどこか心地の良いものだと、ヌルスは思った。
「まず一つ、ヌルスさん。確認させてもらいたい。……貴方は、アルテイシアさんを助ける方法に、というより正確には迷宮の外に出る方法、それに目途が立っているような事を言っていた。それは本当なのか?」
「ああ」
それは違いない。ヌルスははっきりと頷いた。
「確定している訳ではないが、可能性は高い。事実から逆算した推測ではあるが」
「どういう事か聞かせてもらっても?」
「問題ない。むしろ聞いてほしい。自分では確証の高い推察だと思ってはいるが、第三者の意見が欲しい」
ヌルスは一同を見渡すと、懐から魔力結晶を取り出した。無造作に胸元に手を突っ込むヌルスに一瞬シオンがピリッ、とした空気を出したのでちょっと彼女は首を傾げるが、言葉が飛んでこないのでそのまま続ける。
彼女の手の中で輝くのは、虹色に光る高純度の魔力の塊。この8層の魔物を構成する主要物質である。
「この魔力結晶は、この8層ではそこら中で手に入るものだ。だが、これが異常な事であるのは、君達の方が深く把握しているだろうと思う」
「ああ、最初は正直、自分の目を疑ったよ。一つの階層を構築するほどの大量の魔力結晶の塊があるだなんて。君の事を追いかけていなければ、軍資金調達のために炭鉱夫に転職していたかもしれないな」
「俺は正直今からでも転職したいぜ」
クリーグが話をまぜっかえし、一同の間に笑いが流れる。
少しだけ自分も頬がゆるむのを自覚しながら、しかしヌルスは敢えて厳めしい顔を取り繕って話を続けた。
「言うまでもなく、このような状況が自然発生する事はない。迷宮は人知を超えた現象ではあるが、その方向性には一定の規則がある。迷宮が魔力による現実改変と、現実の習性力のせめぎ合いで出来ている前提を考えれば、このような環境はあり得ない。どう考えても、現実改変の方が圧倒しているからだ。そして、本来そのような状況であれば、魔力は結晶化する前に、災害を引き起こすはず。だがここはそうなってない、何故だと思う?」
「……すまない、分からない。専門家ではない、というのは言い訳だが、想像もつかない」
「簡単だ。ここには、魔力しかないからだ」
言って、ヌルスはキラキラと輝く結晶を傾けて、その虹色の輝きを一行に印象付けた。
「見てくれ。この虹色の輝き……魔物が落とす魔力結晶は、大抵の場合、何かしらの属性に偏っている。理由はハッキリとはしないが、魔物が倒された時に余剰魔力が飽和し、急激に結晶化するから、というのが私の知っている説だ。それを逆に考えるなら、この虹色の、複数の属性が混在している魔力結晶は、長い時間をかけて生成されたもの、という事になる。そしてこの極めて純度が高い結晶は、魔素が殆どない。これから考えるに、恐らくこの階層に存在する魔力結晶は、迷宮に存在する魔力を魔素と分離した上で堆積させた結果、作られたものだと思う。そして、あれだ」
ヌルスはボス戦前にも気になっていた、光の柱を指さした。
ボスを倒しても光の柱は消える事なく、どこかへと魔力を送り続けている。
「この階層全部を構築できるほどの膨大な魔力結晶、それからさらに純度の高い魔力を抽出して、あの転移結界はどこかへ魔力を送り込んでいる。普通に考えれば、恐らく最下層。そんな仕組みが、自然に出来るはずがない。明らかに意図的な、人工物だ。これらの事を考えるに、恐らく巣窟迷宮エトヴァゼルは……」
「人の手によって改造、管理されている、という事かい?」
ヌルスの結論に重ねるように、アトラスが割り込んでくる。
その様子から、ヌルスはやはりそうか、と一つの納得を得た。人間達も、やはりその事には思い至っていたらしい。
「……知っていたのか?」
「ああ。正確には、アルテイシアさんが、4層の事件をきっかけに気が付いていたらしい。その情報はギルドとも共有していて、彼女が襲われた際に、関係があるかもしれないと私達もギルドから伝えられた」
「アルテイシアが……」
流石だ、とヌルスは内心感嘆した。迷宮の中を自由に動き回っていたヌルスでも、この8層を目の当たりにするまでそんな事は思いもしなかった。その事に4層の時点で気が付いていたとは、やはり天才としか言いようがない。というか、ヌルスはヌルスで隠れ家とか研究室を目にした時点で、気が付くべきであった。
彼女がその事実をヌルスに伝えてなかったのは、彼女の心遣いだと思われる。恐らくその時点では確証があっても、だからどうした、という話であり、迷宮から出れないヌルスに伝えても不安がらせるだけ、と考えたのだろう。そういう気遣いをしてくれる少女だった。
「だが、それがどう、アルテイシアさんを助ける事と繋がるんだ」
「……ここには膨大な高純度の魔力結晶がある。じゃあ、それと対を成す魔素は、どこへいった? 一つの階層を埋め尽くすほどの、膨大な魔力。ならば同じだけの魔素が、無ければ筋が通らない」
言って、ヌルスは指で下を指し示した。それは暗い迷宮の底、という意味ではない。
9層。事実上の、巣窟迷宮エトヴァゼル最下層である。
「恐らく、9層にはここと同じように、純度の高い魔素が集積されているはずだ。魔素があつまってどうなるかはちょっと想像もつかないが、私の考えが正しければ、ここと同じように物質化、堆積した魔素で迷宮が構築されていると考えられる」
そして。恐らくはそこでも、高純度の魔素が抽出されているはず。
「よくわからない。それがどういう事なんだ?」
「つまりだな。この迷宮を支配する何者かは、この迷宮そのものをろ過装置として、超高純度の魔力と魔素を集積しているという事だ。そしてそれらが汚染災害を引き起こしていない所を見るに、恐らく物質化して蓄積している。いいか、これは私の推測だが、そこまで純度の高い、限りなく真に近い魔力と魔素は、恐らく固有の波長というモノを持たない。もし、それを手に入れる事ができれば……」
「……魔物化したアルテイシアさんの身体を、迷宮の外でも維持できる?」
茫然としたような口ぶりで、アトソンが言葉を引き継いだ。年配のクレリックというだけあって、一行の中では魔物の生態に詳しいようだ。
ヌルスは深く頷いて肯定した。
「そうだ。我々魔物が存在を維持する為には、適合した魔力と魔素が安定供給される必要がある。外にでれば、迷宮内のように空間に魔力と魔素が一定以上存在する事はないし、魔力結晶からそれらを補充しようにも適合する波長のものでなければならない。これは代謝によって自分に適した魔力波長に変換するにも時間がかかる為、間に合わなくなる……というのが私の仮説だ。また仮に適合する魔力結晶を手に入れても、使い切ったら終わりだ。どれぐらいの時間、生命維持できるのかも分からない。だが……」
「成程な。これだけの大量の魔力結晶からさらに精製した魔力なら、それこそ穢れ一つない、純粋なそれだ。最高級のウォッカでもそこまでじゃねえ。どんな魔物にも馴染むだろうよ」
クリーグがようやく納得がいった、といったように頷く。彼の例えはヌルスにはよくわからなかったが、まあ話が通じているようなので良しとした。
「そうだ。実際にどんなものか、試してみないと何とも言えないが、しかし可能性としては大きいと思う。というか、そうでもなければ、迷宮を一つまるまる改造してまで作り出すものではない。逆説的に、それだけの価値があるもののはず。超高純度の指向性を持たない魔力と魔素の集積体……魔術師であれば、夢に見るような代物だ」
それが何に使えるのかといえば、何だって出来る、というのが答えだ。始原の魔力、歪みの魔力とは違う意味で、属性を持たない無垢の魔力の結晶体。魔術を語る上で想定すら許されない、あまりに都合がよい物質だ。
これがあれば、およそ魔力に纏わる事柄で出来ない事などないだろう。魔物が迷宮の外でも生きていけるなんて序の口で、自分の思ったような迷宮を構築する事や、あらゆる属性の魔術を使いこなす事だって出来る。アルテイシアでさえ、魔力増幅の儀式呪文を挟まなければ発動できなかった金属魔術すら、息をするように連射できるだろう。
門外漢であるアトラス達にも、その価値は理解できた。
「まるで御伽噺に聞く、賢者の石だな。なるほど、見えてきた。確かに、ヌルスさん、貴方の考えている希望というのは、決して確証が無い訳ではないようだ」
ヌルスの言う可能性に合点がいったのか、アトラスは深く頷く。それを見て、ヌルスは内心、かなりほっとした。
正直言うと、自分でもこの考えが妥当なものなのか、不安な点はあったのだ。アルテイシアを救いたい余りに妄想と思想の区別が付かなくなっているのでは、という不安は、ずっと付きまとっていた。
それを他人の、どちらかというと門外漢の人間にも説明する過程で思考を整理できたし、相手にも納得を得られた。推察としては、おかしくはないという事だ。
「……とまあ、そういう訳だが。どうだろうか、アトラス」
「いや。そこまで具体的な目標であるならば、協力するのも吝かではない。いや、協力させてくれ、ヌルスさん」
「いいのか?」
複数の意味合いを含んだヌルスの問いかけに、アトラスは少し、苦笑しながらも頷いた。
「ここまで来たらこちらの事情も説明しておくよ。そもそも私が冒険者をやっているのは、当然迷宮を攻略するため。だが、それは手段でしかないんだ。私が故郷に凱旋する為に選んだ偉業が、迷宮攻略、というだけだった話なんだ。クリーグの奴はその付き添い、護衛みたいなものさ。シオンとアトソンさんは、現地協力者、というか」
「ほほう」
初めて聞いたアトラスの事情に、ヌルスは興味深々で頷いた。考えてみれば、冒険者は迷宮を攻略する者、というのは魔物としての前提知識で知っていたが、魔力・魔素災害を防ぐというのは人間の種族単位での目標だ。
今のヌルスは、人間にも色々事情があるという事を理解できている。誰もかれもが、人間全体の為に命を捨てられる訳ではないし、それぞれに事情があるという事は理解できる。
「しかし、迷宮攻略が故郷への凱旋条件か。人間というのは、随分と過酷な試練を乗り越えて生きているのだな。アルテイシアも学院卒業条件として迷宮攻略を出されたと聞いたぞ」
「いやそれ単なる嫌がらせだから、迷宮攻略とか普通に考えて伝説に残る偉業だかんな? こいつの家がおかしいだけだから、基準にすんなよ?」
「えっ。そうなのか」
呆れたようなクリーグの補足に、きょとんとするヌルス。本当か? とシオンに目を向けると、彼女は顔を青くして首をぶんぶんと振った。どっちの意味だ?
「ク、クリーグの言う通りよっ! 学校卒業とか、実家継ぐのに迷宮攻略が必須とか、人間の人口いまの十分の一ぐらいになっちゃうわよ!? っていうか、そういう事情だったの!? 私てっきり……、い、いや、なんでもないっ」
「? まあいい。いやしかし、そうなるとアトラスも実家との折り合いが悪いのか? 死んで来いという事ではないか」
「ははは……いやまあ、そういう訳ではないんだが。ちょっと厳しい家訓ではあるのは、事実かな」
苦笑いを浮かべるアトラス。どうやら本当にアルテイシアとは事情が異なるらしいが、それにしても大変な話である。
「しかしそれならば、猶更の事、私を手伝ってていいのか?」
「問題はないよ。別に急ぐ話でもない。どっちにしろ最下層を目指すのは一緒だし、私が欲しいのは迷宮攻略の栄誉。ヌルスさんが必要なのは、魔術師が集積した高密度の魔力と魔素。競合する訳でもないし、なんなら目的のものが無くても、こちらで最下層を抑えておいて、ヌルスさんが必要な物を自分で用意するのを待ってもいい。……アルテイシアは、私達にとっても大切な友人だ。その彼女を助ける方法があるというなら、協力させてほしい。大体、仮に迷宮攻略して実家に戻ったとして、友人を見捨てて得た後継など、何の価値もない」
そう告げるアトラスの言葉には僅かな陰りもなく、彼が本当に心の底からそう思っている事が見て取れた。
なんだ。話せば、普通に上手くいったじゃないか。思いつめるあまりに、槍を向けた自分の判断を思い返して、ヌルスはちょっと恥ずかしくなった。
だが、問題はそこだけではない。
「……本当にその意味がわかっているのか? いっただろう、この迷宮は人の手が入っている、と。それはすなわち、今言ったような魔力と魔素の超高密度集積体があったとしても、それを作り出した魔術師か何かが居るはずだ。私は、その者からお宝を強奪しようと、そう言っているのだぞ?」
「その問題は既に解決しているよ。ギルドからは、本件に携わったと考えられる魔術師を発見し次第、捕縛してギルドにひったてろと勅命を受けている。迷宮の私物化、あまつさえこのような改造を施して何かを精製するなど、考えるまでもない重大な犯罪行為だ。その過程で、ちょっとしたお目こぼしぐらいは、現場の裁量というものさ」
にこり、とウィンクをして見せるアトラス。その背後では、クリーグだけでなくアトソンやシオンまで苦笑いを浮かべている。言うまでもないが、超高密度の魔力結晶体の横領は、現場の裁量で済まされる範囲ではないというのはヌルスにも分かる。
つられてヌルスもちょっと苦笑い。品行方正で善良なばかりの人間かと思っていたアトラスだが、割とずるい所もあるらしい。
「……ありがとう、アトラス」
「どういたしまして。でも、まだ気が早いよ」
アトラスは振り返り、9層へとつながる転移陣へと目を向けた。
「この迷宮の、事実上の最下層。最難関である、9層がまだ残っているのだからね」
「……ああ」
アトラスの言う通りである。まだエトヴァゼルの最深部、9層が残っている。しかも、その階層は8層と同じように、魔素が大量に集積されている可能性が高い。それが、いかなる環境であるのかは、魔物であるヌルスを以てしても想像がつかない。
ただ、一つ、類推できる情報はある。
かつて迷宮を放置した結果、魔素災害を引き起こしたという霧に包まれた大陸。その霧の中では、悪魔型の魔物が出現するのだという。この魔物達が、汚染災害の原因となった魔素によって生み出されたというなら、9層は同じく、悪魔型の魔物が徘徊する魔境となっている可能性が高い。
「……悪魔の巣窟(パンデモニウム)か」
頭に浮かんだ言葉をぼそりと呟き、ヌルスは槍を握る指に力を込めた。