望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百三十九話 ぬるすちゃんいっさい(未満)

 

 

 アトラスの協力を得る事が出来たヌルス。

 

 8層フロアガーディアンという強敵を撃破した直後だが、彼らは一度上に帰還する事無く、このまま9層の攻略に協力してくれる事になった。

 

 ヌルスを追って9層を駆け足で抜けてきたから消耗は殆どない、との話に、ヌルスは軽く首を傾げた。

 

「いや、私と違って君達は迷宮の配置とか構造を見透かせるわけではないだろう? 道中での魔物との戦闘とかはどうした?」

 

「一度かち合って硬くて面倒なのは理解したからね、基本スルーした。それに目的地は、下の方で大爆発とか起きてたからすっごい分かりやすかったし……」

 

「凄かった。吹き抜け構造の階層なのもあって、戦闘が始まったのがすぐに分かるレベル」

 

 そういう事らしい。それでああもアトラス達が急ぎ足でボス戦に乱入してきたのだな、とヌルスは納得はしたものの、ちょっと面白くなかった。ヌルスだって、楽勝でフロアガーディアンの下までたどり着いたわけではないのだが。

 

 あと、さっきからずっとシオンが頭を撫でてくるのが気になる。いや、不快ではないのだが。

 

「をほん。とりあえず、じゃあ9層は臨時パーティーを構成する、という事で。私はどのポジションにつけばいい?」

 

「そうだな。ヌルスさんは、中央部分で全体の指揮を執ってくれ。必要に応じて、魔術による支援と近接戦闘の補助を頼む」

 

「いや、それはリーダーである君の仕事だろう。新参者の私がでしゃばっては……」

 

 アトラス達、というか、人間の特徴は個々の能力が低くても連携で補えるところだ。アトラス達の連携に、ヌルスが混じってそれを乱してしまっては元も子もない。

 

 が、アトラス達の意見は違うようだった。

 

「ヌルスさんなら大丈夫でしょ」

 

「ああ。さっきのボス戦も、俺達に息を合わせてばっちりだったしな」

 

「私としても異論はありませんね。ヌルスさんは、ご自身で思っているより気が回る方ですよ」

 

 シオンやクリーグ、アトソンにまでそう言われて、ヌルスはなんだか気恥ずかしさに口をもごごご、とさせる。

 

「い、いや、しかしだな」

 

「自覚がないみたいだけど、ヌルスさん、君、かなり連携上手だからね? あっちこっちで冒険者助けまくった経験が生きてるのかな」

 

「そりゃあ、瓦解しかけのパーティーに強制介入して、犠牲者一度も出さずにオールレスキュー成功してる訳だしなあ」

 

 アトラスだけでなく、明らかにベテラン冒険者のクリーグにまでそう言われて、ヌルスは顔が赤くなるのを感じた。こう、露骨に褒められるのは慣れていない。

 

 気が付くとシオンがまた頭を撫でてきた。

 

「よかったね、ヌルス。凄いってさ」

 

「シオン……。もしかして君、私の事を子供だと思ってないか? 確かに私は誕生してから活動日数は数か月だが、魔物は生まれながらに完成していて、子供とか大人とかそういう区別はだな……」

 

 頭をなでりなでりしてくる手を押しのけつつそう告げると、ハーベストの面々は揃ってぎょっとしたように目を見開いた。

 

 歓談の場が凍り付く。

 

 しばしの沈黙の後、恐る恐る口を開いたのはアトラスだ。

 

「……ま、待ってくれ。数か月? ヌルスさん、君、うまれてまだ数か月なのか……?」

 

「な、なんだ、悪いか!? そりゃあ経験は不足しているかもしれないけど、人間みたいに成熟まで十年以上かかるほうがおかしいんだ! だ、だいたい、見た目はともかく中身は魔物だぞ! 関係ないっ」

 

「い、いや、そういう訳じゃ……落ち着いた言動だから、てっきりもう何年も迷宮で活動していたものと……いやでも、人助け魔術師の話を聞いたの最近の話だから、辻褄は合う……?」

 

 ちょ、ちょっと集合、とハーベストの面々が小さく集まって何やらひそひそ話を始める。なんだぁ、とヌルスは顔をしかめるが、あくまで身内話らしいので大人しく輪の外で待つことにする。

 

 耳を澄ませると、何やら「……るほど。さっきのギャン泣き……得……」「でもそれって……シアが母親みたいなもので……まり……」「親を喪…って、必死に……てる子供……?」「そ……御労しい……があるのですか……?」と、何やらぼそぼそ話し合っているのが聞こえる。

 

 ややあって結論が出たらしく、四人は内緒話を切り上げてヌルスへと向き返る。

 

 その視線は、何やら使命感と責任感に満ちていて、ヌルスは思わず一歩後退った。

 

 アトラスはそんな彼女に詰め寄ると、熱意を隠そうともせずその手を取り、硬く両手で握りしめた。

 

「ヌルスさん、あらためて、協力させてもらう。いや、協力させてくれ。必ず、アルテイシアさんと君を、安全に外に出して見せる!」

 

「ぉ、おう……?」

 

 困惑しつつも頷き返すヌルス。

 

 何やら、先ほどまでとは方向性の違う熱意を感じる。いや、協力してくれるのならそれはやぶさかではないのだが。

 

「必ず、最下層に辿り着こうね」

 

「微力ながら、お手伝いさせて頂きます」

 

「お前さんとアルテイシアを、必ずまた引き合わせてやるからな! 大船にのったつもりで頼りにしてくれ!」

 

 仲間達、特に普段は何事もダルそうに振舞うクリーグでさえもこの調子である。ヌルスが生後数か月であるというのが、何やら彼らに大きな影響を与えたようだが、何がどうしてこうなるのかさっぱり彼女には理解不能だ。

 

「あ、ありがとう……?」

 

 人間の琴線はよくわからない、とヌルスは終始、困惑しきりで頷き返していた。

 

◆◆

 

 さて、一行が団結を強めた所で、いよいよ9層へ進む事になった。

 

 軽く連携を確かめて、アトラス達の提案通り、ヌルスを中心としたフォーメーションを組む。

 

 今の彼女は、いうなれば攻撃に特化したスタイルだ。黒槍と触手翼によって、近距離・遠距離でも安定した殲滅能力を持ち、魔眼と魔物由来の魔力感知能力に、風魔術を用いた簡易な飛翔能力まで持ち合わせている。が、一方で肉体的には脆弱なアルテイシアのそれをそのまま引き継いでいる。範囲攻撃に非常に弱い、という欠点は合成獣との闘いでも顕著だった。

 

 なので、前衛はアトラスとクリーグが務めて壁となり、ヌルスは状況に応じて機動力を生かし、敵陣への強襲を行う事になる。彼の後ろにはサポーターであるアトソンが入り、シーフでありシオンはバックアタックや奇襲への対抗札として最後方に配置される。

 

 言うまでもなく、殿は非常に重要な役目だ。それを任されているあたり、短い間にもシオンの成長はめまぐるしいようだ、とヌルスは内心我が事のように喜ばしく思う。

 

「…………(かいぐりかいぐり)」

 

「……シオン。髪が乱れるから、その」

 

 まあ。ヌルスより後ろのポジションをいいことに、何故かずっと頭をなでなでしてくるのは、ちょっと辟易しているのだが。

 

「よし、じゃあ9層に向かうぞ」

 

「オッケー、さてさて、蛇が出るか鬼が出るか」

 

 アトラスが一行を代表して前にでて、クリーグがその隣で軽口をたたく。それを耳にしたヌルスが、小さく首を傾げた。

 

「? それなら既に倒して……ああそうか、お前達は蛇とはあってなかったか」

 

「地竜は蛇とは違うと思う……」

 

 そんなしまらないやり取りの直後に、転移の光が五人を包み込む。

 

 一瞬の後に、皆は9層へと転移していた。

 

 途端、全員が顔色を変えて臨戦態勢を取った。否、取らされた。

 

「な、なんだここは……!?」

 

 一行を代表してアトラスが困惑を口にするが、ヌルスも全く同じ意見だった。

 

 転移陣のすぐ前、基本的にあらゆる階層で安全地帯と言われる場所。見た所、薄暗く見通しが悪いが完全な暗闇ではない、といった所で、それそのものは特筆するような点ではない。壁や床を構成する、どこか有機物のような雰囲気をもった奇妙な物質も、7層を見た後ではそう異常に見えるものでもない。

 

 だが。

 

 そんな視覚情報よりも明確に、この階層に立ち込める気配が、空気が、冒険者達に否応なく警戒を呼び覚ましていた。

 

 鼻をつく、怖気の走るような匂い。肌にビリビリとさす、不快な気配。まるで自分が、戦場か屠殺場に立っているかのような緊迫感に包みこまれ、第六感が警鐘をがなり立てる。

 

 ごく、とヌルスも息を飲んだ。

 

 この震えがはしるような感覚が、果たして魔物であるヌルスのものなのか、人間の肉体であるアルテイシアのものなのか、区別がつかない。

 

 人間と魔物、その両方にとって、ここは間違いなく危険な空間だった。

 

「…………っ」

 

「シオン。大丈夫か?」

 

「だ、だっ、だいじょ……っ」

 

 傍らで顔を青くしているシオンに声をかけるが、帰ってくるのは呂律が回ってない呟きだけ。ヌルスはそっと彼女の腰を引き寄せ、衣服越しに互いの躰をくっつけあった。

 

「落ち着いて。深呼吸……はこの空気だと不味いか。小さく息を吸いながら、私の体温を感じるんだ。大丈夫、落ち着いて。ここはまだ安全地帯だ」

 

「う、うん。ありがと……」

 

 優しく言い聞かせていると、シオンも落ち着いてきたらしい。もう大丈夫と見て取って体を離すと、何やらメンバーの男性陣がそろって意外なものをみた、という視線を向けている事に気が付き、ヌルスは露骨にむくれた。

 

「なんだ、不愉快な視線を向けてきて」

 

「あ、いや、その……」

 

「やっぱ生まれて数か月って嘘だろ……? いやマジだってのは分かるんだけどさぁ」

 

 なんだかヌルスには理解できない話で意気投合されているようである。彼女はぷぅ、と膨れて不機嫌を露にした。

 

「なんださっきから、協力するといったり内緒話したり!」

 

「ああ、ごめんごめん、そのなんていうか。君の見た目と中身について、私達が勝手に戸惑っているだけなんだ。別に君を軽く見てるとか、そうじゃない」

 

「そうかぁ……? それなら、ふん、別にいいんだけども」

 

 侮られていないというのなら、特に気にするつもりはない。

 

 そう言いつつも、チラチラとつい視線を向けてしまうヌルスに、アトラス達はちょっと気まずそうに視線を逸らす。

 

 ただ、不幸中の幸いというべきか。今のやりとりで、一行に満ちていた毒気に満ちた緊張感はどこかへ行ってしまっていた。

 

「ふんす。まあいい、気を取り直して探索だ。気を抜くなよ」

 

「あ、ああ。すまない」

 

「一歳児未満に怒られてる俺らって……」

 

 ヌルスが発破をかけて、一行は迷宮攻略を開始する。クリーグが松明を灯すと、薄暗い回廊が明るく照らされた。と同時に、壁面の不気味な凹凸が陰によって強調され、シオンがうげ、と気味悪そうに呻いた。

 

 ただ肉っぽいとか、内臓っぽいのとはまた違う。むしろ、生物のそれとは思えない、ただひたすら不快感を煽るだけのような造形が続いている。山羊の角のような節だらけの隆起、螺旋を描くような凹み、意味ありげに規則的に並んだ凹凸。そういった、複雑で奇っ怪な構造のせいで、見ているだけで精神がつかれてくる。

 

「あまり見るな。人間の精神構造にはあまりよろしくなさそうだ」

 

「そうだね。……しかし、8層のと同じ理屈だとすると、これは魔素が凝縮したもの……なのか?」

 

「恐らくそうだ。あまりにも濃いので感覚がマヒしていたが、高濃度の魔素を感じる。高密度で物質化した魔素の結晶が、この階層を構築する物質だ」

 

 ヌルスは確信を込めて一行に説明した。

 

 それは同時に、彼女の考察の正しさを証明する。

 

 先行きは不安だが、希望は存在する。ヌルスは、早くなる鼓動を抑えるように、胸に手を当てた。

 

「……まっていてくれ、アルテイシア」

 

 

 

 

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