望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百四十一話 ぐるぐるダンジョン

 

 

「なるほどな」

 

 凄惨な生体実験を終えて、ヌルスはうむむと納得したように頷いた。

 

「確かに、普通に魔術をぶち込むと殆ど無効化されているといっていいな。飽和するまで撃ち込むとなると相当な量が必要だが、属性を切り替えると妙な反応があるな。一度対応した属性から切り替えるのにラグがある?」

 

 転がった魔力結晶を拾い上げて、松明の明かりに透かして見る。大粒だが不純物の多い魔力結晶、黒い靄が赤い宝石の中に浮かんでいる。

 

「となると適宜属性を切り替えて攻撃すればいいか。良かった、私も役に立てそうだぞ、アトラス!」

 

 ニコニコ笑顔で振り返るヌルス。

 

 が、当の人間達は、壁際までバックして恐れおののくような視線をヌルスに向けていた。

 

 きょとんとする彼女。

 

「? どうした?」

 

「あ、いや。その。……同じ魔物として、手心とか、そういうのは……?」

 

「魔物同士でそんなもんがある訳ないだろう。あちらだって全く躊躇せずに襲い掛かってたのを見たでしょうが」

 

 小首をかしげるヌルス。アトラス達は苦笑いしながら顔を見合わせた。

 

「そ、そういうものなのかい……?」

 

「そもそも人間には言われたくないぞ。人間だって人間同士で争いもするし、大体、迷宮に挑んでいる事自体が命知らず極まりないだろう? それがいいと私は思うが」

 

「……い、言ってる事はその通りなんだけど、素直に納得しがたい……っ」

 

 頭を抱える金髪の剣士。なんだあ、とヌルスが眉を顰めると、その肩をポンポン、とクリーグが叩いた。

 

「お前さん、外に出るつもりみたいだから言っておくが、その考えは人間じゃ一般的じゃないからな? 100人いて迷宮に潜ってくるような奴は2,3人いれば多い方だ。世の中、危ない事はしないに限る、って奴が圧倒的に大多数だ。そこを間違えんな」

 

「えっ」

 

 心底びっくりしたような顔をするヌルス。

 

「あと魔術師ってのは変わり者の変人の集まりだ。あれを基準にすんな」

 

「えっ」

 

 もう一度ヌルスは吃驚した。

 

「じゃ、じゃあ、嬉々として触手を引っこ抜いて資源にしたり、触手と見れば剣を手に追いかけまわしたり、ブツ切りにして薬品に付け込んだりするのは一般的じゃないのか?」

 

「どこの世界の一般常識だそれ!? 誰もしねえよそんな怖い事!?」

 

「そうか……そうだったのか……」

 

 軽いカルチャーショックを覚えてくらりとするヌルス。これまで遭遇してきた者達の触手の扱いが、まさか例外側だったとは。

 

 そこではたとヌルスは閃いた。

 

「もしかして、私が素のままの姿でも、外では案外受け入れられるのでは……っ!?」

 

「「「それはない」」」

 

「……………………そ、そうか。そうか……」

 

 ヌルスの希望はあえなく潰えた。

 

 地面に両手をついて項垂れるヌルスに、アトラスは苦笑い。

 

「…………お、面白い事を言うよね、ヌルスさん」

 

「オブラートに包むのにも限界がきてんぞおぼっちゃんよぉ」

 

「ま、まあ、愉快なのは事実だからいいんじゃない?」

 

 シオンの精いっぱいのフォローにも力が無い。

 

 一方、凹むだけ凹んだヌルスは、数秒後にはしゃっきりと立ち上がった。いつまでも落ち込んでいても意味はない。

 

「まあいい。気持ちを切り替えていこう」

 

「切り替え早いなヲイ」

 

 クリーグが呆れたような視線を向けてくるが、それはもう性分なので仕方ない。そもそも、ここは地獄の最下層。変な事に気を取られているのは命取りだ。

 

「それはそれとして、これだけ歩いて今のが初遭遇か。この階層は魔物が少ないのか?」

 

「それは、確かにそうだね。となると、魔物が強いパターンの階層かな」

 

「断言するのは早いぜ。奥に向かうにつれて加速度的に出現率が増加するパターンって可能性もあり得る」

 

 意外と思慮深い事を言うんだな、とヌルスはクリーグに感心したような目を向けた。

 

「なるほど。そういうパターンの可能性もあるのか。詳しいな」

 

「まあな。それなりにいくつか迷宮を潜ってるから、経験はあるぜ」

 

「ではその経験とやらに、これからも期待させてもらおう」

 

 ヌルスは触手を伸ばし、周辺を探る。そのまま、なし崩し的に探索が再開された。

 

 

 

「キケケケ……!」

 

「む……」

 

 間近に迫ったレッサーデーモンへ、ヌルスは黒槍を振るう。

 

 強い歪みの力を宿した切っ先は、咄嗟に盾にした得物ごとその体を貫き、灰へと還す。

 

 だがそれで安心はできない。切羽詰まったようなシオンの警告に、ヌルスは触手翼を展開した。

 

「背後、さらに二匹来る!」

 

「まかせろ」

 

 赤と黄色の輝きがワンテンポずらされて掃射される。バックアタックを狙ったレッサーデーモンはファイアボルトを無効化するも、己の対魔術抵抗を過信するあまりに二発目のライトニングボルトを棒立ちで受けた。雷撃によって手足がしびれて動きが鈍った所に、アトソンの支援を受けたシオンが追撃する。

 

 祈祷によって白く輝く短剣が煌めき、デーモンの首を跳ね飛ばした。

 

「こちらは仕留めた、そっちは!?」

 

「問題ない、すぐに片づける!」

 

 最前線、前衛ではクリーグとアトラスが、一匹のデーモンと切り結んでいた。見た目は他のレッサーデーモンと似ているが、一回り体格が大きく、手にした武器も大きい。リーダー、あるいは上位種、といったところだろうか。その推測を裏付けるようにそのデーモンは巧みな剣技で二人の剣士と渡り合っていたが、しかし最終的にはアトラスの剣技の前に敗北した。

 

 弾き飛ばされた剣が天井へと突き刺さり、無手になったその首を黄金に輝く剣が切り飛ばす。

 

 しかし、流石というべきか。切り飛ばされた首は、頭だけになっても宙をまってアトラスへと襲い掛かった。剣を振りぬいた姿勢のアトラスは対応できない。

 

「フッ」

 

 だから代わりに、投擲された黒の槍がその眉間を貫いた。全てを貫く歪みの刃が赤い悪魔を貫き、壁へと串刺しにする。たちまち、その躯は灰となって舞い散った。

 

「助かった、ヌルスさん」

 

「役割を果たしただけだ」

 

 アトラスの礼に頷きつつ、壁に突き刺さった槍を引っこ抜く。流石に黒の槍の一撃は受けきれず、壁には深い亀裂が残っている。

 

「まだいけるか?」

 

「なんの、まだまだ。少し調子が出てきたところさ」

 

 そういうアトラスは、言葉通りまだまだ元気が有り余っているようだ。ヌルスに索敵を完全にまかせ、この階層の奇妙な構造を無視する事で、精神的な負担は大分抑えられたらしい。それはそれで、ヌルスの責任重大というか、見落としたらヤバいのだが、今の所は悪魔どもは魔素の極端な高まりと共に現れるので見落とさずに済んでいる。

 

「それにしても本当、いかにも悪魔、って連中ばっか顕れやがるな」

 

「きもい」

 

「話に聞く、霧に閉ざされた大陸もこのような有様なのでしょうか……?」

 

 他のメンバーも特に不満はないようだ。

 

 明らかに強豪である悪魔型魔物と連戦しておいてこの程度の消耗。やはり、実力が高いメンバーがそろっているな、と改めてヌルスは感心した。

 

「まあいい。だが、疲労が表に出てくる前に休憩を摂るぞ。人間の体は貧弱だからな」

 

「それ、今のヌルスさんが、いう?」

 

「なんの、今だから言えるのさ」

 

 肩をすくめて、ヌルスは中央のポジションに戻った。

 

 そして探索が始まったのだが……。

 

 行けども行けども、変化がない。魔物ともあまり遭遇しない一方で、見える景色にも変化がない。暗い、奇妙な回廊がどこまでも続く。

 

 不意に、ヌルスが声を上げた。

 

「待て」

 

 ぴたり、と一行の進行が止まる。代表してアトラスが声を上げた。

 

「どうしました、ヌルスさん」

 

「これを」

 

 そういってヌルスが指さす先を、クリーグが松明で照らす。

 

 相変わらず生理的嫌悪感を誘うデザインの壁面だが、そこに一つの深い刺し傷がある。その傷を、ヌルスは知っている。

 

「さっきの槍がささった後だ。どうやら、同じ場所に戻ってきているらしい」

 

「なんだって……?」

 

 ざわ、とメンバーが動揺を露にする。これまでにない出来事だ。迷宮というのはその発生は超自然現象ではあるが、構造そのものは物理法則の下にあるというのが鉄則だ。知らないうちにループしている等というのは、聞いたことが無い。

 

 だが、9層という深さが、まさか、と思わせてくるのも事実だ。

 

 目を見合わせる仲間達の動揺を抑えるように、ヌルスがすっと左手を掲げて「静かに」と宥めた。

 

「落ち着け。空間の歪みとかそういうのは感知していない。これでも何度か空間を割ったり穴開けかけたりしたからな。それぐらいはわかる」

 

「いやわかんねえよ、その冗談。それより、じゃあなんだっていうんだ」

 

「少し待て、調べる」

 

 言って、ヌルスは背中から一本の触手を伸ばした。それを前方に向かって、ぬるぬると伸ばしていく。

 

「そんなに伸びるのか……」

 

「ぬぬぬぬぬぬ………」

 

「……楽そうじゃないけどね」

 

 こめかみを押さえるようにして、触手をひたすら伸びるように念じるヌルス。やがて触手はどんどんと伸び、暗い闇の中をひたひたと先端で周囲をまさぐりつつ進んでいく。

 

 その果てに、ヌルスは見た。

 

 奇怪な彫刻が施された通路。それが、まるで内臓が閉塞するように閉ざされているのを。

 

 はっと目を見開く。同時に、かなり無理をして伸ばしていた触手がサラァ、と灰に還った。

 

「ヌルスさん!? ちょ、大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫だが……魔力結晶をくれ。少し、魔力を使いすぎた」

 

 はた目から見ても明らかに顔色が悪いヌルスに、慌てて仲間達が懐をまさぐる。差し出された魔力結晶を受け取り、ヌルスはかたっぱしから胃の淵に放り込んだ。

 

「うみゃうみゃうみゃ」

 

「……卵丸呑みしてるみてーな光景だな」

 

「魔物と融合すると、人間も魔力結晶たべられるのかぁ」

 

 鳥のヒナに餌をやってるような気分で、次々と結晶を手渡す仲間達。アトラスがやめさせるまでそれは続いた。

 

「それで、ヌルスさん。どうだった?」

 

「う、うむ……うぉぇ……」

 

 お腹いっぱいに魔力を蓄えたヌルス。彼女はちょっと気持ち悪そうに口元を押さえながら、先ほど確認した事象を説明する。

 

「こ、この先で、道が無くなっていた……というより、閉じてた……」

 

「閉じてた……?」

 

「それで、だな。もしかするとこの回廊は、私達の周辺だけ道ができて……適当に道順に歩いていると、永遠に同じ場所をぐるぐるするだけ、みたいな構造なんじゃないかと思う……」

 

 ヌルスの言葉に、アトラス達はそろって顔を見合わせた。

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