望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
突然のヌルスの発言に、揃って「何いってんだコイツ??」という顔をする一行。その中で、唯一人、訝し気な顔をしなかったアトラスが、彼にその真意を尋ねた。
「どういう事だい? ヌルスさん」
「その、なんだ。これは私の推測も入るのだが、つまりこの階層は、迷宮として固まってないのではないかと思う」
難しい顔をするアトラス。他の三人はアホを見る視線である。ヌルスは地味に傷ついた。
「済まない、ヌルスさん。私には少し難しい話のようだ、説明を願えるかい?」
「う、うむ。では、説明するとしよう」
ヌルスはこくこく頷いて、にゅる、と触手を伸ばした。それを、自分の胸の前で互いに押し合いへし合いさせる。
「迷宮というのはな。ダンジョンコアの現実改変能力と、現実の復元能力がぶつかり合った事で生まれる構造体である事は、言うまでもないと思う。そして、ダンジョンコアが迷宮の改変に使う力こそが、魔力だ。ダンジョンコアが多くの場合、パンデモニウムリリィである事は知っているな? それが現実世界に根付き、魔力を吸い上げて成長すると、迷宮を作り始める訳だ。これぐらいは、冒険者なら一般教養だと思うが」
「え、そうなんだ」
「気にした事ねぇなあ」
今度はヌルスが阿呆を見る視線をクリーグとシオンに向ける。アトラスが困ったように笑って頭を掻いた。
「ごめん。身内の恥をさらすようで」
「いや、いい、脱線した。まあとにかく、魔力が迷宮を作るのだが、じゃあ魔素というと、これは不純物になる訳だ。魔物の生存にかかせない要素であるが、基本的に魔力というのは純粋な方がいい。具体的にこの魔素、というのがどこからきて、どういう性質をもっているかは魔物の私にもよくわからん。ただ、魔力と違ってこれ単体で何かが出来る、という訳ではないようだ」
「……ほぅ。見えてきたぞ。ヌルスさん、この階層は魔素が凝集して物質化している、といっていたよね?」
ピンと来たのか、アトラスから的を得た質問が飛んでくる。
なんとなくヌルスは楽しくなってきた。アルテイシアもこんな気持ちで、ヌルスにいろいろと教えてくれたのだろうか。
「その通りだ。つまり、この階層は何も成せない魔素が高密度に蓄積されたせいで、通常の迷宮としての構築が行われていないのだと思う。いうなれば、混沌の領域だ。そこに、我々という観測者がやってきた。となると……?」
「我々の持つ、“迷宮”に対する認識が反映されて、道が出来た?」
「うむ、私はそう考えている」
ヌルスは、これまでに見てきた迷宮の構造を思い返した。偶発的に生成されたにしては、あまりにも悪意に満ちたその構造を。
以前から疑問だった点だが、今のヌルスには一つの見解がある。
「でもよぉ、これまで歩いていても、それっぽい下に続く道はなかったはずだぜ。そもそも、分岐点すらなかったぞ?」
クリーグが異を唱えてくる。それは確かに、ヌルスも把握しているところだが……。
「とりあえず、今の仮説を頭に入れてしばらく歩いてみよう。それではっきりするはずだ」
ヌルスの提案に、一行は困惑しながらも頷いた。
再び探索が始まる。
すると、いくばくも歩かない内に、先頭を行くアトラスが足を止めた。
「……下に続く道がある」
「マジかよ」
クリーグが松明をもって覗き込んでみると、確かに壁の陰に下へと降りる斜面がある。確かに、異様な壁の造形に気を取られないように目を逸らしてはいたが、これを見落とすほどいい加減ではなかったつもりの二人は顔を見合わせた。
「見落とした……のか? 事実としてここにある訳だし。いや、しかし……」
「ヌルスの奴が言うように、ほんとに俺らの認識で道が出来たって事か?」
感覚的にイマイチ納得しがたいのだろう、眉を顰める二人。一方、後ろからそれを覗き込んだシオンは呑気な様子。
「へえー、ホントだ。これ、私達が道がある、って考えたから、出来たって事?」
「私の推察では、多分な」
「じゃあさ。ボス部屋まで一直線の道、って考えれば、そうなる?」
シオンの率直な楽したい意見に、ヌルスは苦笑いを浮かべる。
それは確かに、そうできたら楽だとは彼女も思うが。
「流石にそれは無理だろう。私達のイメージが影響を与えるとしても、それがごく一部だ。ここはあくまで迷宮で、我々はここでは余所者だ。主導権は握れまい」
「でもヌルスさんは魔物なんじゃない?」
「ならばなおさらだ。魔物は、迷宮の付属品に過ぎない」
説明するも、シオンはイマイチ納得してない様子だ。
一方で、アトラスは何やら顎に手をやって、考え事をしている様子。
「……一応、ここに来る前に自分なりに迷宮について調べたつもりだ。だが、こういうケースは初めて聞いた。それとも、冒険者達が気が付いていなかっただけで、全ての迷宮は大なり小なり、こういう傾向が実はあったりしたのだと思うかい、ヌルスさん」
「そうだな。気が付かなかった、というのはあり得るかもしれないぞ」
そもそも、人間である冒険者達は、晴れの日、迷宮の中で具体的に何が起きているかも知る事はできない。知らない所で、道が変わっていたとしても把握するのは不可能だ。
それが果たして、どのような法則に従っているのか、という話になる訳だが……。
「思うに、迷宮というものは、この世界に生きる人間達をはじめとする生き物の影響を強く受けているのではないかと思う。悪意、敵意、好奇心、そういた感情が、魔力に方向性を与えているのかもしれない。ま、あくまで予想だが」
迷宮の生成過程は確かに偶発的な物、そこに意図するものが無かったとしても。その構成要素に、何らかの意図……指向性が混じる事はあるのではないかと。
迷宮を構成する魔力はどことも知れない異世界から滲み出てくるのだという。だがそれを形にするのは、この世界の存在だ。
ましてや迷宮の中など、特に負の感情が渦巻きやすい。最初はそうではなくとも、晴れの日で迷宮構造の刷新を繰り返すうちに影響を受けるというのは、在り得そうな話だ。
ヌルスの仮説を聞いたアトラスが、さも嫌そうに顔をしかめた。
「もしかすると、迷宮を困難な障害にしているのは、私達人間のせいかもしれない、という事か」
「そこまで極端でもないと思うぞ。この迷宮は、人の手が入って変質している。通常ではこれだけの魔素が災害も起こさず一か所に蓄積されるなんて事はないからな、ここだけのレアケースだろう。まあ、長年を経た迷宮が難易度が上がる、という話には、少し関わってるかもしれないが、それはもうどうしようもないだろう。気にしても意味はない」
「そりゃあそうだろうがよ……。しかし、目の前で実例見せられなきゃ信じられない話だぜ」
クリーグが傾斜を覗き込んで肩を竦める。
アトソンもおずおずと背後から覗き込んで、ため息をついた。
「ヌルスさんがいらっしゃらなかったら、永遠にここをぐるぐるしていたかもしれませんね。感謝です」
「だな。その知識も、アルテイシアから得たも……ぐぇ」
「クリーグ? 言っていい事の区別もつかない?」
本人は恐らく悪気はなかったのだろうが、繊細な部分に触れたクリーグが背後からシオンに首を締め上げられた。細い腕が首に回され、メキメキと締め上げる。タップ、タップと腕を叩く彼の顔は青白い。
慌ててヌルスは止めに入った。
「し、シオン、私は気にしてないからそのぐらいで……」
「仕方ない」
「っ、ゲホッ、ゲホ……ッ、ば、馬鹿野郎、魔物じゃなくて味方に殺される前衛があってたまるか、げほっ」
咽込むクリーグの背中を、さすさすと撫でてやるヌルス。シオンはツンと顔をそらして知らんぷりだ。
ヌルスは困ってアトラスとアトソンにも顔を向けるが、彼らもどうやらシオンと同意見であるらしい。白けた視線をクリーグに向けている。
「今のはクリーグが悪い」
「擁護不可能ですな」
「く、クリーグ? 私は本当に気にしていないからな?」
何やら自分のせいでパーティーの結束に亀裂が入りそうな気がして、ヌルスは慌ててクリーグを庇うように擁護に入った。咽ながら見上げる彼の目には、キラリと光る滴があった。それが息苦しさから漏れたものなのか、別の理由によるものなのかは、彼にしか分からない。
「ありがとよ、ヌルス……。お前、いい奴だなあ」
「それはお前達の事だと思うが……。まあいい、ここではっきりさせておくが、私はアルテイシアの知識を一つとて共有していない。今の推測は、全て私の実地経験と蓄積した知識によるものだ。むしろ彼女の知識が共有できてたら、推測じゃなくてもっと確実な説明が出来ただろうけども」
「それは……脳喰いとはまた違う、という事かい?」
流石に、そこをあやふやにはできないと思ったのだろう。アトラスが、極めて繊細な話題を口にするが、今度はシオンも黙らせにはこなかった。彼女自身、疑問には思っていたのだろう。
「そうだ。誓って言うが、私はアルテイシアの何かを、寸分足りとも損なおうとは考えていない。そもそも、私は彼女に全ての主導権を譲る形で融合したんだ。今、この肉体の主導権を私が握っている事自体が、大きな問題なんだ。……だから、時間さえあれば。彼女の意識さえ戻ってくれば、全部元通りになるはず」
「……いや、待ってくれ。気になっていたんだが……もし、アルテイシアさんの意識が戻ってきたら、ヌルスさんはどうなるんだ?」
「勿論、大人しく眠りにつく。永遠に」
彼女のその言葉に、ざわ、とパーティーが騒めいた。
絞り出すように、アトラスが問いかけてくる。
「それは。……死と同義、という事じゃないのか」
「そうだとも。アトラス、気持ちは有難いが、死人なのは私の方なんだ。アルテイシアを救う為に、ヌルスという魔物は全てを捧げた。生きているべきはアルテイシアであって、今は何の因果か、それがあべこべになっている。それが正しい形に戻るのが、私の願いだ」
「ヌルスさん……。それは、でも……」
納得いかない、といった顔のアトラスに、ヌルスはどこか暖かい気持ちを覚えた。この青年を信じてよかった、心からそう思う。
「有難う、アトラス。でもいいんだ。所詮魔物は魔物……そんな風に、肩入れするものじゃない。ロションから事情は聴いたんだろう? さかのぼれば、私が原因で引き起こしてしまった悲劇だ。全ては無理でも、返せるものは返したい。……長話をしてしまったな。さ、下に向かおう」
この場で納得させるのは無理そうと見て取り、ヌルスは強引に話を切り上げた。アトラス達は納得いかなさそうではあったが、彼女の言う通り、迷宮のど真ん中で棒立ちして話すような事でもない。
しぶしぶ、隊列を組んで下に降りていく。
降りた先は、相変わらずの奇怪な通路が広がっている。いつまでも下に降りる傾斜が続いているという訳ではなく、また降りる道を探してうろつきまわる必要がありそうだ。
「先の不透明さが不安だな。悪魔との遭遇頻度がさほどでもないのが救いだが」
「そうだな……ん?」
不意に、クリーグの持つ松明の炎が揺らめいた。
ぼっ、ぼぼっ、と音を立てたそれが、不意に消えてしまう。途端、周囲が闇に閉ざされた。
シオンが文句を口にする。
「クリーグ。松明の管理もできない?」
「い、いや、油はちゃんと沁み込ませてたって。ちょっと待ってくれ、今、火を……」
「……シオン!?」
嫌な直感に突き動かされ、ヌルスが動いた。暗闇の中、人には見えずとも彼には闇が見通せている。その視界の中、小柄なシーフの少女の背後、蠢く異形の影があった。
躊躇わず、槍を繰り出す。シオンの顔のすぐ横を掠めた穂先が、背後の魔物を一突きにした。生暖かい血が噴き出し、シオンの頭に降り注ぐ。
「ギシェエエエ!?」
「きゃあああ!?」
「気をつけろ、敵襲だ!」
悪魔の奇襲。ヌルスは仲間達に警告を叫んだ。