望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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今話から毎日一話更新になります。


第十四話 兜被り その4

 

 

『  !  』

 

 悲鳴とか、叫びとかはなかった。ただそれでも泡を食ったのが明確にわかる仕草を見せて、もちゃもちゃと兜被りはその場を逃げ出した。

 

 てこてこと横穴の出口に向かって走る兜被り。が、そこに立ちふさがるように影が差した。待機していたクリーグだ。

 

「よお、悪いな、ここは通行止めだ」

 

『!!』

 

 びくぅ、と脚を止める兜被り。が、振り返った背後には、池の畔からのほほんと様子を見守るアトラスの姿。前後を塞がれ、進退窮まった兜被りは混乱した様子で横に向かって走り出した。

 

「あ、おい。そっちは……」

 

 アトラスが注意するも遅かった。無我夢中で逃亡する兜被りはそのまま横穴の壁面に勢いよく激突する。触媒を括り付けた枝は半ばからへし折れ、兜は壁に跳ね返ってバインバインと床を転がった。そのまま円筒形の兜はコロコロと勢いのままに転がり、やがてアトラスの足元まで戻ってくるとそこで動きを止めた。

 

「…………」

 

 頬をかきながら、クリーグにどうしようかこれ、と視線で相談するアトラス。対する赤髪の冒険者はすっかり毒気を抜かれてしまった様子で、好きにしろ、と視線を返した。

 

 足元に再び視線を向けるアトラス。横になった兜は、よく見れば小さくぷるぷると震えている。今の角度では中身は良く見えない。首元から覗き込むか、スリットの入っている方を上にすれば中身を確認できるだろう。

 

 アトラスは手を伸ばし、兜を両手で抱え上げた。手の中でぷるぷる震えているそれを前に、しばし考えた後。

 

 そっと、首元を下にするようにして床に戻した。

 

「いいのか?」

 

「ああ。別に真面目に捕まえようとか、思っていた訳じゃないしね」

 

「まあ、それはそうだが……」

 

 複雑そうな視線を向けるクリーグ。彼がそういうつもりで聞いてきたわけではないのは、アトラスもわかっている。

 

 正体不明の、魔術を使うモンスター。もしこのモンスターが敵意をもって低階層の冒険者を襲うようになったら、大きな被害が出るだろう。すでに3層を突破しているアトラス達にはこのモンスターを手にかける積極的な理由はないが、あくまで冒険者の一員として、同業者への被害を看過するのはあまり良い行いであるのは間違いない。

 

 ただ、それを踏まえた上で、アトラスはこの小さな魔物を処分する気にはなれなかった。実家の弟と重ねてしまったのが不味かったかもしれないな、と彼は己の未熟に苦笑を浮かべた。

 

 しかたねえ奴だ、とクリーグは呆れ気味な苦笑を浮かべるが、批判の意は薄かった。もとより冒険者稼業など自己責任で好きなようにやる、というのが彼の持論ではあるし、彼自身、兜被りが危険な魔物に思えなかったというのもある。なんというか、この魔物の挙動からは理性を感じるのだ。他の魔物とは、何かが違う。ここで見逃すほうが、後々面白い事になりそうだ、と熟練冒険者の勘もそう訴えている。

 

 会話の間もじっと息を潜めている兜被り。アトラスは折れた枝を拾うと、先端の触媒が外れていないかを確認してそっと兜のスリットに差し込んだ。枝の先を、何かがぎゅっと掴む手応えがする。手を離すと、兜被りは枝を抱きかかえたまま、少しだけ仰ぎ見るような仕草を見せた。

 

「あー、うん。これは独り言なんだが……ここで魔術の練習をするのは、やめた方がいいと思うなー。確かに人気はないけど、見つかったら逃げ場所がないしー」

 

「聞かせる前提の独り言ってなんだよ、おい」

 

「こらそこ、まぜっかえすな。んん゛っ、もし練習を続けるなら、あっちの湖の回廊の中に、下側が空洞になってるところがある。回廊を歩いている冒険者からは見えないし、もし見つかって追いかけられても、逃げたり隠れたりする場所はある。出入口が狭い上に一つしかないここで練習するよりは、よっぽど安全だと思うなー。あとそれと、最近、兜や籠手を持った小さなモンスターが話題になっててねー。一部の人間が探してるから、私だったらしばらく身を隠すかなー」

 

 あまりにわざとらしい喋りに、ぶっ、とクリーグが噴き出した。

 

「お前、ほんとに領主のボンボンか? 聞かせ方が下手過ぎないか?」

 

「だからまぜっかえすなっていってるだろ!?」

 

 二人の漫才のようなやりとりの間も、兜被りは沈黙を保っていた。が、しばらくすると兜被りはゆっくりとアトラスの足元に近づき、先端に触媒をくくりつけたままの枝を差し出してきた。

 

「……くれるのかい?」

 

 膝をついて問いかけると、頷くように枝が縦に揺さぶられる。少し悩んでから、アトラスは遠慮せず受け取ることにした。枝を受け取ると懐にしまい込む。

 

「なんだ、結局貰うのか」

 

「こういう気持ちは受け取らない方が無礼というものさ」

 

 そのまま、二人そろって横穴を後にする。ちらりと振り返ると、兜被りはその場を動かずに、じっとスリットの向こうからアトラス達を見つめていた。視線を後ろに感じながら、しかしそれ以上振り返る事もなく帰路につく。

 

 横穴から十分に距離を取った所で、赤髪の冒険者が、人を食ったような悪戯気な表情で問いかけてきた。

 

「しかしなんだ。もしアイツが人を襲ったらどうするんだ?」

 

 分かっていて問いかけてきているであろう彼に、アトラスは苦笑を浮かべる。全く、人が良いのか悪いのか。父親の知人であるというだけはあるのかもしれない。

 

「……もし、2層や3層で、魔術を使う魔物が人を襲ったら、私が責任を取って討ち取るよ」

 

「クソ真面目め。ま、仕方ない。その時は俺も手を貸してやるよ」

 

 そんな事を話しながら、アトラス達は本日の探索を切り上げた。冒険家業としては何の成果もない、単なる散歩以上の意味はない探索だったが、この日の出来事は、二人の胸の中に共通の思い出としてしばらく残り続ける事となる。

 

 それから、兜被りがどうなったかをアトラスは知らない。目撃報告がアトラス達の発見を最後にぱたりと途絶えてしまったからだ。やがて、アトラス達も仲間を増やし、4層、5層と潜っていくうちに、いつしか小さな魔物の事を気にする機会は減っていった。

 

 ただ、巣窟迷宮エトヴァゼルの低階層にて、冒険者が魔術を使う魔物に襲撃を受けた、という話は、アトラスは金輪際、最後まで噂にも聞かなかった。

 

 それだけは、確かな事実である。

 

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