望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
※日付をみて閃き、大急ぎで書いたのでちょっと短いです。
※少し未来のお話です。本編には関係ありません。
ある晴れた日の事だ。
ヌルスがいつものように、人間観察を兼ねて街を出歩いていると、街角で見慣れぬ二人組が道に迷っているの目撃した。
眼鏡をかけた女と冴えない感じの青年の二人組は、このあたりの人間にしてはやたらファッションが都会的で浮いている。腰には何やら大きく膨らんだ鞄を抱えており、犯罪者とはまた別の怪しげな感じを醸し出していた。
見れば、街の人も遠巻きに訝しんでいる様子。
治安維持も上のお仕事。しばし考えて、ヌルスはその二人に話しかけてみた。
「そこのお二人。何やら、道に迷われている様子ですが」
「ああ、これはご親切に。はい、そうです。この街に来るのは初めてでして……あてもなく彷徨い、すっかり道に迷ってしまっている所です」
「成程。見た所、随分と歩き疲れている御様子。私の贔屓にしているお店で休憩なさってはいかがですか?」
善意80%、その他20%ぐらいの気持ちで提案すると、しばし眼鏡の女はヌルスの身なりを伺うような視線を走らせた。
一瞬訝しむヌルスだが、ああ、とすぐに得心する。今のヌルスは辺境伯の屋敷に住まわせてもらっているのもあって、それに見合った身綺麗な格好をしている。肉体も、見た目はそれなり以上の、いかにも深窓の令嬢といった体だ。凄くお高い所に連れ込まれるのではないかと警戒したのだろう。
「大丈夫ですよ、私は身なりはこんなですが、あくまで食客の身分でして。どちらかというと貧乏ですので、そんなにお金のかかる所ではありませんよ」
「! そ、そうですか。お気遣いありがとうございます。それでは、ご厚意に与らせていただきたいと思います」
苦笑しながら補足すると、露骨に眼鏡の女と青年はほっとした様子だった。
「らっしゃーせ」
いつもと変わらぬ妙な店員の呼び声と共に、カランコランとドアが鳴る。
行きつけの喫茶店に二人を連れていくと、ヌルスは軽くカウンターの店員に目くばせをすると、二人をテーブル席に誘った。
対面に二人を座らせ、定番の紅茶を三人分頼むと、早速ヌルスは尋問……もとい事情聴取を開始した。
「自己紹介がまだでしたね。私はヴィヴィアン。ヴィヴィアン・ル・カイン。辺境伯の相談役をやっています」
表向きの身分を開示すると、露骨に対面する二人が慌てた様子を見せる。カウンターの裏で店員が姿勢を低くするのを察し、ヌルスは手振りでそれを制した。
まだ判断するには早い。
「! へ、編集長、なんか偉い人ですよ!?」
「だ、大丈夫、むしろチャンスよ! こ、これはご丁寧に。私は週刊誌“パルプオペラ”の文芸部編集長、パパラ・メケラ、と申します。こっちは社員のヌッコ君」
お受け取りください、と差し出された名刺を受け取り、ヌルスはまじまじと観察した。
すべすべとした手触りのよい紙に、今しがた語られた肩書が書かれている。辺境ではそうそう手に入らない上質な紙だ。都会でも、結構するはず。
それにパルプオペラといったか。辺境伯でも定期購読している、それなりに有名な雑誌である。ヌルスもちょっと読んだことがある。
どうやら身元ははっきりしているようだ。だがしかし、今度は逆に、何故そんな雑誌の編集部がこんな辺境伯領くんだりまでやってきたのか。
警戒心よりも好奇心を露に、ヌルスは正面から訪ねてみた。
「その、パルプオペラの方が、どうしてはるばる辺境伯に?」
「いえ、その。実は、とある作家先生を探していまして……“ヌルヌル魔法棒”先生、ご存知ですか?」
「ほう!」
聞き覚えのある名前がパパラの口から出てきて、ヌルスは上機嫌に肩眉を吊り上げた。
ヌルヌル魔法棒先生。それは近年、辺境伯近隣の雑誌編集部に片っ端から作品を送り付け、その独創的な作品内容で話題になっている新進気鋭の作家である。
そして何を隠そう、ヌルスのペンネームでもある。
「やはりご存知でしたか!」
「ええ、ええ。実はね。なるほど……そういう事でしたか。確かに彼はこの辺境伯領に居ますが、いかんせん、気難しい男です。何故彼を探しているのか、教えてもらわなければ紹介はできませんね」
内心を押し隠したつもりで、ぷくぅ、と小鼻を膨らませてご満悦な様子のヌルス。勿体ぶるように問い返すと、ええ、ええ、とパパラは同意するようにうなずいた。
「そりゃあ、そうですよね。実はこの度、夏の恐怖特集コーナーを雑誌にまとめようと思いましてね。そこでぜひ、新進気鋭のホラー作家である先生にぜひ一筆お願いしたいと思いまして……!」
「ふははははそこまで言われては……うん? ホラー作家? え?」
調子よく笑っていたところで、聞き捨てならない言葉を聞いてヌルスはすんっ、とした。
そんな彼女の変調にも気が付かず、パパラはノリノリで解説をつづけた。
「いやー、最新作の「私と彼女」、あれは読んでて本当にヒヤヒヤしましたよ! 純朴な少女の生活の隅々に顕れる異形の影、主人公の精神が少しずつ削られて行って狂気に陥るまでが克明に描かれていて、思わず身震いしてしまいましたよ! 特に最後、正気を失った少女のモノローグ、あんな表現ができるなんて、まるで見てきたようでした!」
「うんうん。創作と分かっていてもゾクゾクしました」
口々に褒めたたえる編集者二人。
ちなみに言うまでもないが、ヌルスが書いたのは「少女と触手の心温まるラブストーリー」である。純愛恋愛小説のつもりで彼女は書いたのは言うまでもない。
もっというと、自分とアルテイシアの関係をモチーフにしたのも言うまでもない。
作品の良い所を次々にあげて盛り上がる編集二人とは裏腹に、ヌルスは真っ白な灰のようになって座席の上に堆積していた。
「ほらー……ほらーしょうせつ……はははは……はは……(涙」
その後、ヌルスはなんとか最後の力を振り絞り、後日また連絡するという約束を取り付けて二人を送り出すと、そのまま机の上にべちゃりと倒れ伏すのであった。南無。
「っつかれー。さまー。……全く、人騒がせな連中でしたね、ヴィヴィアン様。……ヴィヴィアン様?」
「…………」
「……ダメだ、死んでる。シオン様よんでこよう……」