望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百四十五話 百魔集いて

 

 なんやかんやで仮眠を取り、体力を回復させた一行。

 

 動かなければ安全、という見込みはどうやら正しかったようで、数時間の間滞在していたにも関わらず、悪魔達が襲い掛かってくる様子はなかった。

 

「えらい目にあった」

 

「ごめん」

 

 ヌルスも結んで遊ばれた触手をほどき、本調子である。

 

 そして始まった9層探索だが、階層の法則を暴いた事で先行きは順調であった。ある程度探索すれば下に繋がる道が見つかり、下へ下へと降りていく。

 

 だがそれは同時に、加速度的に魔物達の脅威が増加するという事でもあった。

 

「赤のデーモン集団、来るぞ!」

 

「またかよ!」

 

 つい数分前に交戦したにも関わらず、再び姿を表す悪魔の集団にクリーグが毒を吐く。アトラスも金色に輝く剣を構えながら相対する。

 

 通路の向こうから霧と共に姿を表すのは、もう何度も対面した荒々しい赤い悪魔剣士達だ。ただ階層の奥に近づいている証なのか、その手に持つ武器は明らかに強化されており、一筋縄ではいかない事が伺える。それに加え、猟犬のつもりだろうか。犬と両生類を合わせたような、ヒレをもった四足歩行の魔物も従えている。中型犬サイズのそれは、低く唸ると素早く走り、先行してクリーグとアトラスに襲い掛かった。

 

「動くな。私が対処する」

 

 そこに、冷静な女の声が割って入った。

 

 ヌルスだ。

 

 彼女は素早く雷と火の魔術を唱える。地面を這うように吹き荒れた炎の風の後に、激しく発光する雷の膜が猟犬達に襲い掛かった。

 

 ファイアミストで魔術防御を反応させ、そこに本命のライトニングミストを叩き込む。ヌルスが得意とする雷の霧による行動阻害は今回もばっちり決まり、4体の猟犬はまとめて躰を痺れさせて動きを止めた。

 

 そこに、触手が一斉に突き刺さる。槍のように繰り出されたピンクの触手が、中衛から猟犬達を一掃した。

 

「流石!」

 

 一言感嘆の声を上げて、アトラス達は本命の悪魔剣士達を迎え撃った。猟犬による乱戦の狙いが外れたものの、悪魔達は全く意に介する事なく襲い掛かってくる。歪んだ剣の一撃を弾き返し、アトラス達が一気呵成に逆襲する。

 

 多少強化されているとはいえ、結局これまで散々戦ってきた相手と変わらない。技巧ではなく力に任せた剛剣は驚異だが、何度も戦えばいなし方も手慣れてくる。

 

 前衛の危なげない戦いぶりを観察し、ヌルスはちらりと手に持つ松明に目を向けた。

 

 燃え上がる炎は、よく油が染みている証だ。ちっとやそっと、多少雨が降ったぐらいでは消えはしない。

 

 その炎が、バチ、バチッと掠れるように明滅する。

 

 兆しだ。

 

「夢魔が来るぞ、備えろ!」

 

 ヌルスが叫んだ途端、フッ、と明かりが消えて周囲が闇に閉ざされる。

 

 クリーグが片手で持つ松明、ヌルスが持つ松明、後衛のアトソンが持つ松明までもが、一斉に消えてしまう。

 

 夢魔の襲撃だ。奴らは一定範囲の松明をかき消してしまう力がある。

 

 あまつさえ赤い悪魔剣士との戦闘中。突然明かりが消えれば相手を見失い、さらに精神を侵す管楽器の調べが響く。いかな歴戦の冒険者であれど、たちどころに全滅もありうる厄介な連携だ。

 

 しかし、分かっていれば対策は容易。

 

 明かりが消えた直後、タイミングを合わせてアトソンのホーリー・ライティングが輝いた。闇が光に照らされ、悪魔達の姿を露にする。

 

 そこへ、ヌルスが黒槍を振るった。ハルバードの刃でひと薙ぎにし、貫き、ひっかけて踏みつぶす。確認できた三体の夢魔は、明かりの祈祷が効果を失うよりも早く消滅した。

 

 たちまち松明が燃え上がり、闇を照らし出す。

 

 その明かりの下では、悪魔剣士達もまた床に転がり、その骸を晒していた。

 

 クリーグとアトラスが残心をかねて、周囲の警戒を続ける。

 

「……これ以上の増援はないな?」

 

「単体だとそこまででもないが、組んだ途端に厄介になりやがるな」

 

 戦闘終了を見て取って、一行の緊張がゆるむ。

 

 ヌルスは前衛の二人へと駆けより、その体に目立った手傷が無い事を確認して安堵の息を吐いた。

 

「無事か。流石だな」

 

「ヌルスさんのおかげですよ。タイミング完璧でした」

 

「ああ。こいつら、夢魔の灯消しを当てにしてたのか、暗くなった途端に動きが雑になってな。おかげで簡単に倒せた」

 

 灰になっていく悪魔達を見下ろしてクリーグが嘲笑う。

 

 いくつかの魔力結晶が床に転がり、ヌルスはそれを触手で拾い上げた。

 

 8層と違い、ここの魔物は普通の魔力結晶を落とす。中にはちゃんと紫色の魔力結晶も含まれており、彼女としては一安心だ。決戦に備えて、備蓄を増やす。

 

「しかし、便利ですねえ、ヌルスさんのそれ」

 

「ん? ま、まあな。触手型魔物は最弱の魔物だが、肉体的には人間のそれより優れている自信はあるぞ?」

 

 アトソンに触手を褒められて、ちょっとご満悦のヌルス。ふふん、と胸を張って触手をぴこぴこさせる。その拍子に被った上着がずれて肩が見えたので、シオンがそそくさと直しにかかる。

 

「肌を。出さない」

 

「う、うむ。すまない……」

 

「ははは。しかし、さっきから遭遇頻度がいきなり跳ね上がったね。最奥に近づいていると考えたい所だが、どう思う?」

 

 アトラスの意見は尤もだ。ヌルスはすんすん、と鼻を鳴らすような仕草で周囲の魔素の濃さを確認し、うむ、と頷き返した。

 

「それは間違ってないと思う。どんどん魔素が濃くなってきている、恐らくフロアガーディアンの部屋は近い」

 

「ならいいんだけどさ。敵がクソ厄介になってきてんのはやべえな。ちょっと油断したらイチコロだぜ」

 

「ヌルスさんが多能で助かりましたね……。とはいえ、いきなり身を削るような事はやめてくださいね」

 

 先ほどから、悪魔の襲撃に対し機先を制しているのはヌルスの役目である。闇を見通し、触手で手数が文字通り多い彼女は、今やパーティーの要となっている。一度、魔術らしきものを使ってくる悪魔とも遭遇したが、その時もアトラス達が敵の姿を視認する事なく、ヌルスが対処した。

 

 後方で魔力の高まりを感知した瞬間、問答無用でD・レイで狙撃。放たれた歪みの魔術は、恐らく悪魔の術者が放ったであろう青白い炎を一方的にかき消し、術者を捩じ切るようにして消滅させた。悪魔の魔術耐性といえど、歪みの魔術には無力であるらしい。まあ、その後一発放っただけの反動で灰になった触手を見て仲間達が悲鳴をあげるという一悶着があったが……。

 

「仕方ないだろう。大体、触手翼ならいくらでも再生するし、痛手ではない」

 

「だとしても痛覚があって痛いんだろ? 別にその歪みの魔術とやらじゃなきゃ突破できない訳じゃないんだし、控えておいた方がいいと思うが」

 

「まあ、緊急時は仕方ないよ。ただ、日常的に自分を痛めつけるのはやめて欲しいかな、ヌルスさん」

 

 口々にヌルスを咎める仲間達に、ヌルスはもにょもにょと唇を尖らせた。

 

 あくまでヌルスを心配しての言葉なので、言い返すのもなんだか憚られる。それに、確かにめちゃくちゃ痛いのも事実なので、使わなければいいに越したことはないのだ。別にヌルスは痛いのが好きな訳でもないし。

 

「わ、わかっている。だからさっきから通常魔術で対処しているだろう?」

 

「よろしい」

 

 いったい何度目になるのか、シオンがお姉さんぶって頭を撫でてくる。

 

 アルテイシアの肉体の方が背は高いんだがなあ、とヌルスは何とも言えない気持ちになった。嫌という訳ではないのだが。

 

「そ、それより。先に進もう。これだけ悪魔の出現頻度が高いと、じっとしていれば安心、というのも保証できない。いっそフロアガーディアンの部屋の前まで一気に進んで、そこで休息を取った方がいい」

 

「それは同意だな。さ、行くぞ」

 

「へーい」

 

 ヌルスの言で緩んだ空気を仕切り直し、一行は再び9層の探索を開始する。

 

 だが、実の所、そこまで心配する必要はなかったようだ。

 

 なぜならば、30分と探索する事もなく、いかにもそれらしい扉が、一行の前に姿を表したからだ。

 

「こいつは……」

 

 クリーグが松明で扉を照らし出す。

 

 不気味な、有機的な彫刻が刻まれた壁の中に、何やら魔術的な文様の刻み込まれた大扉が埋め込まれるように存在している。周囲に比べるとここだけ人造物感が強く、明らかに人為的に用意されたものであるのが伺えた。

 

 これまでと違い、その存在をひけらかすような造りの扉は、はっきりとあるメッセージを示している。

 

 すなわち。

 

 

 

 突破できるのなら、突破してみるがいい。

 

 

 

「……ヌルスさん。どうする?」

 

「挑んでみるしかあるまい? これまでもずっとこうだった。皆もそうだろう」

 

 この後に及んで、臆する者はいない。

 

 あくまでこのメンバーのリーダーはアトラスだ。決定権は彼にこそある。そういうつもりでヌルスが視線を向けると、金髪の剣士はこくり、と厳かに頷いた。

 

「少し休息を取ろう。体調を整えて……最後のフロアガーディアンに挑む」

 

「了解」

 

「ふぃー、やっとフロアガーディアンとご対面か」

 

 アトラスの決断を受けて、扉の前で大胆に荷物を広げる一行。ボスが部屋から出てこないとはいえ、実に割り切った行動である。

 

 それを頼もしく思いつつも眺めていると、不意にアトラスがヌルスを呼び寄せた。

 

「ヌルスさん、少し話が」

 

「む。そうだな、私もいくつか、改めて話したい事があった」

 

 互いに、言いたい事があったようだ。

 

 聞き耳を立てる仲間達を追い払って、二人で少し離れた壁際による。

 

 話を切り出したのはヌルスの方からだ。

 

「まずは。色々と有難う。少し落ち着いてきたら、まあそのなんていうか、酷く迷惑をかけたな……」

 

「ははは。気にしていないよ。9層の道中では随分とヌルスさんに助けられたからね」

 

 むしろ、ヌルスの戦力がなかったら全滅していたまであるとアトラスは言う。実際、出現する魔物はなかなか強力だった。とはいえ、アトラス達だけでもなんとかなっただろう、というのがヌルスの見解だ。あまり買いかぶられても困る。

 

「ただ、この先に待ち受けてるフロアガーディアンについてだけど……」

 

「想定はしている。恐らく、これまでと同じく規格外個体だ。この迷宮を改造した黒幕が、冒険者の侵入を阻むために用意した特別戦力だと」

 

 7層の地竜からして、階層の難易度と明らかに釣り合っていなかった。続く8層は、階層そのものが異常であったといえど、やはり強力にすぎる。

 

 決定的なのは、7層でアトラス達が戦った魔物は違う怪物だったという話だ。つまり、あの地竜は一度きり。フロアガーディアンの構造上、そんな事はあり得ない。

 

 つまり。

 

 あの地竜、合成獣は、何者かが本来のフロアガーディアンに上書きする形で用意したものだ。

 

 それが誰か、何故か、についてはもはや語るまででもないだろう。

 

「そしてこの9層も、ほぼ間違いなくそうだな?」

 

「ああ。私達は恐らく、悪魔の王をモチーフにした魔物が配備されていると考えている。階層が階層だからな」

 

「悪魔の王か……私はそういうの、詳しくないな。どういうのが有名なんだ?」

 

 ヌルスの人間についての知識は、隠れ家で呼んだ魔術書とアルテイシアとの会話から来るものが殆どだ。悪魔というか、民間伝承についての情報は殆ど持ち合わせがない。一般常識として悪魔、すなわちディーモンについての知識はあるが、詳しい逸話などはさっぱりだ。

 

「そうだな。魔宴の王、真鍮の玉座、有名どころはいくらでもいるが、一番有名なのは、やはり悪魔王こと“天蓋の翼”だな。大きな翼をもっていて、夜になると世界が暗くなるのは奴が翼を広げるからだ、なんていう伝承もあるな」

 

「めちゃくちゃデカイって事か?」

 

「ははは。そうだね、そうかもしれないけど……ここで言うのはたとえ話だからな。世界の半分を支配するほどの力を持っている、という解釈になるんじゃないかな」

 

 ふーん、と頷き返しながら、ちょっとヌルスは考えてみた。

 

 自分がものすごく大きくなって、空を覆い隠したらどうなるんだろう。なんだか、それに近い夢を以前見た気もするが……。

 

「まあ、有名どころというならそれをモチーフに魔物を作ってる可能性はあるな。なんか特徴はあるのか?」

 

「剣術の達人という話だ。あと魔術の使い手でもあるらしい。まあ、あくまで伝説だ、詳細は知らないよ。純粋に総合力が高い感じになるんじゃないか?」

 

「じゃあ問題ないな」

 

 ふふん、とヌルスは鼻を鳴らし、アトラスの胸当てを軽く小突いた。

 

「ここには私の知りうる限り最強の剣士がいる。私の魔術だって、ちょっとずるだけどそれなりのもんだ。伝説の悪魔王だか何だか知らないけど、偽物程度に負けやしないさ」

 

「ふっ、責任重大だな。だが悪い気はしない、任せてくれ」

 

「期待している。あとは、10層だが……」

 

 普通の迷宮は、最下層はその迷宮のダンジョンコアと、それを守る最後のガーディアンが待ち構えているフロアのみだという。なので全10層であるエトヴァゼルの場合、9層がラストの階層だった訳だが……。

 

 黒幕が居るとなると、話が変わってくる。

 

「普通に考えると、黒幕が潜んでいるのは10層だ。となると、最後のガーディアンは居ないと見るべきだな」

 

「そうだな。流石に自分が潜む場所に魔物は配備できまい。それもあって、7層、8層、9層に特別な門番を配備したのだろう。この戦いで全てが終わる。……安心してくれ。待ち受けている真実が何であっても、私達は最大限、君に協力する。きっと、君を失望させるような事にはならない。誓うよ」

 

「……アトラス」

 

 なんだか目元が熱くなってきて、ヌルスはごしごしと手で顔を拭った。

 

 すん、と鼻を鳴らして、彼女は扉へと向き直った。

 

「き、気が早いぞ。まだフロアガーディアンとの闘いが残っている。先の事は、奴に勝ってからだ。いいな、犠牲の一人も出しはしないぞ」

 

「ああ、勿論」

 

 扉は未だ、固く閉ざされている。

 

 その向こうに待つであろう過酷な戦いを幻視して、ヌルスは固く決意をかためた。

 

「待っていてくれ、アルテイシア。必ず……私は、君を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

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