望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百五十話 最下層

 

 おいっちに、おいっちに。

 

「んー……」

 

 おいっちに、おいっちに。

 

「……なあ。ヌルスさん、さっきから何を?」

 

「柔軟体操みたいな? まあ、気にするな」

 

 うねうねと体を左右に振るヌルスに、アトラスがふーん、と頷いてカップを傾ける。シオンとクリーグは何やってんだアイツ、と半目を向けてきている。アトソンはもう気にせず、荷物の片付け真っ最中だ。

 

 仲間達の白けた視線を気にかけず、ヌルスは水平に伸ばした腕をウネウネ、と振ると、上半身をぐりんぐりん、と大きく回す。触手も背中から伸ばして、伸び縮みさせながらおいっちに、おいっちに。

 

 動かす体に違和感はない。アルテイシアの肉体にも大分慣れてきたというのもあるが、悪魔王との闘いで肉体に蓄積した重篤な魔力残留障害……痺れやひりつきも完全に解消されている。コンディションはベストとは言い難いが、戦闘には大きな影響はないだろう。

 

 乱れた銀髪を腕で払い、姿勢を正す。こきこき、と首を鳴らし、ヌルスは黒槍を手にした。

 

 懐から取り出した魔力結晶を口に放り込むと、甘露の如き魔力が体に染みわたる。その過程で何かしらの違和感がない事をチェックし、ヌルスは結論を出す。

 

「よし。調子は戻ってきた、少なくとも足は引っ張らないだろう」

 

「そうか。こちらも一通り休憩は終わりだな」

 

 荷物を片付け払ったアトラスが立ち上がる。迷宮の中での休憩という事で万全ではないが、それでも数時間は休憩した事で、皆ある程度調子を取り戻している。それでもアトソンがいなければ傷の治癒まではいかなかったのだから、やはり迷宮探索にクレリックが居るかいないかというのは大きいな、と改めてヌルスは感じ入った。

 

「……いよいよ最終局面だ。一応確認するけど、突入したらまず、10層ボスが現れないかどうかだけ警戒。その様子がなければ、そのまま黒幕を拿捕、あるいは施設を制圧。その上で、ヌルスさんの目的に必要な純結晶を確保する。いいね?」

 

「心得ています。まあ、教義としては欺瞞はよろしくないのですが、今回は人命がかかっていますからね。天も苦笑して目を逸らしてくれるでしょう」

 

「許してくれる、とは言わないのねぇ」

 

 シオンもスカートを払いながら立ち上がる。主要武器であるナイフを引き抜き、その輝きを確認して鞘に戻す。

 

 クリーグやアトラスも準備万端。アトラスはうっすらと金色の輝きを帯びる剣身を確かめながら、その輝きを見つめている。

 

「どういう理由でこの力を発揮しているのか分からないが、まだ使えるというなら有難い。切れ味そのものは悪いからなあ」

 

「ほとんど尖った棍棒みたいだったよな、それ」

 

「うーん。私には分からんな。アルテイシアなら何かわかったかもしれないが……今後に期待しておいてくれ」

 

 金属魔術なんてものを使うのだから、もしかするとこういうのにも詳しいかもしれない。まあ、彼女が目覚めているという事は、ヌルスの意識はないのだから、その秘密を彼女が知る事は結局ないのだろうが。

 

 しかしそれも、目的の物を手に入れれば、の話だ。

 

「さて。休憩は十分。そろそろ、突入するか」

 

「いよいよだなー……」

 

 皆でぞろぞろと、悪魔の玉座がある岩盤の前に集まる。

 

 いつもであれば、転移陣が刻まれている壁面。しかし今回はそこにいつもの青い輝きはなく、何かしらの紋様が刻まれているだけである。

 

 一行が近づくと、反応したように岩壁がせりあがる。土埃を巻き上げて上昇していく岩肌に、ぽっかりと大きな穴が開いた。

 

 ずずん、と音をたてて岩肌の変化が停止する。果たして、そこには地下へと続く螺旋回廊への入り口が開いていた。

 

「なるほど。最下層だけは他と繋がり方が違うというが」

 

「実質これを見た時点で迷宮攻略みたいなもんだからな」

 

 口々に感想を言いながら回廊へと乗り込んでいく。人に反応したように、壁面にぼっ、と青い炎が灯って照らし出すのを見て、ヌルスが赤く魔眼を輝かせた。

 

「……罠はないな。単純なインフラのようだ」

 

「まるで侵入者を歓迎しているかのようだな……不気味だ」

 

 警戒しながらも、足を止める事なく螺旋回廊を降りていく一行。

 

 螺旋回廊は長く続き、地下深くへと続いていく。皆が無言で階段を下りていく中、ふと思い出したようにアトラスがヌルスに語り掛けた。

 

「そうだ、ヌルスさん。こんな時にいうのもなんだけど、外に出たらどうするんだい?」

 

「え?」

 

「だって、外に出たらこれまでみたいに魔力結晶で食事を済ませる事もできなくなるし、人間の食事が必要だろう? どうやって食べていくんだい?」

 

 アトラスの指摘に少し考え込んで、ヌルスはその意味を理解する。

 

「……え?」

 

 はわ、と口と目が見開かれる。頬に手を当ててヌルスはその場で竦みあがった。

 

「あ、いや。……確かに! どうすればいいんだ私は!?」

 

「何のプランもなかったのかい……?」

 

「外の世界も知らないのにプランの立てようもないだろ! 大体、外に本当に出れるなんて可能性低かったし……」

 

 なあにそれ、と一行が苦笑する。一方、ヌルスはここにきて沸いてきた新たな問題にむぐぐぐ、と眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

 

「ま、まってくれ。なんか考える。うーん、うーん」

 

「はははは。まあ考えがあるならいいんだが……一つ、提案はどうかな」

 

「ん?」

 

 何かあるの? と首を傾げるヌルス。一方、何かを察したシオンがはっと振り返る。女シーフの心の機微に気が付く事もなく、アトラスは明日の昼ご飯のメニューでも提案するように話を切り出した。

 

「ここを出たら、私の故郷に共にこないかい?」

 

「へ……」

 

「私の故郷に魔術師は少ない。君のような優秀な魔術師が来てくれれば、皆も喜ぶ。君はそこで、アルテイシアの意識が目覚める時をゆっくりと待てばいい。どうだろうか、悪い考えではないと思うが」

 

 まさかの、ヘッドハンティングである。

 

 有難いと言えば有難いが、ヌルスは困惑した。

 

「ま、待て待て待て、正気か!? 私程度の魔術師そこら中に居るだろ、初級魔術しか使えないんだぞ!?」

 

「迷宮8層までソロでたどりついておいてそれは通らねえだろ」

 

「魔術師は学者だ! 戦闘力で測らないでくれ」

 

 クリーグの茶化しに言い返してヌルスは頭を抱える。有難い、有難いのは事実だが買いかぶられている気がする。

 

「はっ、そうか、アルテイシアだな!? 彼女が目覚めれば学院創立以来の大天才が君の部下になる訳だ、それが狙いだな!? なかなか策士だなアトラス、君がそういう手を使うとは思っていなかったぞ」

 

「いや普通にヌルスさんが欲しいけど……」

 

「ま……まって! アトラス、私は? 私は要らないの?!」

 

 ぐっ、とヌルスを押しのけてシオンが話に割って入ってくる。きょとんとする金髪の剣士に、シオンはいつもの半目はどこへやら、やたらと必死にアピールを始めた。

 

「わ、私これでもシーフとしての才能はあったみたいよ!? お買い得よ! こう、館の警備とか、家族の護衛とか! 役に立つわ!」

 

「え、でもシオン、孤児院の方はいいの?」

 

「私一人いなくなってもどうにかなるわよ! それにこう、雇ってもらって仕送りとかした方が断然孤児院は助かるし! ど、どうかしら!?」

 

 必死なシオンに、クリーグとアトソンが顔を見合わせてくすりと笑う。ヌルスは自分を押しのけてきた指を押し返すと、半眼でがっちりと背後から彼女にしがみついた。

 

「こら、今は私の話だ」

 

「だ、だって、だってぇ」

 

「いやまあ、シオンも来てくれると助かるけど……いいのかい? 私の故郷、そこそこ遠いけど……」

 

 アトラスの返事にシオンがぴたり、と動きを止める。

 

「ほんと!? やった、やっぱなし、とかなったら許さないから!」

 

「? そんな事しないけど……ヌルスさんはどうする?」

 

「前向きに考えておくよ。それより、ほら。先の話をしているとロクな事にならんぞ。出口だ」

 

 ヌルスが指し示す先、螺旋回廊の終わりが近づいてきていた。階段が途切れ、固く閉ざされた扉がある。

 

 あれが、この迷宮の最奥部に通じる扉だ。緩い空気が漂っていた一行も、流石に顔を引き締める。

 

「……いよいよか」

 

「手筈通りにいくぞ。私がまず突入する、皆はフォローを頼む

 

「触手の私が一番の方がいいと思うんだがなあ。まあいい、わかった」

 

 顔を見合わせて、ドアの前に並ぶ。数秒の沈黙の後に、アトラスが扉を蹴破った。

 

「突入!!」

 

 飛び込むようにして前転し、黄金の剣を構えたアトラスが部屋の中央へ躍り出る。その後から、仲間達と共にヌルスも続く。

 

 最後のフロアは、今までのフロアガーディアンの部屋を二回りほど広くしたようなドーム状の空間だった。本の知識通り、迷宮ではなく、最後のボス部屋だけが存在しているらしい。円形の床には青く光る魔法陣が刻み込まれ、ゆっくりと明滅している。壁にはずらりと青い炎が灯り、部屋を薄暗く照らし出している。

 

 存在するのはそれだけだ。冒険者の侵入に反応して出現するはずの最後のフロアガーディアンの姿はない。

 

 膝をついたまま警戒を続けるアトラスの横に並び、ヌルス達は油断なく警戒を続けた。

 

「フロアガーディアンの姿はない……か」

 

「人間の気配もない……」

 

「誰もいないね」

 

 想定した中でも一番拍子抜けするケースだろうか。長い年月の果てに黒幕の魔術師は逝去し、実験設備だけが残されたのだろうか。ヌルスは瞳を赤く輝かせ、部屋の魔力の流れを確認しようとする。

 

 途端、薄暗い部屋がまばゆいばかりの輝きに満たされ、うっ、と彼女は声を上げて呻いた。

 

「ヌルスさん!?」

 

「だ、大丈夫だ。魔力の光に目を焼かれただけだ……上か?」

 

 魔眼の接続を切ってもチカチカする目を押さえながら、ヌルスは一瞬だけ見えた魔力の流れを追って顔を上げた。霞む視界で、暗く閉ざされた頭上を見つめる。

 

 果たして、そこにそれはあった。

 

 

 

 光を凝集したような白の結晶。

 

 闇よりもなお暗い黒の結晶。

 

 

 

 青い炎に照らされて、天井近くの高さにある巨大な肉塊の中。どくんどくんと脈打つ肉塊の一部が透明なカプセル状になっており、その中に二つの結晶が収められている。まるで巨大な卵のようだ。あるいは、心臓か。

 

 それらが、この迷宮から集められた魔力と魔素の結晶体である事は疑いようがない。

 

 やはり、存在したのだ。

 

「あれが……!」

 

 興奮と期待に息を飲むヌルス。本当に願っていたものが目の前にあるという事実に視界が涙で霞む。

 

「魔力と魔素の純結晶体……! 本当に存在したのか……」

 

 

 

『ソノ通リ。ソレコソガ私ノ研究成果ノ結晶ダ』

 

 

 不意に。

 

 くぐもった、第三者の声が広間に響いた。

 

 

 

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