望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百五十一話 巣窟迷宮の魔術師

「何者だ!?」

 

 弾かれたように皆が臨戦態勢に移る。アトソンを中心に円陣を組み、闇の中へくまなく視線を巡らせるが、声の主の姿は見えない。

 

「人の気配なんかなかった……!」

 

「姿を表せ……!」

 

『ヤレヤレ、人ノ住居ニ踏ミイッテ置イテ随分ナ言イ草ジャナ。マア、ヨカロウ』

 

 男か女か、若いのか年老いているのか。声の調子からはそれすらも分からない。

 

 ただその慇懃無礼な口調は、明らかにこちらを見下したものである。

 

 性格悪そうだな、とヌルスは考え、はたと眉をひそめた。

 

 そういえば。

 

 ずいぶん昔のような気がするが、似たような事を考えた事があった気がする。あれはいつだっただろうか。

 

『ア゛、ウン。シカシ久シブリニ人ト喋ルカラ、発音ガオカシイノ。……んん゛、こうかの? よしよし。さて、今から姿を見せるからの。問答無用で攻撃、なんて無粋な真似をするんじゃないぞ』

 

 言って、アトラス達の正面、壁の中からまるで浮き上がるようにして、黒いローブ姿が歩み寄ってくる。その足音は酷く軽く、やせ衰えた老人のようだった。それにしてはその歩幅はしっかりとしており、やはりちぐはぐとした印象を受ける。

 

 パーティーの間に緊張感が高まり、各々が武器を強く握りしめる。その中で、む、とヌルスだけが顔をしかめた。

 

 何か違和感がある。まるでかつてのヌルス自身のように、人間以外が人間としてふるまっているようなぎこちなさを感じる。

 

 目の前のこれは本当に人間なのか。彼女は息を潜めて相手の出方を伺った。

 

『それにしても、執行者三匹を倒してここまでたどり着くとは大したものだ。冒険者風情に倒せるようには作っていなかったのだがな』

 

「やはり、あの魔物は人為的に……!」

 

『そうだとも、自信作だ。なかなかよく出来ていただろう?』

 

 剣を本格的に突きつけるアトラスの敵意を飄々と受け流し、フードの下で首を巡らせる怪人物。その意識が自分に向けられている事に気が付き、ヌルスはぎょっとして黒槍を握りしめて半歩下がった。

 

「な、なんだ……」

 

『いやなに、贈り物は気に入ってもらえたようだなと思ってな』

 

「……この黒服、お前が置いていったものか?」

 

 ヌルスが今着ている黒いドレスは、8層で木箱の中に入っていたものだ。あまりにも雑かつ適当で歪な置き方に、正直罠を疑ったのは記憶に新しい。

 

 迷宮のドロップ品などではないのは明白だったが、まさか黒幕からの贈り物だったとは。正直想像もしていなかった真相に、ヌルスの声がちょっとだけ明るく跳ねた。

 

「そ、そうか。頑丈なので重宝している。しかしなんでまた?」

 

『地竜相手の健闘を称えて、だな。あの大爆発では戦利品も残らないだろうと思って、心づくしをな。デザインには自信があったが、うむ。よく似合っているじゃないか』

 

「ははは、いや何、アルテイシアが美人だっただけでな。うむ、そうか、ふむ。似合っているか……むふふ」

 

 褒められて露骨に嬉しそうなヌルス。何やら一転して和やかな雰囲気が両者の間に漂っている。

 

 ちょろいヌルスはすでに早速「こいつ悪い奴ではないのでは?」なんていう気分になってきていた。人に善意で贈り物をするような奴がそんな心底邪悪ではあるまい、的な。アルテイシアの名誉やら容姿やらを貶めていないか常に気にしている彼女からしても、似合っている、というのはかなりの誉め言葉である。

 

 しかしながらその会話を横で聞いていたアトラス達は、じろりと半眼で怪人物を睨みつけて、無言でヌルスに身を寄せた。上着で隠されているとはいえ煽情的に肌を露出している彼女の姿を極力怪人物の視界に入れないようにしてスクラムを組む。

 

 彼らの怪人物への心証は、得体の知れない危険人物から、無知で純粋な少女をだまくらかして破廉恥な格好をさせる危険人物へとクラスチェンジしていた。同じ犯罪者でもジャンルが違うというか、より低俗かつ軽蔑的なそれである。

 

 保護者一行の雰囲気が剣呑なものになったのを感じて、ヌルスが小首をこてり、と傾げた。

 

「ん? どうした皆? というか前に割って入らないでくれ、会話できない」

 

「これ以上話す必要はないよ、ヌルスさん。こっちにはこっちの目的がある。……一度だけ警告する、迷宮の主。貴方にはギルドから迷宮の私物化をはじめとする数多くの嫌疑がかけられている。こちらとしても必要以上に手荒な事はしたくない、ここで投降しろ」

 

『おお、まるで犯罪者のような呼ばわりだな』

 

 くっくっくっ、フードの下で怪人物が笑う。その態度に、一行はいささかの違和感を覚えた。

 

 成程、目の前の人物が優れた魔術師である事は疑う余地もない。だが、すでに彼我の距離は魔術ではなく近接戦のそれだ。どれだけの高速詠唱を行えたとしても、魔術が発動するよりも先にアトラスの剣がその腕を断つ。それに、荒事となれば背後に庇っているヌルスとて容赦はしない。それらの事は、相手も承知している筈。

 

 状況は怪人物にあまりにも不利なはず。なのにこの余裕はなんだ?

 

 リーダーであるアトラスがいつでも切りかかれるように腰を低く落とす。その緊張がパーティーにも伝播し、自然と一行が戦闘態勢に入る。きょとんとしているのはヌルスだけだ。

 

 そんな一触即発の状況を分かっているのかいないのか、怪人物は呑気に世間話を続ける。

 

『おお、怖い怖い。交渉も提言も聞かぬ、といった有様だな。ううむ、困ったな。……そういう訳なので、そこのヴィヴィアンだかヌルスだかといったか? ちょっと提案があるんだが』

 

「ふんむ?」

 

 話を聞くだけならまあ、と耳を傾けたヌルス。だが、続く内容は彼女の気分を大いに害するものだった。

 

『どうだ、その一行と手を切って私の元に来ないか?』

 

「………………ほぅ?」

 

 威圧的に目を細めるヌルス。ぐり、と黒槍の石突きで地面をえぐりながら、表向き冷静に話の続きを促す。

 

「それはどういう?」

 

『何、事情は知らぬが、君は魔物との融合体なのだろう? 故に、迷宮の外に出る事ができないはず。ここまで来たのも……私が作り出したこれが狙いで、間違いないな?』

 

 怪人物はそっとローブから枯れ木のようにやせ衰えた腕をつきだし、頭上のこれ……魔力と魔素の純結晶を精製する生きたカプセルを指さした。

 

『もしそこの冒険者一行を排除するのに協力してくれれば、君にこの設備を譲ろうじゃないか。私にも必要なものなので今作っている分は渡せないが、その後なら好きなようにして構わない。どうだ、悪い取引ではあるまい?』

 

 その言葉に、ぎょっとしたのはアトラス達だ。彼らはヌルスの事情をよく把握した上でそれを尊重している。今更ヌルスが自分達を裏切って敵対するだなどと考えはしないが、その提案が彼女を苦しませるのではないか、と心配そうに視線を向ける。

 

 が、それは要らぬ心配であった。

 

「……ああ。なるほど。こちらの事情を、よく把握した上での適切な交渉だな」

 

 穏やかに対応していたものから一転して、ヌルスの視線が冷たく張り詰める。

 

 怪人物の提案は、確かに理にかなっている。道理ですらある。

 

 それだけを見れば、真摯な提案であるとすらいえるだろう。もしヌルスが今も孤独に一人で生きている魔物であれば、喜んでそれに従ったかもしれない。

 

 ただ、今のヌルスにとってはそうではない。その提案によって、ヌルスは目の前の相手を敵として断定する事に、もはや聊かのためらいもなかった。

 

「なかなか魅力的な提案ではある。だが残念ながら、一手遅かったかな。すでに私の就職先は先約済みでな、今から乗り換えるという訳にはいかない」

 

『そうか、それは残念だ』

 

 口調とは裏腹に、さしてそんなそぶりも見せず、怪人物はローブの下で首を竦める。人を食ったような態度に肩眉をしかめながら、ヌルスは黒槍を突きつけるように構え、糾弾した。

 

「それに。……二つ目があるというのは嘘だろう? 見た所、あの精製設備はダンジョンコアを利用したものだな。精製した結晶体を取り出せば、コアは停止して迷宮は消滅する、といったところか? よくもまあ抜け抜けといったものだな」

 

『ふふ、それはどうかな。まあ真実がどうであれ、君はもう私の話を聞くつもりはないようだな。残念だ』

 

 交渉にもなっていないが、話は終わりと見て取ったのだろう。アトラス達がじり、と武器を手に、慎重に互いの間合いを測る様に動く。

 

 警告は一度だけと告げた。

 

 臨戦態勢のアトラス達を前に、しかし、怪人物は余裕の態度を崩さない。そんな彼に、一行を代表してヌルスが通告を下す。

 

「そういう訳だから、お前をふん縛って欲しいものは頂くことにする。覚悟しろ」

 

『やれやれ、手荒な事だ。ところで、一ついいかな?』

 

「なんだ?」

 

 怪人物の問いかけにヌルスが頷く、その瞬間の間隙を狙ってアトラス達が動いた。

 

 アトラスが金色に輝く剣を振りかざして前進し、身を低くしたシオンが高速で相手の背後に回り込む。クリーグはそれらのフォローに回る。

 

 熟練冒険者三人による連携攻撃。

 

 手練れの剣士であっても一人でそれを捌ききるのはほぼ不可能。ましてや魔術師であればなおさらの事。人間には能力の限界がある。

 

 いかな鍛えたとして、いかな素養に恵まれたとして、無理なものは無理である。

 

 だが。

 

 

 

『私が。自分で作った魔物より弱いなだと、どうしてそう考えたのかね?』

 

 

 

 稲妻が、炎が、氷が。複数の属性の攻撃魔術が、全く同時に煌めいた。

 

 詠唱もなく、前兆もなく。

 

 突如として怪人物の周囲に吹き荒れた攻撃魔術によって、三人の冒険者が薙ぎ払われる。シオンは壁に叩きつけられ、アトラスとクリーグはヌルスの元まで吹き飛ばされた。慌てて彼女とアトソンが駆け寄り、それぞれ剣士二人を抱え起こした。

 

「アトラス、しっかり!」

 

「大丈夫だ。直前で背後に飛んだから、見た目ほどダメージは受けてない。シオンとクリーグも同じだ」

 

「そ、そうか。よかった」

 

 見れば言葉通り、壁に叩きつけられたように見えたシオンもすぐに身を起こし、バックステップでこちらに戻ってきている。左肩を抑えてはいるが顔色は悪くなく、軽く打ったというだろう。クリーグの方も、すでに身を起こして蛮剣を構えている。

 

 しかし、とヌルスは怪人物へと視線を巡らせた。

 

 相手はその場を一歩も動かず、その場に佇んでいる。その周囲に、パリパリと火花や小さな雷撃が渦巻き、空気を弾けさせた。

 

 詠唱の予兆はない。ニコライ式でも、エジニアス式でもない。

 

 全く未知の、恐らくは独自に構成した魔術式。その成果を誇る様に、ローブの下で魔術師は腕を広げ、胸を張るように高らかに宣った。

 

『我が名はヴァルザーク。ヴァルザーク・ル・カイン。ニコライ・ルクスリアの名を過去のものとする、偉大なる大魔術師である。我が研鑽の果て、魔術の神髄……冥途の土産に焼き付けていくがいい!』

 

 威風堂々たる、傲慢なる口上。

 

 それが、巣窟迷宮エトヴァゼルにおける、最後の戦いの口火を切った。

 

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