望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百五十二話 禁忌の魔術

 

「ちぃっ!」

 

 真っ先に動いたのはヌルス。

 

 膝をつくアトラス達の前に出ると、黒い槍を翻して立ちはだかる。

 

 得体の知れないヴァルザークの魔術に対し、同じく既存の系統から外れた触手翼を展開。上着を捲り上げて展開される四枚の翼に、ヴァルザークが興味深そうに声を上げ、フードの下で首を傾けた。

 

『おぉ……実際に目視するとなおさら興味深い。完結した魔術詠唱器官、それも四つ同時に展開するとは。人間の処理能力では到底不可能だ……』

 

「だったらついでに味わっていけ!」

 

 雷と炎の矢を立て続けに解き放つ。一般的な魔術詠唱は一度に一つしか発動できないので、この1秒に満たない連撃を相殺するのは不可能、それが魔術の常識だ。

 

 しかし、この相手は違う。

 

 再び詠唱もなく虚空から吹き上がった炎と雷が、ヌルスの矢を叩き落す。そればかりか過剰な破壊力がこちらまで伸びてきて、ヌルスは黒槍を振るってそれを払い落としてアトラス達を守った。

 

 やはり、事前動作らしきものは見いだせなかった。

 

 だが二度目ともあれば原理は分かる。

 

 ヌルスは目を赤く輝かせ、ヴァルザークの魔術の絡繰りを論破した。

 

「完全に自分専用に調整した術式を展開しているな? 口上で詠唱するのはそれが一般的な術式の起動コード認証方法だからだ。逆に言えば、完全に汎用性を捨て、それだけの為に多大な時間と労力を割けば、無詠唱での発動は可能だ。効率が悪いがな、暇を持て余した老人の戯れだ」

 

『言ってくれる。だが、同時に違う属性の魔術を発動しているのはどう説明する? 君とて、魔術式を自己完結した上で遠ざける事でようやく、別属性の同時発動を可能にしているのだろう? 私はそんな事をしていない』

 

「ふん……ものはいいようだな。私の目を誤魔化せると思ったか?」

 

 この空間、正確には壁面などに膨大な魔力が流れているため、ここで魔眼を使うとちかちかする。それ故に最初は分からなかったが、慣れてくればある程度見通す事が出来る。

 

 ローブの下に見透かせる、ヴァルザークの魔力の流れ。それが明らかに通常の人間のそれと違う事をヌルスは見抜いていた。

 

「貴様、自分の肉体を改造しているな? それが主なのか別の副産物かは知らないが、人間のそれではない。その特異な躰の造りを利用して、複数の魔術を詠唱していると見た! 結局は種のある手品に過ぎない、何が大魔術師だ、ペテン師め!」

 

『くくく。真正面からそう言われると少し傷つくぞ、くくく』

 

 左の人差し指を突きつけながらのヌルスの指摘に、ヴァルザークはフードの下で認めつつ、低く笑う。

 

 その仕草に、ヌルスは妙な余裕を見て取り、目を細めた。

 

 別にヌルスも人間に詳しい訳ではないし、直接会話した人間は数えられるほどだ。それでも、人間がどういう生き物かは少しずつ理解しているし、その上で、ヴァルザークと名乗ったこの魔術師は分かりやすい男だと断言できる。

 

 強烈なまでの自己顕示欲と自負心。傲慢、増長にまで踏み込んでいるほどの肥大化したエゴが、短い会話からでも透けて見える。にも関わらず、そんな男が、自らの魔術をペテンと嘲笑われても嘲笑を返すのみ。明らかに違和感がある。

 

 人間に限らず、知性体であるならば、自らが心血を注ぎ込んだ生業を貶められて冷静でいられるはずがない。

 

 何か、何か解釈を間違えたか。ヌルスは内心焦りを感じつつも、次の手を打った。

 

 再び、攻撃魔術の連射。今度は氷と炎……予想通り、見せつけるように同じ属性の、より上位の攻撃魔術でヴァルザークがそれを相殺する。

 

 間近で炸裂した氷塊から袖で顔を庇いつつ、ヌルスは炎と氷が生み出す靄に隠れるように後退した。背後で状況を見守っていたアトラスに小さく振り返り、背中の触手翼を見せつける。

 

 にゅるり、と触媒を切り替える。紫色の魔力結晶……それだけで二人の間には意味が通じた。

 

 互いにコクン、と頷き合い、アトラスが再び前に出る。

 

 黄金の剣を輝かせながら駆け寄ってくる剣士を前に、ヴァルザークは露骨に興が削がれたように不満を述べた。

 

『私は今、レアケースの実地検分に忙しいのだが。少し下がっていたまえ』

 

 バリリ、とその両脇で雷が渦を巻く。高レベルの雷撃魔術、金属装備で固めた前衛剣士には致死の一撃だ。

 

 逆巻く死の稲光に、しかしアトラスは躊躇せずに向かっていく。

 

 蛮勇ではない。それは、信頼によるものだ。

 

 それに応えずして何が仲間か、とヌルスは翼を広げた。そこに輝くのは、始原の魔力を宿した紫色の魔力。現実空間を歪める輝きが、暗闇を照らす。

 

『おぉ……?!』

 

「アトラス、伏せろ!」

 

 ドンピシャのタイミングで、屈んだアトラスの頭上をD・レイの輝きが通過していく。それは今まさにアトラスに襲い掛かろうとしていた雷撃魔術を空間ごと捻じ曲げ、一方的に通過した。狙いが外れた雷撃が明後日の方角に落ち、まっすぐ飛翔する歪みの魔弾を前に、さしものヴァルザークも身を翻して回避する。

 

 咄嗟に動いて姿勢を崩したインテリ魔術師に、肉体を鍛えた屈強な剣士が切りかかる。

 

 咄嗟にヴァルザークが右手を掲げるが、アトラスは構わず宝剣サダラーンを振りかぶった。普段ならいざ知らず、この黄金の輝きを帯びている時のサダラーンは並大抵の抵抗をものともしない。多少の攻撃魔術で迎撃されても、それごとヴァルザークを両断するだろう、ヌルスは数秒後の未来を確信して拳を握りしめた。

 

 チェックメイト。

 

 だが、しかし。

 

「っ!?」

 

 確実に詰めの状況に持ち込んでおきながら、アトラスは不意に攻撃を中断し、剣を盾にするように構えた。

 

 何故、と問うよりも早く、ヴァルザークの手に魔力が輝く。

 

 

 

 漆黒を帯びた、赤い稲妻。

 

 

 

 甲高い破砕音。

 

 

 

 直後。確かに黄金の輝きを宿す宝剣でガードしたはずのアトラスの躰が、勢いよく背後に向けて吹き飛ばされた。自ら飛んで威力を殺したとかではなく、絶大な運動力によって鍛えられた青年の体が宙に浮く。

 

 遅れて、バラバラと銀色に輝く何かが、彼の吹き飛ばされた進路上に飛び散った。

 

「な……」

 

 それが、何であるか最初、ヌルスは理解できなかった。否、理解を拒絶した。

 

 振り返ると、蹲って動かないアトラスの元にアトソンが駆け寄り治療を開始している様子が見て取れる。幸いにしてその体に目立った傷はない、咄嗟に盾にしたサダラーンが攻撃を受けきったのだろう。だが、その宝剣の姿は、彼の手の中にない。

 

 振り返り、前を見る。

 

 カラカラと音を立てて散らばる、金属の欠片。どこかくすんだ銀色の。

 

 

 

 宝剣サダラーンの、成れの果て。

 

 

 

「うそ……」

 

「あの状態のサダラーンが……一撃でっ……」

 

 頼れるリーダーの愛剣、8層9層とその威力を見せつけた宝剣のあまりにもあっけない最後を前に、メンバーから動揺の声が上がる。

 

 動揺しているのはヌルスも同じ。だが、彼のそれは、他のメンバーのそれとは少し毛色が違っていた。

 

「これ、は……」

 

 その異様なまでに鋭利な破砕面、そして歪で幾何学的な砕け方には覚えがあった。

 

 他ならぬ、ヌルスが幾度となく放ってきた歪みの魔術。それによって滅ぼされた、犠牲者の哀れな残骸にそれはとてもよく似ていたのだ。

 

「ま、さか……まさか……!!」

 

 戦慄に顔を青ざめさせながら、ヌルスは左手で顔を押さえた。わなわなと震えながら、指の間からヴァルザークを注視する。

 

 まさか。

 

 そんな筈は。

 

 必死に恐れを覆い隠すヌルスの様を楽しむように、ヴァルザークは身を起こして笑った。ローブの下で誇らしげに両手を広げ、鉤爪のような細い指を天に向かって握りしめる。

 

『ふ……ふふふ……ふふふふふはははは! そうだとも! ヌルスよ、君は素晴らしい! わかるか、君だからこそ! この世において、今、ただしく我が偉業を理解できるのは、そう、君だけであろうよ! 天の巡り合わせとやらに、今、私は感謝しているとも、そう、大いにだ! はははははは!!』

 

「き……貴様……。その、その魔術は……まさか……」

 

 

 

『そうだとも! 我は、人間には手の届かぬ領域……歪みの魔術を! 歴史に名を遺す大魔術師の数々が、あのニコライ・ルクスリアでも不可能と諦めた大偉業を! 成し遂げてみせたのだ! ははははは!!』

 

 

 

 大銅鑼のようにヴァルザークが高らかに笑う。その右手の中、バチバチと赤い稲光が弾けて肌を伝う。それに応じるように、彼の周囲の空間が、ひび割れるかの如く歪に捻じれる。

 

 そこに込められているのは、見間違いようもない。ヌルスの歪みの魔術と同じ、始原の魔力。魂を引き裂き、命ある物全てを滅びに導く、世界における歪みそのもの。

 

 その事実を。

 

 ヌルスは認め、恐れる他は無かった。

 

 

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