望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百五十六話 妄執の果てに

 

 

 静寂の訪れた10層広間。

 

 人知を超えた力によって破壊の限りを尽くされた戦場の中心で、重なりあう二人の影。

 

 昏き貌のヴァルザーク。

 

 ヌルス。

 

 二人は、抱き合うようにして動きを止めている。

 

 そして。

 

 ヴァルザークの背からは、血に塗れた繊手が一つ、鋭く突き出していた。

 

『ああ』

 

 ぼそり、とヴァルザークが小さくつぶやく。

 

『走馬燈というのは、こういうものか』

 

 びしり、とその燃える三眼に罅がはいる。

 

 蟠る黒い闇は、煤けた灰色へ。炎は塵と消え、闇に溶け込むように消えていく。

 

 さら、とその躰であった全てが、僅かな灰となって崩れ落ちていく。魔物は、死ねば僅かな結晶を残して灰に還る。そこに例外はない。

 

 それが、昏き貌のヴァルザーク……魔術師ヴァルザーク・ル・カインであった魔物の、最後だった。

 

 あとには一握りの灰と、心臓のような形の赤い魔力結晶だけが残される。

 

「……ヴァルザーク……」

 

 それを見下ろすヌルスの心に過ぎるのは勝利の喜びではなく、大きな寂寥感だった。

 

「…………」

 

 彼が、最後に何を見たのかは知らない。

 

 何を思って生き、何を思って魔物と化したのか、もはや知る術はない。

 

 確かなのは、一人の偉大なる魔術師が、その偉業を世に知らしめる事無く、ただここで消えたという事実だけ。

 

 思えば、ヌルスの始まりは彼に与えられたものだ。

 

 ヴァルザークが残した隠れ家で命を繋ぎ、彼の残した魔術所から知識を得た。もしヴァルザークがこの迷宮に潜んでいなければ、ヌルスはあくまで数多いる触手型魔物の一匹として、何も為せず何もできず、恐怖の中で活動を終えていた事は違いない。

 

 歪みの魔術の道に進んだ事すら、何か奇妙な運命のようにすら感じる。

 

 憎くて彼と殺し合った訳ではない。ただ、互いに譲れないものがあっただけ。

 

 で、あるならば、最後に告げるべきはこの言葉だろう。

 

「我が師よ。さようなら……そして安らかに」

 

 魔物と化した彼の魂が、人の世で言う天国にいけるのかはわからない。だが、魔物のヌルスでも、冥界の入口には踏み込めたのだ。かつて人であった彼の魂が、いけないという道理はない。

 

 まだ貫いた感触の残る右手と左手を合わせ、ヌルスはしばし、失われた者のために祈った。

 

「……いたっ。くぅ……」

 

 と、合わせた右手がピリリと痛む。

 

 無茶をした自覚はある。どうなっているのか確認するのが怖いなあ……と現実逃避しながら、ヌルスは仲間達に向き直った。

 

「おーい、皆。勝った……ぐぼぉぅ!?」

 

「ヌルスさんのお馬鹿ーーーーっ!?」

 

 が、言葉を最後まで告げる事はできず、飛び込んできたシオンにラリアットのような抱擁を受けて背後へと吹っ飛ばされた。いや、正しくそれは攻撃であったのだろう。

 

 背後へと倒れ込むヌルスの体に空中で絡みつき、シオンはそれはもう華麗な関節技をキメていた。床に転がされたヌルスの首や肩が完全に抑えられ、メキメキと嫌な音を立てる。

 

「め、めぎぃ!? ひぎぃ!?」

 

「毎度! 毎度! 自分を省みない無茶をして!! 仲間の、気持ちも、省みなさい……っ!!」

 

「ぎ、ぎぶ! ぎぶあっぷ! らめえしんじゃうぅ!?」

 

 たっぷたっぷと無事な方の腕で必死にシオンの腕を叩くが、解放される様子はない。呼吸困難と激痛で泡を吹くヌルスが真面目に命の危機を感じ始めた頃、ようやく救いの手が差し伸ばされた。

 

「シオン、とりあえずそのあたりに。本当にヌルスさん死んじゃうから。蟹みたいに泡吹いてるから」

 

「……はーい」

 

 リーダーの静止に、しぶしぶ、といった感じでヌルスを開放するシオン。ヌルスは解放されて新鮮な空気を喘ぐように取り込んで、自由に息が出来る事に安堵した。

 

「げほっ、げぇほっ、げほっ」

 

「大丈夫、ヌルスさん。ほら、立てる?」

 

「す、すまない、げほっ、アトラス……」

 

 差し伸ばされた手を握り返すと、ぐっと身体が引き起こされる。勢いあまってつんのめるヌルスを、アトラスは優しい手つきで支えた。

 

「お疲れ様」

 

「あ、ああ……なんとかなったよ。私はヴァルザークに勝利した。皆のおかげだ」

 

 アトラス達が時間を稼いでくれなければこの勝利はなかった。

 

 そもそも、ヌルスはアトラス達にこの戦い、出来る事はないとすら考えていた。それを覆し、ヴァルザークに抗った彼らの強さを、ヌルスは心から尊敬する。

 

 その気持ちが百分の一でも、伝わればいいのだが。

 

「そう言われても、なんだか実感がないなあ。凄かったのはヌルスさんだし……」

 

「そんな事はない、アトラス達の方がすごかった。私は最後にいい所をもっていっただけだから」

 

「ふふ。ヌルスさんがそういうなら、そういう事にしておこうか」

 

 握り合った指を、名残惜し気に離す。見れば、クリーグやアトソン達もこちらに向かって集まってきている。

 

 彼らも口々に、ヌルスを労った。

 

「お疲れ、ヌルス」

 

「ご苦労様でした、ヌルスさん。おかげさまで、私達も助かりました」

 

「いやあ、そんな事は……はははは」

 

 ヴァルザークの消滅を前にしたときは虚しささえ覚えたが、こうして仲間達と言葉をかわすと、じわじわと実感が沸いてくる。

 

 ヌルスは、やってのけたのだ。

 

 最弱の魔物が、ついに迷宮を踏破し、最後の戦いに勝利した。迷宮の頂点に立ったのだ。多少変則とはいえ、ヴァルザークはそこらのフロアガーディアンなど鼻で笑える圧倒的強者だった、むしろ箔がつくというもの。

 

「えへへへ……やった」

 

「じゃあこれからお説教タイムね」

 

「え」

 

 背後に回ったシオンが、再びがっちりと腕を後ろ手に押さえる。クリーグとアトラスが、圧力をかけるようにヌルスの前にたった。救いの手を求めてアトソンに目を向けるが、彼はそっと、柔和な笑顔のまま、はっきりと首を横に振った。

 

 ヌルスの顔がさあっと青ざめる。

 

「ま、まってくれ!? それは終わったんじゃないのか!?」

 

「いやさっきのはあのまま続けてたらヌルスさんが死ぬと思ったから止めたのであって、お説教自体は全く持って終わってないから」

 

「今回ばかりは俺も同意だからな。奔放な魔物にはここらで一度、人間社会の協調性、ってもんを教え込まないといかんな」

 

 いつもは後ろでゲラゲラ笑っているポジションのクリーグですら、今回は目がマジだ。つぅ、とヌルスの頬を冷や汗が伝った。

 

「い、いや、私にも考えがあってだな?」

 

「うん、知ってるよ。そのあたりもわかってる。でもそれはそれ、目の前で肉盾になって身体を引き千切られたり鮮血ぶしゃあしてる友人を見てるしかないこっちの気持ち、考えた事ある? ないでしょ? 私達が怒ってるのはね、ヌルスさんのそういう所。何か言い返す事ある?」

 

「あわわわわわ」

 

 全く持って言い返せない。アトラスの指摘は図星であった。

 

 勿論、本当にあれしかなかったのは事実だ。歪みの魔術を受けても再生可能なヌルスの触手を盾にするしか、あの場を凌ぐ事はできなかったし、ヴァルザークと魔術で撃ち合えるのもヌルスだけだった。が、一方でヌルスは自分が傷つく事で悲しむ人がいる、という考えは微塵も頭に無かった。

 

 アトラス達が怒っているのはそこなのだ。流石に、それぐらいはヌルスでも分かる。分かるが故に、彼女は顔を真っ青にしてぷるぷる震えているしかなかった。

 

 もはや味方はいない。この戦場は迷宮の最下層以上の地獄だった。

 

 が、捨てる神あれば拾う悪魔あり。

 

 ヌルスへの怒涛のお説教が始まろうというその瞬間、ゴーンゴーンという鐘の音が最下層に鳴り響いた。

 

「? なんだっ?!」

 

「この迷宮の主であったヴァルザークは死んだはず……っ」

 

 即座に緊張感を取り戻し、一行は臨戦態勢で周囲を警戒した。ヌルスを取り囲む状態から一転、彼女を中心に円陣を組み、異常事態に対応する。

 

 一見すると、最下層に異変はない。それでも鐘の音は止まない。

 

 何かが起きている。

 

 ふと感覚に触れるものがあって、ヌルスは頭上を見上げた。

 

「……あ……」

 

 目を見開く。

 

 最下層の天井。そこには、脈動するダンジョンコアと、その内部で精製されている純結晶がある。最後に見た時は、脈動する心臓のようだったそれが、今、ヌルスの見ている前で大きく形を変えつつあった。

 

 蕾が花開くように、ゆっくりとダンジョンコアがほどけていく。音もなくするすると開かれたその内部から、輝くような光があふれ出し、ヌルスの頭上に降り注いだ。

 

 その光の階段の中を、静かに二つの結晶体が降下してくる。

 

 黒く輝く丸い宝玉と、角ばった多面体の純白の宝石。その二つは互いに惹かれ合うようにゆっくりと回転しながら、ヌルスの元へ静かに舞い降りた。

 

「これが……ダンジョンの……」

 

 右手と左手、それぞれに納まった結晶体を前に、ヌルスが目を見開く。

 

 理解できない程の膨大な魔力と魔素が、物質化して圧縮されているのを感じる。掌に納まるほどの小ささなのに、感じる重量はその数十倍か。どれだけ圧縮されているのか、想像もつかない。

 

 感知能力でも、オーバーフローして感覚が働かない。結晶のある空間だけ、真っ白に灼けるか、黒く塗りつぶされているような感じがする。

 

 間違いない。

 

 これこそが、ヌルスの追い求めていた秘宝に他ならない。

 

「これが、ヌルスさんの言っていた……」

 

「ヴァルザークの奴が、この迷宮を利用して作り出した秘宝って訳か……」

 

 アトラス達も、息を飲んでその結晶を見つめている。特殊な感覚の無い彼らにも、この結晶が尋常のものではない事は痛いほど感じられる。

 

「……そうか。ヴァルザークは、魔術を極める為に魔物になったが、魔物である以上迷宮の外には出られない。だから、迷宮を改造してこれを作り出したのか」

 

「なるほどな。やっこさんの言ってた、刻限ってこれの事か……完成間近だったって訳だな。そりゃあ、何が何でも俺らを始末しようとするわな、非願成就を前にしてとんでもない邪魔ものが来たもんだ」

 

「じゃ、じゃあ、これがあれば、ヌルスさんは外にでられるの!?」

 

 シオンの言葉に皆が視線をかわし、強くヌルスに頷く。

 

 ヌルスは少し戸惑ったように皆の顔を見渡した後、小さく頷いた。

 

「……よし。と、取り込むぞ。いいな?」

 

 異論の声はない。

 

 ヌルスは触手を伸ばし、くるり、と結晶を包み込んだ。そのまま触手を再び体内に収納する。

 

 どくん、とヌルスの体の奥で、何かが大きく脈動した。

 

「っ」

 

「ヌルスさん!?」

 

 自らの躰を抱きしめるようにして身を折る彼女に、仲間達が心配の声をあげてかけよる。だがすぐに何でもない、とヌルスは手を伸ばして仲間達を静止した。

 

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけだ」

 

 体の中で、どくん、どくんと脈打つ何か。明らかにこれまでとは違う魔力の脈動に戸惑いながらも、ヌルスは己の中に満ちていく魔力をひしひしと感じ取った。

 

 これまでは、いくらため込んでも失われていくばかりだったそれ。迷宮から魔力をくみ取ってもくみ取っても、大量の結晶を取り込んでも、時間が経てば溶けるように消えていく魔力。

 

 それが、消えるどころかこんこんとあふれ出し、全身に満ち渡っていく。魔力結晶を過剰摂取した時の満腹感ともまた違う、満たされる感覚。

 

 明らかに今までと違う。

 

「凄い……身体が、魔力で満ちていく。隅々までが潤うようだ……」

 

 感嘆するヌルスに、周囲の仲間達はふぅ、と安堵の息を吐いた。どうやら問題はないようだと見て取って、口々に軽口を叩きながらヌルスを小突きまわす。

 

「心配させやがって、この、この」

 

「あう、えう」

 

「その感じだと迷宮の外に出れそう?」

 

 アトラスの問いかけに、しばし考え込んで頷くヌルス。身体に満ちる魔力と魔素、その源泉は尽きる事がないようにすら感じる。流石、ヴァルザークが何十年、いや、下手したら百年近い年月をかけて生み出したものだ。そういう意味では、下手な奇跡より信用できる。

 

「よし。じゃあ、一度上層に引き返して……なんだ?」

 

「地震? 迷宮内で? んな馬鹿な」

 

 突如、細かく揺れだした足場に皆が姿勢を低くした。揺れは収まるどころか、どんどん大きくなる。ついにはぱらぱらと、天井から細かい欠片が降ってくる。

 

 はっとしてヌルスは天井のダンジョンコアを見上げた。内部で精製した結晶を放出した後、それは開いたまま動かない。脈動も完全に停止している。

 

 それは、つまり。

 

「ダンジョンコアが機能停止してやがる……っ! あのクソ爺、やっぱ甘言を弄してやがったな!?」

 

「え、ちょ、じゃあこれで迷宮完全攻略って事?! で、でも私達この場合どうなるの?!」

 

 シオンが悲鳴のように叫ぶ。それはヌルスも大いに疑問だ。

 

 流石に、このまま地面に生き埋めにされて終わり、という事にはならないと思うが、経験がない事は分からない。

 

 動揺するメンバーを窘めるようにアトラスが叫んだ。

 

「落ち着け! 迷宮が消滅しても、現実側の存在である私達は大丈夫だ。現実の修正作用で、外にはじき出される……はずっ! 多分、恐らく!」

 

「せめて断言しろよそこは!?」

 

「とにかく皆離れるな、互いに手を繋げ!」

 

 揺れはどんどん激しくなる。もはや立っていられない程だ。皆は地面に這いつくばるようにしながら身を寄せて、硬く互いの腕を取り合った。

 

 ヌルスも、右手でアトラスを、左手でシオンの指を握りしめる。

 

 真っ暗な闇が、白く染まっていく。全ての感覚がホワイトアウトしていく中、硬く握りしめる相手の指先の感触だけが、はっきりと感じられた。

 

 

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