望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百五十八話 ヌルスちゃんの御留守番

 

 

「よし。これで、ギルドへの報告は過不足ないと思う」

 

「じゃあ、早速報告してこようぜ。ギルドの連中もやきもきしてるだろうよ」

 

 通す話の筋書きが決まり、束ねた書類をとんとんとアトラスが整える。白い高級紙にはつらつらと、それこそ触手がのたうったような達筆で一連の報告が描かれている。

 

 ヌルス筆である。まあ、これからはヴィヴィアンと呼ぶべきなのだろうが。

 

「僕達はこれから、クリーグとアトソンでギルド支部に報告してくる。シオンはヌル……ヴィヴィアンの面倒を見ていてくれ」

 

「別に誰も居ないんだからヌルスでいいんじゃないか?」

 

「いやあ、ついうっかり、とかやったら目も当てられないので……」

 

 ギルドにはヴァルザーク≠ヌルス、という事で話を通す以上、それは気を付けなければならない。

 

 忘れてはいけないが、ヌルスの存在は特級の厄ネタである。人語を介する、迷宮の外に出た魔物、というのは実の所大した問題ではないが、その理屈が問題である。ヴァルザークが作り出した超純度の魔力と魔素の結晶体、普通に考えてもその価値は天文学的な代物である。それをギルドの目から隠してちょろまかしたとなれば、普通に大問題である。バレたが最後、一行は拘束、ヌルスはそのまま研究室送り確定である。

 

 そんな最悪の未来を改めてアトラスから懇切丁寧に説明されて、ヌルスは震え上がった。特に貨幣価値の恐ろしさに。

 

 魔物である彼女は、そのあたりはイマイチまだ不用心である。

 

「とにかく。ヴィヴィアンがやらかさないように、シオンは監視よろしく」

 

「了解」

 

「不本意である! ギルド本部に連れて行かないのはともかく、私はいくらなんでもそこまで間抜けではないぞ!」

 

 ヌルスが訴えてくるが、一行はそれを無視した。

 

 残念ながら触手をにゅるにゅるさせながらでは、説得力がない。

 

 バタバタとアトラス達が部屋を出ていく。

 

 それを頬を膨らませて見送ったヌルスことヴィヴィアンだが、バタン、とドアが閉じるなりそわそわし始めた。

 

 にゅるん、と触手を伸ばして部屋の隅に差し込もうとする彼女を、シオンがため息をついて頭を上から抑え込む。

 

「ぶふ」

 

「……何する気?」

 

「いや、ちょっと触手で人間観察を……」

 

 そういやコイツ触手にも感覚があるんだったわね、と思い返しつつ、シオンは壁の隙間に潜り込もうとしていた触手を引っこ抜いた。

 

「大人しくしてなさい」

 

「部屋からは出ないぞ?」

 

「何もしないでって言わないと分からない??」

 

 ちょっとガチギレ気味で言うと、ヴィヴィアンはしゅん、と肩を落とした。

 

 ヴィヴィアンの事を孤児院の弟妹に例えていたシオンだが、それは撤回する。この無軌道なまでに好奇心で転がりまわるのは、犬猫の子供と同レベルである。うちの子達はもうちょっと賢いし分別がある(勿論身内贔屓である)。

 

 どうやら、危険な迷宮から脱し、憧れていた外の世界に来たことで好奇心のリミッターが外れつつあるらしい。コイツを放っておくと危険だと改めてシオンは認識した。

 

「大人しくベッドで寝てなさい」

 

「はーい」

 

 怒られてベッドの上で不貞寝を始めるヴィヴィアン。

 

 そういえば、彼女はヴァルザークから送られたという露出の多すぎる衣装を着たままだ。その状態でベッドの上で寝転ぶと、煽情的に肩とか太ももとか胸元とかが露になる。同性であるシオンでもむらっと来てしまう色気はどうかんがえてもこのまま放置しておくとロクな事にならない気がする。中身が何であるか知っていても、だ。

 

 シオンは自分の荷物を広げると、がさごそと漁り始めた。

 

 一方、ヴィヴィアンはヴィヴィアンで、ベッドのフカフカを思う存分堪能していた。アトラスがそれなりにいい所の出身であるからか、宿もそれなりの水準なようで、ベッドのマットはフカフカ分厚く、シーツも肌理が細かくて肌ざわりが良い。硬い床の上か椅子の上でしか寝た事のないヴィヴィアンにとっては初めての体験だ。もぞもぞしながらベッドに顔を埋めて、ふかふかの感触を楽しんでいる。

 

 そうこうしている内に眠くなったらしく、目を半分閉じて虚ろ虚ろしはじめた。

 

「……すやぁ」

 

「子供か」

 

 ベッドの上で寝コケるヴィヴィアンは、完全に遊び疲れた子供か何かとしか思えないあり様である。とはいえ、彼女がこんな無防備な様子を示しているのがこちらを信用しての事だというのは分かっている。孤立無援、周りは全て敵という環境で生まれ育ったヴィヴィアンが無条件に安全だと認識してくれている事にどこかくすぐったい喜びを覚えながらも、シオンは心を鬼にして眠りかけのヴィヴィアンを小突いて起こした。

 

「ほら、ちょっと起きて。その汚れた格好で寝る前にこっちに着替えなさい」

 

「んー?」

 

 シオンが差し出したのは、彼女の予備の装束だ。普段彼女が着ているのは機動性を何よりも重視しした軽装で身軽な衣服だが、シーフというスタイルである以上、隠密性を重視する事もある。これはその時に使う、黒っぽく地味で布地が多く、顔を隠すフードがセットになった装備だ。暗殺者チックなデザインではあるが、これで杖を持てば魔術師っぽく見えるはずだ。

 

 少なくとも、今の色町を出歩くような衣装だと余計なトラブルを引き寄せる。さっさと脱がせてしまうのが吉だ。

 

 ついでに言えば、得体の知れない魔術師から送られたエロ装備をいつまでもこの純粋無垢な生き物が身に纏っているのは何かこう、腹立たしい。

 

 とはいえ、そう簡単にはいかなかった。この宿主娘、常識に疎いくせに理屈っぽいのである。

 

「いや、この装備頑丈だし、別にこのままでよくないか? ほら、見てみろ。あれだけの激闘を経ても千切れたりしてない」

 

「汚れてるから脱げっつってんの。ここ宿よ? 自分のベッドじゃないんだから汚さないの」

 

「あー、確かに。ふむ、それはすまない」

 

 すっとぼけた事を言うヴィヴィアンだが、道理を通せばちゃんと納得はする。シオンに言い包められて、彼女はベッドから降りると無造作に上着に手をかけた。

 

 シオンが止める暇もなく、ぱぱっとドレスを脱ぎ去って下着姿になる。

 

 ……今更の話ではあるが。ヴィヴィアンもといアルテイシア、結構スタイルがいい。しかもヌルスと融合した今の状態では通常の食事もとっておらず、彼女の体系はいうなれば理想の状態で固定されており、さらに少し青白くすらある白い肌はうっすら艶めかしい瑞々しさ(粘液的な意味で)を帯びている。惜しげもなく佇む下着姿のヴィヴィアンは、同性であるシオンからみてもかなり目の毒なレベルで色っぽかった。

 

「? どうした、急に顔を隠して。裸を見せるとアウトなのは異性の場合と聞いたが、何か間違っていたか?」

 

「そ、そういうもんじゃないの! 異性とか関係なく、裸は普通人に見せるものじゃないから! い、いいからさっさと服を着て!」

 

「むぅ?」

 

 指で顔を隠して顔を真っ赤にするシオン。ヌルスは納得いかない、と仁王立ちしたまま首を傾げた。

 

 その時だった。

 

 ガチャリ、とノックも無しにドアが開かれる音がして、びくっとシオンは肩を跳ねさせた。

 

「悪い、シオン。ちょっと忘れ物が……うぉおおお!!??」

 

「うわああああ!!!!?」

 

 即座に引っ込んだアトラスの顔を掠めるように壁に突き立つダガーナイフ。シオンは悲鳴を上げながらドアに飛びつくと全力で鍵をかけた。

 

「今! アホを着替えさせてるから入ってこないで!!!」

 

「わ、悪い!! すまない! でもナイフは酷いんじゃないか!?」

 

「誰が阿呆だ誰が!?」

 

 喧々諤々。あまりにも混沌、あまりにも混乱。怒鳴り合うように言い合う三人を、他の部屋の客が訝し気に見ていた。

 

 

 

 なお、この後宿の店員に怒られた上で修理代を徴収されたのは言うまでもない。

 

 

 

「酷い目にあった……」

 

「おー、ふむ。おぉー」

 

 一しきり店員に怒られたシオンが戻ってくると、ヴィヴィアンが渡された服に袖を通し、くるくる回りながら自分の体を見下ろしていた。さらに一本触手を伸ばし、自分の周囲でウネウネさせている。どうやら客観視点でチェックしているらしい。

 

 人目がないとはいえ触手を伸ばしているのを注意しようと思ったシオンだが、なんだかめんどくさくなってきて取りやめた。まあ、ヴィヴィアンからすれば触手は正真正銘体の一部、それを意図して押さえろ、というのが無理難題だったのかもしれない。犬に尻尾を振るな、と躾けるようなものだろうか。

 

「それ、人前ではやらないようにね」

 

「ははは、それぐらい心得ているとも。ふむ、しかし、うむ。これは、シオンの予備の服だったか?」

 

「ええ、そうよ。それなりに好い生地で作ってもらったけど、どう? 着心地は。少なくともボロ布よりはマシでしょう」

 

 聞いたところによれば、アルテイシアと融合した後のヴィヴィアンは、血塗れのボロボロな学院の制服やら、服とは言い難い布を体に巻き付けて過ごしていたらしい。それと比べれば、シーフ用の隠密服とはいえ天と地ほどの差があるはずである。

 

「うむ、肌触りもいいし、なんだか暖かいし、私は満足しているぞ」

 

「そう、それはよかった」

 

「でも胸はきついし腰は緩いし、ちょっと調整がいるな」

 

 ジャキ。シオンは能面のような無表情でナイフを引き抜く。

 

 ヴィヴィアンは顔を真っ青にして部屋の壁まで後ずさった。

 

「(ガタガタプルプル)」

 

「……ふぅーーーーー……。ヴィヴィアン、一つ、よく覚えておいて欲しい事があるわ。女性の体形に迂闊に触れない事。いいわね?」

 

「(コクコクコクコク)」

 

 両腕を頭上に掲げた完全降伏の姿勢で、シェイクするような勢いで首を縦に振るヴィヴィアン。そんな彼女を前に、シオンはなんとか留飲を抑えてナイフを鞘に戻す。

 

「分かった。私、もう胸と腰に触れない。誓います。はい」

 

「よろしい。……ほら、いつまでも怯えてないでこっち来なさい。ちょっと調整してあげる」

 

 シオンが手招きすると、ヴィヴィアンはおっかなびっくり、彼女の横にやってきてベッドの横に座る。シオンは自分の鞄をがさがさと漁って、中から裁縫セット一式を取り出すと、まずは彼女の体型の数値を測るのだった。

 

「うわっ、細っ、でかっ! ず、ずるいっ」

 

「そんな事言われても……アルテイシアに言って欲しい。あと、女性のサイズについて触れちゃいけないんじゃないのか……?」

 

「負けてる方はいいのよ、負けてる方は。……くっそう、いつか秘訣を聞いてみたいわね……」

 

 

 

 

 

 

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