望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十話 食後の話

「げえっぷぅ……く、苦しい……」

 

「はいはい、まあそうなるだろうとは思ってた」

 

 ピークを越えて、ちょっとだけ騒がしさが減った食堂の片隅。

 

 もくもくと食欲のままに料理をむさぼり食らったヴィヴィアンは、目を回してシオンに解放されていた。

 

 彼女の前には、空になった皿が山と積まれている。下手したら体積と同じ量を食べたんじゃないかと、アトラス達は少し目を疑った。

 

「……人間と体のつくりが違うからかね?」

 

「いや、話を聞く限り消化器官はそう変わんねえだろ……」

 

 周囲に聞こえないようにぼそぼそと意見をかわすが、結局答えが出るものでもない。

 

 幸い、意識ははっきりしているようなので、アトラス達はこのまま話を続ける事にした。

 

「まあいいや、ヴィヴィアンは寝たまま聞いていて。ギルド支部と相談した結果を話す」

 

「ちょっと。ここで話して大丈夫なの?」

 

 確かに騒がしいが、隣の席の会話が全く聞こえないほどではない。先ほどからヴィヴィアンが悪目立ちしているのもあって、聞き耳を立てている者もいる事だろう。

 

 警戒するシオンに、アトラスは苦笑しつつ首を横に振った。

 

「そんな秘密にするような話は特にないよ。というか、ギルド支部は迷宮の真相とか、今それどころじゃなくてね……」

 

「ああ……」

 

「あの山のような魔力結晶をどうするかでもう頭がいっぱいだとよ。他人事だけどそりゃあ大変だろうな」

 

 さしものクリーグもちょっと気の毒そうに呟く。

 

 そう。完全攻略されて消滅した巣窟迷宮エトヴァゼルからは、物質化した魔力結晶が大量に算出した。純度の高いそれは迷宮の一部として処理されず、そのまま外部に放出されたのだ。おかげで、かつて迷宮があった場所は虹色にきらめく結晶の山となっている。

 

 もちろん、これは不幸中の幸いだ。同じように排出された魔素結晶もそうだが、これらが物質化から解放され本来の魔力に戻った場合、魔素汚染災害が発生していたのはほぼ間違いない。その場合、このあたり一帯は霧に覆われた悪魔の領土となっていただろう。そうならなかったのは、ヴァルザークが念入りに魔力凝縮システムを組んでいたおかげにほかならない。まあ、そもそも汚染災害確定レベルで魔力と魔素を蓄積していたのも、ヴァルザークその人なのだが。

 

「あの魔力結晶をそのまま市場に放出したら、まあ間違いなく大暴落を引き起こして最悪国際規模の大恐慌を引き起こしかねない。とてもじゃないが、今現在手をだせるようなものではないよ」

 

「かといって事実上の宝の山をいつまでも放置しておけない。今は兵士で取り囲んで監視しているが、そのうち盗みにいくようなやつが絶対出てくるぜ。あるいは国とか貴族とか動いて面倒くさいことになる。今ギルドはその対応で手いっぱいってわけよ」

 

「おかげで、ギルドからの追求は最小限でしたけどね」

 

 アトラス達には都合のいい話ではある。それでも流石に、罪悪感を感じないではない。

 

「……この町は……どうなるんだ?」

 

「ヴィヴィアンさん」

 

「迷宮から算出する魔力結晶で……冒険者は食べていたんだろう? そしてその冒険者が落とす金が無くなったら……この町はどうなるんだ?」

 

 ぐったりと横になったまま、彼女は食堂を見渡した。

 

 祝杯を挙げる冒険者たち。そんな彼らに食事を運ぶ店員達。これらはすべて消えてしまうのだろうか、と彼女は心配しているのだ。

 

 その言葉に顔を見合わせ、アトラス達はとても暖かい気持ちになった。

 

 彼女を助けてよかったと、本当に心からそう思う。

 

「大丈夫。ギルド的には最終的に、あの魔力結晶の山を鉱山として採掘する予定らしい。しばらくはそれがこの町の産業になるだろう」

 

「冒険者にいたっちゃ、稼ぎを求めて西へ東へ、っていう根無し草連中だからな。迷宮が攻略されれば次にいく、っていうのは自然な流れだ。むしろ、結晶鉱山のおかげでもうしばらく経済が維持できるのは望外の幸運だぜ」

 

「ま、迷宮がなければ食べていけない、ってのは甘えよ甘え。普通の町にはそんなものないし、何より迷宮なんてないに越したことはないもの」

 

 仲間たちの励ますようなとりなしを聞き届けて、そうか、とヴィヴィアンは満足そうにうなずくと、もそもそと身を起こした。

 

「うっぷ。……い、いや、大丈夫だ。落ち着いてきた……」

 

「無理はしないでよ」

 

 起き上がるなり青い顔で口を押えた彼女に、シオンが嫌そうに声をかける。食堂でえんがちょはごめんだ。

 

 幸い、吐き戻すまでは至らなかったようで、ヴィヴィアンは口を押えたままこくこくと頷き、はあ、と息を吐く。

 

「むぅ。……それで、これからどうするんだ。私とシオンは、アトラスのとこにお世話になる、という話、そのままでいいのか?」

 

「勿論。というかそのつもりで馬車の手配までしてきたんだ、今更翻意されても困るからね」

 

 という事は、シオンとヴィヴィアンはアトラスと一緒に遠くかれの故郷まで凱旋、という事になる。

 

 問題はクリーグとアトソンだ。皆の視線を浴びて、クリーグは小さく肩を竦めて見せた。

 

「それなんだが、今回の迷宮完全攻略もあってギルドから声がかかってな。これを機に、現役からは引退しようと思ってる。今後は、ギルドの元で新人冒険者の教官をやるつもりだ」

 

「栄転じゃないか、よかったな」

 

「そうか……クリーグは冒険者引退か……」

 

 ちょっとだけ寂しそうに呟くヴィヴィアンだが、他の仲間達はおおむね歓迎、同意ムードだ。

 

「別に衰えたつもりじゃないが、冒険者なんていつまでもやれる仕事じゃないしな。ここらが潮時だと思ったのさ」

 

「私は、一度、教会の本部に報告に戻るつもりです。一連の迷宮攻略に居合わせた者として報告せねばなりませんし……9層の事もあわせて、あの大量の魔素結晶への対策をギルドと協力して講じなければなりません」

 

 人前なのでぼかしてはいるが、9層の事とはつまり、ヴェル=ザラゴスと遭遇した一件だ。かの悪魔王の降臨に、大量の魔素結晶が関与した事は疑う余地もない。今回のケースと合わせて、悪魔のポゼッションの原理について研究を進め今後の発生抑止に努めると同時に、それを招きかねない魔素結晶の処分についても動かなければならない。

 

 何せ、魔素結晶は現時点では何の使い道もない屑石と同様である。砕いて廃棄するにしても莫大なコストがかかる以上放置せざるを得ないが、悪魔降臨との関連性に目を付けた悪魔教団のようなものに動かれると大変な事になる。

 

 そういった問題を踏まえると、教団の上層部に動いてもらわなければどうしようもない。

 

「そうか。そうなると、クリーグとアトソンとはこれでお別れになるのか……」

 

「そうしみったれた顔をすんなって。別に今生の別れでもないし、人生なんてのは出会って別れてなんぼだろ。ま、お前さんはこれからかもしれないが」

 

「流石に、これきりというほど薄情ではないつもりですよ。シオンさんの事も心配ですし、必ず会いにいきますよ」

 

 別離にしょんぼりするヴィヴィアンを、クリーグとアトソンがそれとなく励ます。「どっちにしろ、私が目的を果たした以上ハーベストは解散だしね。一つ目標を達成したら、また次の目標に向けて頑張るものさ。ヴィヴィアンもそうだろ?」

 

「ん……いや、私は……」

 

 ヴィヴィアン的には、現状の“大願”を果たせばその次はない。だがアトラスはそれを知っていてなお、声をかけた。

 

「なあに、始まる前から悲観視するものでもないよ。もしかすると、とんでもない奇跡がおきて思わぬ方向に話が転がるかもしれない。先の事を考えるだけならタダだろう?」

 

「……ふ。そうだな。まあ、考えるだけ、考えておく事にしよう」

 

 悲観的な現実主義者のヴィヴィアンだが、宴の愉快な雰囲気に中てられたのか、それ以上言い下がる事はなく、素直に頷いた。勿論、場の空気を読んで形だけ同意しただけかもしれないが、いつか彼女が心からそう願えるようになればいいな、とアトラスを始め、その場に集った皆の心は一つだった。

 

「うーし、じゃあそろそろこの辺でお開きにするか。旅の準備も整えないといけないしな」

 

「そうですね。シオンさん、一度孤児院に戻りましょうか。色々と話す事もあるでしょう」

 

「んー。話すような事はもうないけど……ま、別にいいか。減るものでもないし」

 

 テーブルの上が片付いてきた所で、楽しい宴もお開きとなる。この後の予定を話し合いながらメンバーが席を立つ中、何か考え込んでいるように座ったままのヴィヴィアンにアトラスは首を傾げた。

 

「ヴィヴィアンさん、どうかした?」

 

「いや……その。……ふ、今更遠慮してもしょうがないか」

 

 一瞬躊躇ってから、自嘲するように笑うヴィヴィアン。銀髪の前髪の下から、赤紫色の瞳がアトラスを見上げてくる。

 

「少し、頼みがあるんだ」

 

 

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