望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十一話 明日への羽ばたき

 

 

 街には、多くの宿屋がある。

 

 迷宮に挑む冒険者の住まいとして活用されていたそれらだが、迷宮攻略が達成された事で、判断の早い冒険者はすでに引き払い始めている。

 

 多くの部屋はがらんと空き、家主たちはそれぞれ、空いた部屋の有効活用に頭を悩ませている事だろう。

 

 そんな斜陽の宿場街の一角に、その宿屋はあった。

 

 小さな、10人前後が泊ればいっぱいになってしまうような場末の宿。

 

 そこがアルテイシア達、魔術学院メンバーが部屋を借りていた宿だった。

 

 その宿を、早朝に訪れる人物がいる。

 

 アトラスだ。

 

「……はい。これが、ヴェーゼさんの荷物です」

 

「申し訳ありませんね」

 

「こっちとしては願ったりですよ。一応、探索中死亡、とされた人の荷物は一年間預かる、という規則ですが、こっちとしては邪魔な荷物にすぎませんので」

 

 衝立の向こう、顔も見せない不愛想な宿の主人が口にする言葉に、アトラスは少しだけ眉をひそめて苦笑した。

 

 あちらの事情は分かるが、聊か薄情に過ぎる言葉だとも思う。ここにヴィヴィアンを連れてこなくてよかった、と思いつつも、手渡された荷物をアトラスは軽く改めた。

 

 流石に鞄の中身まではチェックしないが、概ね、荷物は揃っている。……高値で売れるであろう魔術の触媒や魔術書が不足しているように見えたが、そこを追求しても揉めるだけだろう。恐らくヴィヴィアンもそれには関心を持たないだろうし、アトラスはその事実を己の胸だけに仕舞っておくことにした。

 

「これでようやく、あの部屋を空けられますよ。他の人の荷物は、すぐに片付いたんですけどね、彼女の荷物だけはいつまでたっても引き取り手が現れなくて」

 

「……とりあえず、荷物は問題ないようです。これで失礼しますね」

 

「どうも」

 

 形だけのあいさつをして、アトラスは踵を返す。

 

 少なくとも、二度とこの宿屋を訪れたいとは思わなかった。

 

「おまたせ、ヴィヴィアン」

 

「いや。そんな事は、全然」

 

 宿屋の外の通りでは、そわそわと落ち着かなさそうにヴィヴィアンが待っていた。荷物を手渡すと、彼女はまるで宝物をそうするかのように、大切そうにぎゅう、と抱きしめた。

 

「よかった……。まだ処分されてなかったんだな。ふふ、アトラス、ありがとう。彼女が目覚めた時、素寒貧にされてるのは悪いだろう? 彼女には彼女の、思い出の品があるはずだからな。……エルリック達のは?」

 

「そっちはもう引き取られたあとみたい。多分、親御さんだろうな」

 

 逆説的に言えば、アルテイシアにはその遺留品を引き取ってくれるような保護者もいない、という事になる。冒険者同士あまり踏み込まないのは鉄則とはいえ、そこまで天涯孤独の立場だとは知らなかったアトラスは少々、気まずい思いだ。

 

 ちなみにロションは、ギルドの元で今現在も拘留されている。証拠品として宿屋においてあった私物も没収済みだ。彼がこれからどうなるのかは、アトラスには伺い知れない。ただ恩情の有る処置を願うばかりだ。

 

「そっか。でもアルテイシアの荷物を回収できてよかった。アトラスのおかげだ、身元の怪しげな私が名乗り出ても許可は出なかっただろうからな。ありがとう」

 

 嬉しそうに礼をいうヴィヴィアンに、アトラスはなんともいえず、気まずい気分になる。しかし彼のそんな反応に彼女は気が付いた様子もなく、軽い足取りで踵を返した。

 

「さ、シオンをこれ以上またせるのは悪い。行こう、アトラス」

 

「ああ」

 

 それきり宿屋には振り返らず、早朝の街をいく。

 

 宿屋を始めとして店ならそろそろ準備支度を始めている時間帯ではあるが、市井の人々はまだ多くが微睡んでいる時間帯だ。迷宮が攻略された事もあって、出歩く人はいつになく少ない。そのわずかな例外とすれ違い挨拶をかわしながら、二人は街の外へと足を進める。

 

 そこは多くの馬車でごった返す馬車駅だ。早朝であっても荷物を届いた荷馬車が次々と到着し、あるいは新しい地へと旅立つ冒険者をのせた馬車が出発の時を待っている。綱につながれた馬がぶるる、と嘶き、飼い葉や水を入れた桶に顔を突っ込んでいる。

 

 人間のそれとは違う活気に満ち、ついでに馬糞の異臭も漂うその喧騒に、アトラスの後ろであきらかにヴィヴィアンが怖気つく気配がした。

 

「……怖い?」

 

「な、なんのこれしき。迷宮の魔物に比べれば、この程度」

 

 そんな事をいいつつも、明らかに腰が引けている。とはいえそこを突っ込むのは流石に野暮なので、ヴィヴィアンがついてこれるように歩幅を緩めながらアトラスは一台の馬車に向かった。

 

 他と比べて少しだけ豪華な造りのその馬車。御者の姿はないが、その横には10人ほどの人が集まっている。送り出されるシオンと、彼女とアトラス達を見送りに来た人々だ。

 

 クリーグにアトソン、そして孤児院の人々。

 

 歩いてくるアトラスに気が付いたシオンが手を振った。

 

「おそーい!」

 

「ははは、ごめんごめん」

 

 せかされて馬車の元に向かうアトラス。その背中をひっつかんでヴィヴィアンも続く。軽く走ってやってきた彼らに、シオンが腰に手を当ててぷりぷりと怒る。

 

「人には遅れるなー、って言っといてー」

 

「だからごめんて。ね、ヴィヴィアンさん」

 

「う、うむ」

 

 頷くものの、彼女の意識は明らかに目の前のシオンではなく、馬車を引く馬に向けられていた。綺麗な白毛の雌馬の視線が、じぃっとヴィヴィアンに注がれている。単に好奇心からくる視線だろうが、自分をじっと見つめる、人間とはまた違う感情をもった生き物の視線にヴィヴィアンはたじたじである。

 

「ひぃ……」

 

 そんなこんなでわちゃわちゃやっていると、見送りの人の中から年老いた女性が前に出てきた。白髪交じりの灰色の髪の女性は、まがった猫背をさらにまげて深々とアトラスに礼をした。

 

「アトラスさん、シオンをよろしくお願いしますね。これ、シオン。これからお世話になるんだから、もう少しらしくなさい」

 

「はーい、グランマ」

 

「まったくこの子は……」

 

 気心の知れたシオンとその育て親のやりとりに、アトラスは頬を緩める。グランマの願いに、彼は胸に拳をあてて、力強く答えを返した。

 

「シオンの事は、私が責任をもってお預かりします。落ち着いたら、必ずこちらからまたご連絡します」

 

「ええ、ええ。よろしくお願いしますね。かといって、この子を甘やかしたりはなさらないでくださいね。ちょっと厳しいぐらいがよろしいかと」

 

「ちょっと、グランマひどくない?」

 

 くすくす、と遠巻きにやりとりを眺めていた子供たちから失笑が漏れる。長きにわたる別れ、今生のそれになるかもしれないにも関わらず、孤児院の人々の間に流れる空気は穏やかで温かかった。

 

「もう。アトラス、私はもう荷馬車にのってるから」

 

「ああ」

 

 ぴょーい、と後ろ髪をひかれる事もなく馬車に乗り込んでいくシオン。アトラスは相変わらず背後に隠れているヴィヴィアンにため息をつくと、くるり、とその背後に回り込んだ。ひゃい、と取り乱す彼女の背に手をおいて、ぐいぐいと馬車の方に押していく。

 

「ほら、乗った乗った」

 

「はわわわわ」

 

 半ば詰め込むようにしてヴィヴィアンを馬車に放り込み、アトラスは御者台へと登った。ここからは彼自ら馬を手繰って故郷に向かう事になる。

 

「それじゃ、みんな、元気で」

 

「おーう、しばらくしたら顔出しに行くわ」

 

「お気をつけて」

 

 鞭を打ち鳴らすと、ゆっくりと馬車が動き出す。ガタゴトと音を立てて進み始めた馬車の御者台から、客室から、旅立つ若者三人が腕を振り、見送る者たちも振り返す。

 

「ねえちゃーん、元気でなー!!」

 

「しっかりやるんだよー!!」

 

 声を上げる人の姿が、どんどんと遠ざかっていく。やがて街の門を越え、街道にでれば、その姿も声ももはや遠くだ。

 

 がたん、と揺れる馬車の客室でヴィヴィアンとシオンは顔を見合わせ、前方ののぞき窓から顔をだした。アトラスと顔を並べて、まだ見ぬ遠くへ思いをはせる。

 

「アトラスの故郷、どんなとこだろ」

 

「静かだけどいいところさ。きっと二人も気に入ってくれる」

 

「ふむ。楽しみ……」

 

 待ち受ける未来が希望に満ちている事を信じて、三人はどこまでも続くかのような街道の果てを目指した。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 消滅した巣窟迷宮エトヴァゼル。

 

 今や巨大な魔素と魔力の結晶がその存在の名残を示すだけだが、そこから少し離れた森の中に、一冊の本が落ちていた。

 

 鍵のかかった日記帳。

 

 ヌルスが最初に見つけた隠れ家にあったものだ。その表紙には、ヴァルザークの名前が刻まれている。

 

 迷宮の中にあった隠れ家だが、迷宮消失によってあくまで外から持ち込まれた部屋の物品は、こうして外にバラバラに放出されたようだ。

 

 と、ぴしり、と日記帳を閉ざす鎖にひびが入る。長年の経年劣化から、急に外に放り出された衝撃で鎖が砕け散り、日記帳がぱらぱらと開かれた。

 

 そこに書かれているのは、ヴァルザークの苦悩と挫折の日々。懊悩はやがて狂気を帯び、彼が魔物へと転化する事を決めるまでの一連の流れが刻まれている。

 

 見ようによっては、禁忌の魔導書である。もしこれを余人が拾う事があれば、あるいはよからぬ事態を招くかもしれなかった。

 

 だが、その前に、一陣の風が強く吹きすさんだ。

 

 それによって煽られたページが飛び散り、風に乗って空へと舞い上がっていく。

 

 ぱらぱらと捲れる日記から、次々と羽ばたいてくページ達。それはまるで、死者が鳥となって天に還るかのようだった。

 

 やがて多くのページが抜け落ち、ただの欠落した日記帳だけが後に残される。

 

 空へと舞い上がったページ達は、高空の風にのり、山を越え、雲を越え、どこまでもどこまでも高く、飛び去って行く。やがてそれは青い空のはるか彼方へ見えなくなった。

 

 もう、誰もその存在を知ることは、ない。

 

 

 

 

 

 

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