望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第十六話 初勝利

 

 

 3層に来るのは一週間ぶりぐらいである。

 

 一応、助言は真摯に受け止めて大人しくしていたのだ。活動魔力資源については、3層の隅を張って集めたモンスターの遺灰を集めたり、湖底から回収した冒険者の腐肉を吸収する事で補う事ができたので、その気になればもう少しこもっていることだってできる。

 

 とはいえいつまでも引っ込んでいては魔術が上達できない。そろそろ頃合いだったといえばそうだろう。

 

 通風孔を通って迷宮内部に移動したヌルスは、出口近くの岩の陰に隠しておいた兜にいそいそと潜り込んだ。

 

《確か、回廊の根元にちょうどいい場所があるという話だったな》

 

 もう一つの助言もちゃんと覚えている。冒険者に見つからないように気をつけながら、湖の畔を移動しながら回廊の根元に目を凝らす。

 

 こうしてみると、意外と回廊の根元には人間が歩けそうなスペースがある。切り立った崖のような側面を昇って回廊の上にいくのは流石に無理そうだが、意外と探索する余地が残されている空間なんだな、と改めてヌルスは思った。

 

 恐らく、安定した攻略法が編み出された事で、逆に攻略に関係ない所は人が来なくなったのだろう。全体の九割を占めているといっても過言ではない湖が事実上のデストラップと化しているせいで、危険を冒して先のない所を探索する必要も無いから仕方ない。あくまで湖に落ちた場合に致命的なだけで、湖に近づき過ぎると普通に魚型モンスターも襲ってくるし。

 

 となると、何故そんな場所の詳しい情報を知っていたのか。無駄とわかって探索していたのなら、やはりあの冒険者は相当な変わり者だ。動く兜に語り掛けてくるだけの事はある。

 

《お。あれか》

 

 しばらく探索していると、言われた通りの地形が見つかった。

 

 二つの回廊が交差しているような造りだが、その中腹がごっそりくり抜かれたように空洞になっている。見ようによっては、壁に大穴が空いているようだ。そこそこ広い上に、あそこで魔術の練習をして炎だの氷だのを出していても、回廊を渡っている冒険者からは死角になっていて見えない。仮に見つかっても、そこにたどり着くためには一旦降りて、湖の畔から歩いてこなければならない。そして逃げる側からすれば近づいてくる相手は丸見えで、逃げる道もたくさんある。

 

 正直都合が良すぎて困惑するぐらい、ヌルスにとって好条件が揃っている。

 

《まあ、素直にありがたがっておこう。余計な事を考えるのはまたあとでよい》

 

 てちてちと触手を蠢かせて移動してみると、なかなかよいロケーションのようだ。上は迫り出した岩肌、目の前には黒い湖が広がっており、余計な物は目に入らない。ある意味、修練にはもってこいの場所だ。もしかすると件の冒険者も、修行につかっていた場所なのかもしれない。

 

 とはいえ、あまり派手な事をすれば目についてしまうのは間違いない。出来るだけ地味な魔術で練習するのが良いだろう。

 

《……炎と雷は駄目だな。風か、氷か?》

 

 発光を伴う魔術は悪目立ちする。ヌルスは杖の先に嵌め込んだ赤い触媒に触手を伸ばすと、ぐりぐり捻って杖から取り外した。代わりに、ひんやりとした青色の宝石をはめ込んで、ぐっと固定する。

 

 杖は部屋に残されていた資材から作った。木の棒の先端に、柔らかい金属のバンドを樹脂でくっつけてある。あまり頑丈ではないし造りも雑でちょっとぐらぐらするが、触媒が熱を帯びたり電気を放ったりしても担い手の安全が確保できるならこれで十分ともいえる。本格的なのはもうちょっと慣れてからあらためて作ろう、というのがヌルスの考えだった。

 

 杖を手に水面と向かい合う。兜は被ったままだ。将来的にも素性を隠したままでいるなら、この状態で詠唱を完璧にできなければ意味が無い。

 

 早速ヌルスは練習を始めた。

 

『α   γ β』

 

 触手をもつらせながらも、呪文の発声は上手くいった。触媒が発光し、発動した魔術が氷の礫を放った。ぴゅーんと飛んで行った“アイシクルボルト”は水切りの石のように水面を数度はね、そこで勢いを失って水中に沈んでいった。湖の水を凍らせどんどん大きくなった氷の礫は、しばらくすると逆に浮き上がってくる。水面には、そうして出来た氷の塊が五つほど、ぷかぷかと浮いて漂っていた。

 

《むぅ……》

 

 放った魔術の出来を吟味し、ヌルスは杖に視線を戻した。立て続けに氷の魔術を連打したせいか、触媒は金属バンドごと霜に覆われ、白く染まっている。杖を保持する触手にもひんやりとした感覚が伝わってくるので、もう少し、杖の長さを長くしないといけないようだ。

 

 触媒の状態が良くない時は、少し休憩をはさむべきと本にも書いてあった。ヌルスはここらで一旦練習を中断し、クールダウンを兼ねて反省会を行うことにした。

 

《呪文の発動自体はできるようになってきた。それそのものは、大きな前進だ》

 

 発声には慣れてきた。だがそれはそれとして、あくまでスタートラインにたっただけだ。クオリティ、という意味では全く駄目である。発声にもたついたせいか、発動する魔術の勢いもまちまちだ。酷い時には、一度も跳ねずにそのまま水に沈んでしまう事もある。あるいは湖の水を凍らせるどころか、そのまま溶けて消えてしまう事もあった。

 

《リズム、はっきりした発声、そのあたりか……。人間の声真似、割と難しいんだよなあ》

 

 人間が会話する時とおなじで、もごもごとした発声、強弱がおかしな発声、そういったものは、魔術スクロールからしても正しく認識できないといった所か。

 

 ヌルスは人間の言葉を真似る際に、複数の手段を併用している。触手を高速で振動させたり、丸めた触手で空気を押し出して音を出したり、といった手段で声真似をしている。だがそのやり方はおそらくどちらかというと楽器のそれであり、現状ではたまたま呪文っぽい音が出せているに過ぎない。

 

 もしかすると自分で魔術スクロールを書けるぐらい魔術に精通していれば、そういった音でも十全に性能を発揮させる事が出来るのかもしれないが、今の所ヌルスは魔術を使う者であって、魔術師そのものではない。

 

 また、安定性の問題もある。安全な環境で落ち着いて呪文を唱えれば成功率はだいたい六割、といった所だが、これがもし実戦で、敵の攻撃を掻い潜りながら……となると、多分成功率はもっと落ちる。パーティーを組む冒険者なら前衛が敵の攻撃を阻止してくれるだろうが、ヌルスはこの先もずっとソロで活動するのがほぼ確定しているようなものだ。修羅場でもスムーズに呪文を唱える事が出来なければ、到底実戦に耐えるとは言い難い。

 

《先はなかなか思いやられる》

 

 はぁ、と先の展望の無さにぐったりと萎れる触手。今は簡単な、基本中の基本だからこんなんでもなんとかなっているが、魔術の階級が上がっていけばより具体的に言葉を詠唱する必要が出てくる。流石に詩を諳んじるような魔術を唱えるような大魔導士を目指している訳ではないが、これからどんどん難度は上がっていくはずだ。

 

 書物によれば、才能があれば初級魔術は物書きを覚えたばかりの子供でも扱う事が出来るのだという。一方で、才能が無ければどれだけ練習してもできないそうなので、ヌルスには恐らく魔術の才能があるのだろうが、あくまで魔術書の想定しているのは人間の話だ。モンスターであるヌルスは果たして実際の所どうなのか。

 

《いかんいかん、そんな事を考えてもしかたない。とにかく練習あるのみ、だ》

 

 考え込んでいる間に、触媒は常温に戻っている。再び魔術の練習を始めようと杖を手にしたヌルスだが、ふと湖面に変化を見咎めて動きを止めた。

 

 黒い水面を漂う、三角形の黒いヒレ。湖に住まう、モンスターのご登場だ。

 

《む……》

 

 そう騒ぎを起こしたつもりはないが、この辺りで急に水温が下がったのに引かれてやってきたのだろうか? 見た所あちらも戦闘態勢ではないようだが、このまま魔術の練習を続けていいかすこし悩むヌルス。だがそこで、彼の脳裏に閃く考えがあった。

 

《……そうだな。どうせそのうちやるなら、今でも構わんな》

 

 杖の触媒を再び交換する。氷魔法に適した蒼い触媒から、雷魔法に適した黄色い触媒へ。カチャカチャと作業している間も、モンスターはこちらに気が付いた様子もなく、ぷかぷかと湖面に背びれを浮かべている。

 

 準備が完了したヌルスは、杖の先をその背ビレに向けた。一呼吸の静寂を挟んで、呪文の詠唱を開始する。

 

『α』

 

 標的に動きはない。水中にいる彼らを攻撃するのに魔術は有用だと思うのだが……どうやら、本能的な防御反応が刻まれるほどに行われている行動ではないらしい。重装備で身を守れない魔術師的には遭遇戦を強いられる3層はあまり長居したくない環境だろうし、さっさと次にいってしまうのだろう。

 

 おかげで、ヌルスがじっくり詠唱を唱える余裕がある。

 

『γ』

 

 緊張にやや触手が震えるが、仕損じるほどではない。適度な緊張は逆に、自分の行いを客観的に見直す機会を与えてくれた。及第点だと思っていた触手の一本一本の動きが、酷く不器用に感じてくる。やはりいくら本気でやっていても、何一つ失う物がない練習と失敗すれば取り返しがつかない本番には、精神的にも大きな差があるのだなと、あらためて実感する。

 

『β……!』

 

 ぴく、と標的に動き。流石に、何かしらの敵意、殺意を感じ取ったか。だが、もう遅い。呪文は完成した。

 

 “電撃の矢”。

 

 触媒から魔力が引き出され、ヌルスの体を通して魔術式を起動する。発動した雷霆の滴が暗い湖面を照らし、矢のように迸った。

 

 絞り込まれた雷撃の切っ先が、狙い違わずモンスターの背びれを貫く。瞬時に電撃はその全身を駆け抜け、その身を内部から焼き焦がす。漏電で肉体の一部が弾け飛んだ。

 

 放出された電流はそのまま、湖全体に無限に拡散して消失する。水は電気をよく通す、通しすぎるが故に、湖程の体積になると何かしらの影響を与えるには、それこそ尋常ではない量の電気が必要だ。

 

 それでも、標的の魚型モンスターを仕留めきるには十分すぎるほどだった。

 

 ぷかり、と焦げたモンスターの死体が水面に浮かび上がってくる。その瞳が白く煮えて眼窩から飛び出しているのを確認するのも束の間、その体はバチバチと音を立てて灰になって燃え尽きる。

 

 灰化現象。すべてのモンスターの末路だ。

 

 標的が完全に絶命し、灰になっていくのを目の当たりにしてなお、しばらくの間ヌルスは動けずにいた。やがてその肉体が完全に消失し、残された残留物がぷかりと水面に浮かぶにあたって、ようやくヌルスは状況を飲み込んだ。

 

 仕留めた。

 

 3層の、冒険者を恐れさせてきたあの怪物を。

 

 ちっぽけな触手型モンスターであるヌルスが、仕留めた。

 

《……いゃっほおおおおおおぅ!!》

 

 

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