望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十三話 旅の楽しみ

 

 

 アトラスの言った村についたのは、もう日が傾き、夕闇が忍び寄る頃合いの事だった。完全に暗くなる前になんとかたどり着いた事に安堵しつつ、カタコト車輪を回しながら馬車を停める所を探して村の裏手へ回り込む。

 

 産業として林業を営んでいるというその村は、人数も多くなく、村面積も狭い。村の真後ろ、林を背にした外れの広間にすでに何台か馬車がとめてあるのを見かけて、アトラス達もその横にならった。

 

 ぎぃい、と音を立てて停車する馬車に、反応する者はいない。

 

 馬車からひょい、とシオンとヴィヴィアンが飛び降りる。

 

 二人は「こんばんは」と村にむかって挨拶するが、反応は芳しくない。むしろ、通りがかった村人は余所者に対し、いっそ敵対的とすらいえる視線を返してくる。流石に機嫌を損ねたのか、あるいは売られた喧嘩は買うという事なのか、シオンが睨み返すと、彼らはさっと視線を逸らし、それぞれの仕事に戻っていった。

 

「何あれ、失礼しちゃうわ」

 

「まあまあ、シオン。闖入者は私達の方なのだし……」

 

 機嫌を損ねるシオンをヴィヴィアンが宥めている。普段は常識の無さで周囲を振り回す彼女だが、社会常識ではなく道理の話になると途端に彼女が制止役になるのが面白い所だなあ、とアトラスは馬の手綱を縛りながら思った。

 

 かといって油断すると手綱の千切れた子犬のように走っていくので本当に目が離せない面もある。一緒にいて飽きないというか、なんというか。

 

「とりあえず、空いている部屋でもないか訪ねてみるよ。普通の宿みたいに食事のサービスとかは期待できそうにないけどね」

 

「ま、しょうがないわ。今日も携帯食かしらね」

 

「ええっ!? 今日こそはちゃんとしたご飯食べられると思っていたのに……」

 

 一人だけしょぼくれるヴィヴィアン。予定では橋を渡った先にあるちゃんとした宿場町でちゃんとしたご飯を食べられる予定であり、彼女はそれをいたく楽しみにしていた。

 

 どうにも、彼女は迷宮脱出後の宴で食事に取り付かれた節がある。ショックのあまりへたり込む彼女に、何を食べさせるかやっぱり厳密に注意したほうがよさそうだなあ、とシオンとアトラスはこっそりアイコンタクトした。

 

 アルテイシアが目覚めたときに自分がぶくぶくと太っていたら別種の悲劇を招くのは間違いない。

 

「ほらほら、落ち込んでないで行くわよヴィヴィアン」

 

「うぅ……ご飯……御馳走……」

 

「ああもう。仕方ないから、とっておきのドライフルーツ分けてあげるから、しゃんとしなさい!」

 

 こういう時は完全にシオンが姉貴分である。「ドライフルーツ? 美味しいのか?」とちょっと機嫌を取り戻したヴィヴィアンを引きずるようにして村に向かうシオン。仲が良い姉妹にしか見えない二人にほっこりしながら、アトラスもその後を追う。

 

「……ん?」

 

 そんな中。手をひっぱられながらシオンの後をついていくヴィヴィアンは、ふと視線を感じて周囲を見渡した。シオンとアトラスは感づいた様子はない、人間とは違う感覚を持つ彼女だからこそ気がつけた細やかな違和感。

 

 見ると、建物の陰から二人の子供が、じっとヴィヴィアン達を見つめている。旅人に興味があるのかな、と思ったが、どうにも視線に込められた意味合いは違うようだ。彼女達はじっと、ヴィヴィアンの銀色の髪……そしてアトラスとシオンがそれぞれ腰に下げた得物へと向けられている。

 

「??」

 

 とりあえずヴィヴィアンが空いた手を振り返すと、すっと二人の子供は建物の壁に完全に引っ込んでしまった。

 

 なんだったんだ、と思いつつ、ヴィヴィアンは脚を速めてシオンの隣に並んだ。

 

「なあなあ、ドライフルーツってなんだ?」

 

「ふふ。ドライフルーツってのは、干した果物……いやちょっと違うかな。んー、乾燥させて、甘味を凝縮した果物ってとこかしら! 日持ちする上に食感も変わってて面白いし美味しいのよ!」

 

「おぉ……!」

 

 そしてシオンの語るドライフルーツとやらで、彼女はすっかり、覗き見していた不審者の事など忘れてしまったのだった。

 

 

 

 交渉の結果、一行は住人のいない空き家を貸してもらえる事になった。

 

 人が居なくなってそれなりにたっているようで室内には埃が積もっていたが、それは一瞬で片が付いた。窓や出入口をアトラスとシオンが固めている間に、ヴィヴィアンが触手に粘性の高い粘液を分泌しつつローリング清掃。三十秒もあれば床も天井も綺麗に掃除し終わり、あとは触手を体内に収納しつつ表面のゴミを削ぎ落すだけである。

 

 ちなみに提案したのはヴィヴィアンの方である。

 

「うへえ、本当に一瞬で終わった」

 

「ううーん、あまり君の力を使うのはよくないと分かっているけど、こうも効率的だとなかなか魅力的だね……」

 

「うふふふふん」

 

 感心したような同行者二人に鼻高々のヴィヴィアン。ちなみに自慢の触手が埃に塗れる事についてはなんとも思っていない、迷宮の隠れ家でもしょっちゅう埃塗れで汚い毛玉と化していたので、そういった汚れを分離するのはもう慣れっこである。触手として生きていく以上、汚れがくっつくのはもう仕方ないのだ。

 

 まあ今は人間の体なのだが。

 

「どうだ、便利だろう? ふふふふん」

 

 自慢しながら、上目遣いでちらちら見てくるヴィヴィアン。

 

 彼女にとって触手はアイデンティティであり、やっぱりそれを強調せずにはいられないのだ。

 

 まあ早い話が、まだまだ精神的に子供なのである。もっというと、投げた枝を拾ってきた子犬にも見える。背中でぶんぶん揺れる尻尾を幻視した二人だが、実際に触手がぶんぶん振られているので、何も変わらないかもしれない。

 

「はいはい。まあさっさと片付いたんだし、ご飯にしましょ」

 

 窓から周囲を覗き見ながら、シオンが促す。見れば外では、複数の家に光が灯り、楽しそうな声が漏れ出ていた。この村についたのはアトラス達が一番最後であり、先に来た旅人たちは一足早く片付けを終えて夕餉の最中、といった所だろう。

 

「本来なら、だいぶ日が沈んだ今から火を起こすのは事だけど……」

 

「むっふふ。そこはまあ、私がいるからな!」

 

 シオンの意味ありげな目くばせに、ぷくぷく小鼻を膨らませて胸を張るヴィヴィアン。彼女は灰の溜まった囲炉裏に手早く薪を並べると、袖に隠した触手から可燃性の高い粘液を着火剤としてその上に垂らした。十分に着火剤が染み込むと、ローブの下で触手翼を展開。小さく炎の魔術を放つ。

 

 ぼっ、と着火剤に火が付く。

 

 高品質の油よりもよく燃えるそれによって、たちまち薪に火が回る。本来なら数十分かかる火付け作業がほんの数秒で完了し、囲炉裏にパチパチと炎が上がった。

 

 さらに用意した鍋に、触手から水をどぽどぽと注ぎ込む。鍋を満たす水に、携帯食料をナイフできざみながら落とし込むと火にかけて、蓋をかけて煮込む。

 

 アトラスが心の底から感心したようにその手際を褒めたたえた。

 

「いやあ、流石。魔術師が居ると本当に助かるなぁ」

 

「んっふっふっふっふぅ!! もっと褒めてくれたまえ! この程度なら私にとって容易い事、ちょろいちょろい!! むふふふふふ!」

 

 ものすごくご満悦そうに喜ぶヴィヴィアンに、シオンは「ちょろいのはアンタだと思うけど」という突っ込みを飲み込んだ。この図に乗りやすく落ち込みやすい生命体は、出来るだけ上機嫌にさせておいた方が問題が無い、というのを短い付き合いで彼女は学びつつあった。いやまあ調子に乗らせると好奇心のままにアホをやらかすが、凹んでるとそれはそれで挽回の為に無茶をやるのである、こいつは。

 

 思えば迷宮で本格的にパーティーを組んだ時は、その凹みのどん底にあったのからして、無理無茶連打は当然の話だったのである。必要だったからとはいえ、自爆自滅を厭わない彼女の無茶苦茶な行動を思い返して、よくもまあ生き残れたもんだとシオンは改めて頭痛を覚えた。

 

「ほら、無駄話してないで、煮込むまでに他を並べましょ」

 

「どらいふるーつ、どらいふるーつ!」

 

「はいはい、ちょっとまってね」

 

 硬いパンを皿に並べ、シオンとっておきのドライフルーツの袋をあける。赤や黄色、オレンジの色とりどりの、カットされた宝石のような果実がざあっと皿の上に空けられるのをみて、ヴィヴィアンの赤紫の色がキラキラと輝いた。

 

「お、おぉー!! 魔力結晶みたいだあ」

 

「はははは、確かに。魔力結晶を食べられるヴィヴィアンからすると、似たような物かもしれないね? ほら、私のもあげよう」

 

 実は自分もドライフルーツ好きなアトラスが、ヴィヴィアンのさらに追加する。こちらは干しブドウが中心の、黒や紫色のしわしわっとしたものが多い。皿を宝石箱のように抱えて、ヴィヴィアンが小躍りする。

 

「ほっほーう! 綺麗な上に美味しいなんて、なんて素晴らしい物を人間は考えるんだ! 素敵だ!」

 

「ほら、座って食べなさい、転んで落とすわよ」

 

「はははは。こっちもそろそろいい感じだね」

 

 鍋の中はぐつぐつと沸騰し、おたまでかき混ぜるとわずかに粘りを感じる。干し肉を脂肪で固めた携帯食を溶かした簡易シチューは冒険者の主食だが、これはさらにそこへ干した野菜やもうちょっと品質のよい干し肉を加えた豪華版だ。

 

「いただきまーす」

 

 軽く手を合わせて地母神に祈り、食事にする。

 

 すんすんと軽く匂いを嗅いでからシチューに口をつけるアトラス。簡易シチューはわずかに臭みやえぐみのあるクセの強い味だが、具材を追加した事で大分マイルドになっている。

 

 あるいは、料理につかった水の性質もあるのだろうか。

 

 口をつけたヴィヴィアンが、何やら神妙な顔で呟いた。

 

「……今更なんだが、私の体から分泌した水を口にするのに、何か抵抗とかないのか?」

 

「別に沸騰させてるんだからいいんじゃない?」

 

 特に気にした様子もなく、シオンがしれっと返す。

 

「迷宮の中に冒険者が持ち込める水なんて限られてるしね。おまけに対策してもなお、数日の調査ともなれば変な臭いとかする事もあるし。そういう時は煮沸して飲むのはいつもの事よ」

 

「流石に明らかに痛んでるとか腐ってるとかなら諦めるけどね。まあでもヴィヴィアンが出す水は百パーセント混じりけの無い純水なんだろう?」

 

「いやまあ、そうなんだけど……こう、生理的に、みたいな」

 

 その気になれば、可燃性の油だけでなく、ガラスも溶かす強酸性の液体を自由自在に分泌できるヴィヴィアンの触手。それは見方を変えれば、一切の溶質が存在しない純水も分泌できるのではないかと気が付いたのはアトラスだ。馬車旅の最中、何度目かのキャンプ飯でその事に思い当たって以降、ヴィヴィアンは生きた水タンクのような扱いを受けている。

 

 その事についてヴィヴィアン本人は別になんとも思っていないのだが、自分から分泌された液体を摂取する事に普通、人間は嫌な顔をするものなのでは? とずっと釈然としない顔である。

 

「いやだって水って運ぶの大変だしすぐ痛むし、ヴィヴィアンめっちゃ便利なんだもの。思った以上に水分貯め込めるし」

 

「ああ。川とか湖に触手つっこんでぎゅんぎゅん吸い上げるしね。正直、これからもうヴィヴィアン抜きでの旅とか考えたくないなあ」

 

 便利さに堕落している自覚はあるが、もうかつての不便さには戻りたくない、というやつである。納得してなさそうな顔をしているヴィヴィアンとは裏腹に、アトラス達は正直、彼女が100人ぐらいに増えてくれないかなあ、とか真面目に考え始めていた。

 

 正直、実家の稼業に触手養殖を加えたいぐらいである。

 

 頭の中に「特産品:触手 一家に一匹」などというアホな未来願望図を描きながら、アトラスはしれっとした顔で干し肉を齧った。

 

 ヴィヴィアンも、悩むのはやめてドライフルーツに手を付ける。口の中に数粒放り込んで、ころころ転がしてから噛みしめる。途端にじゅわっと口の中に広がる甘味に、とろんと目が幸せそうに細められた。

 

「ん~~~~、美味しい。甘い……」

 

「でしょでしょ。で、この黄色い奴が特におすすめ」

 

「ほうほうほう」

 

 肩を寄せてドライフルーツ談義をはじめる少女二人に、アトラスは微笑みながら食器を置いた。気が付けばシチューはすでに空になっている。

 

 二人がお喋りしている間に洗っておくか……そう考えて腰を上げたアトラスはしかし、部屋の外に人の気配を感じて視線を険しくした。

 

「? アトラス?」

 

「しっ、静かに。……誰か来てる」

 

「来客?」

 

 ぴり、と一行の間に僅かな緊張感が過ぎる。

 

 一瞬遅れて、借り家の門戸を、とんとん、と叩く音がした。

 

「……すいません、旅の方。申し訳ありません、どうしても至急、お耳に入れたい事が……」

 

 聞こえてきた小さな声に、三人は顔を見合わせた。

 

 これは。

 

 子供の声だ。

 

 

 

 

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