望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十四話 夜の尋ね人

「突然の訪問、申し訳ありません」

 

 ヴィヴィアン達の元を訪れたのは村の子供だという、二人組の姉妹だった。はきはきと言葉を喋る姉に、その後ろにくっついて離れない妹。

 

 二人が持ち込んできた話は、なかなかに聞き捨てならざるものだった。

 

 代表して話を聞いたアトラスが露骨に顔をしかめる。

 

「……山賊がこの村を襲う、だって?」

 

「はい。彼らからの警告が2日前。それまでに、めぼしい物資を集めて差し出さなければ、村を襲い略奪する、と」

 

「ふむ。それで、今晩がその刻限、という事か」

 

 話に神妙な顔で頷くのはヴィヴィアンだ。フードを深く被った美貌の魔術師がコクコク頷く度に、臆病そうな妹はびくっとして姉の背中に隠れている。

 

 勿論ヴィヴィアンに変な意図はない。いや、別の意味で変な事は考えているが。彼女は姉の背にひっついて隠れている妹の姿に、自分とシオンの関係を重ねているようだった。

 

 その隣で半目で頬杖をついているのはシオンである。彼女は何やらヴィヴィアンが変な事考えてるわね、とため息をつきながら、姉妹に話を促した。

 

「変な話ね。昼に村を見たけど、そんな感じはしなかったわ。大体、それならなんで私らを受け入れたの?」

 

「……受け入れた、とはちょっと違います。村の人達は余所者を嫌っていて、普段だったら旅人を村に入れる、なんて絶対にしません。だから……」

 

「つまり、村人は山賊に対して僕達を生きた盾にするつもり、という事かい?」

 

 単刀直入にアトラスが結論を切り出す。

 

 びくっと震える姉だったが、しかしアトラスの言葉に棘のような含みがなかったので、おずおずと頷き返す。

 

「そうです。……ですから、まだ間に合います。今すぐ村を出れば、巻き込まれずに済みます。どうせこんな村、もともと大した物がないのはあちらもわかっています。本当に村人を鏖にするとか、そういうつもりなら警告なんかせずに最初から襲っているはずです。せいぜい、食料を奪われるぐらいでそう手ひどい事にはならないでしょう」

 

「その場合、君達はどうなる?」

 

 姉妹の提案に、アトラスはすぐに切り返す。

 

 この時点で、彼にはおおよその全貌が見えていた。

 

 恐らく、姉妹の言う事は本当だ。山賊が襲ってくる日に、たまたま麓の橋が氾濫で壊れて旅人が立ち往生、なんて都合が良すぎる。恐らく意図的に、村人が引き起こした事態だと見るべきだ。概ね、川の上流の砂防を破壊するなどして土砂を流したのだろう。

 

 となると、筋書きを描いたのは村の一部ではなく、総意とみてよい。この姉妹は、明確にそれに逆らう事になる。

 

 こんな小さな村の中で、村の総意に逆らえばロクな事にはならない。アトラスとしてはそこが気がかりだった。

 

「……お気になさらないでください。私達は両親を亡くし、天涯孤独の身。どのみち、近いうちにこの村を出ていくつもりでした」

 

 身を寄せる妹の肩を抱き寄せて撫でる姉。

 

 その発言に、作ったような悲壮感や悲哀の色はない。疲れ果てて、すり切れた乾いた感情だけがそこにはあった。

 

 あまりにも子供らしくない態度。だが、自らも孤児院で育ったシオンには、その気持ちが痛いほど分かる。

 

 数秒考えて、シオンとアトラスが言葉を紡ごうとする。だがそれよりも早く即決する声があった。

 

「任せてくれたまえ」

 

 ヴィヴィアンだ。

 

 彼女は前のめりに姉妹に顔を寄せながら、ぺちん、と自分の胸元を叩いて見せた。本人では力強い仕草のつもりなのだろう。

 

「山賊だが何だか知らないが、私達の敵ではない。ちょちょい、とこの場をおさめて、何事もなかったように明日を迎えて見せよう」

 

「で、ですが……」

 

「それに近いうちに村を出ていくといっても、それは今日明日の話ではあるまい? 今、村人に排斥されれば、それはそれでやりづらいのではないか?」

 

 ヴィヴィアンの指摘に、姉は言い返さずに小さく俯いた。

 

 そのあたりはちゃんとわかっていたらしい。それでもなお、言わずにはいられなかった、という事か。

 

 それを見て、ヴィヴィアンがアトラスに目くばせする。頼れるリーダーは、わかっている、と言わんばかりに深く頷いた。

 

「わかった、私達で山賊はどうにかしよう。シオン、他の宿泊客に話を通しておいてくれ」

 

「了解」

 

「ま、まってください! 相手は山賊といっても、きちんとした装備をした連中でした! 北方のほうの小競り合いから流れてきた兵士崩れだと思われます、数も10人近く居ました。旅人さんの装備では……」

 

 やる気満々のアトラス達をそれでも思いとどまらせようとしたのだろう、姉が口早にそんな事を言う。

 

 が、アトラスやシオンは大して気にする様子はない。

 

 ヴィヴィアンだけが、こてんと首を傾げてリーダーに尋ねた。

 

「兵士ってのはどれぐらい強いんだ?」

 

「北の方なら……あっちは正規兵でも質も装備もよろしくないしね。そうだな、2層の獣人一匹で兵士三人分ぐらいだな」

 

「なんだ、雑魚だな」

 

 冒険者にしか通じない単位でやりとりし、ヴィヴィアンはなんだその程度かと眉をひそめた。姉妹の緊張ぶりからそれなりの大勢力だと思っていた彼女からすると拍子抜けもいい所である。

 

 早い話が2層の主力魔物が3,4匹である。彼女からすると目を瞑ってても殲滅できる相手だ。もし今のヴィヴィアンをてこずらせようと思ったら、その10倍は必要である。それでもまとめて向かってきたら一発で終了だ。

 

「え……? 皆さん……?」

 

「あ、そうだ。アトラス、相手がその程度ならちょっと話してみたい事があるんだが、いいか?」

 

「え? いや、別にいいけど……山賊相手に何を話すんだい?」

 

 アトラスの問いかけに、ひょい、と彼女は肩を竦めた。

 

「何。悪党が何を考えて生きているのか、ちょっと気になってな」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 夜の森。

 

 人目を避けるように、藪をかき分けて進む一団の姿がある。

 

 数は十人ほど。

 

 皆、錆びの浮いた鉄製防具で固めている。量産品といえど鉄の装備なのは今時たいしたものだが、しかしいずれの装備も欠損が激しく、本来の性能を発揮しているとは言い難い。失われたパーツを革や布で補った今はシルエットすらも一致せず、統率された兵士の集団とは到底言い難い。

 

 ただ、その連携までは失われた訳ではないようだ。

 

 烏合の衆というにはそこそこ統率のとれた動きで森を進んだ一団は、ふいに足をとめて先を伺った。

 

 彼らの視線の先、木々の向こうにいくつもの灯が燃えているのが見える。

 

 村だ。

 

「……連中、とくに何も動きはないようだな」

 

「どうする?」

 

「はったりや脅しではないという事を教えてやるしかないだろう」

 

 小さく打ち合わせて、各々が腰に下げた武器を抜く。

 

「あまり、市民を襲うのは気がすすまんが、俺達が生きていくためだ。仕方ないとはいわん」

 

「……あまり血の気に逸るなよ。獣に堕ちた奴は、背後から斬る」

 

 カシラとその補佐が部下達にきつく言い含める。従う者達は、皆神妙な顔で頷いた。

 

「よし、いくぞ」

 

 

 

 

 

「どこにかな?」

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 不意に響いた少女の声。

 

 それに反応した山賊団の動きは迅速だった。

 

 瞬間的に円陣を組み、どこから襲われてもいいように全周囲を警戒する。肩を寄せ合って身を守るその動きには、確かな鍛錬の成果が見受けられた。

 

「何者だ!」

 

 カシラが声を張り上げて問いかける。その声にこたえるように、正面、村の方角からすぅっと、闇の中から浮かび上がるように一人の女が姿を現した。

 

 山賊達が目を見開く。気配をまるで感じなかった。

 

「貴様は……」

 

 現れた少女が、頭からかぶっていたフードをゆっくりと脱ぐ。闇の中でもはっきりとわかる綺麗な銀髪が、ふぁさりと広がった。

 

 カシラがこれまで見た事のないような美少女。人形のように整った顔立ちに、赤紫に怪しく光る瞳、病的なまでに白い肌。夜の精霊が人を惑わしに現れたのかと思うほどに、その少女は夜闇にあまりにも映えていた。

 

「こんばんは。私の名前はヴィヴィアン。今日はよい夜だとは思わないかい?」

 

「……そうだな。こちらとしては、たった今この瞬間から最悪な夜になりそうだが」

 

 周囲をちらちら見渡しながら答えるカシラ。

 

 人の気配は感じない。が、相手が一人なはずがない。必ず仲間が控えているはずだ。そうでなければ、のこのこ真正面に出てくるものか。

 

 だが、いくら探っても僅かな気配しか感じ取れない。ともすれば、たまたま物好きな女が一人、目の前にいるだけだと信じたくなってしまう。

 

 そして、言うまでもなく目の前の少女も異常な存在だ。

 

 一見して、何の脅威も感じない。このまま容易く組み伏せてしまえると確信できるほどに。だが、そんな筈はない。

 

 何も感じないというのが、もうその時点である種の異常なのだ。

 

 ぽっかりと人の形に空いた虚無を相手にしているような異様な感覚を覚えて、額に浮いた汗をカシラは拳で拭い去った。

 

「貴様……冒険者か? 村の連中が呼び寄せたのか」

 

「いや。私がここに居るのは、純然たる好奇心によるものだ。村の連中は一切かかわっていない。どうにも奴らは私達を肉盾にしたかったようだが」

 

「ちっ……」

 

 なるほど、そういう事か、とカシラは納得する。

 

 襲う側が言えた義理ではないが、全く以って良い神経をしている。見ず知らずの他人であれば、どんな目にあっても関係ないという訳か。

 

 となると、目の前の少女が何故出てきたのかが気になる。

 

 毒を食らわば皿まで、カシラは罠にかけられた小鹿の気持ちで少女に問い返した。

 

「不意打ちで俺達を壊滅させる事だって出来ただろう。何のつもりだ?」

 

「何、話がしたかったのさ」

 

「話?」

 

 そうさ、と少女は小さく頷き、まるで歓迎するようにそっと両手を横に広げた。

 

 そのあまりの無防備な仕草に、むしろ山賊達は慄いた。理解できないものは、恐怖に他ならない。

 

 月光の下で、少女が笑う。

 

「話をしようじゃないか。会話は、知性体に与えられた最大の歓びだろう?」

 

 その笑みは、カシラには人間を真似する他の何かにしか見えなかった。

 

 

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