望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十五話 なぜなにヌルスちゃん

 

「話? 話だと?」

 

「そうだとも」

 

 山賊リーダーの言葉に、ヴィヴィアンは鷹揚に頷き返す。内心で正直、彼女は相手の態度に強く感心していた。

 

 言うまでもないが、アルテイシアの肉体は人間の基準だと超美少女だ、異種族である触手魔物からみても美人なのだから間違いはない。

 

 そんな相手が突然目の前に現れたにも関わらず、彼らは好色の視線を向ける事はなく終始猜疑と警戒の視線を向けてきている。

 

 理性でその行動が制御されている証だ。

 

 にも関わらず、彼らはこれから略奪という割に合わない行動に出ようとしていた。

 

 そのちぐはぐさが、ヴィヴィアンにとってはひどく興味深かった。

 

「単刀直入に聞こう。何故、山賊などやっているんだ?」

 

「……何?」

 

「私のパーティーのリーダーに聞いた。山賊は重罪で、捕らえ次第処刑か労働奴隷として鉱山等の過酷な業務に送られるそうだな。いくら飢えや貧乏に苦しんでいるからといって、末路がそれでは到底割に合わないのではないか? まさか、領主の追っ手を永遠に退け続けられる、などと考えている訳ではあるまい?」

 

 見た所目の前の山賊達は兵士らしくある程度の装備を整えているようだが、それでもそもそも敗残兵の残党だ。彼らの軍を蹴散らしたのはこちらの国の兵士な訳で、そもそも勝ち目がある相手ではない。仮に地の利などを生かして数度撃退できたとしても、自分の兵を退けられれば領主も名誉のために本気にならざるを得ない。どれだけの戦力を保有していたとしても、最終的に磨り潰されるのがオチだ。

 

 では、ある程度略奪で資産を集めた所で、商人なりなんなりに転向するべきか? それも難しいとアトラスはいっていた。

 

 商売は信用が命だ。盗品を売る、得体の知れない人間……それだけの理由があれば、商いの相手になってくれる者はほとんどいない。商売の世界というのは厳しいものだ。上手くいかなければすぐに元手はそこにつく。そこで諦めずに頑張ればいいが、元が山賊として略奪して集めた資産、無くなればまた奪えばいい、という考えになるのが自然な流れだろう。そんな事が、いつまでも続くはずがないのは言うまでもない。

 

 だからそう、山賊という手段は詰んでいるのだ。

 

 地獄への片道通行に他ならない。

 

「…………」

 

 痛い所を突かれた、といったような顔で黙り込む山賊リーダー。部下達も、思う所があるようだ。

 

 やはり、彼らは理性的だ。だからこそ、ヴィヴィアンは会話を続けたいと思う。

 

「確かに、あの村の食料を奪えば数日はしのげるかもしれない。だが、その数日の為に、永遠に未来を闇に閉ざすのは、賢いとはいえないのではないか?」

 

「……だったら、どうしろというんだ。明日の為に、今日飢え死にしては何にもならないだろう。まずは生きてこそ、だ。他人から奪っても、今日を生きなければ話にならない」

 

「確かに、確かに。それが分かっているならばこそ、他の道を選ぶべきではないのか?」

 

 ヴィヴィアンはじゃら、と魔力結晶を取り出す。

 

 彼女にすればちょっとしたおやつで、魔術の媒体としてもそう大したものではない。だが、これがそれなりのお金になるらしい、というのは人間の経済について学んだことでなんとなく理解している。

 

 ちなみにこれ、自分の触手を切って生産したものである。地産地消というか、トータルでいうとマイナス気味だ。今の彼女はほぼ無限に湧きだす魔力によって生かされてるので大した問題ではないが。

 

 ともかく、取り出した魔力結晶を見て山賊達が目の色を変える。が、諦めたようにリーダーは首を横に振った。

 

「俺達に冒険者になれ、とでも? 無理だ、俺達はこの国からすれば敵にすぎない。いくらギルドが国家を越えた超法規的な組織だとしても、国が拒絶してる人間相手に仕事はできない。その場所には場所のルールがある」

 

「そうか」

 

「逆に言うぜ。俺達はな、北の方の、くそみたいな独裁国家の民だった。ある日突然問答無用で徴兵されて、怒鳴られて殴られながら訓練して、大儀も何もなく侵略戦争の尖兵になった。そして、これまで何十年も繰り返されてきた通りに、蹴散らされて敗残兵として野に下った」

 

 リーダーは、己のボロボロになった防具を見下ろしながらそう語る。確かに、彼の装備する鉄の胸当てや肩当には、いくつもの傷が刻まれており、インナーには古い血の汚れもあった。

 

「国に帰れば殺される。かといってこっちの国からすれば敵国の兵士だ、どんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。それでも、道理ってもんがある。なんとか山で獣を捕らえて葉を齧り喰い凌いできたが……もう限界だ! わかるか? 俺達は最初、仲間は20人いた。だが今じゃ11人しかいない! 俺はこいつらを預かっている身として、これ以上無駄に死なせる訳にはいかないんだよ!」

 

「そうか……」

 

 リーダーの訴えに、ヴィヴィアンは哀し気に目を細めた。

 

「それでも、私は敢えて言おう。考え直したまえ」

 

「貴様……」

 

「道理や、道徳の話ではないよ。もっと別の理由から、それは推奨できない。君達とて、こうして生まれ地に立っているのなら、母と父が居るのだろう? 彼らは、君達が異国の地で獣として処分されるのをよしとするのか? 例え無様であっても、人として幸せになる事を望むではないのか? 勿論、中には両親に愛されずに生まれてきた者もいるかもしれない。だが、祖母は? 曾祖父は? 先祖の全てが、君達の存在を望まなかったという事はあるまい?」

 

 それは、魔物という出自をもつヴィヴィアンには理解できず、だからこそ、尊重する概念。

 

 人には、両親がいる。その両親には、また両親が。

 

 そうやって、一人の人間の背後には、何百何千という人の思いがある。その全てが、正しい方向を向いている、という事はないかもしれない。だが、逆に全てが、負の方向を向いている、という事もあり得ない。

 

 望まれたから。愛されたからこそ、人はいまここに居る。

 

 それを裏切るのは、やってはいけない事なのではないか?

 

「君達は、幸せを望むべきだ。手遅れでも、今からでも。その為には、手段を間違えてはいけない。考え直すんだ」

 

「う……」

 

 ヴィヴィアンの語る言葉に、何人かの山賊……最初から、明らかに乗り気ではないのが明確だった者達が、手にした武器を地面に落とした。

 

 まだ年若い男達。むしろ子供といっていい年齢の彼らは、武器に続けて地に膝をつき、すんすんと鼻を鳴らして嘆いた。

 

「おかあさん……う゛うっ……」

 

「帰りたい……故郷に、帰りたい……」

 

 完全に戦意を喪失した数人の若者。

 

 それを、山賊のリーダーは痛まし気に振り返るが、しかし彼はヴィヴィアンに振り返ると武器を構えてた。その瞳には、強い決意が込められている。

 

「お嬢ちゃんの言いたい事はよくわかる。あんたは正しい、間違いなく正しい。だが、正しさだけじゃ俺達は救われないんだ」

 

「……そうか……」

 

 言葉が通じなかった訳ではない。だが、不信と不安と、視野の狭さが、彼ら自身に誤った道を選択させている、とヴィヴィアンは判断した。

 

 間違っていると分かっていてなお、その道を行くというのはそういう事だ。あの不思議な夢でエルリックに諭された彼女自身、よく分かっている。他人から見れば明らかにおかしな選択肢であっても、当の本人にはその道しかない、そう思い込んでしまったら他の可能性なんて考えられない。

 

 だから、人は他者と、違う考えの者と繋がって生きていくべきなのである。それこそが人の強み、多様性なのだ。

 

「悪いがお嬢ちゃん、あんたには人質になってもらう。気遣いには、感謝する」

 

「ふむ。自分達が包囲されている、という事はよくわかっているか」

 

「そういう事だ……!」

 

 だっ、とリーダーとその副官が素早く駆け出す。その身のこなしは、なるほど訓練された兵士というだけあって中々に素早い。

 

 周囲を取り囲んでいるであろう、冒険者達。彼らに包囲殲滅される前に、目の前のヴィヴィアンを取り押さえて人質にする。その判断は間違ってはいない。

 

 だが。

 

 駆け出した瞬間に、彼らは理解した。理解させられざるを得なかった。

 

「一つ、尋ねよう」

 

 ぶわ、と目の前の少女のシルエットが、天をつくほどに巨大化したように見える。それは勿論錯覚で、現実の彼女の体は小柄で小枝のようにへし折れそうなまま。だが、その瞳の奥に、何か途方もしれない、得体の知れない脅威を見出して、山賊リーダーの心が竦み上がった。

 

 

 

 なんだ、これは。

 

 自分達は、今。何を相手にしている?

 

 

 

「私が、包囲している彼らより弱いだなんて、何故そう考えたのかね?」

 

 今は亡き師の言葉を借りて、ヴィヴィアンは哂う。

 

 彼女からすれば、山賊達の踏み込みなど欠伸が出るような遅さ。

 

 アトラスの見込みは正しい。この程度なら、2層の魔物相手でも三人はいるだろう。いや、それでも足りるかどうか。

 

 故に、殺す必然性も理由も無かった。

 

 バリバリ、と黄色い輝きが夜闇に弾ける。

 

 ライトニングミスト。

 

 ほんの一瞬のうちに、山賊リーダーは手足の自由を失ってその場に倒れ込んだ。その隣に、副官もどしゃあ、と垂れ込んで土に塗れる。

 

「ほほう。鉄の装備、流石によく通る」

 

「た、隊長!?」

 

 乗り気でなかった部下達も、自分達のリーダーが倒されたのを見て血相を変える。武器を抜いてヴィヴィアンに立ち向かおうとした彼らは、しかし、自分達が突如巻き起こった濃霧にすっぽり包まれている事に気が付いて、動揺に足を止めた。

 

 それが命取り。

 

 放たれたのは威力を極力抑えたライトニングボルト。山賊達の間を潜り抜けるように飛翔したそれは、立ち込める濃霧に電流を流すと山賊達の手足を痺れさせた。

 

「がっ?!」

 

「があっ!?」

 

 苦悶の声を上げてばたばたと倒れる山賊達。霧がたちまち消え失せると、そこには手足をびくびく痙攣させる犠牲者の山が残されている。

 

 痺れさせそこなった奴がいないか、しばし検分したヴィヴィアンがふん、と鼻を鳴らした。

 

「ま、こんなもんだろ。アトラス、シオン。出てきていいぞ」

 

「はいはーい」

 

「お疲れ様」

 

 梢をガサガサ揺らして出てくるのはアトラスだ。同時に、木の上からぴょーんとシオンが飛び降りてくる。さらにアトラスに続いて後方から、何人もの武装した男が姿を表す。彼らは、村に馬車を停めていた商人の護衛だ。

 

 腰に剣を下げた護衛達が、地面に伸びている山賊達を目の当たりにして瞠目する。

 

「これだけの人数を、一人で、それも一瞬で無力化した……?」

 

「なんだか、魔術を複数同時に発動してたように見えたんだけど……?」

 

 護衛達が感心半分、慄き半分でヴィヴィアンに視線を向ける。その視線をどう受け取ったのか、彼女はふんす、と胸を張って、両手でピースピースとアピールした。

 

「ふふん、どうだ。私は凄いんだぞ」

 

「あ、うん……」

 

「すごいすごい」

 

 おかしい、さっきのなんかすごい大物っぽいオーラは勘違いだったのだろうか。護衛達はヴィヴィアンの放つ小動物オーラに首を傾げた。

 

 気持ちは分かるな、と苦笑しつつ、アトラスは荷物の中からロープを取り出し、一同に声をかけた。ヴィヴィアンのペースに巻き込まれると話が進まない。

 

「とりあえず全員拘束しよう。話はそれからだ」

 

「了解」

 

 

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