望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十六話 人の多様性

 

 

 縛られた山賊達が、数珠繋ぎにして連行されていく。

 

 ぐったりと肩を落とした山賊リーダーと、それに続く部下達を見送り、ヴィヴィアンはアトラスに尋ねた。

 

 彼らは犯罪者だが、同時に同情すべき被害者でもある。このまま処刑だとか労働奴隷行きは、いくらなんでも哀れだと思ったのだ。

 

「彼らはどうなるんだ?」

 

「事前に説明した通りだけど……」

 

「そ……その、なんだ。私の出世払いという事で、もうちょっとこう、罪を軽減できたりはしないのか……?」

 

 赤の他人どころか、自分を攻撃しようとさえした相手に同情的なヴィヴィアンの様子に、アトラスはやっぱりこの生き物を野に放ってはいけないと改めて思った。お人よし過ぎて騙されるのがもう目に見えている。

 

 実際はヴィヴィアンとてそこまで純粋無垢ではなく、悪意をもって騙されればそれ相応の報復はする。が、それはそれで大変な事になるのでやっぱり駄目である。

 

「お金で裁きが変わったら世の中成り立たないよ」

 

「そ、それは、それはそうなんだが……」

 

「……くく、兄ちゃん、そのお人よしのお嬢ちゃんを揶揄うのもそのぐらいにしておいてやれよ」

 

 そこに声をかけたのは護衛の一人だ。彼はあまりにもおかしくてもう黙ってられない、といった感じで頬を緩めながら、ぽんぽん、とアトラスの肩を親し気に叩いた。

 

「安心しな、お嬢ちゃん。流石に今回は情状酌量の余地ありだ。ついでにいうと、それはお嬢ちゃんのおかげだがな?」

 

「そ……そうなのか!? 本当か?!」

 

「ああ。話を聞く限り、連中は初犯……というか初犯ですらないな。村に踏み込みもせず、お嬢ちゃんに無力化された。だから、法律でいえばこいつらにある罪状は不法侵入、不法滞在と脅迫罪、あと暴行罪がギリギリ成立するぐらいであって、山賊として厳罰に処される、にはちょっと罪状が足りんね。あと母国で何を言われたかしらんが、うちの国では見捨てられた兵士はこちらで保護して生活の場を与えてる。死兵になって暴れられたらたまったもんじゃないし、北の国に対するプロパガンダ要員としても、残存兵は手厚く扱うのが筋だ」

 

 護衛の説明に、目をキラキラさせて安堵するヴィヴィアン。一方、アトラスは苦笑して説明する護衛の腹を肘で小突いた。

 

「こら。世間知らずに世の中の厳しさを教育してたところなんだ、余計な事をしないでくれたまえ。下手したらこの子、世の中の犯罪者全部に執行猶予を求めかねないんだから」

 

「はははは、悪い悪い。ま、そんな訳だから、とりあえず領主の所まで引っ立てて、そこで調べと裁きを受ける事になる。多少罰は受けるし服役もしてもらうかもしれんが、最悪のケースは免れるだろ」

 

「わ、私とてそこまでではないぞ! ああ、しかし、よかった……!」

 

 心の底から安堵して、両手を目の前で合わせて涙ぐむ少女。そんな彼女の後姿を、離れた場所で振り返ってみていた山賊リーダーの目元に、光るものがあった。

 

 その事にアトラスは気が付いたが、敢えて見なかった事にする。彼にも、かける情けはある。

 

「しかしお嬢ちゃん、世間知らずの割に凄い魔術師なんだな。ああいや、凄い魔術師だから世間知らずなのか?」

 

「ふふん! 自慢じゃないが、私は魔術の事以外はからっきしだぞ!! 人の世の事など、何も知らん! なのでアトラスに見捨てられるとな、そのな、路頭に迷う……」

 

「本当に自慢じゃないな……」

 

 呆れかえったように頷いた護衛が、ちらりとアトラスに目を向ける。その視線は色々言いたげだった。

 

「こんなの、世の中に放逐するなよ? どこで爆発するかわからん爆弾みたいなもんだろ」

 

「それは私達が一番分かってる。彼女がもしその気になったら、ここら一帯を跡形もなく消し飛ばすのなんて簡単だからな。山賊達が話の分かる相手でよかった」

 

「……これからも頑張って導火線をおさえておいてくれ。頼むから」

 

 冗談と笑い飛ばすにはアトラスの目がマジだった。

 

 勿論大げさでもなんでもなく過小評価ですらある。今のヌルスは、紫の魔力結晶さえあればいつでも“魔槍・アルテイシア”の劣化版をぶっ放せるのだ。さらに自分の触手を何本かぶった切れば迷宮に潜らなくても火種を確保できるおまけつき。

 

 人の世において、彼女に単体で比類しうる火力は存在しない。

 

 忘れてはいけない。ヴィヴィアンは、単独で8層まで潜り、その過程で執行者を一体ソロで撃破するほどの魔術師なのだ。

 

 彼女に類まれな魔術の才覚に加え標準以上の倫理がある事に改めて感謝しつつ、アトラスはシオンともどもこの場を引き上げる事にした。

 

「じゃあ、村に戻ろう。シオン、ヴィヴィアンを頼むね」

 

「ほらほら、いくわよ世間知らず」

 

「わぶぅ」

 

 背後から忍び寄ったシオンが、フードを深く被らせる。突然目の前が見えなくなってつんのめった彼女の首元を、子猫のようにつまんで支える。

 

「その髪色、変な奴に見つかったら面倒くさいからちゃんと隠しておきなさい」

 

「わ、わかってる」

 

 先を行くアトラスを追って歩き出すシオン、そしてその背にとことこと続くヴィヴィアン。背丈はヴィヴィアンの方が高いのに、傍から見ると完全に姉がシオンである。変な二人組……と護衛はその後ろ姿を見送った。

 

 とりあえず村の麓まで戻ってくる。そこで、二人は妙な事に気が付いた。

 

 森に燃えてる松明の数が妙に多い。それに、前方から何やら言い争う声がする。

 

 先行していたリーダーの背中を見つけ、ヴィヴィアンは駆け寄った。

 

「どうした、アトラス」

 

「ああ、ヴィヴィアン。ちょっと面倒な事になってるね……」

 

 苦笑するアトラス。その前では、囚人を連れる護衛のリーダーと、何やらみすぼらしい恰好の男達が言い争っていた。

 

「……村の人、か?」

 

「ああ。彼らが言うには、囚人達は村の財産だから置いていけ、という話らしい」

 

「はいぃ?」

 

 困惑のあまり変な声を出すヴィヴィアン。

 

「いやね。山賊とか盗賊は、捕まえた人に奴隷としての所有権があってね。犯罪者によって被害を受けた村落に対する補填の意味合いもあるんだけど……」

 

「え、いや、だが彼らは村をまだ襲ってないし、そもそも捕まえたのは私達だぞ? 普通に考えて所有権とやらはこちらにあるのではないか? そもそも山賊かどうか微妙な所だから、領主の所に引っ立てるという話では……」

 

「だいたいアイツら、山賊の事を一言も私達に告げてないよね。人を肉盾にしようとしておいて、事がすんだら横から掠め取るつもり?」

 

 ひたすら困惑するヴィヴィアンと、急激に不機嫌になっていくシオン。

 

「わ、私も話してくる! ぐべっ」

 

「やめときなさい。話が通じる相手じゃないわ」

 

 駆け出そうとしたヴィヴィアン。だがシオンがフードをきゅっと捕まえて押し留めたため、首が閉まって潰れたカエルみたいな悲鳴が出た。

 

「私も同意見だ。護衛が引き受けてくれてるみたいだから、関わらずに戻ろう。ヴィヴィアン、こっちに」

 

「いや、しかし」

 

 納得はしていないのだろう。ちらちらと村人を振り返りながらアトラスに続くヴィヴィアンだが、それが不味かった。

 

 護衛達と言い争っていた村人の一人が、ヴィヴィアンに目をつける。興奮状態にある彼らは、唾を飛ばしながら口汚く一行へと罵りの声を上げた。

 

「この余所者が! どうせお前らもこいつらとグルなんだろ! 一晩家を貸してやった恩に仇で返しやがって!」

 

「住むところもない根無し草が偉そうに! その奴隷は私らのもんだよ!」

 

 次々と道理の通らない事をまくしたてる村人たち。アトラスはヴィヴィアンの耳を左右から押さえて、足早にその場を離れた。追いすがろうとする村人を護衛達が押し留めている間に、大急ぎで馬車の方へと戻る。

 

「急ごう」

 

「ああもう、最悪。あっちも揉めてないでしょうね……」

 

 愚痴るシオンだが、幸いにも馬車の方は静かなものだった。

 

 最悪の場合こちらも揉めているのを警戒したが、どうやらそれを見越して商人の護衛達が松明片手に見張っているようだった。彼らの手には、ぎらりと光る刃が抜かれている。

 

 馬車は商人の財産であり、迂闊にそれに触れれば当然自衛権が生じる。村人もそれは分かっているのか、こちらにいる連中は馬車を遠巻きにするばかりで掴みかかってくる様子は見られない。

 

 戻ってきたアトラス達を見かけて、馬車の主人である商人達が声をかけてきた。

 

「おお、ご無事で! 首尾の方はいかがですか?」

 

「山賊については、想定しうる限りで一番穏便に終わりました。ただ、ちょっと村人と揉めているようです」

 

「そうですか……。わかりました。私自ら話をつけてきましょう。アトラスさん達は、馬車にお戻りください」

 

 流石というか、トラブルの報告を聞いても動揺を見せず、商人はさっそうと護衛を引き連れて揉め事の現場に向かった。心配なのは心配だが、あちらは人間相手の商売ではプロだ。素人が出しゃばらず、ここは専門家に任せるべきだろう。

 

 頭を下げて商人を見送り、アトラス達は馬車に乗り込んだ。ドアを閉めて鍵をかけると、外の雑音が俄かに遠ざかる。

 

 ふぅ、と一息はいて落ち着いたところで、ちょっと気まずい感じの静寂が訪れる。

 

 たっぷり数分ほど沈黙が続いたところで、ぼそり、とシオンがヴィヴィアンに尋ねた。

 

「……幻滅した?」

 

「え?」

 

「あんたの知り合いは奇跡的にお人よしが多かったけど、人間の大多数なんてあんなもんよ。あんたの言葉を借りれば、目先の利益しか考えられず、明日明後日、ましてや一年後の事なんて考えもしない獣ども。魔物であるアンタのほうが、よっぽど人間らしいかもしれないわね」

 

 自嘲するように呟くシオン。アトラスも、それは否定できない。彼もまた、立場上、多くの人を将来率いる事になる。そして率いるべき人の多くが愚かであるという事は、どうしても否定できない事実だ。

 

 その現実は、この純粋な生き物の目にどう映ったのだろう……。

 

 人間である二人は、それを訪ねるのが恐ろしくて顔を上げられずにいた。

 

 だが。

 

「いや、別に。あんなもんだろう?」

 

「え」

 

「多様性が人間の利点だろう? 倫理的に優れた人物がいるなら、その逆もまたあってしかるべき。武術に優れた人間がいれば、からっきしの人間もいる。賢い人間がいれば、馬鹿な人間もいる。そういうものじゃないのか? だから人間は、迷宮の外で多く繁栄しているのだと私は認識しているが」

 

 二人の心配とは裏腹にヴィヴィアンはあっけらかんとしたものだ。

 

 そもそも彼女自身、迷宮で人助けの魔術師をやっていた時に色んな人間を見てきている。今更の話だ。

 

 彼女の親しい人間にも、色々いた。事情があったとはいえ親友といっていい人間を裏切り死に至らしめた者もいれば、裏切られ死に至る直前であっても友人の事を気にかけ続けた者もいる。

 

 今回も、山賊には話が通じた。村人には話が通じない。それだけの事。

 

 人間とは、そういう生き物なのだと、ヴィヴィアンはちゃんとわかっている。

 

「だから、まあ気にするな。まあちょっと吃驚したが……」

 

「そう。……そう」

 

 小さく笑うヴィヴィアンに、シオンはむっつりと押し黙ったまま、きゅ、と抱き着いた。無言で身を寄せてくるシオンにヴィヴィアンは「んー?」と首を捻るも、黙って腕を背中に回して抱き返した。

 

「……そういえば、魔術使ってたけど。右手、痛まない?」

 

「んー。いや、全く」

 

「ちょい見せて」

 

 言われて、ヴィヴィアンはおとなしく右手を差し出した。月光に照らされる白い指……だが、その掌に、一筋の赤い傷が刻まれていた。

 

 血は流れていない。だが癒える様子もない。その様子は、伝説に聞く聖印のようでもある。

 

 アトラス達がこの傷に気が付いたのは、迷宮から脱出し落ち着いたころ。食堂に食べに行くためにヴィヴィアンの身なりを整えていたシオンが発見した。

 

 ヴィヴィアンを問い詰めて吐かせた所、どうやらヴァルザークとの闘いの最終局面、“魔槍・アルテイシア”を放った時の反動による傷らしい。

 

 大切な肉体を傷つけた事実を認められなくて見て見ぬふりをしていたヴィヴィアンに一同は当然どうして黙っていたのか、と激怒したのだが、すぐにおかしな事に気が付いた。

 

 傷はある。だが痛みはなく、血も流れていない。

 

 おかしな話だ。歪みの魔術は魂を傷つける……それによって受けた傷は魂の欠損であるが故に、癒える事はなく、出血多量で死に至るか激痛で発狂する事となる、はず。魂なき魔物故に大丈夫だったというなら、何もないのは少しおかしな話だ。

 

 ダメ元で祈祷を試したアトソン曰く、「これは傷ではない」らしい。

 

 肉体が欠損したのではなく、もとからこのような形だったと魂が、肉体が認識している。そうとしか言いようがないのだと。

 

 どうしてそのような事になったのかは分からず、ほかならぬヴィヴィアン自身の今後の研究に期待するほかはない。ただ、現状ではとりあえず大丈夫としか言いようがなく……同時に魔術の行使と関わった現象なのは間違いないので、当然ながら皆心配していた。

 

「……血も出てないし、痛みは?」

 

「うむ、大丈夫だ。そもそも今回は触手翼で魔術を使ったから、この手は特に関係が無いぞ。まあ、アルテイシアの魂を傷つけた結果の傷じゃないっぽいとはいえ、傷モノの肉体を返す訳にはいかない。これもそのうち何とかしないとなあ……」

 

 うーん、と目を細めて唸るヴィヴィアン。一方、ずっと傷口を見つめていたシオンは、ふと悪戯気な表情を浮かべて、指先でさわさわと傷口に悪戯をした。

 

「……こしょこしょこしょこしょ」

 

「うぃひひ?!?!?!」

 

 ガタンっ、と椅子から飛び上がるような勢いで跳ねあがるヴィヴィアン。よっぽどくすぐったかったのだろう、目を白黒させた彼女は、一転して牙をむいて触手を伸ばしてシオンに掴みかかった。

 

「よくもやってくれたなあ! 反撃だあ、こしょこしょこしょ!」

 

「ちょ、ま、それは反則……あははははははは!?! ちょ、やめて!? あはははははは、ひぃ、はははははっ!!??」

 

 あとはもう、くんぐほぐれずの擽り合戦である。とはいえ、こういう勝負になると文字通り手数の多いヴィヴィアンが圧倒的に有利。たちまち衣服の隙間から触手が潜り込み、敏感な処を繊細な手つきでこしょこしょされて、なすすべもなくシオンが笑い転げた上でひっくり返った。

 

「いやあ、仲が良くて結構結構」

 

 アトラスはそんな仲睦まじい二人の様子に微笑むと、よっこらせ、と椅子から立ち上がった。流石に見てられなかったともいう、彼も健全な男性であるからして。

 

「しばらく外を見張ってる。ヴィヴィアンはゆっくり休んでてくれ、今夜一番活躍したのは君だからね」

 

「私は我が儘言っただけだと思うんだがなあ」

 

「その我が儘で、皆助かったのさ。あの山賊達もね」

 

 アトラスは優しく笑って、馬車の外に出た。

 

 途端に、その表情が冷たく凍てつく。為政者の品定めするような視線で村を眺め、彼はいささか不機嫌そうに御者席に腰を下ろした。

 

「さて。どうしたものかね……」

 

 

 

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