望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
そして、山賊の襲来から一夜が明けた。
山の向こうが、青白く霞み始める頃合い。早朝というにも早い時間から、待ちかねたように次々と馬車が嘶きと共に出発を始める。
当然ではある。山賊の襲撃が村に隠されていたあたりの事情は、既にアトラスの口によって流布済みだ。直接的に村へ報復する者がいないというだけで、これ以上このいかがわしい村に滞在したいという者は一人もいない。
幸いにして、橋は唯一の通り道という訳ではない。ひどくおおきな遠回りとなるが、この村の先、山を越えていくルートがある。恐らく多くの馬車は数日村に滞在し、領主からの修理工の派遣を待って判断するつもりだったのだろうが、もはや一人の例外もなく、迅速にこの村をたっていく。
騒がしく村から離れていく馬車を、村人たちは相も変わらず嫌悪の視線で、せいせいした、とでも言いたげに見送っている。
きっと、これで自分達の平和な日常が帰ってくる、とでも思っているのだろう。
その考えの浅はかさの代償を、近いうちに支払う事になるとも知らず。
そして、村を離れる馬車の中に、アトラス達の姿もあった。
彼らも居心地の悪い村に数日滞在するぐらいなら、数日かけて遠回りするのを選ぶ。ちなみに捕らえた山賊は、気前よく商隊にくれてやった為、彼らの馬車には乗せられていない。もとより数人のりの小さな馬車、荒くれを積み込んだところでトラブルを招くだけだし、何よりヴィヴィアンの教育によろしくなさそうである。
ただ、何も変わらなかったかというとそうではない。
アトラスが手綱を握る馬車の車内。そこには、シオンとヴィヴィアンに加え、二人の小さな子供の姿があった。
アトラス達に危険を伝えた、あの子供たちである。
彼女らは、ほんの僅かな手荷物を抱きかかえるようにして、馬車の中で緊張にがちがちに固まっている。そんな彼女達に、シオンが優しく笑いかけた。
「大丈夫? あんな村でも、離れるとなると、ちょっと寂しい?」
「あ、いえ……お、お気になさらず」
シオンに話しかけられて、ぎこちなくも笑みを浮かべて見せる姉の方。反して妹の方は、硬い顔でぎゅっと姉の腕に抱き着いている。
ただ、嫌とか怖い、とかではないらしい。
妹の視線は、馬車の片隅で壁に背を預ける、銀髪の魔術師へと向けられている。フードの下からはみ出した綺麗な銀髪が、窓から差し込む光にキラキラと輝いている。
きょろり、と赤紫の瞳が妹を見返し、彼女はびくっと肩を跳ねさせた。
「失敬。驚かせてしまったかな。私に、何か用事があるのかな?」
「あ、あうぅ……」
「ふふふ。きっと貴方の髪や瞳が綺麗だから気になっているんです。そうえば今更ですが、私はニコ。こちらは妹のチコリです」
ニコが挨拶をし、チコリも背中を押されて、ペコリ、と挨拶をする。そんな彼女にヴィヴィアンは優しく笑うと、ちょいちょい、と手招きした。
「あげる」
「わあ……」
ヴィヴィアンが手渡ししたのは、小さな飴玉のようなサイズの魔力結晶だ。この程度のサイズ、売っても大した金にはならないが、よく見ればそれは星型に綺麗に研磨されている。宝石のようなそれにチコリが笑顔を浮かべて、両手で大事そうに胸にかかえた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ん。うふふふ」
無垢な笑顔に、同じく純粋な笑みを返すヴィヴィアン。一方シオンは、その魔力結晶がどこからでたのか知っているので微妙な顔だ。極端な話自分の指を切り落としてプレゼントしたようなものである。
まあ、空気が柔らかくなったからまあいいか、と彼女はそこで気持ちを切り替えた。考えるのを放棄したともいう。
「それにしても悪かったわね、急にせかして」
「あ、いいえ。馬車に乗せてくださった上に、このような紹介文まで作っていただき、こちらこそ本当にありがとうございます。でも、どうしてこんな急に?」
ちらり、と鞄に目を向けて、ニコがシオンに訪ね返す。
その鞄の中には、アトラスが夜を通して書いた推薦証が入っている。アトラスの社会的な立場から、二人の姉妹の身元と人間性を保証するというものだ。ただの浮浪児が新しい街で就職するのは難しいかもしれないが、これがあれば話は大きく違う。流石に中身はシオンも見ていないが、蜜蝋で封をされた立派な書類だった、多分下手な袖の下よりも効果があるはずである。
あの村を出る時、見送りに来た姉妹にアトラスはそれを手渡し、今すぐこの村を出る事を強く推奨した。それを受けて姉妹は決断し、すぐに手荷物を纏めて馬車に乗り込んだ、それが全てだ。正直言うと、ヴィヴィアンは乗り込んできた二人の荷物の少なさに驚愕せざるを得なかった。両親の遺灰壺と、僅かな服、食器、それぐらいしかなかったのだから。
ほぼ、村八分にされていたのに等しかったのだろう。事情はよく知らないが、そんな状態でよくもまあ暮らしが成り立っていたものである。
「そりゃあまあ、あの村にあのまま居てもロクな事にならないからよ、村人全員がね」
「え……」
「川の上流。砂防止めを壊したの、村の連中でしょ?」
橋を破壊した土砂。それらは本来、川の上流にある砂防堤が押し留めているはずだった。だがそれが機能せず、大量の土砂が流れ込んで橋を壊したというなら、そこには人為的な介入がある。
ヴィヴィアンがすぐに気が付いて疑ったのもそれだ。大量の土砂が流れてきたにしては、水の量はさほどでもないし何より澄んでいた。大雨などによって川が氾濫し土砂が流れてきたというなら、水の量はもっと多いし泥で濁っていなければならない。
シオンの指摘に、こくり、とニコは小さく頷いた。
「ええと、はい。私は参加してませんが、旅人たちを足止めしようと村の大人たちが……」
「あちゃー、やっぱりかぁ。モノを知らないって怖いわねえ」
ニコの言葉に確証を得て、シオンは頭痛を覚えて頭を抱えた。その隣でヴィヴィアンはチコリと指を絡め合って遊んでおり、話を全く聞いてない。
さきほどまでの距離感はどこへやら、もうすっかり仲良しである。
「きゃっきゃ」
「あはは」
「……ふぅ」
ジト目でその様子を見たシオンだが、まああまり聞かせて楽しい話でもない。何より、あまり人の愚かさをヴィヴィアンの耳に注ぎ込みたくはない。聞いてないならそれでいいか、と気分を切り替えて、ニコに彼女はその罪の重さを教えた。
「重罪よ。下手したら山賊なんぞよりよっぽど重い罪になるわ、公共事業の意図的な破壊は」
「え」
「村の連中からすれば、偉い人が勝手に立てた橋、勝手に作った堤防なのかもしれないけどね。それにどれだけのお金がかかってると思う? 貴方達の村の税収の数百、数千、ううん、下手したら数万倍よ? そしてあの橋が壊れた事によって発生した被害額は、果たして村の全財産の何百倍に達するかしらね?」
なんというか、想像力が足りないのだ。
シオン自身、アトラスに見出されて訓練を受けるまでは孤児院の唯の子供であり、その想像力が足りない部類に属していたからこそ、その考えがよくわかる。
つまりは目先の事しか考えていない、だけではなく、物事を判断する為の基準が偏っている。自分の価値観は、決して世界の価値観ではない。それを知るためには多くの人と関わる必要があるが、あのような排他的な村では、そういった価値観は育ちようもない。
結果、彼らは、致命的な間違いを犯してしまったのだ。
「ヴィヴィアンの指摘でアトラスからも報告があったから、修復にきた領主の手勢は砂防堤の調査も行うでしょうね。状況から考えても完全にクロ、恐らく村の連中はそのまま犯罪者として引っ立てられるわ。こういう時、お上ってのは怖いわよー。仮に具体的な証拠がなくても、それで十分動いちゃうからね。小銭でも何でも握らせて、村人が一人でもゲロっちゃえばそれでおしまいよ。白状した本人も含めて全員が犯罪者として処罰されるでしょうね」
「そ、それは……」
「だから、アンタたちを一刻も早く連れ出す必要があったのよ、アトラスは。関わってないとはいっても、お上がそこまで気を利かせてくれるかはわからない、むしろ一緒くたにしょっぴかれる方があり得るわ。それとも、何? あんなでも一緒に暮らした仲間だから、情がある?」
揶揄するようなシオンの問いに、ニコはしばらく考えて、首を横に振った。
「……私達は、元々あの村の生まれではありません。商人だった父さんが死んだ後、伝手を頼って村に移り住みましたが、村の人はそんな私達に冷徹で……。母さんが病気になった時も、冷たくあしらわれました。そのせいで母さんは……。だから、そうなったとしても、可哀そう、だなんて思いません」
「あ、そ。それならこっちも気兼ねしなくていいわ。同時に納得したわ、あの村で貴方達だけ一般社会的な価値観と考えを持っていたのも」
ぎっ、と座席に腰を預けて、シオンが皮肉っぽく笑う。
「あたしも勉強して分かるようになった事だけどね。先の事を考える、ってのは、勉強して訓練しないと身に付けられない事よ。あんたはその考え方、忘れないようにしなさいよね」
「……はい」
お互いに、社会から爪弾きにされ、そこを拾い上げられた者同士。後ろ暗いシンパシーを感じ取ったのだろう、シオンとニコは互いに暗く笑い合った。
と。
そこで馬車が石に乗り上げて、衝撃が一行のケツを下から突き上げた。
「ギャッ!?」
「ウグウッ!?」
殴打に等しい衝撃に、苦悶の声が響く。
木の板に打ち据えられたお尻を撫でまわしながら、シオンとニコはイタタタタ……と呻き合った。
「ああくそ、これだから……!」
「いつつ、馬車ってこんなに揺れるんですね、大丈夫かい、チコリ……」
はっとして、妹の安全を気にするニコ。振り返った彼女の目に映ったのは。
「あはははー、ふにふに! ふにふにー!」
「そうだろうそうだろうあははははは!」
精神年齢が近いからだろうか、すっかり打ち解け合った様子のヴィヴィアンとチコリ。そんな二人は、にゅるり、としたピンクの触手をクッションにして、びよんびよんと衝撃に跳ねていた。
あちゃあー、と顔を押さえるシオン。一方、ニコは目の前の光景に認識が追いつかないのか、しばし青い顔で硬直する。
「……うーん」
「あ、気絶した」
「おっと危ない」
ぐらりと倒れたをニコを、ヴィヴィアンが触手を伸ばしてキャッチする。青い顔で唸っているニコをしばし首を捻って眺めてから、はっ、とヴィヴィアンは我に返った。
「しまった、ついうっかり!」
「このアホンダラぁ!?」
がたーーん! と馬車の荷台が激しく揺れて、御者台のアトラスがびくっ、と肩を跳ねさせた。