望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十八話 触手の召喚術師

 

 

「ええと、つまりその。ヴィヴィアンさんは、触手を召喚できる召喚術師だと……?」

 

「そ、そう、そうなのよ!」

 

 馬車の中。変わらず激しく揺れる席の上で、ピンク色の触手がクッションとして広げられている。その上に座るニコは、尻を打つ衝撃とは別の理由に何やら気分が悪そうだった。

 

 その目の前で必死に弁解するのはシオンと、その横で一言も発さないヴィヴィアンである。さらにヴィヴィアンの腰には、余程懐いたのかニコの妹であるチコリが抱き着いて、かまってかまって、ともちゃもちゃしている。

 

「呼び出せるのもコントロールできるのも触手だけだけどね! す、すごいでしょう? 言動がちょっとアホだけど、一芸あって有り余るというか……ほ、ほら! 見せてあげなさい!」

 

「(こくこく)」

 

 シオンの合図に頷いて、何やらそれっぽく指を結ぶヴィヴィアン。もちろん本来そんな事は必要ないのだが、演出という奴である。ちなみにさっきから一言も発さないのは、そうしないとシオンにお尻をみちぃ! と抓られるからである。それをされるととても痛い。

 

 ヴィヴィアンがうーんうーん、と念じる様子を見せると、そのローブの下からにょろにょろ……とピンクの触手が伸びてくる。蛇のようにふらふらとゆれるそれに目を向けて、チコリがきゃーと歓声を上げてちょっかいを仕掛けにいった。

 

 短い指でわしづかみにされて振り回される触手。その、妹にされるがままの無害にしか見えない魔物の様子に、ニコは目を白黒させた。

 

 ニコも、一般的な社会常識はある。魔物というものは、ごく一部の例外を除けば迷宮の中にしか出現しないという事。そしてそれらが厳密には生物ではない、生き物の形をした現象であるという事もだ。

 

 そして同時に、それ以上詳しくは知らない。魔物を召喚する召喚術師なんてこの世界に存在しない事、魔物が迷宮の外に出現する事がとんでもない異常事態である事。知識のない彼女には判断しようがないのである。

 

 故に、彼女は目の前の事実だけを見て判断した。

 

 そういうものなのだと。

 

「そっかぁ、ヴィヴィアンさん凄いんですね!」

 

「そうなのよ、凄いのよ! ねえ、ヴィヴィアン(ぎりぎりぎり)」

 

「(コクコクコクコクコク)!!」

 

 あんたこれ以上余計な事言ったら分かってるんでしょうね?! という裂ぱくの気合のシオンの視線、そして抓る直前ぐらいで力を込めてくる指に必死で頷き返すヴィヴィアン。その白い肌には粘液ならぬ脂汗がびっちょり浮いている。

 

 幸いにしてその鬼気迫るやり取りをニコは察する事はなく、ほんわかと笑って納得したようだった。

 

「ああ、びっくりしました。世の中は広いんですね、そんな術者がいるなんて知りませんでした」

 

「ええ、そうよ。私も知る限りだとコイツしかいないから、レア中もレア! なのよ」

 

 よっしゃ乗り切った、とシオンはちょっと肩の力を抜いて答えた。

 

 ちなみに召喚術師だのなんだのという設定は、万が一ヴィヴィアンが人前でやらかした場合に備えて用意しておいたカバーストーリーであり、勿論アトラスとも共有している。仲間としてヴィヴィアンの事は信頼しているが、それはそれとして絶対にやらかす、と判断して油断していなかったのがやっぱり役に立ったわけである。

 

 おほほ、と笑うシオンの様子に、こちらも危機は脱したらしい、と判断したヴィヴィアンが控えめに息を吐く。そんな彼女の触手には、チコリが組み付いてわちゃわちゃと遊んでいた。

 

「ね、ね、もっと出せる?」

 

「え? あ、それは……(ちらりとシオンを見る)……あと2、3本なら……」

 

「だしてだして! ねえー、いいでしょー?」

 

 よっぽど気に入ったのか、ぬいぐるみのように触手をわしづかみにして振り回すチコリ。子供の弱いが容赦ない指に握りしめられて、すでに早速一本目の触手はしなしなになってきている。勿論その気になれば子供なんて一捻りだが、そういう訳にもいかずいいようにされるとご覧の通り、最弱の魔物だけあって子供に倒される寸前である。耐久性なんて無いに等しい。

 

「こ、こら、チコリ! わがままを言うんじゃないの!」

 

「え゛ー! やだ、もっと遊ぶぅ!」

 

 ぎゃわー、と泣き叫ぶチコリに困り果てるニコ。そんな二人の様子はシオンは「あー、私にも覚えがあるわー……大変よね……」という顔で見守り、当のヴィヴィアンは何やらほっこりした笑顔で見つめている。

 

「いやいや、そのぐらい全く何も構いませんよー。ぬぬぬぬぬぬぬ……」

 

「わーい」

 

 にょろにょろと伸びてきた触手を遠慮なく鷲掴みにして、チコリが振り回す。しなしなになった触手はぽいっと投げ捨てられて、哀れ灰になってしまった。

 

「いいのですか?」

 

「勿論。嫌われるよりはよっぽどいい」

 

 偽ることなきヴィヴィアンの本心である。

 

 迷宮内では触手型魔物など、嫌われるか小銭稼ぎかおやつ扱いで、いずれにしても追いかけまわされて剣や牙を向けられる対象であった。それがこうして、小さな子供に好意を向けられている。多少扱いが雑だったり乱暴だったりしても、そもそも敵意以外を向けられるという事自体がヴィヴィアンにとっては望外の喜びであった。

 

「ふふふ……やはり迷宮の外は楽園だった……! 触手ってだけで嫌われないって素敵……」

 

 ニコニコしているヴィヴィアンに、シオンは後で誤解を解いておかないとなあ、とため息をついた。勿論誤解というのはヴィヴィアンの早とちりである。

 

 ニコとチコリは山奥の村暮らしだ。虫とか蜥蜴とかそういった生き物は身近で触れる機会も多いからこそ、ヴィヴィアンの触手に物怖じしないだけであって、これが都会の人間とかだと悲鳴を上げて逃げまどうのはほぼ間違いない。ついでに冒険者の経験がある人間も絶対に良い顔はしない。

 

 そのあたりをしっかり認識させておかないと、そのうち取り返しのつかない事になる。本当に手間のかかる妹分である、とシオンは疲れ切った顔で目を閉じた。

 

 

 

 尚。

 

 子供というのは、一貫性のない生き物である。

 

「飽きたー」

 

「?!?!(がびーん)」

 

 

 

◆◆

 

 ニコとチコリを加えた珍道中は三日ほど続いた。

 

 予定通りの遠回りをしてたどり着いた宿場町。そこが、二人の姉妹との別れになった。

 

「お世話になりました。この御恩は必ず、いつか」

 

「気にすることはないよ、僕達が勝手にやったことさ」

 

 ぺこぺこと頭を下げるニコに、アトラスは苦笑して首を横に振る。そもそも、まだ村にいるつもりだった二人を連れだしたのはアトラス側の都合だ。

 

 であるならば、最後まで面倒を見るのが道理というものだろう。

 

「いいかい。何か困ったら、渡してある書類先に連絡しなさい。必ず助けになる」

 

「すいません。何から何まで……」

 

「いや、いいさ。うちのヴィヴィアンも大分世話になったしね」

 

 ちらり、とアトラスが視線を向ける先で、そのヴィヴィアンはチコリとの別れを惜しんでいた。

 

「チコリちゃぁん……元気でねえ……お姉ちゃんといつまでも仲良くね゛ぇ……」

 

「う、うん……」

 

 人目もはばからず、目の幅涙をだばだばと流しながら幼女の手を握って別れの挨拶をするヴィヴィアン。まるで竹馬の友との永遠の別れのような愁嘆場だが、ヴィヴィアンとチコリが知り合ったのはここ4日ほどの事である。それだけ精神年齢の近い友人との別れが辛いのだろうか。正直言うと、そんなヴィヴィアンにドン引きしているチコリのほうがまだしゃんとしているように見えなくもない。

 

 まあこれはこれでヴィヴィアンの精神的な成長につながるか、とアトラスは見守る事にした。気分はすっかりお父さんである。

 

 最も、それを実際に制御するのはシオンの役目なのだが。

 

「ほら、いつまでも泣いてるんじゃないの、周りの人がドン引きしてるじゃない!」

 

「だっでぇ……!」

 

 シオンが肩を掴んで引き戻し、ヴィヴィアンはぐずぐず泣きながらもしぶしぶ手を離した。露骨にチコリがほっとした顔をしたのをアトラスは見なかった事にする。

 

 まあ、ヴィヴィアンは見た目だけなら十代後半の、場所によっては大人として扱われてもおかしくはない年頃だ。そんな娘が、だばだば涙を流して別れを惜しんだら、悲しいとか嬉しい以前に困惑する。

 

 まあ、それはそれでチコリの幼さ故だろう。まだ情緒が育っていない為に、離別の意味を理解していないだけとも言えた。

 

 ……ヴィヴィアンは、正直不本意な別れをあまりにも多く経験しすぎている。その事を思えばこそ、やりたいようにさせておくべきである。

 

「はいはい、予定が詰まってるんだから、さっさと出発するわよ! ニコ、チコリ、元気でね!」

 

「必ず真っすぐここの村長の所にいくんだよ! それで、紹介状を手渡すんだ。いいね?」

 

「はい! アトラスさん達もお元気で!」

 

 ずるずるヴィヴィアンを引きずって馬車に戻る一行を、ニコが手を振って見送る。その腰にしがみついたチコリも、ややあってから、おずおずと手を振り返した。

 

 それを受けて、窓から身を乗り出したヴィヴィアンが両手をぶんぶんと振って応じる。馬車に放り込まれ、出発した馬車が遠く町から離れていっても、いつまでも、いつまでも、ヴィヴィアンは名残惜し気に両手を振り続けていた。

 

 流石に見かねたシオンがずるり、と車内に彼女を引っ張り込むまで、ずっと。

 

「いつまで振ってんのよアンタ」

 

「だって……だって……。この悲しみは、もう体を動かして発散するしか……」

 

「馬車降りて走る?」

 

 がたん、と馬車が揺れる。予定にない遠回りをしたせいか、その遅れを取り戻すべく少し早めに進んでいるようだ。流れていく窓の外の景色がどんどん流れていく。全力疾走すれば追い抜けるが、かといってそのペースを維持するのは厳しい、そんな具合だ。

 

「……はい。大人しくします」

 

「よろしい。良い子良い子」

 

 ヴィヴィアンを抱き寄せて頭をよしよしするシオン。なんか最近、扱いが友人からペットに偏って来てないかな……と真実に気が付きつつも、ヴィヴィアンはおとなしく撫でられるがままにされている。ぶっちゃけシオンに撫でられるのは好きであるからして。

 

「アトラスの故郷、どんな所だろうなあ。ニコとチコリみたいに、私の事を受け入れてくれるだろうか?」

 

「そうよねー。まあ話に聞くヴァーシス辺境伯は善政を敷いてる名君らしいし、そう悪い事にはならないと思うけど」

 

「……ヴァーシス?」

 

 聞き覚えのある単語に、ん? とヴィヴィアンは首を捻った。それは確か、アトラスの家名であったはずだ。

 

「え。まってくれ、まさかアトラス、辺境伯の跡継ぎでは……」

 

「ははははは、無い無い。いくら家の掟だからって、跡継ぎ息子を迷宮探索なんていうヤクザな商売に突っ込む家があるもんですか。御貴族様は、従妹の従妹の、そのまた従妹ぐらいまで苗字がいっしょなのがお約束なのよ。血のつながりで纏まっているから、本家だの分家だの、色々あるの。苗字がいっしょぐらい、よくある事よ」

 

「ふむ。そういうものなのか」

 

 言われてみれば確かに、とヴィヴィアンも納得する。彼女の人間社会の常識は何故かもともと併せ持っていたものと、あの隠れ家にヴァルザークが残していた資料から得たものでごくわずかなものでしかないが、その知識もシオンの言葉を肯定している。

 

「まあ精々、領地沿いの関門都市を管理する分家のお坊ちゃんとか、そのあたりでしょ。分家の、第二、第三あたりの血筋じゃないかしら」

 

「まあそうだな。御本家のご子息が、我々雑種にあんなにフレンドリーなはずもないか。そもそも私は文字通りの雑種だし、人と魔物の」

 

「あら、そうかしら。見ようによっては御貴族様より珍しい血なんじゃない?」

 

 きゃっきゃっと姦しく、しょうもないお話に華を咲かせる二人の乙女。

 

 だから二人は気が付かなかった。

 

 馬車の御者席で、車内から聞こえてくる二人の会話にだらだらと冷や汗を流すアトラスに。彼は遠い視線で彼方の目的地に思いを馳せて、ぽつりとつぶやいた。

 

「……い、今からでも告げたほうが、いいかな? しかし……」

 

 教訓。

 

 後からなんとかしよう、は大体、最後まで出来ないものである。

 

 

 

 

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