望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百六十九話 ようこそ辺境へ!

 

 

 ちょっとペースを上げた馬車の旅は、しかしそういつまでも続く事はなかった。

 

 街道を走り続ける事一週間。馬車はついに辺境伯領土へとたどり着いた。そこから二つの宿場町と一つの関門都市を抜けて、さらに奥へ。

 

 このあたりで、ヴィヴィアンとシオンもそろそろ疑問を抱き始めていた。てっきり関門都市か、その次の街ぐらいで止まると思った馬車が、いつまでも止まらないのである。

 

「ん。ねえ、アトラス。貴方の事信用して厳密な目的地は聞いてなかったんだけど、一体どこまでいくつもり?」

 

「……ん」

 

「地図を見る限り、これ以上先に行くと、辺境伯領の主都まで行っちゃうんだけど……」

 

 地図を片手に、窓から顔をだしたシオンがアトラスを問い詰める。御者のリーダーは、仲間からのジト目に視線を逸らして先ほどから「ん」と呟くばかりだ。明らかに言いにくい事があるようである。

 

「? まあちょっと想定外ではあるが、主都という事は一番大きい街なのだろう? そうおかしな話ではないのではないか?」

 

「そりゃあそうなんだけど、辺境伯って環境だとちょっと話が変わって来てね……」

 

「そうなのか?」

 

 そうなのよ、とシオンは力強く頷いた。

 

「そもそも辺境伯ってのは、普通の領地とは違うのよ。王都から遠く離れた領地、といえば文字通りの辺境だけど、ただの田舎って訳じゃない。敵対的、あるいは潜在的な敵である中立国、そういった国と境界線を隔てた自国の領土。すなわち、味方によってはいつ最前線になってもおかしくないし。北の方も戦争をやってるけど、あっちは定期的に向こうから仕掛けてくるから国軍が直接駐留してるけど、こっちはそうじゃないわ。万が一戦端が開かれたら独力で戦線を支えなければならない」

 

「ふむ」

 

「なので、他の領土に比べて遥かに多い独自戦力を辺境伯は持つ事を許されているわ。それは逆に言うと、もし辺境伯が反乱を起こせばただちに国が傾くという事。故にそれが出来ないように、辺境伯領内での都市計画は王都から色々制限されている。普通の領内のように、あっちこっちに宿場街を作ったり、王都側の領土の境界線に大規模な兵舎を作るとか許されていないの」

 

 シオンの詳細な説明に、ふむふむと頷きつつヴィヴィアンは頭を回転させる。

 

 それはつまり……。

 

「……辺境伯の主都というのは、本来領土全体に分散している権力や軍備が一点に集中している?」

 

「そうよ。文字通りの城塞都市。出入りする人間は厳密に管理されているし、ましてや住むなんてもってのほかよ。私達みたいなよそから来た人間が、今日からここで働きたいです、っていっても通る訳が無いわ。アトラス、どういうつもりなの?」

 

 シオンの疑問はほぼ詰問に近い。

 

 一緒に生死をかけた冒険をした仲だ、詐欺とか騙されたとかの可能性は最初から除外している。かといって、あまりにも考えなしな行動に付き合わされては困る。

 

 何か含むものがあるなら、さっさと白状しろ。シオンの言葉はそういう事だ。

 

「うーんと。とりあえず、その、無計画って訳じゃないよ。ちゃんとあっちには話が通ってるし、問題はないよ?」

 

「はあ? いや、いくらなんでもそんな訳が……」

 

「まあまあ。と、話をすれば見えてきたね」

 

 露骨な話のそらし方だったが、代わり映えしない街道の先に灰色に輝く物が見えてきたのは事実だ。必ずとっちめるからね、と捨て台詞をはいて、シオンは窓から身を乗り出して行く先を仰ぎ見た。ヴィヴィアンもそれにならって、反対側の窓から身を乗り出す。

 

「おお……」

 

 何もない、緑の草原をどこまでも続く街道。振り返れば、いくつもの丘陵が重なって連なっているのが見て取れるだろう。だが、その道にも終わりが見えてきた。

 

 何度も何度も馬車が行き交い、踏み固められた石の道。それと同じ、日の光を受けて灰色に輝く石の壁。

 

 未知の先で、地平線と見まがうほどに広がっているそれは、ヴァーシス領主都を守る外壁だ。

 

 これまで、何百年もの間西方の国からの侵略を阻み、また野生の獣や山賊、異種族から都民を守り抜いてきた岩の城壁。その異様を前に、シオンは言葉を失った。ヴィヴィアンもまた、それが迷宮ではなく人間が築き上げた建造物である事に心の底から驚嘆する。

 

 一体どれだけの時間と、工員が必要だったのか。徐々に拡大していった野は間違いないが、こうして今現在これだけの規模を誇っているのを見ると、この地を修めるというヴァーシス辺境伯家の力のほどが伺えた。

 

「すごいな……仮に地竜が攻めてきたとして、二日や三日では陥落しないのではないか? なんて壮大な……」

 

「だろう?」

 

 故郷を褒められてまんざらでもなさそうなアトラス。彼にしては珍しい事だな、と思いつつ、人は故郷を褒められれば喜ぶものか、とヴィヴィアンは頷いた。ヴィヴィアンにとって故郷はあの迷宮になる。正直良い思い出より悪い思い出の方が多いが、それは彼女が魔物だったからだろう。人間にとって、家とは自分が一人前になるまで守り育ててくれた場所だったというぐらいの事は分かる。

 

「凄いわねー。ヴィヴィアンの魔術ならどうにかなる?」

 

 不意にシオンから話をふられてヴィヴィアンは戸惑った。デンジャラスな話題にアトラスが固まる。

 

「えっ。あ、いや、まあ。……悪魔の魔術を使ったら、とりあえず穴は開くと思うが……」

 

「あら、案外そんなものかしら」

 

 背後で突然始まった物騒な話に、アトラスが引き攣った笑みを浮かべる。

 

 とはいえ事実ではある。ヴィヴィアンの歪みの魔術は、対象の物理的強度を無視して破壊する。そして悪魔の魔術……ボルテックス・ディスラプター、あるいは魔槍・アルテイシアであれば、城壁を諸共吹き飛ばして大穴を空ける事もたやすいだろう。

 

 ちなみにいうまでもないが、普通の魔術では無理だ。あくまで、歪みの魔術を使えるヴィヴィアンならではの話である。いや、彼女の言うアルテイシアの話を聞く限り、もしかすると彼女なら出来るかもしれないが……結局同一人物のようなものである。少なくとも現状は。

 

 あらためて自分の友人が超一級の危険人物である事を再確認したアトラスの頬に一筋の冷や汗が流れる。

 

「……その話、人前でしないでね??」

 

「わかってるとも」

 

「本当かなぁ……」

 

 申し訳ないが一度やらかしているので信憑性はゼロだ。街の中で迂闊に話題をふらないに越したことはないだろう。

 

「ほら、街に入るよ。窓を閉めて」

 

「はーい」

 

「あとでちゃんと説明してよー」

 

 門が近づき、アトラスの注意で馬車の窓を閉める。丸ガラスの向こうで、彼が門番とやりとりするのを眺めながら、シオンはこそこそとヴィヴィアンに話かけた。

 

「ねね、実際どう思う?」

 

「んー。アトラスだぞ? 私達に害のあるような事をする男ではあるまい」

 

「そうなんだけど……もしかして、彼、本家の近くに居を構える事が許されてる御曹司様とかだったりするのかしら?」

 

 シオンとて、別にアトラスが金持ちとか貴族だから一緒になりたい訳ではない。あくまで彼の人となり、自分でも知らなかった才能を見出して見込んでくれたその人柄に惚れ込んだのだ。実家を継ぐことになる彼の下で働きたい、というのは名目に過ぎない。が、それはそれ、これはこれ。そんな自分を見出してくれた王子様が、本当に王子様だったりするのだろうか、ともなれば、妄想回路もぎゅんぎゅんと回る。

 

 一方、ヴィヴィアンはその手の話は至って塩対応だ。そもそも彼女は自分の全てをアルテイシアに捧げるつもりでいるので、人間的な恋愛とかそういうのは全く感慨がわかない。

 

「さあ。まあ、彼の礼儀正しい立ち振る舞いとかを見れば、その可能性があるかもしれんな。どっちにしろ、なるようになるだろう」

 

「何よ、結局そっちもいきあたりばったりじゃない」

 

「余裕があると言ってくれたまえ、シオン。なあに、何か手に負えない問題であるならば、ちゃっちゃと壁に大穴開けて脱走すればいい、そう考えておけばいい。奥の手があるというのは、心の余裕にもつながる」

 

 しれっと反社会的な事を言うヴィヴィアンに、シオンは頭を抱えた。彼女としては半分以上は冗談だったのだが……。

 

「その、困った時は暴で解決、っていう思考回路、やめた方がいいわよ」

 

「? 真理だろう?」

 

「そりゃあそうだけどねえ……」

 

 この純粋な生き物に人間社会のあれこれを吹き込むのはどうにも憚られる。そうやって教育をなあなあにしてきた弊害だろうか。

 

「まあいいか。なるようになる、ってのはその通りだし……」

 

「シオンは細かい事が気になるんだなあ。お、門を抜けるぞ」

 

 分厚い城壁の出口から光が差してくる。カタコトと音を立てて車輪を回す馬車が、街の中、明るい陽射しの中へと進み出た。

 

 その途端。

 

 

 

『御曹司様ー! お帰りなさいー!!』

 

『試練達成おめでとうございます! これでヴァーシス領も安泰です!』

 

『ご友人の方々も歓迎します! ようこそ、ヴァーシス領へ!!』

 

 

 

 轟く歓声。舞い散る花吹雪。鳴り響く管楽器の調べ。

 

 門をくぐった先で待ち受けていたのは、大地が揺れんばかりの大歓迎だった。

 

「「は?」」

 

 馬車の中で固まる二人。そんな彼女を差し置いて、ゆっくりと馬車はアトラスの指示で前進を再開する。

 

 門からの道は、その左右に無数の観衆が押しかけていた。身なりの良い待ち人達が、しきりに馬車に向けて手を振り、小さな旗を振っている。街並みには3階、あるいは4階建てのこれまた頑丈そうな石造りの建物が並び、それらの窓から住人が手を振り、あるいは大きな垂れ幕が吊るされている。それらには『おかえりなさい、アトラス様』『ようこそヴァーシス領へ』『歓迎! 御曹司一行』といった、とにかく歓迎の意思を込めた文字が綴られている。

 

 馬車の御者席に座るアトラスが笑顔で手を振り返すと、爆発するような観衆の歓声が帰ってくる。馬車の窓ががたがたと振動で揺れ、シオンとヴィヴィアンは二人抱き合って馬車の中で竦み上がった。

 

「何々何が何の何で?!」

 

「ななななななななななな」

 

 二人とも混乱の極みである。一際大きな歓声が外から上がり、二人はぎゅうっとより一層互いを強く抱きしめ合った。

 

「何なのーー!?」

 

「わ、わからん。わからんが何だか凄い歓迎されている。何故だ!?」

 

「どういう事なの!?」

 

 二人の混乱は頂点に達した。訳も分からずおろおろとするばかりである。敵意や害意であればどうすればいいかはっきりしているが、これほどの好意を前に、どうしたらいいのか分からない。

 

 そんな彼女らに、御者席から振り返ったアトラスが、窓越しに笑顔を見せた。

 

「ようこそ、ヴァーシス領へ! “次期ヴァーシス領当主”アトラス・D・ヴァーシスは、君達を心から歓迎する!」

 

 

 

「「な……なな……なんですってぇーーーー!?」」

 

 

 

 馬車の中で轟いた少女二人の驚愕の悲鳴は、通りに満ちる歓声に打ち消されたのだった。

 

 

 

 

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